金の御髪に、繊細なる絹の服を着て。
針のように細い少女。
それが私の抱く皇帝の印象である。
「これからしばらく世話になるぞ」
「いえ! 皇帝陛下と行動を共にできるなど光栄であります!!」
そんなマキシーン皇帝陛下がヴァリ様に挨拶をして、部屋に入る。
いささか大げさにヴァリ様が応じた。
ビシッとした敬礼まで決めている。
同行したいというのは本気であったらしい。
長椅子に座り、痩せっぽちの姿を楽しげに揺らしている。
このように楽しげな皇帝には言いづらいことではあるが。
「陛下、ヴァリエール殿下は命を狙われております。同行は危険ではないかと思うのですが」
正直言えば、皇帝なんぞ雲の上の存在でしかない故に、忠誠心など持っていない。
ポリドロ家が主従契約を結んでいるのはアンハルト選帝侯家リーゼンロッテ女王陛下であり、騎士個人として誓っているのはヴァリエール殿下に対してである。
配下の配下は配下でないのだ。
だが、それでも皇帝は皇帝だ。
一応、神聖グステン帝国の一騎士としては進言しておくべきだろう。
と思うのだが。
「さてさて、随分お優しいことだな、ポリドロ卿は。聞いていた憤怒の騎士のイメージとは大違いだ」
マキシーン皇帝が痩せこけた頬を細くして嗤う。
如何に皇帝であり成人である14の齢を超えていると言えど、富と名誉に溢れる少女のする顔ではない。
もっとご飯を食べて欲しいものだと思う。
「ここで一つ忠告をしておこう。ポリドロ卿、むしろ狙われているのは君の方かもしれない」
「私を?」
「君は一騎打ちにてヴィレンドルフの騎士を99人倒したと言うではないか。なるほど、ヴィレンドルフの気風は君のことを許したのかもしれない。レッケンベル卿を殺したことを事実と受け止めた。君を英傑と認めた」
一呼吸置いて。
愉快そうに皇帝が再び嗤う。
「ランツクネヒトは違うということだ。君の命を狙っていると報告が上がってきた。レッケンベル卿を殺した事への憎しみがゆえに」
「ランツクネヒトに部下を入り込ませているのですか?」
「というよりも、一応の雇用主は私だしな。注進してくる配下ぐらいはいるさ」
それもそうだ。
私は黙り込み、素直に話を聞く姿勢をとる。
「君を狙っているのは、レッケンベル卿に未だに縋り付いている――腕に覚えのある倍給兵や下士官の一部だ。別にそれぐらいならば、音に聞く君にこんなことを一々言わないが」
ワインはあるかね?
ヴァリ様にそう尋ねながら、皇帝は優雅に両手を開いた。
右手で全ての指を、左手で親指と人差し指を立てる。
計7本の指だ。
「一人だけ、君でも拙い相手が居る。その名前は『七つ刻みのバウマン』だ」
「七つ刻み?」
その言葉を聞いて、まず頭に思い浮かぶのは皇帝を『僭称』したと言うことになっている者。
名前も覚えていない前皇帝がランツクネヒトに討たれ、取り合いになって七つ刻まれて、八つの部位になった。
倍給兵どもはそれぞれの部位を争うように奪い合って、レッケンベル卿の御前に届けられたという事例を思い出す。
「皇帝の『僭称』者を刻んだのがバウマンだと?」
「まず思い至るとすればそれだろうが、違う。バウマンが刻んだのは、騎士の7人だ。たった一人で厳重に守られた敵陣地に乗り込み、取り囲んだ七人の騎士をツヴァイヘンダーの一振りで甲冑ごと叩き斬った」
・・・・・・自分にもレッケンベル卿にも可能ではあるが。
なるほど、逆に言えば私やレッケンベル卿の実力が無ければ不可能である。
「そんな逸話が残っているから『七つ刻みのバウマン』だ。ポリドロ卿の前に、必ずや現れる」
「・・・・・・」
なるほど、確かに強敵であろう。
一騎打ちであれば誰にでも勝てる自信が私にはあるが、そうでなければ勝てぬかもしれぬ。
従者が持ってきたワインを楽しみながら、皇帝は口にする。
「髪は私と同じ金髪。身長2m20cm、体重140kgの偉丈婦で、武器はツヴァイヘンダー。あくまで個人武勇としての活躍でありながらも、レッケンベル卿は彼女を百人分の働きをする兵として認めている。私は騎士としての待遇を彼女に与え、跪かせようとしたが断られた」
「それは何故?」
何故と一応聞きはしたが、推測はできている。
「仕えるならばレッケンベル様にと断られたよ。彼女の肩を剣で叩いたのはレッケンベル卿だ。これは仕方ないと諦めた。だが、彼女はヴィレンドルフの騎士になれなかった」
「それは・・・・・・」
はて、何故レッケンベル卿は彼女を騎士として迎え入れなかったのだろうか。
少し考えたが、わからぬ。
