貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第239話 小競り合い

 

 本を読んでいる。

『銃・砲・騎士』の内容を熟読し、色々と考えている。

 なるほど、テメレール公が是非我が義娘にと考えるのも分かる。

 これを書いた少女には見込みがある。

 だが。

 

「情報が足らないな」

 

 はて、モンゴルに勝てるほどかと言えば一押し足らぬ。

 それは計画の現実性だ。

 ケルン派がいかに熟練した砲兵を揃えているといえど、私にはどうも理想を現実化するにはまだ一押し足らぬ気がしている。

 ケルン派の神母共は確かに砲兵として機能するだろう。

 話に聞いたキャニスター弾と言われる砲弾も良い。

 機能すれば、戦列歩兵をあっさり駆逐することさえ可能だ。

 革新的とさえ言っても良い。

 なれど。

 

「相手が悪すぎる」

 

 モンゴルがあまりに強すぎる。

 相手が行儀良く列に並んで敵になってくれるわけでなし。

 大国であるフェイロン王朝を支配した以上はその技術も吸収済みであるだろう。

 強力な熟練弓騎兵を配下に揃え、マスケット銃以上の遠間から弓放つもの。

 革命的な攻城兵器を備え、大量の重騎兵に従属国の歩兵を引き連れ、強力な補給線を維持しきる集団であるのだ。

 そもそも兵からして、我らの騎士より弱いなどと誰が保証してくれる。

 おそらく集められる数でも負けておる。

 駄目だな、やはり勝てない。

 だが、マルティナ・フォン・ボーセルとは一度話がしてみたい。

 そう思わせる内容ではあった。

 いっそその辺りを一度話すか?

 幸いにして、私は今ヴァリエールの傍におる。

 彼女を従者としているファウスト・フォン・ポリドロ卿と話せば良い。

 引き合わせてくれるだろう。

 いや。

 

「何を今更。馬鹿なことを」

 

 ・・・・・・わざわざアスターテ公爵に期待させるようなことをする意味は無い。

 そんなことよりも、優先せねばならぬことがある。

 私の目的はハッキリとしている。

 ファウスト・フォン・ポリドロが我が男にふさわしいか見極める。

 そのためにわざわざヴァリエールの傍にいる。

 そうだ、ヴァリエールだ。

 彼女の動きが見たい。

 立ち上がり、部屋から出る。

 ドアの前に立っていた従者を引き連れ、彼女に会いに行く。

 

「だから! どうして街中で小競り合いが発生しているの!」

「当然の結果です。予想の範疇内ですので、ヴァリエール様がお気に為される必要はありません」

 

 取り込み中のようだが、気にせぬ。

 にこやかな笑みを浮かべ、彼女の執務室に入る。

 

「ヴァリエール、ご機嫌よう。抗争の始まりかね」

「こ、皇帝陛下! これはお恥ずかしいところを」

「いや、構わないよ。出来れば私も詳しい状況が聞きたいところだがね」

 

 さっと視線を横にやる。

 右腕が義手である彼女と、どうやら言い争っていたようだ。

 アメリア・フォン・ベルリヒンゲン卿。

 私への忠誠など欠片もないことがハッキリと目にとれ、私には視線すらくれぬ。

 彼女はただ、ヴァリエールだけを見つめているのだ。

 それ以外に興味ないとさえ言いたげである。

 

「どうやら、ヴァリエールの集めた落ち穂どもと、ランツクネヒトが抗争を始めたようだな」

「・・・・・・話をお聞きになっておられたのですか?」

「いや、誰にでも想像がつく」

 

 きょとん、とこちらを見つめるヴァリエールに微笑んであげる。

 誰にでもわかる、この流れは。

 

「マキシーン陛下は、ランツクネヒトに市街にて闘わぬよう仰せになったはずなのに・・・・・・」

 

 ヴァリエールが握りこぶしを作る。

 確かに言いはしたが、ランツクネヒトはどうせ言うことを聞かぬと踏んでいた。

 

「確かにランツクネヒト共に、このマキシーンは闘わぬ理由をくれてやった。皇帝の命令として貴卿と闘わぬように命をくだした。だが、まあ殆どは聞かんだろうなとは思っていた」

 

 市民参事会から金を積まれた。

 また、私に忠誠を心から誓っているわけでもないから。

 色々と理由はあるが。

 そこの所の機微をヴァリエールは理解しておらぬようだ。

 

「要は嫉妬よ。ランツクネヒトどもは嫉妬しておるのよ」

「嫉妬?」

 

 単純に気に食わないという原始的な理屈を彼女は理解していないのだ。

 仕方ない、レクチャーしてやろうか。

 そう思うが、先にベルリヒンゲン卿が口を開いた。

 

「ランツクネヒトどもは、貴女の落ち穂どもが羨ましくて仕方ないのです」

「はあ?」

 

 ヴァリエールがあっけらかんとした声を出した。

 わからんのか。

 

「先日はポリドロ卿に、レッケンベル卿を殺した件で恨まれておるぞと忠告したが。ヴァリエールにも忠告しておくべきであったかな」

 

 嫉妬とは縁遠そうな顔をして、ヴァリエールは酷く悩む。

 悩むが、彼女は人の心がわからぬ王ではない。

 

「私の配下が羨ましいと? ポリドロ領への植民を約束した程度のことが?」

「羨ましいだろうさ」

 

