「ざまあみろ! ざまあみろ! 欲張るからこんなことになるのだ! 素直に、ヴァリエールの申し出た適正価格にて取引に応じておけばよかったろうに。それすらできぬ強欲の豚どもめに、ついに裁きがくだりよった!!」
身体に肋骨を浮かせるほど痩せ細った少女。
マキシーン皇帝と呼ばれる少女は、従士に渡された新聞を読んで快哉を挙げた。
「おめでとうございます、マキシーン様」
従者が祝福の言葉を送る。
紛れもない朗報であった。
自分では政治上の立場から手を下すことができなかった市民参事会に、復讐を果たすことが出来た。
半分ほど殺した――「半殺し」であるが、それで十分であった。
十分すぎるほどに復讐心を満たした。
生き残った奴らも、さぞかし財産を毟り取られるに違いない。
人生で、かつてないくらいに愉悦であった。
「食事を摂りたい気分だ、従者よ。ああ、とっておきのワインもグラス一杯程度ならば嗜むのもよかろう。上物を持ってこい。甘い味が良いな。蜜のように甘いものだ」
「はい、今日ばかりはそうしてもよろしいかと。すぐにご用意いたしますので、お待ちください」
従者が本当に嬉しそうに顔を綻ばせながら、指で涙を拭いつつ立ち去る。
腹が空く。
父の眼前の餓死という心的外傷(トラウマ)を抱くがゆえに食事を満足に取れないマキシーンが、珍しく空腹感を抱いた。
まるで父が祝福してくれているかのように。
ヴァリエールが叩き出した、この成果を喜んでくれるように。
「ふう」
従者が食事を用意している間に、椅子に座り考える。
新聞に書かれている内容とは違い、砲撃を実行したのはアスターテ公爵だろうな。
あの時、ヴァリエールはコロッセウムにいたのだから。
だがまあ、事実など、どちらでも別にかまわん。
あの憎き市民参事会に裁きが下った。
重要なのはそこで、それだけで胸がすく。
「何か礼をせねばならんな」
ヴァリエールの好感度を高めておく必要がある。
具体的にはポリドロ卿に接近するために。
だが、それ以上にマキシーンは個人的な強い好意をヴァリエールに覚えた。
自分では出来なかったことを、名目上とはいえやってくれたのだ。
これには感謝せねばならぬ。
もちろん実行したアスターテ公爵に対しても。
「――」
ふむ、しかし礼といっても何があるだろうか。
金銭でも、立場でも別に構いはしないのだが。
なんなら、ヴァリエールに皇帝の地位を譲ってやってもよいぐらいだが――
まあ、それはヴァリエールにとって望みではないのだろう。
やめておこう。
ともあれ、何か贈物を用意せねばならぬな。
それとも、何か名誉でも贈るか?
何か別な理由を適当に用意して、皇帝の立場から爵位でもなんでもくれてやるのが――
いや、この新聞を石板にして後世に残すか?
血妖精ヴァリエールの名声をグステン帝国に永久に刻んでやっても良い。
ヴァリエールの名は騎士として伝説になるだろう。
とにかく、何か褒めてやらねば――
「ふむ」
新聞を隅から隅まで二度読み、折りたたんで隅に置く。
後でもう一度読もう。
食事が用意されるまでは手持無沙汰だ。
それまでは最近愛読している本を読む。
「――」
『銃・砲・騎士』と銘打たれた本だった。
大変興味深い内容であった。
内容には感嘆する。
これを9歳の子供が書いたというのには純粋に興味をそそられるし、その監修をポリドロ卿が務めているというのもよかった。
確かに、戦場はこれに書かれてある通りに推移するであろう。
砲兵という兵科の登場だ。
銃が出ても、砲が出ても、騎士はなくならぬ。
なれど、戦場の様相は間違いなく変わるであろうな。
新聞に書かれてあった、新技術の大砲というのも興味深い。
一撃で数百の弾丸を放つ大砲。
たしかに、そのようなものが戦場に溢れれば、今までの密集陣形では対応できまい。
むざむざ殺されるようなものだからな。
だがなあ、著者マルティナよ。
そしてこの本を持ち込んだアスターテ公爵よ。
ここにいない二人に独り言を言うのもなんだが。
「それだけでは勝てぬのだよ」
モンゴルに勝つためのピースが決定的に不足しているのだ。
こんなことは言いたくないが、グステン帝国の勢力自体が敵と比べて知れていて。
それでいて、選帝侯もバラバラだ。
せめて、七選帝侯が皇帝の名の下に集結し、教皇が聖戦を布告し、それで帝国中から騎士を集めて。
外国からも傭兵団や騎士団をかき集めて、それで――
それが最低条件だな。
馬鹿馬鹿しい。
そんなことが可能なものかよ。
しかし、もし出来たら――
そうだな、追い返すのは一回限りだ。
一回限りの戦で良い。
