貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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ランツクネヒト編
第238話 Are you proud of me now?


 

 貴族にとってもっとも大事な事は家を繋ぐことである。

 家を、領地を守ることである。

 時にはどんなにえげつない手を使ってでも。

 どれほどの屈辱を受け、噛み締めた歯から血が滲むことになっても。

 たとえ自分が死ぬようなことでも。

 何があろうとも血族を繋げねばならぬ。

 だから、私の父はその点で間違えたと言えよう。

 私など見捨ててよかったのだ。

 私を見捨て、母と新しい子を作れば良かったのにと、時折思うのだ。

 それが自分のパンを娘に与え、餓死をした私の父に対する感想である。

 いや、どうかな。

 母も早逝してしまった。

 私と父が捕えられ、父が餓死をして、皇帝の座を取り戻した途端に糸が切れたように死んでしまった。

 憐れなものだ。

 だから、父が私を守り切って死んだのは良かったことなのかもしれぬ。

 そうであって欲しいと思う。

 索然とした嫌悪を覚えている。

 おそらくは自分に対する嫌悪だ。

 私が殺したようなものではないかと、私を死んでも守り切った優しい父に対しての感傷が未だに残っている。

 心的外傷(トラウマ)により、パンの一切れと一杯のスープしか胃に受け付けぬ私の身体に対して。

 私はひどくひどく残念に思うのだ。

 この身体では、血を繋げることが出来ぬかもしれぬ。 

 私の一族を、領地を、愛する母と愛する父から繋げられた血液を繋ぐことが出来ぬかもしれぬ。

 父と母の誇りを繋ぐことが出来ぬかもしれぬ。

 それだけは駄目だ。

 たとえ皇帝でなくなろうとも構わぬ。

 私の父を餓死させた市民共がはびこる帝都など、生け贄に捧げても構わぬ。

 その死に様を愉快げに書いた新聞社などを、ヴァリエールが燃やしたときは愉悦そのものであった。

 ただ、ただ愉悦を。

 愉悦を嗜んでいる。

 最近では食が進んでいる。

 スープのおかわりを頼んだときなどは、近侍が泣いて喜んでおった。

 索然としている。

 まとまりがない思考を、続けているのだ。

 ファウスト・フォン・ポリドロ。

 超人。

 希血。

 一応貴族とはいえ弱小領主で、我が皇帝家などとは縁遠い存在。

 我が血族と混じっても、一族に悪影響を及ぼさない存在。

 お前が欲しい。

 お前が欲しい。

 お前が欲しいのだ。

 きっと、我が一族に、私の虚しい血族に必要な存在だ。

 親族結婚で血が濃くなり、若くして死ぬ我が一族に必要な存在なのだ。

 思考を一度閉じる。

 優れた脳みそによる思考は、やるべきことをまとめようとする。

 三つだ。

 復讐。

 帝都市民参事会共への復讐。

 我が父を飢え死にさせた事に対する復讐だ。

 それを為せば、私の心的外傷もいくらか薄れることだろう。

 血族。

 ファウスト・フォン・ポリドロを取り込むこと。

 彼の血を我が一族に取り込んで、私が彼の子を孕むということ。

 色々と問題があるので、それをクリアせねばならぬ。

 降伏。

 我がグステン帝国は、間違いなくモンゴルに勝てない。

 だから、よりよい条件を探して降伏する。

 それには帝都を売り渡すことを含めている。

 復讐・血族・降伏の三つ。

 その三要点を私は理解している。

 だが、この三つを同時にこなすとなると難しいことを私は理解している。

 一番容易な復讐も簡単とまでは言えぬ。

 ヴァリエール・フォン・アンハルトを上手く利用せねばならぬ。

 彼女はきっと市民参事会を滅ぼすが、甘いところがある。

 手抜かりがないように、こちらでも少しばかり助力してやらねばならぬ。

 次に難しい血族もなんであるか。

 ファウスト・フォン・ポリドロが本当に血族に迎えるにふさわしいかどうか。

 それを見極め、その上で口説かねばならぬ。

 私の腹に子を孕ませるようにと。

 難事である。

 だが、やらねばならぬ。

 そして、最後に難しいのが降伏である。

 選帝侯共が拒んでいる。

 アナスタシアが、カタリナが、オイゲンが。

 アンハルトが、ヴィレンドルフが、マインツが、ただただ何もせずに敗れることを良しとしておらぬ。

 馬鹿共が。

 たとえモンゴルに立ち向かったところで勝てぬ事が理解できておらぬのだ。

 だから、皇帝位を禅譲してやろう。

 やりたければ、ヴィレンドルフのカタリナでも、あのテメレール公爵がレッケンベル卿の乳母日傘で育ったと嘲笑う者を皇帝位につけて、モンゴルに挑むがよい。

 どうせ負けるだろうが。

 その時、私と私の一族には何の関係もない話だ。

 さて、思考は纏まった。

 それぞれで要点と、やるべきことはまとめたのだ。

 それでいて、私は思考を止めないでいる。

 縮小した胃に、無理矢理詰め込んだスープとパンが午睡を起こして、ベッドから起きられないでいるのだ。

 慣れない過食は止めるべきであったな!

