ヴァリエールはとりあえず、昔からの側近と、最近できたばかりの側近。
その二人の名を呼ぶことにした。
馬鹿な生徒の素行を咎める教師のようにだ。
それでいて飼い猫二匹を呼ぶように、手招きをする。
「ザビーネ、アメリア、ちょっとこちらに来なさい」
「はい、ヴァリ様」
「何か問題でも?」
何か問題でも?
問題しかないわ!
執務室にて二人を手招きして、両手を机に叩きつけるとともに叫ぶ。
「何で全部私のせいになってるのよ!」
ヴァリエールの怒号は部屋に響いた。
その執務室の机には新聞が置かれている。
コロッセウムでの、ニーナによるランツクネヒトの掌握が終わり。
それを見届けて、部屋に帰って今日は疲れたなと朝までぐっすり。
起きて、朝食を食べて、市民も今頃読んでいるであろう刷られたばかりの新聞を見たら、なんとまあ。
「見たか! 血妖精ヴァリエールが放つ怒りの咆哮を!」
そう書かれた大見出しをヴァリエールは読み上げた。
何故だか、親戚のアスターテ公爵がやらかした、帝都商業ギルドへの砲撃が。
何もかも自分のやったことになっているのだ!
自分のことが、血に飢えた野獣が如き生き物のように書かれているのだ。
「素晴らしい出来です。我ながら名文だったと。これを読んだ市民はヴァリ様の威光に、以後はひれ伏すことでありましょう」
ぱちぱちと拍手しながら、ザビーネが自分を褒め称えた。
この文章書いたのお前かよ。
「ヴァリエール殿下。ザビーネを褒めるのなら、この新聞をバラまいた私。このベルリヒンゲンも褒めて頂けないと」
「褒めるつもりなど欠片もないわ!!」
どうして褒められると思ったんだ。
どこに褒められる要素があるというのか。
何故か少し不服そうだったアメリアを怒鳴りつける。
「私、何も知らなかったのよ? ええ、新聞社の親方を攫った責任までは背負いましょう。活版印刷機を奪って、帝都商業ギルドの参事や市議達の名声を貶めた。攻撃するための大義名分を作った。そこまでは私のせいとしましょうよ。一度認めちゃったんだから、私の責任でしょうよ」
すでに認めたこと。
一度追認してしまった以上は、全てこの双肩に責任を背負う必要がある。
それがザビーネやアメリアが勝手に動いたことでもだ。
だから、それについては認めよう。
だがしかし、だ。
「私、帝都商業ギルドへの砲撃なんかしてない。やったのはアスターテ公爵。オーケー?」
そこだけは否定しておきたい。
帝都の城壁内に大砲を持ち込んで、帝都商業ギルド集会場に向かって砲撃を行い。
半殺し――文字通り、そこにいる市民参事会の連中を「半分ほど殺した」。
それについては全く身に覚えがない。
この新聞に書かれていることが本当なら、アスターテ公爵は無茶苦茶だ。
「あのアスターテ公爵さえ顎で使うとは恐ろしい」
「さすがヴァリエール殿下です」
「わざといってるでしょう、あんたら」
ヴァリエールは頭を抱えた。
まあまあ、とザビーネが落ち着いてくださいと言った風情でヴァリエールの肩を掴む。
「これは必要だったんです」
「いや、仮に必要だったとしましょうよ。この残虐行為が必要だったとしましょうよ。なんで私がやったことになってるの? おかしくない? なんで人に行為の責任を押し付けてるの?」
それだけは納得がいかない。
仮に必要な残虐行為だったとしよう。
だからといって、何故その責任を何ひとつ知らなかった私が背負わなければならないのか。
それだけは理解できなかった。
別にアスターテ公爵がやったってことでいいじゃないのさ。
そう言いたげに、ヴァリエールは懊悩の表情を見せた。
胃がしくしくと痛んだが。
「アスターテ公爵には、この無茶苦茶を行う大義名分がありません」
ザビーネが一言で何もかもの説明を終わらせた。
確かに。
それはそうだと、ヴァリエールは納得してしまった。
アスターテ公爵はおそらく大砲を試し撃ちしたかっただけだろう。
もちろん、他にも色々な理由はあるのだろうが――まあ、結局はそんなところだ。
市民参事会を殺したり脅迫するだけなら、他にも色々と方法があったにも関わらず。
彼女はその方法をとらなかった。
「ええ……結局、これも追認しろっての? 私のせいにしろっての?」
言いたいことはよくわかった。
確かに、アスターテ公爵にはこの非道を為す大義名分がない。
あるとすれば、市民参事会と交渉中のヴァリエールだけである。
金銭交渉における譲歩があるという、明確な利益があったのもヴァリエールである。
だが、私に利益があったのだから全てを黙って呑み込めというのか?
