貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第256話 ニーナの演説

 ニーナ・フォン・レッケンベルがコロッセウムの円形闘技場中央に立っている。

 その手からは赤い血が流れている。

 まるでその傷に注目しろとでもいうかのように、ニーナは手を振り上げた。

 血まみれの握り拳である。

 

「我を見よ!」

 

 我らランツクネヒト最強の兵士たるバウマンは、砕けたツヴァイヘンダーを握りしめたまま。

 ただ呆けたように、ニーナの血が付着した得物。

 もう用も為さぬ剣を握りしめている。

 

「我を見よ!」

 

 二度、ニーナが叫んだ。

 呆けているバウマンは、ただニーナだけを見つめている。

 ランツクネヒトは、誰もが同じことを考えた。

 ああ、この声は聴いたことがあるぞ。

 レッケンベルだ。

 クラウディア・フォン・レッケンベルと全く同じ声であった。

 まだ少女としか呼べぬ体躯の女が、彼女の娘が叫んでいる。

 我を見よと。

 今から話があるのだと。

 お前らランツクネヒトに話があるのだから聞けと。

 ――意味のない言葉である。

 そう思えた。

 

「聞いてどうなる」

 

 誰かがそう口走った。

 

「いくら同じ声であろうとも、いくら娘であろうとも」

 

 ――お前はクラウディア・フォン・レッケンベルではない。

 そんな雰囲気が、嫌と言うほどコロッセウムのランツクネヒト達に漂っていた。

 事実である。

 いくら娘であろうとも、何故その言葉を聞かねばならぬのか。

 我らの主ではない。

 だが。

 やはり、誰かが言った。

 

「雰囲気が似ておられる」

 

 冬のバラのように、不思議な香りのする女であった。

 かつて、自分たちの肩を剣で叩いた女の事を思い出す。

 似ていた。

 周辺にはファウストが殺したランツクネヒトの古強者たちの死臭が漂っている。

 戦場の臭いであった。

 ただ、僅かに。

 確かに、枯れた冬の薔薇の匂いが混ざっている気がした。

 

「……どうする?」

 

 誰かが尋ねた。

 それは皆に対する問いかけのようでもあり、自問のようでもあった。

 どうする。

 どうするか。

 逆に、この場を立ち去ってどうするというのか。

 我らにはもう、何処にも行き場所はないのだ。

 

「どうもしない」

 

 誰かが答えた。

 我らは敗北者であった。

 今しがた、ファウストに勇気と誇りある古強者達を殺された。

 最強の兵士たるバウマンも敗れたが、彼女もやはり誇りある戦いを演じた。

 それに比べて、我らの何たる無様な事か。

 ピカピカに磨き上げた我らの靴を見れば、自分の顔が映っている。

 間抜けな顔だ。

 やつれた顔だ。

 どこに行く当てもなければ、帰る場所もなかった。

 それがランツクネヒトと言われる存在の現状だった。

 

「聞こう」

「聞こう」

 

 誰かが囁くように呟き始めた。

 

「まずは話を聞こうではないか。あのレッケンベルの娘がどれほどのものか見届けよう。他に用事もないのだから」

 

 そんな声が混ざった。

 確かにそうだ。

 我らにはもう何もない。

 だから、話を聞くぐらいはしてもよかった。

 ゆえに、普段は粗野で下品で血に飢えたる我々も、騒ぎ立てるようなことをしなかった。

 血ならすでに今日は嫌と言うほど見たのだから。

 すっかり頭は冷めていた。

 

「――まずは貴様らに我が母クラウディアの存念を伝えておこうと思う。私が母の残した日記から知った、最終的にランツクネヒトをどうするつもりであったのか? という存念である」

 

 壇上のポツリとした存在が、レッケンベルの声色で。

 何やら気になる言葉を口にした。

 それは我々ランツクネヒトが全員が気になっていたことで――

 

「ずっと帝都に放置しているつもりか? 帝都にて腐っていくのをただ良しとするのか? そう、あの猪突公たるテメレール公爵は問うた。我が母は答えた」

 

 耳を傾ける。

 ただ、黙って拝聴する。

 

「彼女たちの望むとおりにしよう。王になろうと思う。だが、神聖グステン帝国の皇帝にではないぞと」

 

 我らの最高の悲願。

 咲かせようとしたバラの花躯。

 クラウディア・フォン・レッケンベルが神聖グステン帝国の皇帝になるということ。

 それは否定されたが、ニーナは何か別な事を告げようとしている。

 

「東へ行こう」

 

 別な言葉は、方角を意味することであった。

 誰かが言葉を漏らした。

 『東方植民』と。

 我らグステン帝国人の祖先がかつてやった植民事業であった。

 

「ヴィレンドルフの東だ。まだ誰も住んでいない場所がある。そこでランツクネヒトの王国を作ろう。王様は、私だ。家来は君らだ。金は用意しよう。皇帝を脅しても良い、レッケンベル家の私財を処分しても良い、ヴィレンドルフや『ドケチのアンハルト』女王リーゼンロッテから開拓費を借りても良い」

 

 我らはじっとニーナの言葉を聞いている。

 

「なんとでもしよう。彼女たちの、ランツクネヒトの王になれればよいなと考えたと、そう考えたと日記にはある」

 

 良い話だ。

 なるほど、開拓か。

 いわば、単なるくだらぬ屯田兵のような誘い。

 それでも構いはしなかった。

 豊かになれればよいと思った。

 でも、本当に欲しいものはそんな程度のものじゃない。

 別に、帝国そのものが欲しかったわけじゃない。

 私たちはただただ、私たちの主が、王が、レッケンベルであれば良いと素直に思ったのだ。

 だから、だからだ。

 

「それを5年前に言って下されば……もっと早く連れて行って下されば……」

 

 誰かが崩れ落ちるように、肩を落としながら口走った。

 そうだ。

 それでも、それでも。

 どんなに貧しくても、私たちは構いなどしなかったのに。

 私たちは貴女に付いていった。

 どこまでも、どこまでも東の最果てまで。

 それこそ最果ての海(オケアノス)にだって笑いながら付いていったのだ。

 それで死んでも悔いはなかった。

 だが、もういない。

 貴方様はもういないではないか!

