「それにしてもマルティナ。まだ9歳でこの本を書いたというのは実に慧眼だな」
まだ9歳。
15歳にして痩せっぽちの自分よりも、更に小さい一人の少女。
マルティナ・フォン・ボーセルを招いている。
自分の執務室にて、二人きりだ。
「拝謁を賜り光栄です」
嘘ではない。
マルティナは、彼女はそれこそポリドロ卿に対して程ではないが、それなりの敬意を私に抱いている。
選帝侯の連中と言えば誰も彼もがクズばかり。
皇帝になど敬意を払っておらぬからして、自分にとってヴァリエールやポリドロ卿、そしてこの少女の反応は新鮮であった。
気持ちの良い奴らだ、せめて選帝侯がヴァリエール、ポリドロ主従のような連中であれば、この帝国と一緒に心中する気になったかもしれない。
だが、まあそれはない。
「本題に移ろうか。今日は膝を突き合わせて話し合いたい」
執務室には彼女が書いた本。
『銃・砲・騎士』が置かれている。
今日はこれについて尋ねねばならぬ。
「大変興味深い内容だった。特にケルン派が火薬の製法を隠しているということ。もちろん、薄々は察していたが――明かしてもよかったのかね?」
「こちらに関しては、ケルン派の神母様にも尋ね、確証を得ております。その内実を明かす事の許可も」
「なるほど」
さて、現状どれくらいの銃や砲を用意できたのだろうか。
その辺りも気になるが。
「なあ、マルティナよ。確かに砲は強い。だが、そう簡単にモンゴルに――いわゆる騎兵集団に対応できると思うか? 騎兵の行動速度に対応できると思うか?」
私は率直に尋ねた。
結局、マルティナが二年後に訪れるモンゴルとの戦をどのように俯瞰しているかなのだ。
それが知りたい。
まずは兵器の機能で、それが水準以下なら話にもならなかった。
「もちろん、モンゴル側とて『工夫』はするでしょう。戦場でのおおよその射程や、砲の移動が馬匹での牽引であっても困難であること。すぐに見抜くでしょう。ですが、砲の強力さは何よりもマキシーン陛下がご存じのはずです。それこそ容易には対応できないほどの一方的な暴力です」
「確かにな」
私は確かに砲の強力を知っている。
憎き市民参事会の集まる集会所は、穴だらけになっておった。
現場にはマスケット銃の弾丸と、連中が流した大量の血が散乱していて、私を爆笑させた。
大変に愉快であった。
「ふむ、では再度尋ねる。マルティナは、ケルン派の大砲における射程は知っているのか?」
「市民参事会に用いたキャニスター弾(散弾)では、おおよそ800mと聞き及んでおります。周囲に被害を与えぬよう着弾を集束させるために、市民参事会に対してはもっと近くから放ちましたが」
「――それは素晴らしいことだな」
素直に感嘆する。
なるほど、強烈だ。
射程距離においてモンゴルの複合弓を上回り、そのパルティアンショットですら無効化するだろう。
弓騎兵の高速移動に対して、追いすがる必要はない。
大砲の砲撃が間に合えばよいのだから。
だがしかしだ。
それは真正面からぶつかり合うという、カカシじみた相手であった場合であり。
実際のところ、標的は馬の速さで素早く動くのだ。
それこそ我ら神聖グステンの騎士など比較にもならぬほどに、多くの戦場と、大規模な戦での機動を経験している。
それに数はどうかな。
「マルティナも詳細までは知らんだろうが、ケルン派は大砲は幾つ用意できたと思える?」
「……3ポンド砲から12ポンド砲まで種類はありますが、私の聞く限りではおよそ20門といったところでしょうか。但し現状は兵器開発の進歩を優先した結果であり、ここで生産に舵を切れば決戦時に200門は用意できるかと」
「――」
少なすぎる。
モンゴル15万8000騎を相手にするにはあまりにも大砲の数が少なすぎた。
もし、その20門で戦うとあれば、冗談にもならぬ。
弓騎兵どころかモンゴルの重騎兵が十全に機動すれば、その突撃にすら対応できると思えなかった。
大砲は容易に配置転換できる兵器ではない。
ただし現状は、ときたか。
今までは秘匿するためでもあった少数生産を、大っぴらにやれば十倍の数は用意できると。
「それに、大砲は別にケルン派だけが持つ兵器ではないでしょう?」
「確かに、テメレール公や各選帝侯をはじめとして、有力領主とあれば砲の一門や二門抱えているのが当たり前だが――砲兵の地位が現状低いのはどうするつもりか?」
要するに、大砲の数も重要だが。
これを運用する砲兵の地位が低い。
未だにこのグステン帝国の価値観が、騎士道精神やら直接切り結ぶことに偏重した文化であるから。
騎兵こそが戦争の花形であり、それどころか戦争の少ない田舎には未だに弓すらも嫌う、頭の固い時代錯誤な連中までいる。
ケルン派そのものや、先進的な――悪く言えば『流行が大好きな』テメレール公とは違って、砲兵なんぞどこにもいやしない。
当たり前だが識字教育すらおぼつかない平民には大砲を扱えぬ。
大砲とは要するに軍人のみが扱える兵器なのだ。
軍に属する人間のみが使える特別な兵器であって、その軍人とは現状は大砲という兵科を嫌う騎士である。
その騎士達の頑迷な幻想といったものを破壊し、砲兵にするには材料が足りない。
そこのところを突くが。
「砲兵が大活躍する新聞でも刷りますか?」