 そんなことを考えながらも――思考は進行していく。

 それを邪魔する。

 ――ノックの音が。

 

「マキシーン様、客人が来られておりますがいかが致しましょう?」

 

 信頼を置く近侍の声であった。

 

「通せ。但し、5分だけ待たせよ」

 

 ベッドから意識を起こし、立ち上がる。

 身繕いをして、客人に対し最低限の失礼が無いように立ち振る舞う。

 そうして、ドアを開けた。

 

「何者か?」

「アスターテ公爵です」

 

 アイツか。

 アナスタシアの犬か。

 

「何の用件か尋ねたか?」

「それは皇帝に話すとの一点張りでして・・・・・・」

 

 刺客か?

 いや、わざわざ部屋に訪ねて来て殺すというのはないだろう。

 アナスタシア辺りは、穏当な禅譲を望んでいるはずだ。

 

「まあよい。入れろ」

「畏まりました」

 

 数分待ち、アスターテ公爵が私室に現れる。

 

「どうもこんにちは皇帝陛下。午睡の邪魔をしてしまったようで」

「かまわぬ。さっさと本題に入れ」

 

 オーバーリアクションで会釈するアスターテ公爵を、冷たくはね除ける。

 

「これはつれない。陛下にとっても良い話を持ち込んだつもりですが」

「帝位禅譲のことか? それならばすでに心は決めてある。話し合うつもりもなく、別に欲しければ譲ってやるつもりだが?」

 

 アスターテ公爵とは、あまり長く話し合うつもりは無い。

 彼女のペースに巻き込まれることを私は忌避している。

 

「いえいえ。逆です。帝位禅譲などを止めて、私はマキシーン皇帝陛下にそのままであって欲しいのですよ」

「ほう」

 

 すげなく返すが、少しだけ興味をそそられる。

 私は彼女の目を見据えて話す。

 

「それは何か。アナスタシアへの――アンハルト卿への裏切りかね?」

「まさか! 私がアナスタシアを裏切るなどあり得ない。なんとか皇帝位の簒奪など愚かな行為を止めて欲しいと、今も説得中ですらあるのですよ」

 

 考える。

 何も、親切で彼女がやっていることではあるまい。

 私を皇帝位に就けたままでいること。

 そのメリットは何か?

 容易に想像がつく。

 

「なるほど、我が一族の力をモンゴルとの戦に駆り出したいということかね」

「そうなります。帝位禅譲など行わず、どうか陛下にはこのまま皇帝として闘って欲しいのですよ。モンゴルとの戦における勝率を少しでも高めておきたい」

 

 我が一族の力を集めれば、それだけで三万の兵を軽く集められるだろう。

 だが馬鹿をいうな。

 100%勝てない戦に誰が挑むものか。

 やりたいやつだけやって、勝手に死ねば良い。

 

「勝ち目が無い」

 

 単刀直入に事実だけを述べてやる。

 すると、アスターテ公爵は懐から何やら一冊の書物を取り出した。

 

「これをお読みいただきたい」

「これは?」

「マルティナ・フォン・ボーセルが著作と聞けばお分かりかと」

 

 はて。

 作家としては聞いたことも無い名前だが、一つだけ思い当たる点がある。

 作家ではなく、貴族としては聞き覚えのある名前であった。

 

「・・・・・・テメレール公が是非養子にと望んだ子であるか」

「さようでございます」

 

 正解お見事、と言いたげにアスターテ公爵が拍手をした。

 癇に障るが、視線の興味は本に注がれている。

 

「9歳の子供が書いた本を読んで、何かためになることがあるのか?」

 

 心にもない侮辱を行う。

 テメレール公が養子に望むほどの超人とあれば、もはや年齢で能力は換算できぬ。

 

「監修はファウスト・フォン・ポリドロとなっております」

 

 また興味をそそる言葉が呟かれた。

 

「ふむ。なるほど」

 

 これはポリドロ卿を査定するにあたって、一つの材料になるだろう。

 読んでみる価値はある。

 

「読むだけ読もうではないか。だが、机上の空論をいくら並べ立てても、モンゴルには勝てぬぞ」

「その本に書かれている砲兵の都合はケルン派がつけます。机上の空論などではありません」

 

 左様か。

 まあまずは読んでみなければなんとも言えぬが。

 

「仮に勝てるとて、数万単位の死者が出る壮絶な戦になるだろう。しかも防衛戦だ。勝って得られるものなど何も無い。そこの辺りはどう考えて――いや」

 

 何を会話しているのか。

 我に返る。

 このままアスターテ公爵のペースに巻き込まれては拙い。

 

「本を置いて立ち去るが良い。どうせ、それだけが目的であろう?」

「ええ、それだけでございます」

 

 アスターテ公爵はまたオーバーリアクション気味に会釈をして、背をこちらに向けた。

 

「今回は、となりますがね。また事態が進展した際に説得にお伺いしましょう」

「よろしい」

 

 私は満足げに頷き、テーブルに置かれた本の拍子を撫ぜた。

 そこには『銃・砲・騎士』と題名が刻まれている。

 私はほう、とため息をつき、思案にくれる。

 なあ、父上に母上。

 帝国への外敵に対し、弓とりて闘わぬ道を選ぼうとしている私を認めてくれるか。

 ただただ血族のことだけを考えている私を、誇りに思ってくれるかい?

 そんな思案に対し、返答はなかった。

 死人は喋らないからだ。

 私は沈黙し、やがて本の一ページ目を開き始めた。

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