 

「嗚呼」

 

 全身を嘆きが襲っている。

 もはや無くなった、消え果てた夢を知る。

 もう死んだ方がマシであった。

 有り得た夢は、もう果てた。

 

「汝らランツクネヒトに問う」

 

 ニーナの言葉は続いている。

 もう何も聞きたくない。

 話は終わりではないかと思ったが、それでもニーナは続けた。

 

「これからどうする?」

 

 静かな問いかけであった。

 レッケンベルの声だった。

 

「我が母は死んだ。もういない! そんなの誰もが判っている! それでも、お前らは残念ながら生き残ってしまった!!」

 

 ニーナがただ現実だけを告げる。

 そして、死体に歩み寄った。

 古強者達の死骸にかぶせられていた『バラのはながら』を掴んだ。

 ランツクネヒトの軍旗である。

 ニーナが力任せに軍旗を引っぺがせば、そこにはやっと死ねたとばかりの安息の顔をした古強者たちの死体がある。

 

「彼女ら古強者は勇ましく戦い、ヴァルハラへと出向いたというのにな!!」

 

 血まみれの軍旗。

 それをニーナはマントのように羽織り、相変わらずしゃべり続ける。

 

「お前らは迷子だ。死に場所を失ってしまった。生き方に対する夢も失ってしまった。さあ、どうするか? このまま帝都で朽ち果てるか?」

 

 再び、静かに問いかけた。

 本当に静かに。

 誰も返事はしなかった。

 どうしようもない。

 

「選択肢を与えよう」

 

 ニーナは言葉を止めない。

 あのレッケンベルの声色と雰囲気で、ただ語り続ける。

 まるで死霊が乗り移ったかのように。

 

「死に方を考えるか? 生き方を考えるか? どちらもまた成し遂げるか?」

 

 血まみれの軍旗。

 我々が咲かせようと望んだ『バラのはながら』を背負いて。

 茫然としているバウマンを、従者のように横に棒立ちさせて。

 12歳の少女が、まるで一端の将軍気取りで叫んでいた。

 ランツクネヒトの中でも――僅かに生気あるものはいる。

 

「ニーナ様に問う!」

 

 勇気あるものが、観客席で立ち上がり叫んだ。

 

「死に方とは何ぞや! 我らにはただ朽ち果てるのみしか道は残されておらぬぞ!! もはやヴァルハラを望むことも出来ぬ!!」

 

 そうだ。

 このまま、皇帝や市民参事会からの雇用金を勝ち取って、銭などその日に酒と衣装で使い果たしてしまう。

 それぐらいのものだ。

 そんな未来しか残されていないではないか。

 

「新しい戦場を用意しよう。戦争を、地獄の様な戦争を望んでいるお前らに相応しい戦争だ。神聖グステン帝国が一心不乱に臨む、十数万の兵士がバタバタと倒れ行く戦争だ」

 

 対して、ニーナは戦場を用意すると言い放った。

 その目はかっと見開いて、ギラギラと光っている。

 『糸目のレッケンベル』とは大違いで。

 

「死んだときは、きっとヴァルハラに行けるぞ、私と一緒に死した時は、ともにヴァルハラの母上に会いに行こうではないか」

 

 それでいて、声と雰囲気だけは、やはり母親と同じであった。

 レッケンベル家の血筋であった。

 

「――そんな戦争が二年以内に起きると私は知っている。どうだ、心臓がドキドキして来ないかね? 誇り高く死ねるぞ、この古強者たちのように!」

 

 ニーナが、壇上の死体を指さして叫んだ。

 やはり勇気あるランツクネヒトが叫んだ。

 

「次に問う。では生き方とは何ぞや! その戦場さえも生き残ってしまえば、その先我らに何がある!!」

「ランツクネヒトの国を作ろう」

 

 静かに、ニーナは告げた。

 本当に静かな声であったが、それは自然とコロッセウム全体に響いた。

 レッケンベルの声色は、戦場の隅までよく響くのだ。

 

「我が母が望んだとおりに、ヴィレンドルフの東に国を作ろう。その国の名はレッケンベル。首都の名は『クラウディア』だ。どうだ」

 

 馬鹿な事を言っている。

 最初はそう思った。

 だが――

 

「ワクワクしてこないかね。貴様らの命の使いどころだぞ。今の腐り果てた現状よりはるかにマシな」

 

 そうだ、ニーナのいう通りであった。

 今よりはましだ。

 このままグズグズと、足元を泥濘に囚われて、腐り果てていくよりはマシであった。

 

「やってやろうじゃないか」

 

 声にした。

 声にしたのは、何処かの誰とも知らぬランツクネヒトの声ではない。

 自らの声であった。

 他のランツクネヒトがどう考えるか、どんな判断を下すかはわからないが。

 少なくとも、あのレッケンベルに肩を剣で叩かれた私だけは、ニーナ様に付いていこうと思ったのだ。

 

 





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週に一度は最低限更新すると言いましたが
ちょっとカクヨムコンテストの方に浮気するので
次回更新が遅れるかもしれません
貞々の次章習作も兼ねているので、ご了承ください

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