貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第246話 なれば正式な決闘を

 

 

「なあ、どうしたんだよ」

 

喧噪は聞こえぬ。

ランツクネヒトの我ら倍給兵たちが宿として貸し切りにしている酒場からは、何の音も聞こえなかった。

酒は飲むが、杯を酌み交わすことはない。

ただただ、手酌にて酒を飲む。

ビールでも、ワインでも、ケルン派が特別に開発した天然痘治療用の蒸留酒でも、酒ならば何でもよかった。

酒精で酔えさえすれば、もう酒の種類など構いはしない。

なれど、それでも、もはや現実からは逃れられないでいる。

何もかも理解してしまった。

全ては始まる前から終わっていたのだ。

クラウディア・フォン・レッケンベルが死んだ日に、我らランツクネヒト全ては『終の日』を迎えてしまったのだ。

もはや何処にも行く当てのない、寄る辺なき者たちでしかない。

 

「喧嘩を売るんじゃなかったのか! 喧嘩を売りに行ったんじゃなかったのか! お前らは、何もせずに帰ってきたのか! 連れてくるはずのヴァリエール・フォン・アンハルトは今どこにいる!!」

 

バウマンが叫んでいる。

ああ、そうか。

彼女は参加しなかったのだ。

ポリドロ卿との決闘を約束したが故に、不参加を表明したのだ。

あのヴァリエールの改宗式に邪魔をしに出かけて、そしてすごすごと帰ってくる間抜けを演じなかったのだ。

なれど、いずれは知るだろう。

クラウディア・フォン・レッケンベルはもういない。

それを知るのは時間の問題であったのだ。

目を背けるにも限界があったのだ。

ヴァリエールを浚って今更どうなる?

それでポリドロ卿の怒りを買って、何が得られる?

ド派手に殺し合いをして、糞便の詰まった臓物を派手にぶちまけて、それをファウストという男騎士に浴びせて、それで。

それで。

彼の逆鱗に触れて、殺して貰おうと思った。

それで我々が救われれば良いと心の底から祈っていた。

だが、それにすらも、もう疲れたのだ。

もう何も考えたくはなかった。

きっと、そんな卑怯な考えで私たちはヴァルハラになど行けない。

あの大英傑レッケンベルと同じところへ行くなど、許されるはずもない。

なれば、もはや思考という行動自体が不愉快でさえある。

 

「これから、どうするつもりなんだ」

 

バウマンの問いに、返事はない。

誰もが口を開かない。

何もしたくはなかった。

もう何も。

そんな懊悩にさえ陥った時に。

酒場入り口のスイングドアに、我らの誰もがしたことのないノックの音が。

 

「邪魔するぞ」

 

怜悧な声であった。

まるで市井の青空学校で教鞭を振るっているような、小娘に読み書きを丁寧に教えているような、小賢しい女の声であった。

私は聞いたことがあるぞ。

五年前にレッケンベルの傍で、何度も何度も聞いたのだから、未だに覚えているのだ。

レッケンベルに五回も挑んで、五回も負けた愚かな女の声だ。

我々が散々に笑いものにした、愚か者の。

 

「テメレール、何しに来た」

「公爵を付けるくらいの礼儀は示してほしいものだが、蛮人の貴様らにそれを期待するほうが愚かか」

 

金のフレームで出来た、水晶の伊達眼鏡。

噂のポリドロ卿に殺されかけたせいで頭を縫うために短髪となり、高い鼻の骨がへし折れて、ぺっちゃりとなっている。

昔見たものとは違う、その面を笑ってやろうとして――その気にもなれなかった。

 

「君らを笑いに来たと言えば、気が済むだろうか」

「実際、笑いに来たのか?」

「違うな」

 

ぺっちゃりとした鼻に指先をやり、伊達眼鏡をくいとあげて。

やはり教鞭をとる教師のように、テメレールは吐き捨てた。

 

「憐れすぎて笑えんよ。レッケンベル指揮の直下にいることが許された、無敵のランツクネヒトでも選りすぐりの倍給兵連中が弱くなったものだ」

「・・・・・・用件はなんだ。五年前に、我らに負けた復讐か?」

「残念ながら、貴様らのことを今更敵とは見做していない」

 

