貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第240話 商人達の空騒ぎ

 

 愛する二頭の可愛いロバを、イングリット商会に預ける。

 そうして私は鼻歌交じりにぴょこぴょこと歩いて、隣の酒場へと出向くのだ。

 この酒場はイングリット商会の貸し切りであり、警備も厳重なため安全に酒を飲める。

 

「やはり正解だった! ヴァリエール第二王女殿下に付き従って正解であったのだ! この世の春が、黄金時代が我らに訪れた!!」

「殿下に栄光あれ! 我ら落ち穂どもに栄光あれ! いくら叫んでもまだ足らぬぞ!!」

 

 入ると同時に、馬借仲間どもが叫んでいた。

 テーブルの上に立ち上がって、踊っているものさえいる。

 そうだ、まさしく正解であったのだ。

 ヴァリエール殿下の帝都進撃、その過程で得られた果実は我らの渇望を潤した。

 道中での小商いによる稼ぎ、帝都までの交易品の運搬費。

 すでに支払われた、それだけでさえ懐は暖かい。

 好きなだけエールもワインも口に出来た。

 それに、最後の大商いも残っている。

 帝都商業ギルドとヴァリエール様が、我らが運んできた大規模な交易品についての価格交渉を行っているのだ。

 これが成れば、さらなる金額が我らに支払われる。

 帝都で小さな店一つくらいならば、なんとか構えられるだけの額だ。

 まあ、これはあまり心配していない。

 あのヴァリエール殿下が負けるなど少しも心配していないのだから。

 また、今後の事もある。

 

「帝都市民になるとしても、やはりヴァリエール殿下には今後とも協力していきたい。御恩と奉公というものだ。どうしても何か恩返しをせねばならぬ」

「やはりポリドロ領開発への参加が一番だろう! 大規模事業になるぞ!!」

 

 そうだ、大規模事業だ。

 ヴァリエール殿下が無事王家から降嫁されポリドロをお名乗りあそばされたなら、ポリドロ領の大規模開発が始まる。

 その数千人から為る植民事業に噛めるというのは有り難い。

 すでに、真面目な馬借どもにはイングリット商会から協力しないかと声が掛けられている。

 もちろん、私にもだ。

 帝都市民として、商人として商いにいそしむのだ。

 無事大金を稼ぎ出した暁にはポリドロ領で隠居という路線もありかもしれない。

 私の未来はバラ色だ。

 それだけではない。

 

「何処の騎士様に挨拶回りに行くべきであろうか?」

「全てでよかろう。全てだ。帝都への行軍に参加したことをこちらが証明すれば、相手も悪い扱いはしまい。相手も一から貴族として相応しい装いを揃えねばならぬだろうし」

 

 今回の帝都進撃に参加した中から、沢山の騎士が産まれた。

 黒騎士、貴族の三女四女から、元傭兵団の団長まで。

 彼女たちはアンハルト貴族としての様式を一から揃えねばならないが、ザビーネ卿からは今回旅に参加した商人から賄えと命じられている。

 これも良い商いであった。

 さっそく、ご機嫌伺に出かける商人も珍しくない。

 まあ、本当に目端の利くものならば行軍中にすでにご機嫌伺を済ませているのだが。

 この私がそうだ。

 行軍中は林檎売りなどを張り切りながらも、『立派な騎士様』と呼びかけることで相手の自尊心を満たしつつ、顔を繋ぐことにすでに成功している。

 私の未来は明るい。

 ――さて、何の商売をすべきか。

 私など頭が悪いものだから、あまり機転の利いたことはできぬ。

 やはり馬借としての経験から帝都で物資を買い入れて、ポリドロ領に運ぶのが安全策か。

 いやいや、せっかく帝都に店を構えるのだから、騎士様やその正規兵を相手にした小商いをすることを・・・・・・。

 いや、人を雇って両方やってしまおうか。

 そうだ、そうしようかな。

 可愛いロバ二頭と荷馬車だけが全財産であった女が、頭の悪い子だからと家や奉公先から追い出された女が、いまやバラ色の未来の行き先に迷っている。

 夢でも見ているかのようであった。

 とろけるような感覚であった。

 まだエールを一杯飲んだだけなのに、酩酊しているような錯覚さえ覚える。

 今日はこのまま空気に酔って、泥酔してしまおうかと。

 そんなことを考えた矢先に――何かが破裂するような音がした。

 

「ひい!」

 

 反射的に、思わず頭を抱えてしゃがみ込む。

 破裂したのは扉であった。

 正面玄関を真横に一撃、たたき割るように剣先が見えた。

 ツヴァイヘンダー。

 両手剣。

 ランツクネヒトの倍給兵が好んで使う武器であった。

 扉近くにいた客は扉と共に吹き飛び、床を転がっている。

 

「イングリットはいるか!?」

 

 女の太い声が響いた。

 大きな女であった。

 身長は2m20cmを超えているように思えた。

 扉の破片を蹴飛ばしながらに、そのデカブツが酒場に踏み入る。

 

