ファウストとバウマンを並べると、現時点で強いのは間違いなくバウマンである。
そもそも、剣術というスキルにおいてファウストはそれほど大したレベルではない。
ヴィレンドルフ女王、カタリナはそう看做していた。
なにせ、出自が悪い。
ファウストが生まれ育った土地は領民300ぽっちのポリドロ領で、その母親もちっぽけな田舎領主にすぎぬ。
なるほど、ファウストの素養を見抜き育てたと言う点では間違いなく立派な人物ではあろう。
しかし、それだけだ。
育った環境を肯定するには至らぬ。
ファウストの母、マリアンヌは文字通り全ての技術を惜しみなく与えたであろう。
数多くの軍役に駆り出される彼女は決して弱くはなかっただろうし、間違いなく一端の騎士ではあっただろう。
同時に、それだけなのだ。
王都育ちの訓練場で揉まれた騎士ではないのだから、技術の蓄積という物がマリアンヌにはない。
教官もいなければ、武術に優れた親戚もおらず、教導と言えるほどの手ほどきを与える術がない。
要するに、ポリドロ家は体系だった武術をファウストに教えられるほどの家ではなかったのだ。
だからファウストは真の意味での武術を知らぬ。
ハッキリ言ってしまえば、武術という面での練度では、農奴上がりのバウマンにさえ劣る。
バウマンを育てたのはレッケンベルである。
間違いなくヴィレンドルフで随一と言えるほどの教導に優れ、武術の知識も豊富なヴィレンドルフの最強騎士であった。
彼女はその最強騎士に直接、手ほどきを受けたのである。
いくらファウストが愛する母から10年の手ほどきを受けても、それはレッケンベルがバウマンに与えた一年の手ほどきにすら劣る。
そんな残酷な事実がある。
だからだ。
膂力においてレッケンベルにさえ勝るバウマンは、間違いなくファウストより強い。
『現時点では』だが。
「カタリナ女王」
囁くような声。
「ヴァリエールか」
身長140cmほどの短躰。
なれど、その身には虚しい捻くれ者どもからのカリスマを一身に背負っている。
かつて和平交渉の使節として、ヴィレンドルフに訪れた時とはまるっきり違う少女。
そんな彼女が目端に入る。
「その……バウマンは、ファウストより強いと仰っておりましたが」
「事実だ。『現時点で』ファウストはバウマンより弱い」
バウマンの名は、レッケンベルの残した日記にも刻まれていた。
おそらくグステン帝国最強の騎士になれるだろうと。
本人があとほんの少し手を加えるだけで――欠点の無い誠の騎士になれるだろうと。
その日記を残してから数年が経つ。
さて、あれからバウマンはどれだけの努力をして、その欠点を埋めたのだろう。
レッケンベルの死後、バウマンはずっと腐っていたようだから。
今の腕はいくらか錆びついていようが――
「では、ファウストはバウマンに負けると?」
ヴァリエールの心配したようなセリフ。
違う。
「そんなことを誰が言った?」
カタリナは首を傾げる。
なるほど、ヴァリエールは何か勘違いをしている。
「強いものが勝つのは道理ではないですか。どちらが強いかを述べたら、勝利者は明らかで――」
「おそらくファウスト・フォン・ポリドロに正々堂々とした決闘において勝てる生物は、この世の何処にも存在しないと私は考えている」
ファウストが負けるとすれば。
命を捨てた超人複数名に取り囲まれての死ぐらいのもの。
あるいは空想上の化け物――ドラゴンと戦っての死。
それすらもただの敗北ではなく、どれも相討ちによる死のように思えた。
「心配する必要など欠片もない」
カタリナは気だるげに話を打ち切ろうとした。
話をせずとも見ていればわかる。
アナスタシアやアスターテならば、それで話は通じるはずだった。
彼女たちに説明を任せればよい。
しかし、まあ。
「ああ――あの二人は今いないのか」
「あの、姉様と我が親戚は何処へ?」
「処分だ。ランツクネヒトをお前に嗾けたことに対する罰を帝都商業ギルドの連中に与えに行くところだろう」
処分である。
これは皇帝の意向も強く存在している。
元より、帝都商業ギルドは皇帝の恨みを買っていたのだ。
アナスタシアやアスターテが可愛い妹分であるヴァリエールを『攻撃された』ことへの報復を成そうとも、誰もが目と耳を塞ぐだろう。
「え、あの、交渉相手を殺されたら私が困るんですけど」
「大丈夫だ。二、三人生き残るだろうからそいつと交渉しろ」
さすがに上から下まで皆殺しにはしないだろう。
聞き分けのいいやつは生き残るはずだ。
おそらくは二、三人が良いところだろうが。
「……仕方ないな」
一口、ワインを口に含む。
このヴァリエールと言う小娘は、ファウストの婚約者である癖にいまいち将来の夫の事を理解していないと見える。
ここで説明しておこう。
「ヴァリエール、ここで問う。レッケンベルとファウスト、どちらが強い?」
「え、その。勝ったのだから――さすがにファウストでは」
「そうだ。だがな、おそらく一騎打ちをする寸前までは間違いなくレッケンベルの方が強かったよ」
強かったのだ。
なんなれば、一騎討ちにて首を刎ねられる瞬間まで、ファウストよりレッケンベルの方が強かったのだ。
しかし負けた。
「その、何かのリドル(謎かけ)ですか?」
「違うよ。何といえばいいかな。全て事実だけを語っているのだが」
このヴァリエールとやらは要領が悪い。
一から説明してやらねばきっとわからぬだろう。
「もし、もしだ。レッケンベルが最初の最初から全身全霊の力を以てファウストを殺そうと考えていたなら、勝ったのはレッケンベルだったと思うのだ」
