貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第270話 「論点」

 

 二人。

 厳密にはそれぞれ従士を連れているが、部屋の外に遠ざけている。

 今はただ二人きりだった。

 荘厳な屋敷の中に意図的にもうけられた、狭く小さな執務室、小さな椅子にマキシーンは座っている。

 対してアスターテ公爵はソファに座っていた。

 

「さて、始めようか」

 

 切り出したのは、マキシーンからであった。

 

「ご機嫌伺いの挨拶は必要かい?」

「いらんね。お互いにそういうことを気にする必要のなきよう、従士を遠ざけたつもりだが?」

 

 けんもほろろに、そう答える。

 そもそもマキシーンは機嫌伺いの言葉が不快であった。

 少しだけ人の心が読める。

 機微が理解できる。

 その能力がかえってマキシーンの心を頑なにしていた。

 ヴァリエールは良い、ポリドロ卿も良い。

 あの二人の心など、読むまでもなく裏など何処にもないからだ。

 

「私はお前が嫌いだよ、アスターテ公爵。地元での渾名は皆殺し公だったか?」

「そうだね、そう呼ばれてはいるね」

 

 何処に落ちるか分からない、狂った雷のような女だった。

 必要とすれば子供を槍で串刺しにしても、なんとも思わない女だった。

 別にその価値観が悪に染まっているというわけではなく。

 単純に、必要だからやった、どうしようもなかった。

 そういう結論に達して、自分自身を納得させる。

 戦場だ、そういうこともあるだろうが。

 

「悪いことをしたとは思わないのかね」

「何処の阿呆が攻め込まれて、その報復で戦を終わらせるために子供を串刺しにしたことを、悪いと思うのかね」

 

 軍人として、騎士として、本当に何一つ悪びれなく。

 そう納得してしまうのは如何なものか。

 マキシーンは、アスターテ公爵がハッキリと嫌いだった。

 何一つ好感を持てる点がない。

 ただ。

 

「皇帝陛下におかれましては、そんな私が嫌いだろうね。別にそれでかまいやしないが」

 

 この皆殺し公爵しか、会話の相手はいない。

 残念ながら、ヴァリエールやポリドロ卿は交渉の相手としては明らかに不足だった。

 どちらにとってもだ。

 そもそも、あの二人には高度で重要な判断というものが一切任せられないようにさえ思える。

 

「さあ、交渉に入ろう。まあ、お互いに欲しいものはわかっているが――」

 

 アスターテ公が水を向けた。

 マキシーンは単純に答えた。

 

「三つ欲しいものがある」

 

 要求は本当に単純なものだ。

 

「うん」

 

 何もかもわかっていて、アスターテ公は頷いた。

 

「一つは私の腹に、ポリドロ卿の種を宿すことだ。二つはヴァリエールを出来れば、敗戦濃厚になれば逃がすことだ。三つはマルティナの知恵を、本として後世に残せ」

 

 重要な順に、マキシーンは要求を口にした。

 どうしても外せないのが一番目で。

 可能ならば可能にしてほしいのが二番目で。

 三番目は、おそらく可能な上に、言わずともするだろうから重要視はしていないものだった。

 

「うん」

 

 アスターテ公はまた頷いた。

 そうくると思っていたと、何もかも承知の上での、ごく自然な頷きだった。

 

「まあ、わかっているでしょうが。三番目は簡単だ。そうするつもりだし、多分そうなる。マルティナは後二年の間に沢山の書物を残すだろう。そうして、その書物は避難させておいて、後世への遺産として残すつもりだ。もし我々が負けて帝国が滅びたならば、そうなる。だが」

 

 そうはならない予定だ。

 欠片も負けるつもりはない。

 そう言いたげに、公が微笑む。

 

「二番目も、これは容易だ。自然、そうなるだろう。逃げろ逃げろと、むしろ忠実な直下の部下ほど必死になってヴァリエールを逃がそうとするだろう。母のようなものだから。娘のようなものだから。自分が人生を賭けてようやく見つけた理想の主君だから。自分などどうなってもいいから、ヴァリエールだけは生かそうとする」

 

 うんうんと、頷いて。

 そうして、公は。

 

「だからといって、逃げるわけないだろ馬鹿者が」

 

 明確にそれを否定した。

 帝国の皇帝を目の前にして。

 公爵と言っても選帝侯の縁戚に過ぎぬアスターテが。

 臣下の臣下は、臣下ではないのだと言わんばかりに。

 馬鹿者と口にした。

 

「あの女は、私の従姉妹は、ヴァリエールは何があっても逃げんよ。無理だ。たとえどれだけ配下が宥めすかそうとも、たとえ力尽くで玉座から引き離して、それどころか神輿を担いで部下が逃げだそうとしても。あのヴァリエールは逃げない。爪が剥がれても最期まで玉座に縋りつく。そうして、部下も諦める」