それをすれば、この私などより、この帝国のどの超人よりも優れたる人物である。
トクトア=カンは寿命で死ぬ。
そうすれば、おそらく敵国はすぐに相続争いで内乱に発展するだろう。
元々、グステン帝国というあまりにも遠すぎる国への興味が連中には薄い。
トクトアが言うから行くのだ。
我らの主君が世界の果てを見たいというから行くのだ。
所詮、連中の動機などそれだけでしかないのだ。
ビックリするほどの羨ましいカリスマよ。
だが、そのカリスマこそが弱点で、彼女さえいなければそれで話は御終いだ。
だから、一当てして、勝利などできなくてもよい。
ただ対抗して、一度こっきり追い返す事さえできればよい。
それが――
「そんなことができたら、苦労はしない、か」
やはり、甘い考えだな。
その一当てさえ不可能だと考えたから、教皇や私は国を売ろうとしたのだ。
この考えを改めるつもりはないが。
しかし、新技術に興味がないと言えば噓になる。
父の仇を討ってくれた新技術の大砲にまるで興味がないと言えば、全くの嘘となってしまう。
「――早々にヴィレンドルフのカタリナに、皇帝の座を明け渡して、帝都から去ろうと思っていたが」
それは悪手だな。
私が去った後に、勝手に戦場技術が進んでいて。
帝都や帝国などどうでもよいが、私の故郷の故国さえもが何の抵抗も出来ず滅んでしまっては困るのだ。
少なくとも、このマルティナという少女の話を聞く必要がある。
彼女にはどのように戦場が見えている?
「――」
なにもかも結論を出すには時期尚早。
アスターテ公爵はここまでこちらの心境を読んで、市民参事会に新技術を試した。
おそらくはそうだろうな。
諦めるにはまだ早い、と。
あのアンハルトの公爵だけは、未だに私が皇帝の地位から降りることを望んでいないのだ。
未だに帝国全体が一つの握り拳となって、モンゴルに対抗することを望んでいる。
望んでいるし――何か企んでいる。
「――乗ってみるか」
また独り言をつぶやく。
乗ってみる、というのはモンゴルに対する戦ではもちろんない。
話だけなら聞いてやる。
話にならなかったらそれまでだ。
どのみち、ヴァリエールには色々と褒美をくれてやり、またポリドロ卿に対する交渉の必要もあるのだから。
私の腹に、種を宿すという。
「そのためには、ヴァリエールとポリドロ卿、そしてその従者であるマルティナを呼ぶ必要があるな」
宮殿へ招こう。
ヴァリエールの褒美は、その時考えればいい。
それにしても――腹が空く。
心がウキウキして、たまらない。
「陛下、食事をお持ちしました」
従者がワゴンに乗せられた食事を持ってくる。
「うむ、食事が終わり次第、市民参事会の集会場を見物に行くぞ。衛兵を用意せよ」
とにかくも、復讐の成果を間近で確認せねばならぬ。
できれば参事どもの血や肉片がそこらに飛び散っているであろう、その状況が残っている間にな。
奴らが「悲惨になった」様子をちゃんと確認しておかねば。
「畏まりました。馬車の用意をしておきます」
従者はそう畏まって、私を満足させた。
さあ食事だ。
「ああ、従者。パンのお代わりも用意しておいてくれ。何せ、本当に今日は腹が減っているのだ。この私にも、今日ばかりは人並みに食事ができそうだぞ」
「は、はい!」
パンをスープに浸す。
口に含む。
その行為だけを皇帝は繰り返して、久しぶりに小さな胃を満腹にさせつつ。
身体の血液を循環させて、少し眠たくなりつつも考える。
「さて、期待しておるぞ。ヴァリエール、マルティナ。そして――ファウスト・フォン・ポリドロ」
私は明日にも客を招く。
三人の客をだ。
その三人がどれだけ私の純粋な好奇心を満たして、私に利益を与えてくれるのか。
それを考えれば、血肉が湧き躍る様であった。
本作の5巻発売日である3/25が近づいてきました。
AmazonKindle,BookWalker等の電子サイトでも予約できるようになっておりますので、紙・電子どちらでも構いませんので出版継続のためご購読をよろしくお願いします
また特典SSペーパーですが現在公開できるのは
オーバーラップストア公式通販特典「ポリドロ卿の騎士選考会」
ゲーマーズ特典『ポリドロ家の記章』
メロンブックス特典「首を探せ!」
アニメイト特典「黒猫マリアンヌの日常」
特約店特典『ケルン派の騎士団』(通販の場合、アニメイト・メロンブックス・ゲーマーズ共に同時付属します)
以上となっております。
あと1点ありますが、現在公式サイトが公開していないため開示できません。
3/25更新時にまた連絡します。
では