貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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皇帝論争編
第262話 テメレールとアスターテの計画


 

 銀縁眼鏡。

 水晶で出来た、その伊達眼鏡を光らせながらにテメレール公は否定した。

 

「アスターテ、お前の計画には無理がある」

 

 これから皇帝陛下の屋敷に行く。

 ついては、その前に相談しておきたいことがあると。

 テメレール公はそう言われて、こうしてアスターテ公爵と話しているわけだが。

 

「私は今さら皇帝の地位に拘泥などせぬ。別に皇帝が誰であろうがよい。だがな、マキシーンだけは駄目だ。あれはやる気がない。やる気がない奴を皇帝に据えては勝てる戦も勝てぬ」

 

 そう否定する。

 これはアンハルト選帝侯継承式を目前としたアナスタシアも同意見であり――アスターテ公爵は、もちろんそう言われることを予想していた。

 

「仰る通り。やる気がないまま皇帝を続けられるようでは、カタリナにやってもらった方がマシ。次善策はそうするさ。だけどな、やる気を出してもらえるならば皇帝を続けてもらった方が良いのはわかろう?」

「それが無理だから否定しておるのだ」

 

 話は平行線――ではなく、単純に事実のみを話し合っている。

 互いの意見に相違はないのだ。

 それを踏まえて、目的を達成するにはどうすべきか? という点について議論している。

 

「不可能を可能にする男がいるとは思わんか?」

「ファウストか?」

 

 投げかけた言葉に、多少の理解を示しつつ。

 テメレール公は眼鏡を光らせて、少しだけ悩む仕草を見せたが。

 

「――負けた女がこれを言うのはなんだが、それだけでは無理だろう」

 

 首を振る。

 テメレール公は、正直言えばファウスト・フォン・ポリドロという男に惚れていた。

 自分の全力を受け止めて、敗北させた男であった。

 騎士として、女として感じるものがあった。

 だが、それはそれ、これはこれ。

 自分とて立場上、彼を口説くことに我慢を――諦めているのだから、ニンジンをぶら下げられたからと言って。

 マキシーンがやる気を出すとはとても思えなかった。

 

「ファウストだけでは不可能だろうな」

「というと?」

「もちろんファウストは説得に必要不可欠だが、それだけでなく少しづつ揺さぶるんだ。マキシーンがとてつもなく好感を抱いている、ヴァリエールを使って。マルティナの知恵を使って。ケルン派の新兵器を見せて」

 

 説得材料が足りないとは思えない。

 そう言いたげに、アスターテ公爵は両手を広げる。

 賢い貴女には説明するまでもなかろう、と言いたげに。

 

「これはイケるんじゃないのか。ひょっとして、勝てるんじゃないのか。その可能性を見せてやるのさ」

「ふむ」

 

 テメレール公は考えた。

 なるほど、もう一度を繰り返そうというのだ。

 このテメレールが説得されたように。

 ファウストの膂力で打ちのめされた後に、マルティナの理論で説得を受けたように。

 すでにある成功例をなぞろうというのか。

 

「……私にこれを事前に話したのは、説得するという了解を得たいのではなく。私の心境を知る為か」

「その通り」

 

 銀縁眼鏡を外して。

 机に置いて、テメレールは思案する。

 鼻を撫ぜた。

 昔は少し高かった、ファウストにへしおられた鼻っ柱を撫ぜる。

 悪い気分ではない。

 頭には傷こそ残っていないが、頭を撫でれば割られた時の衝撃を容易に思い出せた。

 彼に負わされた痕跡は、傷一つでさえ悪い気はしていない。

 不思議なものだ。

 

「三つだ」

 

 色々と考えて、テメレール公は自分の心境を赤裸々に語ることを拒んだ。

 まるで乙女のように、ファウストに惚れていること。

 それをアスターテ公爵も判っているだろう。

 判っているだろうが、やはり喋るというのは気恥ずかしい。

 だから、三要点だけを挙げる。

 

「ファウストにこれ以上ないくらいに依存させろ。惚れこませろ。あの男の凄まじさをまざまざと見せつけろ。レッケンベルさえも超える史上最強の騎士であることを思い知らせてやれ。嗚呼、こんな男がいるなんて思いもしなかったと理解させろ。まるでマキシーンが失った、あの父親も同然の存在に格上げさせろ」

「もちろんそのつもりだが。それは暴力的な意味で? それとも男としての魅力的な意味で?」

「両方だ」

 

 言うまでもなかろう。

 バウマンとの闘いを見せたのだ。

 前者についてはマキシーンも、もはや疑うまい。

 だから――必要なのは後者だ。

 

「特に後者だな。どうしても、この男との子が欲しい。この男との子が孕めねば、おかしいと。他の男など嫌だと思わせてやれ。未だ男を知らぬ乙女のようにな。せいぜい狂わせてやれ」 

 

 それはテメレール公も同じであった。

 ファウストとの子なら孕んでも良い。

 もちろん、その機会はないであろうから、このような老猪が口説くなど恥ずかしいから、代わりにマルティナを我が子にと望んだのだが。

 それは今のところ上手くいっていないが――実のところ、マルティナを口説く材料は用意し始めている。

 

「そんなの、容易にも程があるさ。ファウストの傍にいれば、誰でも勝手に惚れるだろう」

「容姿は醜き男なのに?」

 

 全く心配していないアスターテ公爵に、彼の容姿について示唆するテメレール公。

 だがまあ、これについてはどちらも心配していなかった。

 

「ファウストは魂が美しいのだ」

 

