貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第249話 死は人を動かすのだ

 完全武装のファウスト・フォン・ポリドロがコロッセウムの円形闘技場中央に立っている。

 フリューテッドアーマーに、先祖伝来の『決して壊れぬ』というだけの祝福をまるで呪いのように与えられし、ただただ頑丈なだけの無骨な剣を肩に担いだ彼の姿を見る。

.

 50人がかりといえ、勝ち目はないだろう。

 若きランツクネヒトである私にはそう思えた。

 私は一応貴族の出で、そこそこの教育を受けた三女四女の――私の出自はどうでもよいだろう。

 話してもつまらぬ。

 重要なのは、テメレール猪突公が放ったファルコン砲の砲弾を撃ち返した光景を、かつて目撃したことだ。

 あんなバケモノに勝てるわけがないのだ。

 人体は砲撃を打ち返せないように出来てはいない。

 だが、彼は出来るのだ。

 あの頬肉まで筋肉がミチミチと詰まったバケモノは、それを容易く成し遂げることが出来た。

 だから、我らがランツクネヒトの幻想であるレッケンベル卿も、彼に殺されてしまったのであろう。

 レッケンベル卿の伝説は聞いたことがある。

 命令を叫ぶ声が戦線の片隅まで鳴り響いたとか。

 素手で人の頭をヘルムごと毟り取れたとか、鉄のヘルムが指の力で潰れた跡が残っていたとか。

 テメレール公爵の率いる超人兵団「狂える猪の騎士団」を単騎にて打ち破ったとか。

 伝説は多々ある。

 そして、それは全て事実なのだろう。

 なれど、あの悪鬼に負けた。

 ファウスト・フォン・ポリドロに。

 だから、その――もういいではないか。

 こんな行為に意味は無いのだ。

 この50人がかりで彼を襲う戦いも――実際に闘う彼女たちですら、バウマンのための前座と呼ぶそれなど。

 やらなくてもよいではないかと思うのだ。

 どうせ勝てないよ。

 おまえらが死んで、それで仕舞いだ。

 でもやるのだ。

 どうしても現実を理解できぬ、ファウスト・フォン・ポリドロの強さを知らぬ、ランツクネヒトに何もかもを教育するための供物として。

 

「ファウスト・フォン・ポリドロ卿に告ぐ! 全身全霊の我らが戦を受け止めて頂きたい!! 五分後には息すらしておらぬ我ら最後の頼みよ!!」

 

 喉が破れて血が吹き出るような叫びが聞こえた。

 ランツクネヒトの老練たる倍給兵による叫びであった。

 ぎゃりん、と金属音が鳴った。

 火花が飛び散って、削れた鉄粉が舞っていた。

 前列の倍給兵が自前のツヴァイヘンダーを重ねて、それを打ち鳴らしたのだ。 

 まるでランツクネヒトの入隊式、その剣の道を強烈に意識させるかのように。

 コロッセウムで見守るランツクネヒト全員に、意味が伝わって欲しいかのように。

 

「来い」

 

 ポリドロが待ち受けていた。

 彼の口元を砂煙、血、汚物、臓物。

 とにかく彼の相対する相手から吹き出す物体から防ぐためのそれ。

 ストールが口元を覆い尽くしており、彼の表情は窺えぬ。

 笑っているのか、呆れているのかすらもわからぬ。

 やがて、我らの最強部隊が動き出した。

 ランツクネヒト、レッケンベル卿の近衛、最強を自負する倍給兵達が。

 

「嗚ッ!」

 

 咆哮が響いた。

 喉を破って血が口から漏れ出るような咆哮であった。

 秩序ある完遂に至った規律ある隊伍を、無頼が打ち破ることなど決して出来はせぬ。

 軍隊だ。

 教養も無ければ字も読めぬ、口にするは人を馬鹿にするリートのみよ。

 酒に酔い、たびたび狂気を孕んで錯乱し、世を憎み、人を憎みて唾を吐く。

 農民の家を焼いて喜び、テーブルの上に乗り上げては足で食器を割る。

 猿そのものであった。

 なれど、酒が抜けた今の彼女たちは軍隊そのもののように見えた。

 エスプリ(名誉)はありや?

 ある。

 彼女たちにあるのは、ただレッケンベル卿に対して最強の配下であったという自負だ。

 直々に認められて、その指揮下に加えられたという自負だ。

 ガイスト(精神)はありや? 

 ある。

 そこにあるのはもはや精神を超えた魂という名の存在である。

 五分後には息絶えているだろうという覚悟である。

 モラール(士気)はありや?

