「丁度始まったばかりか」
屋敷にも訓練場はあるが、それでは最新鋭の銃器と弾丸。
それが発揮する本当の効果のほどが理解できぬと。
マルティナに誘われて、帝都の外にある兵士訓練場まで足を運ぶ。
そこには二百ほどの兵がおり、誰もがマスケット銃にて武装していた。
「いや、逆だな。私が来てから始める予定だったのだな」
一人で納得する。
最初からこの手筈だったのだ。
私に、このマキシーンを説得するため、マルティナは計画立てて横に立っている。
「はい、そのつもりです。訓練場の端の標的が見えますでしょうか」
「うむ、しかと見えておる」
しっかりと藁で出来た人型の標的は見えている。
だが、はて。
「遠いな。あれでは届く前に威力は減衰するだろう。鎧を撃ち抜くどころか、鎧下のギャンベゾンにさえコツンと当たって終わりではなかろうかな?」
あえて疑問を口にしてやる。
標的まで600メートルはある。
マスケット銃の標的としては、あまりにも遠すぎた。
「説明が必要ですかな?」
不要だった。
だが、あえて口にしてやるというのが親切というものだ。
私はマルティナを促す。
「ケルン派の新兵器は、その解決を見せたと?」
「まずはご覧になるのがよろしいかと」
二人して、すでに推測による結論は出している。
それはそれとして、実践できなければ話題にする価値はなかった。
マスケット銃は一見、何一つとして変化が無いように見えたが。
「ふむ」
すでに口にしたが、実のところ大体の想像はついているのだ。
兵の近くに歩いていく。
ヴァリエールが、なにやら配下の配下、要するに一般兵へと話しかけていた。
「これ本当に当たるの? もちろんプレティヒャの配下の腕を疑っているわけじゃなくて、銃器の方を疑っているんだけど」
「は、ヴァリエール様。何度かすでに試しましたが、2~3割の確率で600メートル先の標的に命中しております。私の部下の腕であれば、そして今日の風向きは凪でありますので、人型標的の何処かには五割の確率で命中するかと」
ヴァリエールの配下、おそらくプレティヒャ卿とやらが説明をし。
その部下の兵士がカチコチに緊張で固まりながらに、こくこくと頷いている。
「あまり緊張しないでね。何発でも撃って良いし、外したって怒らないから」
「死んでも命中させます」
一般兵はこれこそ人生の晴れ舞台であるとばかりに、血走った目で答えた。
それこそ心底忠誠を誓っているのだろう。
私とて、命懸けで忠誠を誓ってくれている従者も騎士もいるが、あそこまで狂信的ではない。
素直に羨ましい、と一瞬だけ思って。
「外したら腹を切って死にます!」
「そこまで責任を求めていないわ! 別に私は鬼畜じゃないわよ!!」
即座にやめた。
あそこまで狂信的であって欲しくはなかったからだ。
ヴァリエールに話しかけようと思ったが、やめておく。
従者に促して、ヴァリエールへと使者を送る。
それに気付いたヴァリエールが、ぶんぶんと元気よくこちらに手を振った。
素直に微笑ましい。
私は一歳年下の彼女が愛らしかった。
私にも、あのような妹がいれば大層可愛がったであろうが。
アナスタシアは、あの人食いはちゃんと妹を大切にしているのだろうか。
そんなどうでもよい疑問を浮かべる。
さて、そんな疑問は捨て置いて、現実に戻ろう。
「さて、どうなるかな」
ここで、射撃を命じられた兵士が腰から奇妙な物を取り出した。
おそらく紙で出来た筒である。
火薬と弾を紙でソーセージ状に包んだ物。
それを歯で食い千切り、中身の火薬を銃口から入れ、そののちに弾と残りの紙を槊杖で押し込んだ。
なるほど、装填を早くするための工夫であるようだった。
製紙技術に長けた、『新世紀救世主伝説』なんてインチキ聖書を発行するために製紙技術を発展させた、あのケルン派が作ったものであろう。
それはすんなり納得できた。
はて、火薬の色が黒色でなく、やや褐色のようだが。
ひょっとして、黒色火薬の改良に成功したのだろうか。
あのケルン派の考えることだ、何をやってもおかしくはないが。
ここからだった。
銃兵がマスケットレストで銃の重心を支え、狙撃態勢に入る。
「狙い撃つぜ!」
銃兵が叫ぶとともに、発砲が為された。
あの奇形の弾丸が、さて、どれほどのものか。
それを見るために、自然と視線は人型標的の方へと移る。
1秒経つか経たないかの間に、藁で出来た標的の胴体が弾けた。
見事に弾着し、標的にダメージを与えた。
あれが人であれば即死だろう。
なるほど、大体理解した。
「ライフリングか」
「ご存知でしたか」
銃砲の銃砲身内に施された螺旋状の溝。
これをライフリングと呼ぶ。
これ自体は私が産まれる前から存在している。
発想自体は古くからあるのだ。
問題は。
「なるほど、面白いな」
施条を刻み込む工程のための製作費の高さにある。
要するに、ライフリングを施した銃の製作費だ。
「そしてそれだけだ」
贅を尽くせば、あのような銃器を作り出すこともできよう。
問題は、あまりにも手間がかかりすぎることだ。
とても大量生産は――できないと思うのだが。
ポケットに入っている三つの弾丸。
そのうちの一つを取り出して、じっくりと眺める。
椎の実のような形をしていた。
ライフリングによる威力や命中率、そして装填を楽にするための工夫の集束がこの形なのだろう。
全て理解すると、この椎の実は人を殺すための形に見えた。
殺意の塊であった。
「あの銃は現在でいくつある? 大量生産は出来るのか?」
出来ないのならば、そもそもこうして私に見せようとは思うまい。
ヴァリエールはおそらく何も知らないだろう。
これはマルティナに聞くべきであった。
「現在で千丁ほど生産できたと聞いております」
「少ない。それでは話にならん。少ないが――」
それは『モンゴルを相手にするには少ない』という意味で。
『兵器の数として少ない』という意味ではない。
あの狂人ども、何をどうしてライフリングの大量生産にこぎつけた?
