チンコ痛いねん。
だから、何度も心の中で――言っているのは通じんか。
いくら、クローズドな場とはいえ。
何でシルクのヴェールを一枚羽織っただけの姿で現れるねん、お前。
母親であるリーゼンロッテ女王と同じタイプかお前。
そうファウスト・フォン・ポリドロは心の中で罵った。
裸体にシルクのヴェール一枚を羽織っているだけの、アナスタシア第一王女を。
その長椅子の横に座るアスターテ公爵が、まずは口を開いた。
「まずは、先に話をさせてもらうぞ。ファウスト、マルティナの件は本当に申し訳なかった」
私は、ファウスト・フォン・ポリドロは領民30名を連れ、再び王都に訪れていた。
そして王宮に訪れたその足で向かった場所。
アナスタシア第一王女の居室、そのクローズドな場で思う。
チンコ痛いねん。
詫びを入れたいと思うなら、アナスタシア第一王女にその恰好止めさせろや。
お前の顔を目にするたびに、その横の人物の美乳が目に入ろうとするんや。
というか、どうしても視線がそっちにいくんや。
王家一族の特徴たる赤毛のアナスタシアの長髪が、なんとか乳首を隠してくれてはいるが。
逆にそこだけ見えない方が、興味を「そそる」。
金属製の貞操帯に、勃起が衝突し、痛みを発生させ、眩暈を起こす。
何で私がこのような目に。
「謝罪は結構です。手紙でも使者の早馬で、すでに伝えたはずです。もう許したと」
「そうは言っても、直接の謝罪とは別だろう。あらましは、すでに伝えたとおりであるが、本当に申し訳なかった。ファウスト」
アスターテ公爵が頭を下げる。
どうでもいいから、アナスタシア第一王女を止めろや。
そんな事はもうどうでもいいんや。
こっちは本気でチンコ痛いんやぞ。
「……怒りは、妥当であると思う。だが、その怒りは何とか収めて欲しい」
アスターテ公が顔を悲痛の色に染めたまま、謝罪する。
ああ、私の顔、また憤怒の色に、真っ赤に染まっているのか。
これは違うぞ。
言い訳一つすらできんが、それは違うのだアスターテ公爵。
もうお前は許している。
「これは貴女への怒りでは無いですよ、アスターテ公爵」
勘違いされているなら、丁度良い。
この怒りは、アスターテ公爵への物ではない。
凄いチンコ痛いからだ。
後は、人を都合の良い駒のように考えている王家への怒りだ。
こっちだって都合があるんだぞ、王家よ。
いや、アナスタシア第一王女よ。
今回、お前の用件だって聞いたぞ。
何でか、ヴァリエール第二王女も傍にいるがな。
「その、ファウスト……お願いだから落ち着いて」
お前はちゃんと礼服着てるから落ち着けるよ。
そもそも貧乳だしな。
美乳のアナスタシア第一王女と、爆乳のアスターテ公とは違うのだ。
お前等何がしたいんだ。
そんなに私のチンコを痛めつけて楽しいか。
私はヴァリエール第二王女へと視線を向けた後。
横合いから、アスターテ公の声を聞く。
「お前の要求は全て受け入れよう。お前の愛馬フリューゲルの繁殖は我が領地にて承ろう。今回の役目を終えてからになるがな。そうそう、単に優秀な牝馬への種付けではなく、他の沢山の牝馬にも種付けするがいいよな? その中で、一番優秀であった仔馬をファウストに贈ろう。もちろん、他の牝馬への種付け料も支払うぞ? 何せアンハルト王国最強騎士の、最強馬の種だしな。相当な額を支払うぞ」
「それで不満はありません。フリューゲルも子孫が増えて喜ぶでしょう」
お前にこの場で種付けしてやろうか。
心の中で罵りの声を挙げる。
こっちはチンコ痛いんやぞ。
ぷい、と顔を背けながら。
アスターテ公の横の人物の美乳を目にしないようにしながら、横に座るヴァリエール第二王女のみを見つめる。
我が心の平穏は、この場でこの人物だけだ。
「あの、ファウスト。何で私を見つめるの?」
「この場にては、私が相談役を務めるヴァリエール第二王女以外に目を向けたくは無いのです」
これで、私の不機嫌具合はアナスタシア第一王女に伝わるか。
それは微妙であるが。
少なくとも、私は今、アナスタシア第一王女の顔に、その下にある美乳に視線を向けたくはない。
チンコ痛いねん。
「アスターテ公爵。お前の謝罪である一件、その話は終わりか」
アナスタシア第一王女が、アスターテ公爵へ話を向ける。
「はいはい、話は終わりましたよ。後は王家からの話をば。私は最初に言っておきますが、反対の立場ですからね」
アスターテ公爵が、その爆乳をぶるん、と揺らしながら、両手を空に向ける。
やめろや。
本気で犯すぞお前。
この貞操逆転世界観にて、例え男が女を犯すのが異様な光景だとしても。
私はもはや、そんな事知った事じゃない。
本気でお前等を犯すぞ。
チンコ痛いねん。
今の私は何をするか自分でも判らんぞ。
「ファウスト・フォン・ポリドロよ。話がある」
「はいはい。謹んでお断りいたします」
私はアナスタシア第一王女の話を、謹んでお断りした。
内容は聞かない。
聞くまでもない。
私は領地の保護契約の義務も、第二王女相談役としての役目も、完全に終えているのだ。
王家のワガママなど聞く理由が無い。
「せめて、話ぐらいは聞いてから断れ!」
「聞きたくないんですが」
アナスタシアがその美乳をヴェール一枚ごしに晒しながら、私の顔を見つめてくる。
私といえば、珍しくそのおっかない視線に目を重ねた。
そうしなければ、アナスタシア第一王女の美乳が視界に入るからな。
「用件は、はっきり一言で言おう。ヴィレンドルフ王国との和平交渉だ。その使者をお前に任せたい」
「何で私が? それは法衣貴族の仕事でありましょう? いえ、よしんば領主騎士に任せるにしても、私では格が低すぎます」
何が悲しくて、アンハルト王国とほぼ同国力を有する同じ選帝侯たる、ヴィレンドルフ王国との和平交渉の使者に立たねばならないのだ。
それは法衣貴族の仕事であろう?