「何故? 誰もがそう望んでいるというのに?」

 

 スペアは大事だ。

 仮にヴァリエールが逃げ出しても、モンゴルに帝国を滅ぼされても。

 その子孫が再起を目指すというのならば面目が立つ。

 ヴァリエールはスペアだ。

 アンハルト王国の第二王女であった。

 その言い訳が赦されてもよかった。

 顎をしゃくり、そう水を向けてやるが。

 公の判断は違った。

 

「ヴァリエールは何もできん。能力はよくて平凡で、その身に通う血が青き血ではなくて、そこらの農民となんら変わりないものとすら考えている愚劣だ。どうしようもない愚劣だ。だがな、一つの度量だけを以てして、我が一族に血を連ねていると名乗る権利を掴んでいる」

「それは?」

「必要とあらば、いつでも配下と一緒に死んでもいいと、骨の髄まで考えている」

 

 愚かだ。

 王は死んでも生き延びなければならぬ。

 王が生き残らねば、国が滅びる。

 国が滅んでも、生き残る民はいるだろう。

 だが新王国に必要のない民は、一切合切が殺される。

 利用価値がないものは、旧時代とともに廃棄すべきだからだ。

 この皇帝の首をちょん切れば、拍手喝采する民はいるかもしれない。

 新時代の到来を予感して。

 だが、辿り着く先は、その拍手していた民一切合切を巻き込んだ地獄だ。

 

「私はあの従姉妹が大嫌いで、どうしようもない凡弱で、誰にでも慈悲をみせるだけが愛だと信じている。しょうもない餓鬼だと昔は考えていたのだがね」

 

 なかなかどうして。

 いざ戦場に出してみれば、誰よりも働く。

 為政者としては欠点だらけでも、ただ戦場指揮官としてはどこにもない才を持っていた。

 

「原始的な忠誠とは恐ろしいものだよ。同軍同質の兵を率いるならば、私やアナスタシアでも負けるだろう」

 

 ぱん、と音がした。

 拍手のような、柏手のような。

 なにかに納得をしたかのような音だった。

 公が手を打ち鳴らしたのだ。

 

「さて、というわけで、二番目は無理だ。私たちが敗北した場合、ヴァリエールは確実に部下と一緒に死ぬ。あの女の辞書に、部下を見捨てて自分だけ逃げるという選択肢は存在しないのだ。これは決定的だ」

「……」

 

 二つ目の論点は潰れた。

 これは譲る譲らないの問題ではない。

 ヴァリエール当人の属性の問題である。

 

「――」

「――」

 

 少しだけ時が止まる。

 どうにもならないと、考える。

 ああ、たしかにヴァリエールという少女はそういう死に方をするだろうな。

 それが美しいとさえ思えた。

 どうしようもなくなれば、手が千切れても、足が千切れても、必死になって玉座に縋り付く。

 そうして最後まで自分の配下が死にゆくのを見届けるだろう。

 そんな女だった。

 

「わかった、ヴァリエールは諦めよう」

「そうしてくれ。まあ、むざむざ殺す気もないのだがね。勝つつもりだから」

 

 戯言を吐いた。

 勝つつもりだから、だと?

 馬鹿馬鹿しい、勝ち目などないからこんな話をしているのだ。

 一番重要なファウスト・フォン・ポリドロの話をする。

 その前に、一つ。

 

「どうやって勝つつもりなのだ」

 

 この私は、戯言を聞くつもりになった。

 

「言うだけ言ってみろ。何処までいっても勝つなど夢物語で。天と地がひっくり返ってもあり得ぬだろうが、貴様のプランを聞くだけは聞いてやろうではないか」

 

 アスターテ公爵が、如何にしてモンゴルを打倒するのか。

 

「うん。大変素敵だ」

 

 また公が手を叩いた。

 柏手なのか、拍手なのかはわからないそれ。

 耳障りに思えた。

 そうだな、そうだ。

 この耳障りな音以上に。

 

「では、本題に入りましょうか。私の具体的かつ率直な提案をお聞き頂ければと」

 

 これから公が話す、『モンゴルに勝つプラン』とやらの戯言が耳障りではないこと。

 私はそれを願っている。




諸連絡

 更新が滅茶苦茶に遅れております。
 別に続きが書けないのではなく10章以降を書籍版にて大幅に内容変更する予定のため、最新話とのズレを調整するのが厳しいことから遅延させております。誠に申し訳ありませんが、ご了承ください

 また、その隙間時間で書いている「貞操逆転世界のオタサーの王子様」2巻が本日発売となりました。お時間ある方はお読みいただけますと嬉しいです。
 https://syosetu.org/novel/349254/

 それでは失礼します
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