貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第247話 正当な決闘状

「これがランツクネヒトからの、正当な決闘状だ。読め、ファウストよ」

 

 狐に化かされたような気がしてならぬ。

 テメレール公爵という女教師めいた女狐に対し、この私はそう思うのだ。

 鼻の軟骨が潰れた鼻ぺちゃの、それでいて銀縁に水晶で出来た伊達眼鏡の似合う女性。

 最初はなんだこの猪と思ったが、話してみれば色々と尊敬できる美点がある狐であった。

 そんなテメレール公が差し出してきた手紙を見て、私は嫌そうな顔をする。

 

「約束を果たしたぞ、ファウストよ。私はヴァリエールを守ろうと約束をした。私の予想した通りに何も起きなかったし、何か起きたときのために準備もしていた。であらば、次は卿こそが約束を守る番であろう」

 

 そうなる。

 テメレール公の予想は何もかも正しかったし、すでに『何故ランツクネヒトが、彼女たちがヴァリエールを拉致しようとして、結論として何もしなかったのか』の具体的な説明は受けている。

 彼女たちの心情は、憐れに思う。

 だが、私に対して行われた侮辱とは関係のないことだ。

 私が抱いた憐れみと、ポリドロ領に、私の母に対して行った侮辱は別に処理されるべきではないか。

 内心ではそう思うが。

 

「ひとまずは、手紙を読みましょう」

 

 マルティナが呟く。

 私などより、9歳の従者の方がよほど冷静であった。

 

「そうしてくれ」

 

 とりあえず、横に置いて考えよう。

 私は手紙をマルティナに読み上げさせた。

 ランツクネヒトからの決闘状である。

 一度貰った物は酷い内容だった。

 下品で挑発じみた言葉が並べ立てられていたのだ。

 だから、余り彼女たちのリート(歌)に期待はしていないのだが。

 聞く。

 

「煩悩具足の凡婦、罪悪深重の身。されど我ら人間なりけり」

 

 始まりから、罪業の深さを誇りにしているかのような出だしであった。

 私は彼女たちランツクネヒトを軽蔑する。

 

「そのようなモットーを紋章旗に記したのは、貴卿が仕えし第二王女ヴァリエールの第二王女親衛隊であったことを記憶している」

 

 違った、身内だった。

 いらない者達の楽園を、という書き出しは覚えている。

 あまりの素行の悪さに、彼女たちのモットーなど一々覚えていなかった。

 全文を読み上げるならば、『いらない者達の楽園を。煩悩具足の凡婦、罪悪深重の身。されど我ら人間なりけり』であったと、マルティナが補足をしてくれる。

 悪くはない。

 我らバジテッド(追放者)の身分が立ち上げたポリドロ領民から見れば、悪くはない文言であった。

 

「良い言葉だと思う。かつてレッケンベルも似たようなことを我らに口にした。我らについて、罪や悪を重ねてしか生きていけない存在である。様々な欲を抱え、欲で仕上がっているような存在である。だけれど、そうしていかねば、何かを掴み取ることすら生まれてこの方許されなかった存在であると」

 

 ・・・・・・少し悩む。

 何が言いたいのか?

 これではランツクネヒトのリートではない。

 まるで懊悩文だ。

 苦悶していることを相手に丁重に告げる、それだ。

 私の身内である第二王女親衛隊への褒めそやしまで含めて、そう感じる。

 

「ヴァルハラへいそぎ参りたき心あり。それはテメレールからすでに貴卿に伝えられたかもしれない」

 

 話の趣旨が掴めない。

 彼女たちはまるで、リートも忘れて、ただ想いを綴っているだけのような。

 そのような散文を私に送っている。

 知っている。

 おまえらが、さっさと死んでしまって、ヴァルハラのレッケンベル卿に会いに行きたいことなど知っているさ。

 こんな何も無いこの世から、とっとと逃げ出してしまいたいことを知っている。

 憐れだとは思う。

 それだけだが。

 