だろうさ。

今の我らには『レッケンベルに五回も負けた猪公爵』を笑う気力すらない。

昔は、あんなにも酒の肴にしていたというのにな。

金満領主への勝利こそが、我らの渇望を満たしてくれた。

恵まれた者に対する勝利が、恵まれない私たちを満たしてくれたのだ。

今はもう笑えない。

私たちは金銭的に豊かになる代わりに、あらゆる全てを失った。

今は彼女よりも、我々の方がよほど道化であると理解しているからだ。

 

「私はただのメッセンジャーにして、使者だ。貴様らに教えてやりたいことがある」

「何の使者だ」

「クラウディア・フォン・レッケンベルよりの使者だ。彼女が言い残した言葉がある」

 

前を見た。

先ほどまで叫んでいたバウマンさえも黙り、テメレールを見つめている。

彼女が口を開いた。

 

「貴様らは知らないだろうが、私とレッケンベルはこれでも戦後は親しくてな。色々な事を会話した。色々な事を文通した。年に何百通という数の文書を交わした。その中には貴様らランツクネヒトのこともあった。どんな内容であったか聞きたいか?」

「・・・・・・続けろ」

 

口にして、会話の継続を促す。

テメレールは、教鞭をとるような仕草で口頭を続ける。

 

「私が一番聞きたかったのは、その中でも貴様らが一番聞きたいのは一つだけだろう。結局、レッケンベルはランツクネヒトをどうしたいのだ? あのままずっと帝都に放置しているつもりか? 帝都にて腐っていくのをただ良しとするのか? それとも――何だ、お前にはもっと何か展望があるのかと」

「何と答えた」

「最初の三年は、今考えている、ちょっと待っててねとだけ。ふざけているのかと怒鳴ったが、本当に最初は何にも考えていなくて、今は本気で悩んでいるのだから、ちょっとだけ待たせることを許してねという内容であった。笑えるだろう」

 

だろうさ。

レッケンベルは、あのお人は、我らにとっては神が如き人ではあったが。

地獄から間違って現世に生まれたようなお人であったが。

何処か行き当たりばったりなところがおありであったな。

我らの事など、何も考えていなかったに違いないのだ。

拾い上げた癖に、とは言いたくない。

我らが勝手に夢を見た。

ずっと、戦士としてのパレードが続いていくと考えた。

ヴァルハラ・コーリング。

我らがヴァルハラに呼ばれているのではない。

ヴァルハラの方から、我らに降りてくるのだとさえ考えた。

その我らの夢の責任を彼女に求める権利など、我らには――

 

「三年がかりでずっと罵り続けていたら、やっと答えた。そうだ、東へ行こうと」

「・・・・・東?」

 

我らには、権利などなかった。

それでもレッケンベルは何か思いついたらしい。

 

「ハーメルンの笛吹き、と言っても教養のない貴様らには判らんだろう。噛み砕いて話す。レッケンベルは、ある笛吹きが子供たちを連れさった童話を思い出したと口にした。あの伝承のルーツは神聖グステン帝国における東方植民者たちが、その開拓に旅立った逸話を元にしたはずだと」

「それで?」

「ヴィレンドルフの東だ。まだ誰も住んでいない場所がある。そこでランツクネヒトの王国を作ろう。王様は、私だ。家来は連中だ。奴らもそれを望んでいる。カタリナが、我が愛しの娘が無事育った後でならばヴィレンドルフはもう任せてもよいだろう。それからだ、それからと。言い訳のように」

 

王様。

我らの王、レッケンベル。

私たちは、彼女を神聖グステン帝国の帝王にしようと思った。

貴族になれればよいと思った。

豊かになれればよいと思った。

でも、本当に欲しいものはそんな程度のものじゃない。

別に、帝国そのものが欲しかったわけじゃない。

 

「彼女たちの、ランツクネヒトの王になれればよいなと考えたと、手紙で私にそう告げた」

 

私たちはただただ、私たちの主が、王が、レッケンベルであれば良いと素直に思ったのだ。

帝国など、その都合にちょうど良いとばかりに眼前にあったからに過ぎぬ。

嗚呼。

嗚呼。

嗚呼。

三度、感嘆の想いを繰り返す。

ちゃんと考えてくれていたではないか。

我らにマントの白糸を、あの『バラのはながら』を渡して去って行った、我らの王は。

ちゃんと我らの事を忘れないでいてくれたのだ。

それだけで、それだけで。

我らは大声で泣き出すことが出来るのだ。

だが、それはしなかった。

まだ話は続いているからだ。

 

