「ケルン派への改宗式?」
「そうだ、おそらくは――いや、確実にそこでランツクネヒトどもは襲ってくるはずだ」
自分の相談役を眼前にして、ぱんと手を叩く。
「我が愛しい妹ヴァリエールを拉致せんとな。ランツクネヒトの動きは随時調べ上げてある。市民参事会の動きも予想範囲内だ。何から何までこの手に掴んでいる」
「なるほど。優秀なお姉様なことで」
アスターテが頷いた。
こういうときに理解が通じる相談役がいると、相談がしやすい。
「今度行われるケルン派への改宗式は、ヴァリエールの落ち穂どもの改宗儀式を兼ねて大々的に行われる。大勢集まった人間の代表として洗礼を受けるのはヴァリエールだ。そこをつくというわけか。人は大勢集まっているが、警備は手薄だ」
「嗚呼。それに改宗式には我々は参加できないからな」
このアナスタシアも、アスターテも、そしてナヒドもケルン派への改宗式には参加できない。
宗派が違うからだ。
ナヒドに至っては宗教自体が違う。
参加できるはずもない。
そもそもなんか頭がおかしい連中の改宗式なんか参加したくないし、なんというか、関わりたくない。
行われる内容すら知らないのだ。
「せっかく役立てると思ったのじゃがのう?」
ナヒドが、こてんと首を捻りながらに残念を口にする。
ナイフを一本見せて、指で弄くり遊んでいる。
今回コイツは使えんな。
暗殺者集団の使い道というのは意外とない。
「ケルン派の改宗式は教会ではなく、市街外の野外にて行われる予定だ。何分大規模な人数が改宗するからな。さすがに3000人近い全員が参加というわけにはいかんから、数十回に分けて行われる予定だが」
ヴァリエールの落ち穂どもは全員ケルン派に転向することとなった。
ポリドロ領への植民のための必須儀式である。
「ベルリヒンゲンとザビーネは参加するのであろう?」
「当然。あの二人も簡易な改宗しかしていない。正式な改宗式はヴァリエールと一緒にが良いとの希望だろう。さて、ここでどうするかだが。あの二人がみすみすヴァリエールが連れ去られるのを我慢できるかどうか」
本当にどうするべきか。
実に迷っている。
「わざと拉致させるのか?」
ナヒドが囁いた。
そこだ。
そこまでする必要があるか?
拉致しようとした、その行為だけで万死に値する。
市民参事会の会議室、あの屋敷に『報復』の一撃をくれてやる。
ランツクネヒトの計画を妨害し、市民参事会に制裁を。
それで全ては片付くのではないか?
それこそ、そこのナヒドに暗殺させてもよいし、もっと派手な手段を講じても良い。
そう思う。
「ランツクネヒトが勝手にやったことではないかと。そんな言い訳を使われることを嫌がっているのか?」
アスターテの言葉。
そうだ。
どうしても大義名分というものは必要だ。
ああ、これだけのことをやられたからこそに、アナスタシアは怒り狂ったのだ。
妹に手を出されたからこそ復讐は当然のことである。
そう帝都市民や、今は帝都にいない選帝侯に説明できるだけの理由が。
そのためには、一度ヴァリエールは本当に拉致されねばならぬ。
そんな問題がある。
「ランツクネヒトをどこまで信用できる?」
あの野獣どもを信用などできるか!
『信頼できなかったから』レッケンベルは彼女たちを帝都に置き去りにしたのだ。
彼女がどう使い道を考えていたかはヴァルハラまで出向いて聞かねばならないが――少なくとも私はランツクネヒトを敵として信頼できない。
愛しい妹の身柄を一度引き渡すなど。
ましてや肌が傷付けられるなど一つとて許せるものか!