 きっと、マキシーンは執着する。

 是が非でも欲しがる。

 ひょっとしたら、一緒に遠い国外へ逃げようとまで言いだすかもしれない。

 ファウストが自分のポリドロ領を見捨てて逃げるなど、死んでも有り得ぬ話だが。

 そうアスターテ公爵は断言して、テメレール公も頷いた。

 

「二つ目。マルティナの理論を実証させろ。その目に徹底的に焼きつけろ。時代は変わったのだ。たとえモンゴルが――トクトアの騎兵がどれほど強かろうが、たとえ兵力で勝ろうが。戦場のきらめきも魔術的な美さえも、無慈悲に消し去る砲兵と言う存在が現れたということを」

「用意はしている。しっかりと前説明も済ませたさ。あれは本当に良い生贄だったなあ」

 

 市民参事会が良い生贄になってくれたよ。

 そう笑いながらに、愉悦気味にアスターテ公爵は語る。

 それをテメレール公は呑み込んで、満足げに頷いた。

 なるほど、しっかりしている。

 

「よろしい、非常によろしい。では三つ目だ」

 

 テメレール公は自分の拳に顎を載せて。

 これが最重要だと言わんばかりに、三つ目を口にした。

 

「実のところ、マキシーンがその気になるだけではいかんのだ」

「というと?」

「マキシーンの、その一族が納得してくれねば困るのだ」

 

 マキシーンは一族の当主である。

 代表である。

 今までも皇帝としての務めを過不足なくこなしてきた。

 実直に、あの貧相な体でも立派にこなしてきたのだ。

 だがしかし、だ。

 

「マキシーンの側近たちは大丈夫だろう。マキシーンがやると言えば、火の中だって平気で飛び込む連中だ。何の問題もない。だがな、それこそ一族の数は多いのだ。選帝侯二人がかりなら勝てるが、一人だけでは覆せぬほどの権力を保有している」

「なるほど」

 

 そもそも、「レッケンベルの騎行」が起きたのは。

 アンハルトとヴィレンドルフが手を組んで、皇帝の嘆願を聞いて帝都を包囲したのは。

 マキシーンの親族が裏切ったからこそに起きた騒動である。

 

「マキシーンは上手く纏めているが、さて、ここで急に決意を翻して、やっぱりモンゴルと戦います。そう言いだしても親族全員が一致して、さあやるぞとはいかぬと」

「それどころか、親族からまた別な人間を持ち上げて、当主にするとか言い出しかねぬ」

 

 簡単ではない。

 そういう意味で、マキシーンはまだ一族を掌握しているとは言い難い。

 

「お前がやりたいのは、マキシーンの一族全ての権力を戦争に投入することであろう? それだけでなく、国外と交渉して、他国の兵を雇い入れることさえ可能にすることであろう?」

「もちろん」

「ならば、今から根回しをしておく必要があるな。急にマキシーンがやると言い出した時に、親族が反対せぬように」

 

 先に聞いておいてよかった、やはり帝都事情は詳しい者に聞いておくに限ると。

 こくり、とアスターテ公爵は頷いた。

 そして、すかさずに。

 

「協力を求めたい」

 

 アスターテ公爵は、仔細を説明した彼女に協力を求めた。

 

「成功するかどうかもわからぬ策に?」

 

 テメレール公爵は、やや眉を顰めたが。

 

「……勝算は?」

 

 まあ、成功する可能性があるなら断るわけにもいかなかった。

 彼女は、ファウストのためなら犬畜生のように働いてみせるという約束をしていたからだ。

 

「完全に成功する可能性は、半々といったところだな」

「……低くはないな」

 

 失敗する可能性はある。

 ファウストを信じていても、マルティナの賢さを理解していても、その上でアスターテ公爵が十全に能力を発揮しても。

 それでも、失敗する可能性だけは正直言えばある。

 だが。

 

「良い、協力しよう。私も帝都の近場に領地を持つ身だ。伝手はある。マキシーンに反抗的な親戚には、説得工作を試みようではないか。ヴァリエールの名を少し借りるぞ」

「ヴァリエールの名を? 何故?」

 

 アスターテ公爵は訝しむが。

 

「お前が思っている以上に、あの娘の名は帝国中に鳴り響いた。マインツ選帝侯に勝利したという事実を甘く見すぎだ。その名には色々と使い道がある」

「なるほど。使えるならば是非使ってくれ」

 

 ヴァリエールの名は勝手に使われることになった。

 こうして、二人の計略は合意に至った。

 どちらからというわけでもなく、お互いに手を伸ばし握手をする。

 

「ひとつ、全てが終われば礼をしようか?」

「何かくれるのか? 大概の物なら持っているのだがな」

 

 テメレール公は金持ちである。

 それこそ、領地規模は選帝侯に劣れど、選帝侯に負けぬほどの莫大な資産を抱えていた。

 彼女が欲しがって手に入れられぬものなど、この世に殆ど存在しないのだが。

 

「本当に欲しいものがあるだろう。ファウストさ」

「……」

 

 テメレール公は顔を赤らめて黙った。

 わかっているが、内心を察されている。

 この二十八歳の老猪が密かに隠している、乙女心を理解しているのだ。

 

「なに、子を産めぬ齢でもないだろう。全てが、何もかもが終わった後なら、ファウストという存在を少しくらい分けてもよい」

「お前が決めることか? それは?」

「少なくとも、ファウストをその気にさせることぐらいならできるさ。別に貴方の事を嫌っているわけでもないしね」

 

 テメレール公は鼻白んだ。

 首を横に振ろうとしたが、どうしても。

 アスターテ公爵の提案した魅力的な報酬を、断る事だけはできなかった。

 

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