いや、要するに機械か。
人力ではなく、水車でも風車でも何でもエネルギーを用いて、強引にライフリングを刻む機械を発明したと。
或いは人力で加工する工程の幾つかを簡略できたのかと。
そんな想像をする。
いや、昔からそうだったではないか。
印刷機を異常に愛し、機械という物が生み出すエネルギーに固執していたのが、あの宗派だった。
考えれば、驚くほどではない。
納得し、更に尋ねる。
「決戦の二年後には何丁だ?」
「一万丁ほどを用意することが可能だと。仰る通り少ないです。ただし、この数で十分だと私は判断しています。どのみち、数が足りません」
マルティナは十分だと口にする。
数が足りないと口にする。
何について足りないと?
あればあるほど良いではないかと、私などは考えるのだが。
要するに、つまり――
「狙撃か」
教育する狙撃兵の数が足りないのかと理解する。
「あればあるほどよいのは間違いありません。但し、これで将を仕留めることが出来れば極上の成果と考えます。大雑把に殺すのは大砲で良い」
「なるほど」
将は前線に出なければならない。
そうしなければ、兵は誰もついてこないのだ。
それこそ大将はともかく、少なくとも前線指揮官を遠距離から狙撃することが出来る兵器。
それがこの銃だった。
「この銃の名前は? 弾丸の名前は?」
「銃はライフリングを施したマスケット。ライフルドマスケットとでも申しましょうか。弾丸は――ケルン派から指示がありまして、ミニエー弾と。開発者の名前か何かでしょうか?」
ライフルドマスケット。
ミニエー弾。
なるほど、素晴らしい成果だ。
これでモンゴルに勝てるよ、とは。
「マルティナよ、確かに素晴らしい兵器だ。教えてくれて感謝するよ。時代は恐るべきスピードで進み、兵器の時代は変わるだろう。だがな――」
それでモンゴルに勝てるか、と問われれば、無理であろうさ。
兵力の差もあれば、兵の質も段違いだ。
そもそも、大規模な戦争経験を積んだ将がグステン帝国にはあまりにも少なすぎた。
ヴァリエールが敗北せしめたマインツ枢機卿さえ上澄み側で、まして万単位の兵を動かしての戦争経験者など、この帝国にはレッケンベルとテメレール公ぐらいのもの。
そして、その戦争に勝利したレッケンベルはもういないのだ。
それについては理解しているのだろうか。
「なあ、マルティナよ。私は――」
「……」
私はマルティナに話しかけたが、返事なし。
何やら彼女は惚けたような目で、何処かを見ていた。
視線の先に目をやる。
巨大な馬がいた。
見覚えのある馬で、あのような見事な馬を見たのは人生でもほとんどない。
見間違えようがなく、ポリドロ卿の愛馬フリューゲル号で。
当然ながら馬上にいたのは鎧を着用せず、ただ複合弓で武装したポリドロ卿である。
「さて、見事な物を見ました。返礼というわけではありませんが、面白いものをお見せしましょう」
そう兵たちに口にして、ポリドロ卿が馬で駆け出した。
手にしているのはおそらく、悪魔超人レッケンベルが使っていた複合弓である。
ヴィレンドルフの女王カタリナから、この弓を引けるなら貸し与えようと。
そう約束して、借り受けている弓である。
レッケンベル卿愛用の弓を、ポリドロ卿は扱うことが出来た。
手には、これまた特別製の矢がある。
「――」
彼が弓を引く姿が美しいと思った。
そう惚けている内に弓矢は放たれ、600メートル先にある人型標的の頭を貫いた。
弓矢は標的を貫いてなお威力を低減させず、そのまま地面に力強く突き刺さる。
「お見事です」
マルティナがそう口にした。
やがて、第二矢、第三矢が放たれた。
四矢も五矢も放たれた。
右手、左手、右足、左足。
狙った様に全て命中し、やはりそれは貫いてなお威力を低減させず、地面に突き刺さった。
嗚呼。
そうだ、すっかり目的を忘れかけていた。
私が欲しいのは。
血だ。
やはり、あの優れた男の血がどうしても欲しい。
あの高潔な男の血が欲しいのだ。
我が一族に、是非とも取り込みたかった。
そうすれば、あのモンゴルが我らの神聖グステン帝国を支配した後でも。
あのトクトア・カアンがくたばりやがったら、捲土重来だ。
何一つ信頼のおけぬ選帝侯も、領邦君主も、私に忠誠を誓ったふりをしている何もかもが消え果てた帝国を取り戻してしまえばいい。
私の娘が全て丸ごと平らげてしまえばいい。
そのような夢願望を、ざわめくような思いを、私は抱きつつあった。
初めて芽生えた欲望だった。
これをおそらく人は――野望と呼ぶだろう。
私は自分の小さな総身に、血潮が流れる音が確かに聞こえ始めた。