「安心してください。ザビーネと、新聞の内容についてはよく考慮しました。ちゃんとお読みください」
アメリアが、よくよく新聞を読むように勧めてくる。
確かに、まだ全部は読んでいなかったが――
「えーと、一応、今まで盛んに垂れ流してきた市民参事会の腐敗――まあ事実だった内容に加えて、マキシーン皇帝に代わって、このヴァリエールが天誅を下したことになってるけど」
「マキシーン皇帝陛下と、その父君が市民参事会に捕らえられた。この事件についてはご存知かと」
「うん、知ってるけど。要するに、これって皇帝の名を勝手に騙っただけじゃなくて――」
マキシーン皇帝の許可を得てるのか。
アスターテ公爵は、事前に皇帝陛下の許可を得て、この行動に出たのか。
また胃が痛くなった。
「え、何? 最初からこの予定だったの?」
「いえ、さすがに大砲を撃つとまでは考えていませんでしたが――」
アメリアが、若干。
本当に若干だけ眉をしかめて、こちらに告げる。
「そもそも、ヴァリエール殿下は皇帝と謁見を行いて。そこでこう囁かれたはずです。市民参事会との交渉において協力してやっても良い。その代わり、助力する代わりに、頼みがある。このマキシーンは、父の仇である市民参事会に報復する様をできる限り間近で見たいのだ、と」
「いや、確かにそう言われたけどさ」
「殿下はその約束を確かに果たされました。それだけでよろしいのでは?」
なんだか頭が痛くなってきた。
確かに、そういった約束は皇帝とした。
だがしかし、だ。
なんだか右に左に都合よく扱われている気がする。
「せめて説明はして欲しかった……」
いや、さすがにザビーネもアメリアも、アスターテ公爵が市内で大砲をぶっ放す。
そこまでは想定していなかったようだし。
なにより、皇帝陛下が認可の上での行動のようだから。
もう、実行段階では誰も止めようがなかったのは理解しているのだが。
「ええ、私、帝都市民から今後どんな目で見られるの? お姉様やアスターテ公爵より怖がられない?」
とりあえず気にするところはそこだった。
「まあ、恐れられるかと。多分子供が見たら泣きます」
だろうよ。
ザビーネの返事に頷いた。
「大丈夫です。ヴァリ様。指揮下の『落ち穂』たちはヴァリエール様を恐れつつも、ただ褒め称えるだけでございます。何せ、彼女たちの懐を温めるために金銭交渉を行ったわけでして――」
それもそうだろうな。
アメリアの返事にも頷く。
私たちの配下は、肩を剣で叩いた騎士達と、将来のポリドロ領の領民予定者は『ヴァリエール様というのは配下には慈悲深くも怖ろしい御方である。敵対した相手には一切容赦しないのだ』とめっきり勘違いしている。
頭を抱える。
「これ、確実に歴史書に残るわよね? 戦争でも何でもないのに、帝都内で大砲を市民参事会にぶっ放して半殺しにした狂人扱いよね。後世になんて書かれるの?」
「騎士として格好良いと……」
「凄く格好良いです」
騎士である。
ザビーネもアメリアも騎士であるのだ。
『私は教会にだって火をつけたことがあるのよ?』なんてちょっとお茶目なだけの経歴よりも、『私は戦争でもなんでもないのに、帝都市内に大砲を持ち込んで、交渉相手の帝都商業ギルドにぶっ放して参事の半分ほどを殺しました。皇帝の許可? もちろん文句は言わせなかったよ』という経歴にトキメキを覚えた。
騎士にとって一番重要な外連味のなさが完全に満たされていた。
今後、ヴァリエール・フォン・アンハルトという人間を舐める人間は、一人もこの世に存在しないに違いないのだ。
それを考えれば、二人の胸がどこか温かくなるようであった。
「私は後世が『騎士として格好いい』ではなく、『なんて乱暴な人間だ。やってよいことと悪いことがあるだろうに』と評価してくれる世の中になっていることを心から祈るわ……」
自分の名誉は後世において貶められるかもしれない。
それはそれとして、現世においては確かに今後、領主としてやっていく上では楽になるだろう。
領主として舐められないということは、それだけ重要なのだ。
アスターテ公爵に至っては、ひょっとして好意で私に今回の経歴を譲ってくれたのかもしれない。
その現実に直面して、ヴァリエールは何もかも諦めた表情で。
「はいはい、私がやりました! やったことにすればいいんでしょう! もう!!」
全ての現実を受け入れることにした。
子供のように、執務机をばんばんと両手で叩きながら。
そういえばSeven Seas Entertainment様より
英語版の発売が決定しました。
おそらく小説版1~4巻、漫画版1~2巻までは現状出る予定のはずです。
英語圏の諸兄がおられましたらよろしくお願いします。