決して領民300名足らずの地方領主の行う仕事ではない。
下手すれば、相手は馬鹿にされたと考えて私の首を刎ねるぞ。
そして再戦争だ。
いや、ヴィレンドルフの価値観から、それは無いと私も知っているがな。
私はあの国で英傑に値する。
粗雑に扱われる事は決してあるまい。
「法衣貴族は役に立たん。梨の礫だ。ヴィレンドルフは、我々アンハルト王国の王軍の大半が北方の遊牧民族対策に充てていることを知っている。ヴィレンドルフ方面が脆弱になっている事を知っているのだ。相手にはせん」
「……」
聞きたくない言葉を聞いた。
これが他人事であればよかった。
で、あるが、他人事ではないのだ。
騎士見習いとして同席させている、マルティナへと視線を向ける。
マルティナは沈黙している。
この場における発言権は無いからだ。
正直、何かアドバイスが欲しかった。
私は政治的見地に乏しいからだ。
「……」
私は必死に考える。
我が領地たるポリドロ領は、蛮族ヴィレンドルフの国境線にほど近い。
だからこそ、こうやって軍役を必死に果たし、アンハルト王国との保護契約を保持してきたのだ。
我が領地が、蛮族に襲われる?
それだけは御免だ。
我が領地は、わが命に代えても守るべきものだ。
私にはポリドロ領の領主騎士として、亡き母親から、その祖先から引き継いできた立場として、領地を守る義務がある。
「ファウスト、これはお前にとっても関係がある話、だとは思うのだが……」
「思うのだが?」
私は語尾を強くし、訴える。
だからといって、総責任を。
ヴィレンドルフ対策への総責任を任される立場では決してないはずだ。
これは王家と法衣貴族が解決すべき問題のはずであろう。
そうでなければ私が領地の保護契約のために、必死に軍役をこなしている理由が無い。
「もちろん。もちろんだ。当然の事ではあるが、お前の動員した領民の全て、今回は30名であったか? その動員費用の負担は我が王国が背負うし、そのヴィレンドルフの和平交渉が成り立った際の報酬も考えている」
「ほう」
その額はいくらかね?