 ある。

 死兵の士気だった。

 これを超える物などこの世に存在しない。

 だから、彼女たちはおそらく最強の軍隊だった。

 完全に統率が取れている。

 たとえ騎馬砲兵の砲弾が眼前に届こうとも、彼女たちは怯えず前進するであろう。

 一度砲弾が届けば、半数は粉みじんに消し飛ぶであろうが。

 次の砲弾が届く前に、残りの半分は相手を殺戮するだろう。

 秩序ある完遂に至った規律ある隊伍を、無頼が打ち破ることなど決して出来はせぬ。

 それが軍隊というものである。

 合理の結実を求めて生み出された暴力である。

 今のランツクネヒトは、合理の結実に至った暴力である。

 ――問題は。

 眼前にいる、バケモノが。

 騎馬砲兵の砲弾すら物ともせぬ。

 

「雄ッ!!」

 

 純粋なる狂気すらも圧倒しきる、脳みそまで筋肉で出来た暴力の塊であることだった。

 ポリドロ卿が前進する。

 剣を握っている。

 それを両手で、ただ力任せに振るった。

 まるで海という、私が見たこともない強力な波が、その水飛沫が舞うように剣を振るって。

 ランツクネヒトの誇りが粉々に砕け散った。

 入隊式に使われる物であった。

 倍給兵のツヴァイヘンダーが、前列の彼女たちの握る両手剣が粉々に砕け散ったのだ。

 まるでなにもかもを、我らのエスプリ(名誉)もガイスト(精神)もモラール(士気)も全て嘲笑うかのように。

 ふざけるな。

 そんな思いが沸いた。

 剣の一振りで、隊伍は崩された。

 前列の武器が機能しなくなってしまったのだ。

 

「お見事。それでこそポリドロ卿よ」

 

 見事?

 そんなまさかの言葉が聞こえた。

 違う、そんな言葉は聞きたくない。

 貴女たちが口にすべき言葉は。

 

「カッツバルゲル!」

 

 降伏すべきではないのか。

 何もかも認めて、もう降伏すべきではないか。

 ツヴァイヘンダーを打ち捨て、抜き放ったのはカッツバルゲル。

 私たちの標準装備で、猫の喧嘩が語源の武器であった。

 前列の兵士がそれを手にして、突き進む。

 

「我らごと突け!!」

 

 そう彼女たちが絶叫した。

 二列目の槍兵に対して、そう口にした。

 何を、馬鹿な。

 もういい、この戦の結末は見えている。

 あんなバケモノに勝てるわけがない。

 

「――」

 

 ポリドロ卿は沈黙している。

 代わりに、剣を背負った。

 何故!?

 そう思ったが、理解できた。

 

「雄ッ!!」

 

 馬の上ならば剣を振るおう。

 弓を射ち、槍を投げるかもしれない。

 なれど、本当の近接戦闘において武器は邪魔でしかない。

 ファウスト・フォン・ポリドロがその強さを剥き出しにするのは、武器を手にしての闘争ではなく。

 単純に、身体能力による暴力なのだ。

 それも、アナスタシアに、あの『人食い選帝侯』に与えられたという特注のフリューテッドアーマーに全身を包んだ姿での。

 ポリドロ卿は前進している。

 コロッセウムの床を踏み割る威力での、前傾姿勢からの強烈なタックルであった。

 隊伍が瓦解した。

 まるで砲弾を受けたかのように、ポリドロ卿の突撃で前列が吹き飛んだのだ。

 飛沫が上がっている。

 海の水飛沫ではなく、ランツクネヒトによる血飛沫であった。

 何人が死んだのだ!?

 何人が殺されたのか、それすら分からぬ。

 酷い者など、原型すら留められないほどに『形を崩されて』いるのだから。

 手指や、足が散らばっている。

 こんなもの戦でさえない、

 戦争から、きらめきと魔術的な美が奪い盗られてしまった暴力の所産でしかない。

 なれど。

 

「隊伍を再び整えよ、形式さえ整えられぬとあっては恥よ!」

 

 ランツクネヒトは動くのだ。

 我らの代表は動くのだ。

 悲鳴すら上がりそうであったし、事実一部の若いランツクネヒトは「もうやめてくれ!」 と口にすらしている。

 あのバケモノには勝てないのだ。

 もう、誰もが認めている。

 レッケンベル卿はあの男に敗れてしまったのだ。

 だから、もういいではないか。

 もう敗北を認めよう。

 だが。

 

「誇り高き我らよ、小さき共同体、ランツクネヒトのものどもよ、我を見よ、我を見よ!」

 

 私たちを見てくれと。

 円形闘技場の古強者達が叫んでいる。

 そうして、戦い続けている。

 

「誇りを取り戻せ。かつての我らは強かった。このような相手でさえも決して怯みはしなかった!」

 

 事実だ。

 彼女たちは、あのバケモノの相手をしてすら一歩も退こうとはしていない。

 ただただ立ち向かうばかりである。

 

「我らは気性がひねくれて、どこまでも誠実ではなく、正義に対して曇りしかない眼差しを持った愚劣なり。徳性などない卑怯卑劣の愚か者の群れであるが、なれど誰よりも勇気だけはあったではないか!!」

 

 血飛沫が舞っている。

 ランツクネヒトの血飛沫であった。

 その血と肉には、あのバケモノの血肉など一片足りとて混じっていない。

 だが。

 

「我を見ろ! 承認するんだ! ランツクネヒトが果敢で勇猛な存在であるという証明を見届けよ!!」

 

 彼女たちはまだ諦めていなかった。

 死体が動いた。

 地面に転がっている死体が手を動かし、バケモノの足を掴んだのが見えた。

 それも、何人もの手が。

 もう死んでいたのではないのか?