それを察してか、マキシーン皇帝がワインで潤した唇を開く。
「理由はわからぬ。私の配下などは、後の布石ではないかと考えていたらしいが」
「後の布石というと」
「この私を殺すためだ。皇帝暗殺のための刺客として利用するために、わざとランツクネヒトとして帝都に残していたのではないかと」
ふむ。
一応の理屈は感じる。
「レッケンベル卿自身は皇帝位に興味などなかったことは知っている。事実、ランツクネヒトで帝都を取り囲んだ際には、泥縄的簒奪などしても仕方ないと私に譲っている。だが、ヴィレンドルフ王家による帝位簒奪を狙っていなかったとまでは言い切れぬだろう? ちょうど今のように」
遠回しに。
直接的に『現に今、ヴィレンドルフのカタリナ女王は皇帝位の簒奪を狙って居るではないか?』とまでは言わずに、笑ってヴァリ様の方を見た。
ヴァリ様は慌てたようにして、何か話をそらしてよと言わんばかりに私を見ている。
事実だ。
バレバレのことを隠しても仕方ないだろうにと思うが、一応それらしい言葉を吐く。
「本人の資質に問題があったのでは? 騎士としては出自がふさわしくないとか?」
「文字の読み書きもできぬ騎士など珍しくもないだろうに。農民だろうが山出しの田舎者だろうが問題ない。そのようなことを気にするのがヴィレンドルフの気風とは思えぬ。皆を黙らせる実力さえあればよいのであるし、バウマンにはそれがあった」
まあそうだ。
自分でも無理のあると思った言葉を口にした。
「彼女はずっと帝都にいた。超人集めが趣味のテメレール公なども声を掛けたようだが、それも断っている。もちろん彼女には私も十人扶持の給金を与えてはいるが、はて、彼女はそれで満足だったのかね」
騎士という地位には不思議な魅力がある。
それは街中のパレードで、市民が集まる馬上槍試合で、そして戦場で。
兵士は騎士に必ず憧れる。
どうしても拭い去れぬ魅力というものが存在すると母マリアンヌは教えてくれた。
それを考えれば、確かに『内定』という形で、バウマンはレッケンベル卿の陪臣騎士になることが決定していたと考えても良いかもしれない。
その上で、皇帝位簒奪の機会が来るまでは帝都にいたのかもしれぬ。
それを考えると。
「私は恨まれておりますか」
「確実に恨まれているな」
恨まれても文句は言えぬな。
それはバウマンからだけでなく、ランツクネヒト達からも同様であろう。
「・・・・・・ファウスト。一人で行動するのは止めてね」
「覚えておきます。ただし仮にバウマンが一騎打ちに挑んで来るとなれば、話は別です。レッケンベル卿が圧倒的有利な状況で私の一騎打ちを受けてくれたというのに」
私が逃げるわけにはいかぬ。
それだけは騎士として許されぬ。
ゲッシュではないが、私はそれを一つの誓いとしている。
「・・・・・・まあ、好きにせよ。できれば、君とバウマンが闘う様を目にしたいところではあるがな」
「雇用主として止めてはくれぬのですか?」
「その気になれば主従契約も雇用契約も、なんとでも裏切れるし、そしてランツクネヒトはそれを罪とは思っておらぬ。口汚く人を罵り、強奪し、略奪し、騙し取る。奴らに戦士としての誇りなどは存在せぬ。彼女らが自分たちのことを勇敢な兵士と称しているのは、誰一人そうと認めぬからだ。誰にも認められぬから自分たちは勇敢なのだと言い張っている」
従者が、皇帝のグラスにワインを注ぎ足した。
「今のランツクネヒトは、だがな。・・・・・・レッケンベル卿が居たときは違ったが。彼女がいたときは本心から発して命を捨ててやりきる覚悟があって、誰にも止められぬ勢いがあった。ちょうどマインツ枢機卿を打ち破った際の『ヴァリエールの落ち穂』のように、誰もが狂戦士と化していた。そして今、彼女らはその時の誇りを取り戻そうとしている。自分の身を、自分の皮膚、身体、つまり自分の生身における一切合切をなげうってだ」
皇帝は優雅にそれを口にし、やや酒気の混じった息で続ける。
「今のランツクネヒトは弱いよ。だが、ファウスト・フォン・ポリドロに立ち塞がる連中はレッケンベル卿が率いた時と変わらぬ強さの死兵だ。よくよく気をつけることだ」
それだけを言い終えて、口を閉じる。
ヴァリ様も何も言わず、皇帝のついでとばかりに与えられたワイングラスを少しだけ口にしている。
さて、私が考えることはだ。
はたして、バウマンとはどのような人物なのだろうか。
今のところは、それだけであった。
四巻書籍化作業のため今後も更新遅れます。
コミカライズの重版かかりました、有り難うございます。