執務室にて。
私が一字一句、皇帝陛下からの手紙を余さず読み上げて周囲に聞かせる。
読み終えて、こくりと頷き、集まる配下の面々に話しかけた。
「というわけで、皇帝陛下の屋敷に長期滞在のお招きを受けているわ。色々と話したいことがあるってね。どうする?」
「行くべきですね」
私の言葉に、マルティナが断言した。
手紙の封蝋は確かに皇帝の紋章と一致している。
喜色満面なことを覗かせる、ヴァリエールへの好意を全く隠そうとせぬ文面であった。
恨まれる覚えはないし――多分、皇帝陛下の父君の仇を討ったことに対する礼であるから罠ではない。
そう考えるが。
それはそれとして、対応に困る。
「私が行って何を話せと? 皇帝陛下に話せる楽しい話題なんて用意できないわよ? 私の人生なんか語っても誰も興味をしめさないわよ?」
「いや、結構興味ある人は多いと思いますが……。なんなら私が本にして後世に残しておきましょうか? ともあれ、おそらく陛下と話すのは、このマルティナでございますよ。ヴァリエール様、ご安心ください」
9歳児に過ぎぬマルティナが、胸を張って答える。
まあ、そうだろうなあと思う。
多分、マキシーン皇帝陛下は私に対しては褒めてくれるだけだろう。
興味があるのは、何やら皇帝に差し出す本を書いたというマルティナだ。
アスターテ公爵が献上しておいたと聞いている。
そうヴァリエールは考えるが、はて、どのような本なのか。
少し興味をそそられる。
機会があれば、読ませてもらえるようにアスターテ公爵か陛下に頼んでみようか。
「当然、私とベルリヒンゲンはついていきますよ? 従士代わりとしてください。皇帝陛下も別に断らんでしょう」
「そうですな」
ザビーネとベルリヒンゲンが手を上げる。
まあ、別にいいか。
私には個人的な従士とか従者とかいないから、二人ぐらいはいいだろう。
ランツクネヒトとの騒動が解決した以上、まあ親衛隊とプレティヒャ卿に未来のポリドロ領民の相手を任せても大きな問題はない。
「当然ファウストも呼ばれてるんだけど――来てくれるわよね?」
「まあマルティナが行くというなら、行きはするんですが……」
騎士見習いと騎士の立場が逆転しているぞ。
ふつう逆ではないかな、とは思うが。
まあ、今回はマルティナも名指しで呼ばれている。
「ユエ殿も連れて行きますよ? 正直、私もそんなに暇じゃないので、皇帝の傍にずっといられるわけではないのです。遊んでいる余裕はありません」
「ヴィレンドルフのユエ殿?」
「はい。彼女にフェイロン武術の修行を付けてもらえるよう、すでに頼んでいるので。ああ、テメレール卿が率いる『狂える猪の騎士団』も参加することになるかと。おそらくはバウマンや、ニーナ嬢も」
とにかく帝国に強い超人が多いことにこしたことはないのだ。
フェイロン超人の技を、『気功』について教えてもらおうではないかと目論んでいる。
「皇帝陛下、テメレール派閥の超人が屋敷を出入りする事を許してくださるかしら?」
「さて、まあ許してくださるのでは?」
ヴァリエールの疑問に、ザビーネが返事をした。
さほど心配することでもないといいたげに。
「正直言いまして、もう皇帝陛下も、テメレール卿も、皇帝の地位には拘泥しないでしょう。興味が薄いのです。テメレール卿も皇帝暗殺など、もはや企んでいないでしょう」
「すでに誰もが、ヴィレンドルフのカタリナ女王に譲ることになるだろうと結論付けていると?」
「そうなります」
ザビーネはそう受け答えをして。
さらに、一言付け加えた。
「まあ、アスターテ公爵だけは皇帝陛下自らが立ち上がることを希望しているようですが」
アスターテ公爵は有能な人間が好きなのだ。
なんだかんだマキシーン皇帝陛下は有能であるし、頂点に立つ資質も血筋もある。
確かに、彼女自身が立ち上がってくれるにこしたことはないだろう。
だが――
「でも、本人にやる気はないんでしょう? 姉様からは、そう聞いてるわよ。さすがにやる気が最初からないようなら話にならないって」
「まあ、そのようですがね」
さて、どうなるのかはわからないぞ。
そう言いたげに、ザビーネは首をひねる。
ザビーネの言いたいことがわからない。
というか、ザビーネが考えていることがわかったことなど私にはない。
「へいへい、何か勝手に企んでいなさい。必要があったら聞かせて頂戴な」
「承知しました」
ザビーネの勝手にさせることにしよう。
私は頷いて、とりあえず手紙を書くことにする。
皇帝陛下への返信である。
「さて――大所帯で乗り込むことになるわね。失礼にならないかしら?」
だが、まあそう心配するようなことではないのかもしれない。
すでに私にとっての多くの問題は片付いた後である。
これ以上、変な話になることはないだろう。
「相手は皇帝ですよ? 100人で乗り込んでも大丈夫です。ああ、私も準備をしておかねば」
「ザビーネが何の準備をするのよ」
コイツ、また何か変な事考えていないか?
