貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第257話 帝都商業ギルドの崩壊

 

 市民参事会の集会場。

 そこに早馬が駆け付け、慌てて参事会にて報告をする。

 コロッセウムにて、ランツクネヒトたちとポリドロ卿の決闘からニーナの演説まで。

 その全ての内容が参事たちに伝えられた。

 

「ランツクネヒトは敗れたか」

「まあ、その可能性までは想像できていたので、それについてはまだよい。問題は――連中が寝返ったことだ!」

 

 机を叩く音が響いた。

 数人がざわめく。

 話が違う、とでもいいたげに。

 

「ポリドロ卿が勝つのは別に構わない。敗北するのがヴァリエール側との取引においては理想的であったが――それ自体は全く構わないのだ。重要ではない」

 

 ポリドロ卿が負けるのが理想ではあった。

 ヴァリエールの武力背景は少なければ少ないほど良い。

 だが、所詮は個人単体戦力。

 さして重要視すべき暴力ではなかった。

 大事なのは――ランツクネヒトたちが。

 

「だが、ランツクネヒトたちが寝返ったのはどういうことだ? ポリドロ卿に負けただけで、どうしてこうなる?」

 

 その前後関係が理解できない。

 ニーナ・フォン・レッケンベルにそこまでのカリスマがあったとでもいうのか?

 

「あのクズどもは――これよりはニーナ・フォン・レッケンベルのみに仕える。市民参事会の言うことになど従わぬ。前金も返すと、その――」

「今まで、誰がタダ飯を食わせてきてやったと思っているのだ? 借りを返す気すらないのか! 恩知らずどもが!」

 

 茫然とした。

 ランツクネヒトたちが全員裏切った。

 市民参事会側が暴力として保持していた全員が一人残らず。

 あのレッケンベルを失った以上はまとまりのないゴミどもが、一人残らず声を揃えてこう言ったのだ。

 「もう市民参事会には付き合えぬ。縁を切らせてもらう」と。

 もちろん、参事たちとて個人的な暴力たる私兵を保持していないわけではないが――

 

「どうする? このままでは、ヴァリエール側が抱える3000の私兵と一当てすることもままならんぞ? いくら弱兵とはいえ、新聞社に放火した以上の事をこれからはやってくるであろう」

 

 穏健派でも強硬派でもない、中立派の参事である一人が口を開く。

 どうする、という問いの形で口にしてはいるが。

 彼女にとってはすでに結論など出ている。

 

「さっさとこちらの負けを認めよう。馬鹿馬鹿しい。最初から適正価格での取引を認めれば良いのだ」

 

 その追随をするように、穏健派の一人が口にした。

 最初からそうすべきであったと言いたげにして、周囲を見渡す。

 

「それでは舐められると言っているだろうが!」

 

 強硬派の一人が反発するが――それに対して追随の声はない。

 暴力的背景がない。

 それは交渉において致命的である。

 交渉というものは、完全に法の保護下に置かれているか、互いに何らかの暴力を背景としていなければ成り立たないのだ。

 

「何度も互いに話しあったな。最大利益を目指さなくて何が商人で、何が交渉と言えるのかと。そして、現時点で最大利益の道は破綻した。もうよい。手打ちだ」

 

 ぱんぱん、と参事の一人が手を叩いた。

 彼女も強硬派であったが――別に無能というわけではない。

 現状を弁えた以上、見切りは早かった。

 

「何の価格交渉もせずに、ただ唯々諾々とヴァリエールの――実質の交渉役は強盗騎士ベルリヒンゲンであるが。その価格交渉の申し入れに従うことにしよう。もう、やるだけやったではないか?」

「大人しくヴァリエールがそれを受け入れるか? こちらは暴力という手段を失ったのだぞ」

「何度も言うが、ヴァリエールの性格の甘さは見抜いている。心配はいらん」

 

 穏健派の声に対し。

 強硬派の彼女はそのまま言葉を続けた。

 

「なんだ、こういう話をするときはいつもの事だが――」

 

 周囲を見渡す。

 そして、自信満々にこう告げた。

 

「どうせ、一人くらいはヴァリエール側に手紙を送っていよう。いざという時は自分にだけは都合の良い『素晴らしい交渉』を通すために。さっさと名乗り出よ。今回に限っては認めてやる」

 

 市民参事会にとっては、いつものことだ。

 今回もいつものことである。

 誰かが裏切りとまではいかないが、話を相手側に通じており。

 それを交渉人として、話をまとめる。

 よりよい利益のために。

 だから今回も誰かが名乗り出るのを待って。

 

「残念だが、手紙はおそらく燃やされた。そのまま没交渉だ。裏で話を通そうとしたが、何の返答もなしだ」

 

 穏健派の一人がそう答えたことに、驚愕で目をひん剥いた。

 

「燃やされた?」

「ヴァリエール側には、ベルリヒンゲンには最初から交渉する気がないのだ。今思えば、最初からこれを連中は狙っていたのだ。ポリドロ卿の決闘を契機に、こちらの暴力手段を。ランツクネヒトの全てをかっさらう――」

「おい、まさか――」

 

 全部がヴァリエールの計画通りだと?