下手な金額では、私はそう思うが。
横のアスターテ公爵から紙を渡され、その試算額に目を疑う。
これ、カロリーヌ反逆の報酬金より多額じゃねえか。
「ほう」
私は思わず声を挙げる。
悪い額ではない。
もはや我が領地の10年減税どころか、我が世代においては、ずっと領地の減税政策すら行えるほどの額だ。
まあ、それが当たり前になると次代が困るのでやらんけども。
額としては、正直眼が眩む程の額だ。
そう、眼が眩む。
勃起すら萎えて、チンコの痛みが治まるほどに。
それは良い事であるが。
いやいや、待て待て。
それだけ厄介な、難事であるという事だぞ、今回の役割は。
「事前に交渉した、法衣貴族達による反応はどうだったのです」
私は状況を冷静に判断する。
アナスタシア第一王女は答えた。
「弱き者どもから出た、弱き者どもの言葉は信用できぬ。領地を立ち去るがよい。そう、取り付くしまもない有様であった」
「……」
要するに、何一つ進展していないと。
だよねー。
ヴィレンドルフにとっては有利な状況だからね。
いくら、アナスタシア第一王女とアスターテ公爵と私が、1000の倍軍を追い返したとはいえ。
あれは、本当に三者の能力が総合的に重なり合って奇跡を為した、偶然の出来事だったからね。
前線指揮官であるレッケンベル騎士団長を良いタイミングで討ち取れたから勝ったようなもの。
次は成功しないと思うわ。
多分、負ける。
そう感想を抱く。
アスターテ公が逆侵攻を行い、たまりかねたヴィレンドルフがようやく停戦条約を結んだのだ。
今はその停戦条約の期間中であるが。
いかん、それはもうすぐ切れる。
あと半年も残っていないではないか。
残念ながら、ファウスト・フォン・ポリドロは馬鹿ではなかった。
国が置かれている状況にも、ヴィレンドルフに国境線が近い自領の状況も理解していた。
このままだと、詰む。
しばし、悩む。
このままだと、我が領地もヴィレンドルフに、あの蛮族の侵攻に遭う。
それは困る。
アスターテ公爵の常備兵500と、リーゼンロッテ女王の軍は、その保護契約をしっかり守ってくれるであろう。
ヴィレンドルフに対抗してくれるであろう。
ではあるが。
正直、期待できるものではない。
今度こそは負ける。
その予測が、三者の間ではすでに雰囲気が漂っていた。
あれは、ヴィレンドルフ戦役で勝利できたのは、もはや偶然の産物としか思えない。
三者の誰が欠けていても、負けていた。
そんな地獄の戦であった。
「私にどうしろというのです」
目を瞑り、アナスタシア第一王女の美乳が目に入らないようにして呟く。
「最初に言った通りだ。ヴィレンドルフに赴き、和平交渉を成してくれ。最低でも10年は欲しい」
「10年……こちらが譲歩できる条件は?」
「そもそも攻め込んで来たのはあっちで、勝利したのはこっちだ。そして停戦した。譲歩できる点などほぼない。せいぜい、アスターテ公爵があちらの村々に攻め入った時に奪った少年達を返すぐらいか?」
その条件で交渉しろってのかよ。
キツイなあ。
勝った以上、条件をそう簡単に譲歩できないというのは判るが。
ああ、面倒臭い。
だけど、なあ。
やるしかねえよなあ、コレ。
そして、多分、私以外に、妙にヴィレンドルフで英傑視されているらしい私以外に、交渉できる人材もアンハルト王国にはいないんだよなあ。
それが理解できるのが、この身の最大の不幸だ。
ファウストは、ちっ、と舌打ちをつく。
「承知しました。他に手は無い。だからこそ私を呼んだのでしょう」
「引き受けてくれるか」
ほっ、と息を突きながら、アナスタシア第一王女が胸を実際に撫で下ろす。
だから、ヴェール越しに、その美乳に触れるのは止めろ。
勃起するだろ。
「引き受けましょう。但し、報酬の方は宜しく。あと、交渉が確実に纏められるとは到底保証できません。その際の、ヴィレンドルフ対策も同時に考えておいてください」
「もちろん、それは承知している。あの遊牧民族どもめが居なければ、このような事には」
ヴィレンドルフも同じように、北方の遊牧民族に困らされていたはずであるが。
確か伝え聞く話では、私が一騎打ちにて討ち果たしたレッケンベル騎士団長が、遊牧民族をボロ屑のように叩きのめして、国家全体に余裕ができたらしいんだよなあ。
結果、余った戦力で我がアンハルト王国に攻め込んできて、ヴィレンドルフ戦役が巻き起こった。
良い迷惑だ。
「ヴィレンドルフへの使者は私のみですか?」
「できれば、私が行きたいところであるんだが……」
「さすがに御身が行くわけにもいかんでしょう」
第一王位後継者が敵地へと?
悪いジョークだ。
だが、私だけでは名が弱い。
アンハルト王国最強騎士とはいえ、僅か領民300足らずの弱小領主騎士では弱い。
アスターテ公はヴィレンドルフで「皆殺しのアスターテ」として悪名高いので無理。
誰か、適当な――
「私が立候補するわ」
私の横で、ヴァリエール第二王女が手を挙げた。
ああ、だからこの人も呼ばれてたのか。
「ま、そうなるであろうな。今のヴァリエール姫なら、役目も果たせるだろ」
アスターテ公が溜息を吐く。
正使がヴァリエール第二王女で、副使が私ことファウスト・フォン・ポリドロか。
これで表向きの格好はついたな。
「だが、私は今でも反対なのは、お忘れなく。ファウストを敵地にやるなど」
「お前の反対の立場は判っている。私も本音では反対だ。だが、他にどうしようもないのだ」
アナスタシア第一王女が答える。
いや、実際どうしようもないよなあ、これ。
心の中で同意する。
心底、行きたくないけど。
私は自分の副使としての立場に反対しながらも、アナスタシア第一王女の判断には同意するしかなかった。
ああ、ヴィレンドルフ行きたくねえ。
最後に、もう一言だけ心の中で呟いた。