そう訝し気に見つめるが。
「これはアスターテ公爵から頼まれたことですよ。ケルン派の新しい弾丸を皇帝陛下にお見せせよとのことです」
アスターテ公爵、なんかここにきて色々と動いているな。
ある意味、ザビーネやベルリヒンゲンよりも無茶苦茶なところがある人間だ。
出来れば私に迷惑をかけるような、変な事はしないでもらいたいのだが。
正直期待薄だ。
「そうそう、言い忘れておりました。ケルン派から大砲も手に入れましたので、そちらもお見せすることになるかと」
「必要経費だと思うけど……」
なんか勝手にどんどん大きくなっていくな、私の第二王女親衛隊。
いつのまにやら数が増えて行ってるし、ケルン派の最新式の銃を装備し、大砲まで備えている。
私にその兵力を操れる能力などないが――まあ、ザビーネとベルリヒンゲンがよいようにするだろう。
なにもかも部下の能力任せというのも情けない話だが。
「まあいいでしょう。私たちのやることは、とにかく皇帝陛下の求めに応じること。私はとりあえず御機嫌を損ねないよう、饗応に快く応じて。マルティナとファウストは贈呈した本についての説明を。そして、ザビーネとベルリヒンゲンは最新式の銃や大砲について説明を。それぐらい?」
「私たちがやるべきことはそれぐらいですね。まあ――」
ザビーネはまた首を傾げ、それ以外について示唆する。
「アンハルト、ヴィレンドルフ、マインツの三選帝侯がどう考えているかはわかりませんがね。何かもっと別な事を考えていて、こちらに迷惑をかけると思いますよ。それだけではなく、皇帝だって色々と言いたいことは沢山あるでしょうから、ヴァリ様を通して三選帝侯に訴えると思います」
「ええ……」
また私は何かに利用されるのかよ。
いや、必要な事なら仕方ないけどさ。
わざわざ私を通さずに、直接皇帝陛下とやりとりをしてくださいな。
そう思うが。
「ヴァリ様、こういうのは誰かを通した時の方が何事も上手くいくことが多いのですよ。ヴァリ様は仲介役を立派に務めてくださいな」
ザビーネはすでに諦めているようだ。
それどころか、困っている私の姿を見て心の底から楽しんでいる節がある。
「はいはい、わかりましたよ。もう」
私は執務室の机で頬杖をついて。
とにかくも、色々な策謀の操り人形になることを覚悟した。
死にはしないだろう。
多分。
お腹を押さえ、しくしくと痛む胃痛に身をよじりながら。
私は大きなため息をついた。
書籍版5巻が3/25に発売されました。
紙・電子どちらでも構いませんので出版継続のためご購読をよろしくお願いします
作品内容は本編5章に加筆修正を加え、わかりにくいところを色々と調整しました。
また外伝として2作
『外伝①「ボーセル家の崩壊」』
『マルティナifグッドエンド外伝「誰もが幸せな結婚を」』を書き下ろしています。
特典SSペーパーについては前回お話した分と、あと電子ではBookwalker様のみ電子特典があります。
以上となっております。
では