ファウスト様の御用商人であるイングリット商会が使者を送ってきた。
イングリットから「奴らが一騎打ちの約束を守るとは思いませぬ。お気をつけを」という言葉とともに、ランツクネヒトどもからの決闘状が届けられたのだ。
農民傭兵と呼ばれるランツクネヒトどもにも貴族の出身者はおり、リート(歌)などを読むことが出来た。
大して期待はしていないが、その内容は如何なものか。
さぞ下品で挑発じみた言葉が並べ立てられているのだろう。
このマルティナはファウスト様の従者としてそれをうやうやしく受け取り、渡そうとしたが。
「構わん、そのまま中身を読み上げろマルティナ」
「構わないのですか?」
「私が受け取れば。怒りのあまりに、手紙を引き裂いてしまうかもしれぬ」
嗚呼、怒っていらっしゃる。
ポリドロ領の御用商人であるイングリットが襲われたのだから、無理もないか。
彼女はポリドロ領にとっては母の代から縁続きの唯一信頼できる商人であり、一種の運命共同体であるわけで、一部の資産運用さえも任せている。
今後のポリドロ領への植民においては必要な資材調達を任せている相手なのだ。
ランツクネヒトもだからこその挑発行為として、イングリットを傷つけることを選んだのだ。
「では読み上げます」
果たし状の中身を開け、読み上げる。
『偉大で勇敢なレッケンベルからの神のお恵みを!
彼女の下、一つの騎士団が現われ出で笛や太鼓で諸国を廻る、これぞランツクネヒトと申すもの
お前はわれらランツクネヒトのことを
甲冑を着た乞食どもとでも思っていようが
我らは今でも亡きレッケンベルの従僕だ
お前がごとき、醜き筋骨隆々の男騎士が
『あの』レッケンベルを正々堂々の立ち合いで殺したなどと我らは合点がゆかぬ
どうせ卑怯な手でも使ったのであろう
多人数でレッケンベル一人を取り囲んで殺したか?
約束試合で八百長野郎が急に殺意を見せたのであろう?
それとも股間の一物でヴィレンドルフの女騎士でもたぶらかしていたか?
あの偉大な女の強さを知るからこそに、我らはお前の存在を認められぬのだ。
お前は我らの太陽を奪った
レッケンベルを奪った
お前は我らのことを、やつらだけではなにもできないと思っていようが
血塗れになって、靴の底まで血塗れになって、われわれは歩いてきた。
シュー(靴)の中まで血が滴っていた。
大地に倒れた戦死者や負傷者を踏み潰して敵に迫り、負傷者のわめき声を下から聞きながら剣を振るってきたのである。
レッケンベルのいた頃の我らというものはそういうものであった。
今の我らはそうではない
若者はといえばテメレール風情の『狂える猪の騎士団』にさえ破れる醜態を甘んじた
貴様が名誉を奪った
レッケンベルを奪った
我らの鉄の心を打ち砕いてしまった
ならば、我らとしては報復せねばならぬ
ファウスト・フォン・ポリドロに復讐を
それだけの怒りを込めて、この決闘状をしたためている
決闘を受けろ、ファウスト
貴様、なんでもヴィレンドルフではいかなる一騎打ちでも受けると申したそうではないか
それもレッケンベルが受けたからという理由で
ならば逃げまいな?
臆病者の小さい一物にかけて、闘うことを誓え
それとも、我らの『七つ刻みのバウマン』に対して
勝利を企図し得ないようなもやし野郎であるのか?
お前の母親の『気狂いマリアンヌ』はやはりしょうもない子供を育てた
ヴィレンドルフの捨て子を拾って育てた――
「続きを読めませぬ」
正直に呟いた。
これ以上口に出来るか。
ファウスト様は自分への侮辱は許せるが、母親であるマリアンヌ様への中傷だけは許さない――
そう思うが、すでに怒りの赤ら顔。
ダメだ、ファウスト様はブチ切れている。
怒り狂っておられるのだ。
「見せろ!」
ファウスト様が、私の手から決闘状を奪い取った。
表情は怒りに満ちている。
ご自身で読み上げる。
『レッケンベルを優れた若馬に例えるとするなら、気狂いマリアンヌは老いたロバに例えられよう
お前はそんな母親に育てられたのだな
お前は鍛えるという名目で幼少から虐められ、息を吸うことも吐くことも強要されて生きてきたのだな
まあロバは老いて駄役(荷物を運ぶこと)の用が済めば食用に供されるばかりである
お前のような醜い男を育てるために、まさに血肉を注いだのだな
まさしく愚かといえよう
アンハルトで笑いものの気狂いマリアンヌ
夫を失い、育てたるは一人の男騎士
一人ぼっちのマリアンヌ
親類縁者に、近郊領主に気が狂ったと縁を切られ
主君のリーゼンロッテ女王にすら見放された気狂いマリアンヌ
ああ、気狂いなのは姿形だけではない
ポリドロ領もケルン派の気狂いぞ