 新聞社に放火し、我々の醜聞をバラまいて。

 その後に抵抗手段であるランツクネヒトを奪い。

 そして、最後に――

 

「まさか、そう酷いことを考えてはおらんよな?」

 

 まさかまさか。

 そう言いたげに、強硬派は笑った。

 穏健派は焦燥した顔で、一切笑っていない。

 

「すまんが、一刻も早くこの場を立ち去らせてもらうぞ。この場で集まっていては、我々がどのような目に遭うかわからん。相手がどのような手段に出るかわからんが、私はそれが法外な価格交渉であったとしても折れさせてもらう。命の方が大事だ」

「何を弱気な! 私たちは誇るべき帝都商業ギルドだぞ! 市民参事会だぞ!! この帝都の商売も政治も我々が取り仕切っているのだ!! 我々はかつて皇帝の夫と子を人質にとりさえしたこともあるのだぞ!」

 

 穏健派はもう話を聞いていない。

 立ち上がり、それどころか今が最後のチャンスだとばかりに走り出した。

 その皇帝の身内を人質にとったという言葉、それを契機に慌てて逃げ出したのだ。

 ああ、そうだ、その罪が今頃になって報復として現れたのだとでも言いたげに。

 

「臆病者が!」

 

 強硬派はそれを罵った。

 

「とにかく、今すぐヴァリエールに、いや、ヴァリエール殿下に接触しよう! ベルリヒンゲンの奴など無視しろ。本人にさえ直接話が通ってさえしまえば、後はなんとでも――」

 

 その時。

 何かが爆発する音がした。

 大砲が砲撃を放つ音であった。

 

「何!?」

 

 その音に振り返った瞬間。

 集会場の壁に複数の穴が開き、立ち上がっていた強硬派の身体が弾け飛んだ。

 人としての機能を失い、ただの血袋と化して弾けたのだ。

 

「ひぃ!?」

 

 頭を抱えて、参事会の全員が机の下に隠れた。

 

「何だ、何が起こった!?」

「決まっている、ヴァリエールの仕業だ! こちらに暴力手段がないと見切って!!」

 

 我々を殺しに来たのだ。

 何人か血祭りにあげれば、交渉もし易くなるんじゃあないかしらと。

 そういわんばかりに、我々を殺しに来たのだ!

 

「直接殴って金を吐き出させるという暴力手段に出たのだ!」

「ここは城壁内だぞ! 帝都の中だぞ!? どこから大砲などを持ち出してきた!!」

「知るか! そもそもお前が――」

 

 二発目。

 今度は机の下に蹲っていても、関係なかった。

 床が吹き飛んだからだ。

 また血袋のようになって、参事の数名の身体が弾けた。

 

「ひいいっ!」

 

 ゴロンと床に転がる物。

 それは数十もの鉄球であった。

 確かに役目を果たし、衝力を失ったマスケット銃の弾丸が、参事会の床に転がっている。

 ケルン派開発のキャニスター弾である。

 それは血で濡れていた。

 

「――帝都商業ギルドは敗北を認める!」

 

 誰かが叫び出した。

 誰の声かはもうわからない。

 もはや何人が死んだもわからず、そもそも強硬派も中立派も穏健派も、ここに至っては無きも同然である。

 出来るのはただ――

 

「やめてくれ、もうやめてくれ!!」

「私たちの負けだ、金は幾らでも払う!!」

 

 命乞いである。

 それしかできないではないか。

 帝都の城壁内に入り込んで、平気で商業ギルドに大砲をぶっ放して殺戮をする狂人どもに対して、他の何が通じよう。

 

「だから、もうやめてくれ!」

 

 ここにいたっては、帝都商業ギルドや市民参事会の面子などあってなきがごとし。

 命の方が大事である。

 死んだら、これ以上儲けることが出来ぬ。

 だからこそ、声を張り上げるのだ。

 

「我々の敗北だ!!」

 

 命乞いの鳴き声を。

 

 

 

 ※

 

 

 

 

「素晴らしい」

 