レッケンベルはファウストとの一騎打ちにて、大きなミスをした。
別に、遊ぼうと思ったのではなかろうが。
ファウストを生かしたまま打ち破り、捕縛しようとしたのではという推測が立つ。
それはファウストという騎士の特異性に対して、明確な悪手であった。
「それほどにファウストとレッケンベルでは実力差があったはずだ」
「ですが、勝ったのはファウストです」
「そうだ」
その通りだ。
勝利したのはファウストだ。
勝てた理由は――
「一つは英雄譚に謳われるように、ファウストには神から与えられたような無限の体力があることだが」
それだけが原因ではない。
レッケンベルが負けたのは、体力差だけが原因ではない。
決定的な理由が一つ。
「ファウストは戦闘中に相手の技術を盗んでしまうのだ」
「盗む?」
「戦闘中に放たれた技を一度で自分の物にしてしまうのだよ」
見取り稽古のように、何度も繰り返す必要はない。
一度で技術を自分の物にするだけではない。
相手が放った技を推測し、それをどう躱すか、受けるかまで学習してしまう。
ただの一度きりでも、技を放てばそれで仕舞いだ。
それを「覚えれば」次はない。
「ファウストとの戦いで、レッケンベルは鎗斧を、ルツェルンハンマーを用いたようだが。ファウストに聞いてみればよい。今でもレッケンベルの鎗斧における技術を覚えているはずだ」
「その、ファウストが弱いと言うのは」
「おそらく剣での戦いにおいて、大した相手に遭遇したことがないのだろう」
ファウストの剣術におけるスキルは大したものではない。
苦戦する前に、持ち前の体格と膂力差でファウストが圧勝してしまうからだ。
手加減することで相手の技術を読み取ろうとする性格でもないしな。
戦場では常に全力だろう。
ゆえに、ファウストの剣術自体における習熟はさほどではないのだ。
「だが、今回は違う」
膂力と技量でバウマンはファウストに勝る。
ファウストは今回でおそらく全てを理解するだろう。
レッケンベルの剣術全てを。
バウマンとの戦いを通し、剣術において初めての苦戦をすることで全てを理解するのだ。
「……その、カタリナ様は、バウマンを」
「そうだ、生贄に捧げている」
バウマンは生贄だった。
ファウスト・フォン・ポリドロという超人が剣士として完成するための生贄だった。
この決闘が終わった時、ファウストはレッケンベルの剣術全てを会得しているだろう。
そのためならば、どんな犠牲を払おうと構いはしなかった。
「……バウマンへの同情は」
「無論ある。死んでほしくはないと思っている」
本音だ。
死んでほしくなどないと心から思っている。
レッケンベルが残した一粒種だと思っているのだ。
それこそ、ヴァリエールが嘆くようにランツクネヒトにだって、ただ無為の内に死んでほしくはないとさえ。
だが。
「しかし、見よ。ヴァリエール。あの古強者達の安らかな死に顔を」
ヴァリエールが目をそらさずに死体を見た。
壇上の死体は、誰もが安らかな死に顔である。
やっと安息の地に、ヴァルハラに辿り着いたのだと言わんげな顔で。
「私はこの決闘が終わった後、バウマンが生き残れば、彼女にヴィレンドルフの騎士爵位を与えるつもりではいる。彼女が望むならば、それ以上の土地も立場も与えよう。レッケンベルはそのつもりであったようだし」
元より、その予定であった。
レッケンベルの日記を読む限りでは、彼女は確かにランツクネヒトを引き連れてヴィレンドルフの東に建国するつもりであったし。
バウマンは何れ自分の騎士にするつもりであった。
その約束を、私は守ろうと考えている。
だが。
だがしかしだ。
「だがな、ヴァリエール。少し泣き言をいうが、私はもう何が正しいのかわからんよ」
本当に生き残ることのみが幸いであろうか。
このまま、あの古強者のランツクネヒトたちと一緒に、死に物狂いの闘争の果てにファウストに殺されてしまう方がバウマンにとっても幸せではなかろうか。
レッケンベルのいる、ヴァルハラへとたどり着く一縷の望みをかなえてやった方がよいのではなかろうか。
私は何もわからないでいる。
わからないまま、ファウストを帝国最強の騎士として成長させるためだけに、この決闘を認めている。
「さあ、ヴァリエール。壇上では決闘が始まったぞ。黙して行方を見守ることだ」
出来れば、バウマンにとって幸せな決着になりますように。
そう静かに祈りながら、カタリナは壇上を見つめる。
ファウストは、予想通り。
いや、予想以上に苦戦しているようであった。
バウマンの、命知らずでありながらヴィレンドルフ騎士の剣術体系に従った、見事な剣の捌きに堪えかねるようにして。
ただ、超重量級の二人の戦いが続いていた。
諸連絡
連載再開してどの程度の頻度で更新するんや?
とお思いになってる方もいるので説明しますと
週に一度は最低限更新しますので、今後ともよろしくお願いします。
またコミカライズの更新が本日有りました。(先読み第11話①)
スマホアプリ版では第10話(1)が無料公開されております。
https://comic-gardo.com/episode/2550912964849471914
次に、ハーメルンで連載されています
「異世界転生したのでマゾ奴隷になる」
https://syosetu.org/novel/331842/
の書籍版において
同じ最強騎士と自称凡人姫様のコンビ小説物という縁で
推薦コメントを書かせて頂きましたので宣伝させて頂きます。
11/29発売予定ですので、もう一部書店さんでは並んでいると思います。
面白いので、よろしくお願いします
ではでは