だが、必要なことでもある。
そして、ヴァリエールは命を張るべき立場にいる。
今回の件は、ヴァリエールと市民参事会との取引にも関係している。
死んで貰っては誰もが困るが、目玉一つ抉られても動じないぐらいの覚悟はアンハルト王族として必要なのだ。
「・・・・・・カタリナを働かせよう」
「ニーナ・フォン・レッケンベルと、ヴィレンドルフ騎士をランツクネヒト側にすぐ突入させるよう動くか?」
それ以外無いのだろうか。
考えるが、どうにも思い浮かばぬ。
「それがよかろうのう。なんなら儂もついていこうか?」
ナヒドの言葉。
そうするしかあるまい。
「決まりだ。口惜しいが、ヴァリエールは一度拉致させる。だが」
「ザビーネとベルリヒンゲンが承知するか疑問だと?」
「計画を知れば、あの二人は当然配下として反対する。そして、この計画を見きれぬほどの阿呆でもない」
難しいところだ。
今は私の指示を聞いているが、ヴァリエールの安全保障を確実にはしかねる丁半博打のような状況を嫌がるであろう。
それこそ99%の安全が確立されていても、1%の不安があるならば避けるはずだ。
口惜しい。
同時に、あの曲者二人に好まれている自分の妹が微笑ましくもある。
曲者に囲まれて、腹を抑える妹を思う。
ポンポンペイン神だったか?
妹から勧誘されたが断っておいた。
あの子邪教徒なのに、ケルン派への改宗式に出てよいのだろうか?
「こうしよう。拉致をあの二人が阻止できるならば、よしとしよう。できなければこちらの案を通す。そのくらいの紛れがある方がランツクネヒトも容易く拉致できたなどと思い込まなくて良い」
「そうするか」
アスターテは頷いて、その当事者二人に指示を出すべく、立ち上がった。
さて、話は終わりだ、と言いたいが。
「あの男はどうする気かのう? ファウスト・フォン・ポリドロはどうでるかのう?」
一番大きな問題が残っている。
ランツクネヒトに挑発され、愛する母を領地を侮辱され、その信仰までも今穢されようとしている。
将来の領民の改宗式さえ邪魔されようとしているのだ。
そんな彼が怒り狂わぬはずがない。
ああ、そうだ。
ナヒドにも役に立つことはあった。
「説明してこい。ナヒド」
「嫌な役目じゃのう。アイツ、儂のことなんか凄い嫌ってるのよ。こんなに可愛い儂になんか冷たいのよ」
「知らん」
私は命じた。
必要なことだ。
その命令を聞かぬなら懲罰だ。
「知らんというなら、いっそ何も説明せんことにしない?」
「知ったときファウストが激怒するだろうが」
「アイツは気が短いが、理由を聞けば納得しないアホでもないじゃろう? そして、ザビーネやベルリヒンゲンと違って言わんと気づかん程度には鈍い。ならば説明しない方がよいと思わんか?」
思う。
今回の事は説明せずにおくか?
だが、ファウストは自分の将来の領民になるというヴァリエールの落ち穂共の改宗儀式であるというならば参加するであろう。
どうする?
「駄目だ。マルティナが気づく」
アスターテが推しの超人少女の名を挙げた。
確かに気づく。
が。
「マルティナは黙るだろう。おそらく何も告げ口などしない。まるで今気づきましたとばかりに説明するかもしれんがね。自分の立場だけは守ろうとしてな」
あの少女はヴァリエールのことを嫌っている。
従者の嫉妬、いや、小さな少女の嫉妬という奴だな。
それこそヴァリエールが死ぬというならば、絶対に口を挟むが。
ほぼ99%生命が確約されているとあれば、口を開かんだろう。
今回保証されるのは『生命』だけだが。
「・・・・・・なら黙っておくと? 何処かに遠ざけておくと?」
「そうなるな。鬱憤晴らしは天覧試合にて行って貰うとしよう」
決まりだ。
ファウストには何も告げない。
怒ったら謝ろう。
そして、ケルン派への改宗式からは遠ざけようではないか。
「改宗式の当日、ヴァリエールの護衛からは遠ざけろ。ちょうど良い。マキシーン皇帝陛下の父親が亡くなられた月命日である。陛下のお付きとして、そして我がアンハルト王族の名代として鎮魂の儀式に参列して貰おう。そうすれば改宗式には出られぬ」
そうしよう。
そうしよう。
と、アスターテとナヒドの声が返ってくる。
そういうことになった。
後でファウストが聞いたら怒るだろうなと、正直思いながらも。
我々は決断した。
ファウスト・フォン・ポリドロは改宗式から遠ざけ、ヴァリエール・フォン・アンハルトをランツクネヒトどもに拉致させる。
そんな決断をしたのだ。