 パチパチと、拍手をしている。

 拍手をしているのはアスターテ公爵であり、されているのは砲兵であった。

 テメレール公爵が指揮下で育成した砲兵である。

 いきなり大砲を集会場の近場まで持ってくる手筈も、砲撃手順も完璧であった。

 アスターテは有能な人間が心の底から大好きだ。

 だからこそ、いっそ大げさなほどに称賛を送った。

 

「命乞いしているがどうする?」

 

 アナスタシアがどうでもよさそうに口にした。

 彼女にとっては愛すべき妹ヴァリエールの敵であるし、別に帝都の人間がどれだけくたばろうが、どうでもよいからだ。

 ヴァリエールがこの交渉で得られる果実、彼女が帝都に持ち込んだ莫大な交易品の取引における『適正な価格』が『より適正になった』金銭交渉さえ叶えばそれでよい。

 

「もう少し、数を減らしても良いが――ここからでは、何人くたばったのかもわからんな」

 

 半分ほど殺してくれ。

 さすがに全員はまずいが、半分ほど殺してくれるのが丁度よい。

 我が父の仇討ちと帝都の政治を維持することを兼ねるのは、本当にそれぐらいが良いのだ

 そうマキシーン皇帝からは伝えられている。

 代わりに、帝都での砲撃という無茶苦茶が許されているのだから。

 

「皇帝の意向は確実に叶えねばならぬ。今すぐ観に行って、半分ほど死んでいたらもう良いだろう。沢山死んでたら困るしな」

「半分死んでなかったら?」

 

 聞くまでもないが――一応アナスタシアは聞いた。

 

「半分死んでなかったら、もうちょい殺しとくよ」

「考え方が無茶苦茶に野蛮だな。そもそも大砲を城壁内で撃つなよ」

 

 アナスタシアはもっともな意見を述べた。

 

「コイツを試したかったんだよ。いやあ、これは戦場を変えるぞ!」

 

 アスターテは大砲を嬉しそうに見た。

 ケルン派が開発したキャニスター弾をぶっ放す大型大砲である。

 

「マルティナの理論は正しい。その理論を確かめておく必要があったが――これは皇帝への良い説得材料になるぞ」

「帝都商業ギルドはその生贄か?」

「当然。皇帝は必ずや、父君の仇を討ってくれた手段に興味を示す」

 

 嬉しそうに語る。

 アスターテは本当に嬉しそうにはしゃいでいた。

 熱で熱くなっていなければ、大砲の横をぱんぱんと手で叩いていただろう。

 

「マルティナが理論を用意していた。ケルン派が大砲と榴弾を開発していた。テメレール公爵が砲兵を用意していた。これは偶然かね? それとも歴史の流れという奴かね?」

「誰もが考えてはいた。それが可能になった時代というだけであろう」

 

 アナスタシアは、溜め息交じりにそう言葉を返して――

 大砲の煙が晴れた後の集会場を見た。

 集会場の立派な屋敷は、ただの二発の榴弾で修復不可能なほどに崩壊している。

 

「――」

 

 これは果たして人が保有していい暴力なのだろうか?

 戦場から今まで騎士が築いてきた、きらめきと魔術的な美が奪い取られることにならないだろうか?

 はしゃぐだけのアスターテと違い、アナスタシアはそう考え、一瞬だけ悩んだが。

 

「……王国を護る為には必要か」

 

 彼女は将来のアンハルト女王である。

 迷いは一瞬で消え去り、如何に自軍に導入するか。

 それだけの思索に沈み、後の処理をアスターテに任せた。

 




諸連絡

 更新が遅れて誠に申し訳ありません。
 別に怠惰で遊んでいたわけではなく
(むしろ毎日平均4000~5000文字ほど一日たりとも欠かさず書いておりました)
 ちょっと本作の習作というか
 軽いスランプではないかと悩みまして、新作を書いておりました。

 「7 Knights To Die」
 https://syosetu.org/novel/364051/

 上記作品です。
 書籍化もすでに決定したので、一定の水準は満たしていると考えます。
 一度お読みいただければ幸いです。
 とりあえず21万字ほど書き溜めましたので、週一更新します。


 また、本作の5巻発売が3/25に決まりました。
 各通販サイトで紙の方の予約が始まっていますので、よろしくお願いします。
 電子の方は少しお待ちください。

 本編に加筆修正を加え、わかりにくいところを色々と調整しました。
また外伝として2作
『外伝①「ボーセル家の崩壊」』
『マルティナifグッドエンド外伝「誰もが幸せな結婚を」』を書き下ろしています。

 特典SSペーパーは6作書きましたが、販売店様が公示されて後にしか、当方からお知らせすることが出来ません。随時あとがきとTwitterにて連絡します。

 では
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