この問いに対し、マルティナは降参した、とばかりに両掌をひっくり返した。
「ふん」
鼻で笑うが。
新聞を――小説を刷るというのは、実のところ別に悪くない考えである。
今のところ、神聖グステン帝国で一番売れている小説について考える。
騎士道の理想へひたすら進む郷士と、現実主義者の従士が紡ぐ物語が思い浮かんだ。
あの作品では郷士が銃や弓を否定していたが、逆にいえばそれは現在古臭い考え方なのである。
何せ、その郷士は風車を巨人と勘違いして騎兵突撃し、吹き飛ばされるような大間抜けであるからして。
そんなことを考える。
「冗談はともかく、確かに私はその点についての懸念が足りなかったのは認めましょう。ですが、これに対して増補してくれる方がおられまして」
「ほう」
興味深い。
そうやって、マルティナは机に置かれている『銃・砲・騎士』よりも分厚い。
『増補版』とやらを取り出した。
そこにはポリドロ卿とマルティナ以外に、三人目の著者としてよく知った名前が刻まれている。
「テメレール公か」
「実際に砲という兵科を重視し、騎士を隊長とし、雇い入れた平民の兵士を砲兵として教育した経験の持ち主でして。その軍事教育方法、私が考えたよりも現実的で経験則から学んだ内容が増補されております」
「……」
テメレール公は先進的である。
先ほども言った様に『流行に敏すぎる』傾向もあり、例えばそれは諸兵科連合という取り組みであり、それなどレッケンベルの率いるランツクネヒトに散々に打ち破られてしまったが。
その経験を軽視することはできなかった。
「今からたった二年で砲兵というものを教育し、大量製造した砲に対するだけの兵隊をちゃんと用意して見せると?」
「やればできる。やれないと思うからできないのだと、テメレール公は仰っておりましたが」
さて、どうなることやら。
そう言いたげにマルティナは首を捻る。
マルティナですら難しいと考えているところなのだろう。
だが。
「ふむ」
例えば皇帝、このマキシーンによる大号令が帝国中に響けば?
砲兵こそ戦場の花形である――そこまではいかずとも、最新で効率的な殺傷兵器というイメージを騎士の間に流行らせることができれば?
そのような事を考えてしまう。
いかんな、本当に色々と考えてしまう。
「もし砲兵として活躍する小説の主人公と言えばだれを据える?」
「さて、騎士がふさわしいでしょうが。架空の人物がよろしいでしょうね。ただ、上司に関しては現実の人物とすべきであり、もはや確定しております。以前ならばレッケンベル卿でしたが」
「今ならばヴァリエールか」
今もっとも帝国中でアツい、破天荒な女である。
本人は自分は凡人だと思い込んでいる節があるが、本当に凡庸ならばマインツ選帝侯に負けておる。
マインツは決して弱者ではなく、あれはあれで上澄みの戦場経験者であった。
ヴァリエールは自分を凡庸と考えているだけの、人の感情を滅茶苦茶にする善良な異常者であった。
一つのカリスマであるのだ。
誰もが彼女に注目している。
その彼女が出て来る物語となれば、興味を示すだろう。
なにより、私が読みたい。
「選帝侯の子女に忠誠を誓い、騎士として新たに砲兵部隊を編成することになった架空人物の成り上がり立身出世譚などがよろしいのでは?」
「面白いな」
中々に楽しい内容だった。
そして、作家には恵まれている。
ケルン派の写本家であれば、そういった物語を紡げる人間も抱えていような。
是非とも読みたいところだが、本日の課題はそこではない。
「さて、砲兵については大変興味深い考察であったが。それはさておこう」
現実に達成できるかどうかはわからない。
そう何もかも上手くいくことはないだろうが、少なくとも眼前のマルティナという少女には。
そして、その背後にはテメレール公という、変に先進的な実践者がいた。
ひょっとしたら、砲兵という兵科を二年後に大量に編成することもできるかもしれない。
だがしかし、だ。
「それだけでは勝てんな」
モンゴル15万8000騎というのが問題なのだ。
砲兵という兵科があったとして、兵数に圧倒的な差があれば焼け石に水である。
要するにだ、質でも劣るし数でも劣る。
その質や数を、砲兵だけでは補填できぬのだ。
負けるな。
この戦は負ける。
「ところで、マキシーン陛下。これはケルン枢機卿が自ら献上するはずだったのですが。代わりに渡してほしいと依頼された進呈物がありまして」
「ふむ」
私は全く変わらぬ結論について、色々な事を考えているが。
それを邪魔するどころか加速させるようにして、彼女は三つの塊を取り出した。
それは奇形であった。
マスケット銃の丸い弾丸ではなく、椎の実のような形をしているのだ。
ケルン派が所有する聖遺物の柄と同じく、弾丸の底には溝が切られており、凸凹があった。
「弾丸か?」
私は一言だけそう答え。
「さて、とりあえずどういった物かについては確認するのが一番でしょう。丁度、ヴァリエール殿下にも最新鋭の銃器と弾丸が送り届けられたところです。その光景をご覧になるのが一番かと」
マルティナはいっそ不遜と思えるほどの自信満々な態度にて。
私に、この新型の弾丸がどういったものかを教えるため、訓練場に足を運ぶよう勧めた。