 彼女たちの身体の一部はすでに欠けている。

 五体満足の者など一人もいるどころか、ある者などは頭さえ一部が欠けていた。

 バケモノが――あのポリドロ卿が、驚愕の眼差しで彼女たちを見た。

 彼の装甲は彼女たちの血で覆われており、迅速な身動きをすることが出来ぬ。

 死んでなお――心残りのように、その身を動かした彼女たちへの驚愕で動けぬのだ。

 

「機なり!」

 

 数人の古強者が、カッツバルゲルを手にポリドロ卿に纏わり付いた。

 斬るためではない。

 ただ、鎧の隙間に刃を差し込むために。

 

「お見事」

 

 男の、本当に感嘆した声が響いた。

 ポリドロ卿の全身の鎧隙間に、カッツバルゲルが突き刺さった。

 なれど。

 全身から血が噴出したが、致命傷には至らない。

 そも鎧自体が致命傷を防ぐための装備であり、いくら隙間に刃を通そうが、それだけでは致命には至らぬ。

 なれど、通常の騎士なれば、もはや身動きはとれなくなるはずであった。

 

「すまない。正直侮っていた。君らに失礼であった。全身全霊で応える」

 

 だけど、ポリドロ卿には通じない

 だって、彼はバケモノだからだ。

 

「――渦巻」

 

 バケモノが、何か技の名前のようなものを口にして、身体を震わせた。

 身体を小さく丸め、大きな狼が雨雫を飛ばすように、身体をぶんと身震いをした。

 それだけで突き刺したカッツバルゲルが引き抜かれ、纏わり付いていた古強者達が吹き飛んだ。

 ミチミチとした音が聞こえる。

 筋肉を捻る音か。

 バケモノの肉体の傷を肉が覆って、修復しているかのような音か。

 どちらとも区別がつかない。

 

「もはや一人とて、侮りはしない。君らをヴィレンドルフの死兵騎士と同じ強さと認識した」

 

 バケモノが告げる。

 梟の鳴き声が夜を告げるように。

 

「だから、誇り高く死に給え」

 

 眼前のランツクネヒトの古強者、全員の死を告げた。

 彼女たちは、誰一人として逃げ出すことはないに違いない。

 全員が見事な討ち死にを果たすことだろう。

 

「嗚呼」

 

 私はといえば、目を逸らせずにいた。

 ただひたすらに残酷なだけの光景に、一種の高揚を覚えていた。

 アレは、私たちランツクネヒトにさえも、覚悟さえあればあれほどの事が成し遂げられるのだと。

 私は一生、この感情を忘れないだろう。

 彼女たち古強者は、私たち小さな共同体であるランツクネヒトの記憶に一生留まるだろう。

 そして、いつしか神話となるであろう。

 誰も感嘆以外の言葉を発せず、やがて沈黙し、我らは古強者の死全てを見届けて。

 なにもかもを理解した。

 彼女たち古強者は、私たちランツクネヒトに勇気と誇りを取り戻させるために死んでいったのだと。

 

 




色々と長い連絡があります。

まずはコミカライズの更新が本日有りました。(先読み第九話)
https://comic-gardo.com/episode/2550689798665481360

そして書籍版第4巻が発売されました。
売り上げ好調により5巻発売も決まりました。
4巻後書きでも書きましたが1~3巻及びコミカライズが重版され、韓国版、台湾版も現行2巻まで発売されております。
心から御礼を申し上げます。
さて、上記の通り書籍版は好調ですので、書籍の打ち切り等が理由ではないことをご賢察いただいた上で、長期更新停止の連絡をさせて頂きます。

理由ですが「改めて構成を練るので」「プロットを詳細に固めるので」と説明できたら格好良いのですが、正直に言いますと「むしろ設定資料もプロットも何一つ無しのほぼ脳内プロットのみで執筆をしてきたせいで、最近の中弛みが生じた」としか現状考えられないせいです。全部脳内だけで作業をするのにとうとう限界が来ました。
長期連載の歪みが明確に生じておりますので、ちょっと本作のプロットを第一章から作成してみて、作品の設定資料集や今までの概略図を書く時間が必要ですので、書籍版5巻発売までは休ませて頂きます。

より厳密には休むと言いますか、本作の上記作業と並行しつつ、プロットから起こした小説も色々と書いてみて練習や勉強をしたいという状態のため
今、横で書いている「身長190cmある女の子の話」
https://syosetu.org/novel/340237/
が、作者の力不足を感じたことから生まれて初めてプロットより捻り出した作品となりますので
こちらをプロットに従って文章化できるかどうか、試験作として運用していきます。
その他、10万字くらいの単発完結作品をいくつかお出しするかも知れません。
他作にかまけて書けないのではなく、全て本作の執筆のためです。
ご了承ください。

それでは、本当に申し訳ありませんが、上記理由によりお休みを頂きます。
作家読みして下さる場合は、その間は他の作品をお楽しみ下さい。
本作を読みたい方はしばらくお待たせします。
本当に申し訳ありませんが、ご了承下さい。
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