生まれは故郷すらない我らランツクネヒト以下の出自と聞いたぞ
追放者(バニッシュド)の集団であると聞いたぞ
平民や農奴ですらない者達であったそうではないか
何の知恵もないから畑を棒で掘り起こしていた猿どもの末裔が
そのような憐れな者たちの結実が気狂いマリアンヌとお前だ
笑わせやがる
夫を早くに失い、さぞかし気狂いマリアンヌも寂しかったろうな
ひょっとしてマザーファッカーか?(母親に童貞を奪ってもらったか?)』
そこまで読み上げて。
ファウスト様は言葉を止めた。
口にもしたくないのではない。
そのような幼稚な理由ではない。
ランツクネヒトは、決して障ってはいけないファウスト・フォン・ポリドロの全ての誇りに対して侮辱をしたのだ。
触れてはならない、逆鱗に触れたのだ。
「一人残らずぶっ殺してやる! ランツクネヒトの存在そのものをだ!!」
「落ち着いてください」
冷静になってほしいと、思わず口走る。
このような幼稚な安い挑発に乗ってはいけない。
私は自分の小さな体躯を使って、ファウスト様を食い止める。
「相手は一騎打ちに応じる気などありません。『七つ刻みのバウマン』を主軸とした部隊編成を組み、ファウスト様を待ち構えているに違いありません」
「知ったことか! どのような策が待ち受けようと打ち破るのみよ!!」
ああ、駄目だ。
私では止められない。
誰か助けを――こんな時こそザビーネを。
あの気狂いを召喚せねばならない。
そう思ったときに。
「落ち着け、ファウスト・フォン・ポリドロ。お前の価値が下がるぞ」
マキシーン皇帝が現れた。
彼女はやせぼそった身体で、金の御髪をひらめかせて。
冷静になるように、ファウスト様を押し止めた。
「・・・・・・」
皇帝なんぞに忠誠を抱いていないファウスト様も、思うところはあったのか。
一応はグステン帝国の騎士であるので、押し黙った。
「お前が怒り狂うのは分かる。ランツクネヒトはお前の逆鱗に触れた。決して触れてはならないセンシティブに触れたのだ。彼女らの雇用主として、まずは謝罪しておこう。すまぬ」
「・・・・・・皇帝陛下が謝るべきことではありませぬ」
ほっと一息つく。
とりあえず、止まってくれたようだ。
「この件、このマキシーンが取り持とう。皇帝の天覧試合としよう」
「天覧試合でありますか?」
「それならば、ランツクネヒトも下手なことは出来まい」
ふんす、と鼻息荒く、マキシーン皇帝陛下は口にした。
ああ、楽しそうだ。
ファウスト様はおそらくその心境に気づいていまいが。
「天覧試合とし、お前とバウマンの一騎打ちとなるように場を整えよう。よろしいか?」
「・・・・・・理解するとしましょう」
ファウスト様は答えた。
「ただ、それをランツクネヒトどもが受け付けるとは思えませぬが」
「彼女たちが誇りを持たず、ファウストをよってたかって殺すことしか考えていない輩だと?」
「少なくとも、この決闘状を見る限りはそうですね」
そうだろう。
ここまで挑発しておいて、一騎打ちも何もあったものか。
怒り狂ったファウスト様を迎え撃つ準備を整えての仕草に違いあるまい。
「彼女たちは寄ってたかって、靴(シュー)の中を血塗れにしながらに、死者の死骸を踏み越えてお前に迫るであろう。ファウスト・フォン・ポリドロ。お前の弱点は蟻のように集られて死ぬこととアスターテは言っていたが?」
「仰るとおり、その様子であります。私の唯一の弱点は、蟻のように集られることであります。フリューゲルに乗馬している状態なれば話は別なのですが」
「ならば、それは避けねばなるまい。冷静になれ」
マキシーン皇帝が諭す。
「ランツクネヒトの平時の主武装はカッツバルゲル。猫の喧嘩が語源の武器よ。普段からゴロツキの集まりがくだらない喧嘩や揉め事にこの剣を使う。そんなものを平素から振り回している連中に、死を恐れぬ勇者どもに寄って集られては貴殿も勝ち目がなかろうに。皮を剥がれて死ぬのが落ちだ」
「仰るとおりです」
ファウスト様は冷静になった。
ほっと一息をつく。
このときばかりは皇帝に感謝さえしよう。
「さて、ファウスト。先ほども口にしたが、この件は天覧試合とする。バウマンとの一騎打ちにて決着をつけよう。それでよいか?」
「全ては皇帝陛下の御心のままに」
それだけ呟いて。
ファウスト様は口を閉じて、憤懣を抑えた。
全ては心の中に蓋をして、自分の出自と母親が愚弄されたことにとめどない怒りを抑えながら。
そして、私は気づいてもいたのだ。
マキシーン皇帝陛下は、ただ単にファウストという男の強さがどれだけ規格外か、バウマンとの一騎打ちで見たがっているだけと言うことを。