「我らランツクネヒトは、自らの力では、迷いや悩み、苦しみから抜け出すことのできない存在である。誰か導いてくれる御方が必要であった。第二王女親衛隊には、ヴァリエールの落ち穂どもには、その御方がかのヴァリエールであった。この愚劣極まりない世情に、確かな救いを見いだした。見いだして、拾い上げられた」

 

 そうだ。

 ヴァリエール殿下は凄いお人さ。

 ポリドロ領に3000人を連れていくと聞いたときなど、激怒した覚えがあるが。

 個人的な事情を横に置いておくとすれば、殿下は確かに救い人であった。

 この世何もかもが恨めしいと思っている輩に手を差し伸べ、貴女たちを連れて行くと口にしたのだ。

 『君を連れて行く。私も一緒よ』と、何処にも行く当てなど無い彼女たちに、はっきりと口にしたのだ。

 ハーメルンの笛吹きのように。

 そんなこと、詐欺師でもなんでもない普通の人が口にしていい台詞ではないというのに。

 おおよそ、常人の成せる御業ではない。

 グステン帝国で一番の強盗騎士であるベルリヒンゲン卿が忠誠を誓うのも頷けようというものだ。

 私などは元より、その初陣の振る舞いから殿下に対して忠誠を誓っているが。

 

「我らにとっては――彼女たちにとってのヴァリエール。それがレッケンベルであった。『偉大で勇敢なレッケンベルからの神のお恵みを! 彼女の下、一つの騎士団が現われ出で笛や太鼓で諸国を廻る、これぞランツクネヒトと申すもの』、それが我らのリートであった。今となっては憐れなリートだ。もはや笛や太鼓で先導を務めてくれる者などいないというのにな。貴卿への決闘状に綴った文言は今となっては全てが恥ずかしくて顔を覆ってしまいそうになる」

 

 戯れ言はもう良い。

 マルティナの語る弁に任せているが、目を覆いそうになる。

 おまえらが何を望んでいるかなど、とうに、このファウストは理解しているぞ。

 

「貴卿を怒らせて、怒るだけ怒らせて、そうして決闘をして殺して貰おうなどとな。笑えるだろう」

 

 笑えないな。

 付き合ってはいられない。

 どうせ目的は判っている。

 私に殺してくれと言うのだろう?

 戦人ではあっても、殺人鬼というわけではない私に。

 そう口にしようとして。

 視線をやるが、マルティナとテメレールは首を振る。

 

「まだ続きがありますゆえに」

 

 そうであるか。

 ならば、口にしろ。

 所詮、戯れ言さ。

 私を、ファウスト・フォン・ポリドロを説得する理由など何処にもないだろうさ。

 彼女らは、ランツクネヒトらは私の故郷を馬鹿にしたし、私の母親であるマリアンヌも馬鹿にした。

 彼女たちが、私に殺して欲しがっているのは理解しているのだ。

 だけれど、望み通りにそうしてやる理由など、私には何もないのだ。

 そう思う。

 

「――」

 

 何やら、ランツクネヒトのリートとやらが、マルティナの口から鳴り響いている。

 どうでもよい。

 どうでも。

 かつて、私はヴァリエール殿下に口にした。

 殿下の初陣式の時に口にしたのだ。

 『多額の謝罪金を戦費として私達に支払ってもらうことになりますよ。それこそケツの皮が剥けそうなほど。私は自分のケツも拭けない領主騎士が反吐が出る程嫌いです。容赦はしませんよ』

 そう告げた。

 利益の無い戦いに、このファウストは出向かないと。

 そう告げたのだ。

 それは今になっても変わらぬ。

 だけど。

 締めくくりに、マルティナがこう口にした。

 

「なお、貴卿が我々を打ち破りし後には、そして我々が差し向けた刺客であるバウマンを倒した暁には、我々の全財産が貴卿に支払われることを約束する。バウマンにも文句は無いと確約させた。貴卿が勝利したならば、ポリドロ領開発の足しにせよ」