「そして、死んだ。何も展望を果たさずに死んだ。このテメレールとの再会への約束も、貴様らへの誓いも何も果たさずに死んだ。貴様らも知っての通りの結末を辿った。ファウスト・フォン・ポリドロとの一騎打ちで敗れたのだ」

「嗚呼」

 

口で感嘆を漏らした。

そうだ。

死んだよ。

クラウディア・フォン・レッケンベルは、我らランツクネヒトの王に成らずに死んだ。

それが現実だった。

 

「私はそれをカタリナに教えてやった。乳母日傘で育った、何も知らないあの義娘に教えてやったよ。彼女は答えた。ならば、その想いを引き継ぐに値する者を使わそうと」

「義娘か」

 

嫌いだ、カタリナなど。

彼女のせいでレッケンベルは私たちを見捨てて、故郷のヴィレンドルフに帰ってしまったのだから。

どうしても好かぬ。

もう一人の娘、ニーナは別だが。

 

「貴様らは嫌いだろうがな。私もカタリナは嫌いだ。だが、ニーナは、本当の娘であるニーナは親の片鱗が窺えた。レッケンベルに生き写しとはいわないが、少なくとも未来の展望は覗くことが出来た。彼女は、なれば東に行こうと答えた。貴様らランツクネヒトの王となり、東方を開拓しようと」

「・・・・・・」

 

私たちは黙り込む。

知っている。

レッケンベルの育てた娘であれば、そう口にするであろう。

だから、テメレールに答えた。

ハッキリと、ずっと考えていたことを。

 

「私たちは、我ら古きランツクネヒトはレッケンベル以外に仕えることなどできない。仮に娘のニーナ・フォン・レッケンベルが手を差し出そうが、納得することなどできない。全てを忘れて新しい戦場に出向くことなどできはしない。囚われているのだ。もう私たちはクラウディア以外に仕えることなどできない」

 

知っているのだ。

それがテメレール側の捻りだした落とし所であると。

私たち古きランツクネヒトには不幸なことだけど、多くのランツクネヒトはとても幸運だろうと。

けれども、我らは違うのだ。

 

「若きランツクネヒトは、そうすればよいだろう。きっとニーナを王として掲げ、あのヴァリエールのように崇めて付いていく者もいようぞ。そうすれば幸せだろうし、そうあって欲しい。なれど、我らは違うぞ」

 

もはや老骨で、レッケンベルの輝きに疲れ果てた老いぼれよ。

我々の落とし所はそこではない。

知っているだろう、テメレールよ。

戦士の落とし所など、最終的には一つしかないのだ。

 

「私たちは、我らはここまでなんだ。そういうものなのだ。真の夜明けを乞う」

 

真の夜明け。

陳腐な言い方であった。

鼻で笑われても仕方のない言葉である。

なれど教養のない我らにとっては精一杯の文句であったのだ。

これだけは違えることが出来なかった。

テメレールは、そんな我々に一つだけの約束を求めた。

 

「なれば、正当な決闘を汝らに求める。ヴァリエールを拐ったりなどではない、皇帝や市民参事会の命令に従ってなどではない、貴様らが貴様らの意思だけで望む正々堂々とした決闘をだ。50人だけ志願者を募ってやる。そこで、その場所で、ポリドロ卿に望むように殺して貰え。そうすれば、貴様ら老いぼれが本当に望んでいるところに辿り着く」

 

真の夜明けを見るだろう。

レッケンベルに胸を張れるように、堂々と決闘の上でヴァルハラへ行け、老いぼれども。

その場所ぐらいは整えてやるさと。

テメレールは本当に憐れな者を見る目で私たちを見て、そうして吐き捨てた。




4巻書籍化作業中のため、更新が遅滞しております。
1ヶ月ぶりの更新となりましたので、出来が悪くないかドキドキとしております。
4巻発売日の方だけ2024年5月25日と決まりましたので、宜しくお願いします



@amichang15様に「11周年衣装ヴァリ様」と「ヴァリ様陣営rkgk」を描いて頂けました
https://twitter.com/amichang15/status/1774268265700933942

https://twitter.com/amichang15/status/1777244194144502034


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