「やりがい」という言葉がある。

 得られる価値、手応え、達成感。

 落ち穂どもは『ヴァリエールと一緒に開拓する』という夢を誰もが見た。

 彼女が帝都までの進撃において為したパレードは永遠に続いていく。

 比べて、ランツクネヒトに何が残っている。

 もう何も無い。

 レッケンベルに徴兵されてきた彼女たちは、もはや故郷にすら帰れぬ。

 どこにもよすがのない迷子だ。

 

「レッケンベル卿を失った迷子の連中からみて、おそらくヴァリエールの落ち穂ほど殺してやりたい存在もおるまい」

 

 純粋に嫉妬しているのだ。

 未来を語り、酒場で陽気に笑い、我らはヴァリエール様の民でございと騒ぎ立てる連中が。

 指導者であるレッケンベルを失い、ただただ酒場で飲んだくれて未来も居場所もなくなったランツクネヒトにとってどう見えるのか。

 どれほど憎たらしく見えるのか。

 そんな当然の事実を口にしてやる。

 

「・・・・・・」

「考えてもみなかったという顔だな」

 

 予想してしかるべきだったろうに。

 まあ、だからといってヴァリエールを侮るなどせぬが。

 予想できなかったのは、その性格の悪い面が出たと言うことだな。

 

「・・・・・・一度、城外に兵を引かせましょう。死者もすでに出始めている」

 

 青ざめた顔で、まずは配下の安全を考えるヴァリエール。

 なるほど、貴卿はなかなか面白いことを言う。

 

「あり得ません殿下。好き勝手に殺し合わせておけば良いのです」

 

 ベルリヒンゲン卿が、あっさりと意見をはね除けた。

 まあ当然だな。

 

「どうして?」

「殿下の安全のためです。今兵を引かせれば数百人単位のランツクネヒトが隊伍を組んで、この屋敷に押しかけるでしょう。帝都市内の戦力が拮抗しているからこそ、今は小競り合い程度に留まっているのです」

 

 そういう話になる。

 まあ、諦めるしかないが。

 

「何か解決方法は――無いの?」

「ありますとも」

 

 骨折した腕を包帯でぶら下げながらに、声を発する者がいる。

 ヴァリエールの腹心、ザビーネ・フォン・ヴェスパーマンだ。

 

「レッケンベル卿に責任を取って貰えばよいのです。より具体的にはレッケンベル家とヴィレンドルフにですが」

「どういう意味?」

「彼女らはカリスマを喪ったから迷い子になった。では、新たなカリスマを与えてやればよろしい」

 

 もちろん、それは決してヴァリエールなどではなくて。

 

「つまりランツクネヒト達の新たなカリスマとしてニーナ・フォン・レッケンベルを立てろとカタリナ女王に進言すべきだと?」

「左様でございます」

 

 正解です、と言いたげにザビーネが目つきを鋭くさせた。

 何もかも計画通りでありますと言いたげに、口を開く。

 

「まあ、そこのところは進言せずともカタリナ女王も理解してますよ。アナスタシア殿下と相談している最中と言ったところでしょう」

「すぐに動かないのは?」

 

 アンハルトもヴィレンドルフも愚鈍ではない。

 すぐに動かない理由はたった一つ。

 

「タイミングですな。今すぐに、やあやあ私はレッケンベルの娘、ニーナでございますと突然出てこられても・・・・・・なんだ、今の醒めてるランツクネヒトには通じないのですよ。熱狂が足りない。出血が足りない。狂奔が足りていない」

「というと?」

「強烈に怒り狂った連中に冷や水を浴びせ、そこで今後のランツクネヒトの待遇を保証させ、新たなカリスマとしてニーナ・フォン・レッケンベルを立てる。カタリナ女王ならばそう考えるでしょう」

 

 気持ち悪いなコイツ。

 確かにカタリナ辺りはそう考えるだろうが、その思考をトレースするなよ。

 私はザビーネ・フォン・ヴェスパーマンという存在を素直に気持ち悪いものと認識した。

 

「ヴァリ様。貴女様の落ち穂とランツクネヒトの戦いは激化します。お覚悟を」

 

 何故こんな女がヴァリエールに仕えているのだろうか。

 私はこんな気持ち悪い部下なんて欲しくもないが、誰かに仕えているというのも奇妙に感じる。

 ヴァリエールのカリスマがそれだけ高いということだろうか。

 実に興味深い。

 

「・・・・・・止められないのね」

「止められませぬ。なあに、必要な犠牲という奴ですし、そもそも落ち穂どもも嫌々やっているわけではありません。自ら望んで楽しんで殺し合いをやっているのでありますし、気になさる必要は何もありませんとも。元々は半賊半傭の連中であることをお忘れですか?」

 

 ヴァリエールが腹を押さえた。

 腹痛を起こしたか?

 身体は大事にした方が良いぞ。

 そのような事を思いつつ、口を閉ざしたヴァリエールの代わりに口を開く。

 質問だ。

 

「なるほど、戦いは激化するであろうな。それこそナイフではなくマスケット銃を持ち出すレベルにまで。それで、怒り狂った彼女たちに浴びせるべき冷や水とは?」

 

 ザビーネは短く一言で答えた。

 

「ファウスト・フォン・ポリドロ」

 

 やはり、そうなるか。

 私は現場であの男の真価を検分できることに、小さくほくそ笑んだ。

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