 

 舌打ちをした。

 彼女たちは、ランツクネヒトも、そう告げたのか。

 

「そうか、そうか。つまり連中はそういう奴らなんだな」

 

 現世利益について、もはや何も望んでいないのだ。

 現世における金など、もはやどうでもよいと。

 何もかもを擲って、レッケンベル卿の御許に行きたいと言うのだ。

 

「私にそこまでして殺して欲しいと、そう言っているのだな」

「正当な決闘を受けるか? ファウストよ。貴卿は同時に50人までなら相手に出来ると答えたが」

 

 テメレール公が尋ねた。

 ここで、彼女が求めている返答は理解できる。

 殺してやるのか、やらないのか。

 返事は当然のようにして行う。

 

「正当な決闘を受けましょう」

 

 単純な結論であった。

 殺してやろう、ランツクネヒトの古強者たちを。

 この手で、殺してやろうではないか。

 

「御代を払うと言った。自分の命に対し、金を払うと口にした。そうして死ぬと口にした。ならば、もはや断ることはしません。奴らは自分の尻を自分で拭こうというのだ」

 

 死にたいと口にしたのだ。

 殺してくれと口にしたのだ。

 そのための六文銭は自分で払うと口にしたのだ。

 なれば、断る理由はもはやない。

 彼女達は、完全に退路を断っていた。

 

「そうして欲しいのならば。そうしてやるだけのことです」

 

 それだけがお前らの、ランツクネヒトの望みなのだろうと。

 結論は出ていた。

 ここで断ったとしても、次は正当な決闘でさえない路地での殺し合いだろう。

 私に選択肢など無い。

 舌打ちをする。

 

「・・・・・・ファウスト、ランツクネヒトは強いぞ。本気を出した連中はな。兵単体では話にならねども、隊伍を組んだ彼女たちは強い」

「テメレール公爵が敗れるほどに?」

 

 皮肉を言う。

 この程度の愚痴は許してほしいものだ。

 

「そうさ、私を打ち破れる程にさ」

 

 その皮肉を、当然のようにテメレール公爵は受け止めた。

 まるで、恥じ入る点は何一つも無いと言いたげに。

 銀縁に水晶で出来た眼鏡を、軽く持ち上げながらに彼女が告げる。

 

「ファウスト。つまらん殺しだと思っているだろうが、本気を出したランツクネヒトは、死兵と化した連中が恐ろしいことは誰より戦人である君が知っていよう」

「ヴィレンドルフ戦役の折に、そこは十二分に承知していますよ」

 

 私は答える。

 ワクワクなど何一つしない、ただ殺しをするだけの殺しに。

 もはや形骸化した法事としか思えない内容に。

 

「それでも、ヴィレンドルフの重騎士よりは強くない。そして私は油断をするつもりもない。残るのは凄惨な結末だけですよ」

 

 ただ一つ、私にとって興味があるとすれば。

 それはレッケンベルも認めた、バウマンとの一騎打ちだけであった。

 私はそう話を打ち切って、静かに目を閉じた。








久しぶりの更新なので、文章に変なところが無いか酷く気にしております。
問題ありましたらご指摘をお願いします。



さて、お待たせして申し訳ありませんでした。
4巻書籍化作業が完全無欠に終わりましたので、連載を再開します。
第4巻の発売日は5/25となっております。
本編に加筆修正を加え、わかりにくいところを色々と調整しました。
また外伝書き下ろし3作「銀をくれてやる(トクトア列伝) 」「ヴァリエールのドサ回り」「四章if外伝 バラ園に歌声を」を加えております。
特典SSペーパーは6作書きましたが、販売店様が公示されて後にしか、当方からお知らせすることが出来ません。随時あとがきとTwitterにて連絡します。


また、書籍化作業のストレスでラブコメも書きましたので
(小説を書くストレス解消に小説を書く癖が作者にあります)
感想頂けますと嬉しいです。
https://syosetu.org/novel/340237/

ではでは
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