「もう一度問う! イングリットはいるか!?」

 

 ガラガラとした、野太い叫び声で会った。

 酒場の奥から、一人の商人が現れる。

 イングリットであった。

 

「おやおや、外の警備兵はどうなさいましたか?」

「倒した」

 

 扉の外を見れば、警備兵が地面にゴロゴロと転がっている。

 殺されてはいないようだが、逆に言えばそれだけ実力差があったということだろう。

 他に人は見当たらない。

 街角を歩いていた帝都市民は怯えたようにして、逃げ散っている。

 

「何用でしょうか?」

 

 イングリットは顔に笑みを貼り付けたまま、コツリ、コツリと歩み寄る。

 抵抗しても無駄だと思ったのか、その手に握っていたピストルは途中でテーブルの上に置いてしまった。

 その方がかえって安全のように感じたのかもしれない。

 

「ポリドロ卿の御用商人と聞いた」

「はい、確かに。ポリドロ家の御用商人を承っております」

 

 イングリットはそう答えながら、両方の掌を開いて、何も持っていませんよとアピールする。

 どことなく胡散臭い仕草であった。

 

「ポリドロ卿に立ち会いを申し込みたい」

 

 すっと、一枚の羊皮紙がデカブツの手から差し出された。

 

「拝見いたします」

 

 イングリットがそれを受け取り、じっくりと読む。

 二、三分は経っただろうか。

 彼女は読み終えると同時に、それを懐にしまった。

 

「とりあえずお届けいたします。ポリドロ卿は一騎打ちならば必ずお受けなさいます」

「感謝する」

「さて、お届けするとは申しましたが――」

 

 イングリットは眼鏡の縁を指で持ち上げ、会話を続ける。

 

「本当に、一騎打ちですか? 紛れなどなく?」

「何が言いたい? 嘘をついているとでも?」

「その通りです」

 

 バウマンが、ツヴァイヘンダーの切っ先を持ち上げた。

 すっと、イングリットの首に刃先を当てる。

 それは精密な動きであり、僅か2,3 mmが首に食い込んで、血が滲んでいた。

 

「貴女が考えている以上にランツクネヒトの信用というものはないのですよ」

 

 イングリットは笑っている。

 首に刃先が食い込んでいることなど、まるで気にしないようであった。

 

「だろうな」

 

 デカブツが、刃を進めた。

 イングリットの首からは血が滲むのでは無く、明確に流血し始めている。

 

「さて、この手紙を貴女はお読みになりましたか?」

「私は文字が読めぬ。これを届けろといわれた」

「なるほど、なるほど」

 

 理解できた、とばかりにイングリットが笑った。

 嘲け笑うように。

 

「あの『福音のバウマン』が、一騎打ちを騙ってポリドロ卿を囲み討とうなどと企んでいると知れば。ヴァルハラのレッケンベル卿もさぞお嘆きでしょう」

「お前、死にたいのか?」

「事実を口にしているだけです」

 

 どういう度胸をしているのだ!

 イングリットは流血しながらも、けらけらと笑いすらしている。

 まるで首を刎ねられることさえ覚悟しているように。

 

「お約束を、『福音のバウマン』殿。貴女との戦いは必ずや一騎打ちにて行うと。そうでなければ、この手紙お届けすることはできませぬな」

「死にたいのか?」

「ここで死ぬも、あとでアンハルト王族の怒りを買って死ぬも同じでありますから。私は商会全員の命と、立場を背負ってこの場に立っているのですよ。お分かりですか?」

 

 彼女は、首から流血しながらもバウマンを睨んでいる。

 死など恐れない戦士のようにして。

 バウマンは、ちと、戸惑ったような顔をして。

 

「仮に約束するとして何に誓えと?」

 

 迷子のような表情で、そう口にした。

 

「ヴァルハラのレッケンベル卿に。そう誓って頂ければ、この手紙、必ずやポリドロ卿にお届けすると約束しましょう」

「・・・・・・いいだろう」

 

 バウマンは剣を引き、地に下ろした。

 

「ヴァルハラのレッケンベル卿に誓おう。私は、ポリドロ卿には一騎打ちのみで闘うと誓おう。約束だ」

「約束が破られないことを祈っておりますよ」

 

 眼鏡の縁を撫ぜ、それを持ち上げながらに。

 イングリットはバウマンを侮辱さえするような笑みで、そう言い終えた。

 バウマンが背を向け、ゆるやかに酒場から出て行くのを見届けた後に。

 

「イングリット様! 血が!」

「血止めと包帯を!!」

 

 イングリット商会の人間が、慌てて近寄ってくる。

 私などは腰を抜かして、ただただ慌てるばかりだが。

 

「警備兵の救出を優先しなさい。私は大丈夫です。そんなことより、すぐにポリドロ卿に使者を出しなさい。私はやることやりましたが、油断無きようにと」

 

 イングリット商会の当主は慌てず、ただただ笑うばかりである。

 私は腰を抜かしながら、海千山千の商人とはこういうものなのかと感嘆するばかりであった。

 

 

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