貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第271話 勝利条件

 

「戦争で何が重要か。マキシーン皇帝陛下におかれましては、何処まで理解を?」

「三点と捉えている」

 

 マキシーンは突きつけられた問いに臆さず、あっさりと見解を示した。

 

「一つは目的である。何のために戦うのか。戦争とはつまり外交の延長戦に過ぎぬ。武力を背景とした政治的手段の一手だ」

 

 マキシーンは小さな顎を撫でながら。

 アスターテの問いに、下らぬ事をと言いたげに答える。

 

「一つは利益である。何が得られるのか。戦争の結果、勝利したとて利益が得られないのであれば、何の意味も無い。戦争した意味が喪失する」

 

 顎は動かさずに。

 ただ指先で固定をして、マキシーンは自分で理解した。

 これはおそらく、アスターテに否定されるだろうと。

 

「一つは最終的な結果である。領土や国境の変化、政権や政治体制の変化、国際関係や同盟関係の変化、政治の三変化である。この三点だ。Why(何故?)、What(何を得るのか?)、Outcome(最終的にどうなったのか?)を重要として、我が一族は権力を維持し、常に勝利してきた」

 

 否定されるとは思っていたが。

 それでもあえて、マキシーンはこの問答に答えた。

 アスターテの提示を聞きたかったのである。

 

「全部違います」

 

 そして、その期待通りか、或いは外れるのか。

 それはともかくとして、アンハルトという選帝侯家の皆殺し公爵は答えた。

 

「それは『如何にして自分の一族を繁栄させるか?』という帝王学の一つに過ぎません。今回に関しては、もっとテキトーにお考えください」

「というと?」

「我らが闘う宿敵トクトア・カアンはそのように考えていないということですよ。そりゃあ、一応のお題目はありますよ。こちらの領土を全て奪い取る。政権も奪取する。その後継者である皇帝には自分の血族を選任する。まあ、それは予定されていますが」

 

 勢いの良い破裂音を立てて、アスターテは手を大きく叩いた。

 

「でも、そんなこと実際にはどうでもいいんでしょうよ。トクトアはあと三年で死ぬ。実は、もはや自分の帝国にも、後継者にすら興味は無い」

「自らが血の滲む思いで築き上げたモンゴル帝国に興味が無いと? せっかく作ったのに?」

「おそらくでしょうが、無いでしょう」

 

 冷たく吐き捨てて。

 では何が欲しくてトクトアは我がグステン帝国に攻め入るのか。

 それを尋ねようとして、止めた。

 どうせアスターテ公爵は自分でベラを回す。

 

「全部、何もかもがどうでもいい! 一族の繁栄? どうでもいい。帝王学なんて『理解は出来るがそれに何の意味が?』という価値観! それを前提に神代の英雄にも至れる彼女はこう考えている。『ああ、もうすぐ死ぬし、西の海が見たいな。その邪魔をする奴らを皆殺しにしてから死のうか? その後? どうでもよい。勝手に興亡せよ』と、その程度の認識でしかないのですよ」

 

 挑発である。

 これはその『どうでもいい国家』を統べる自分に対する明確な挑発であると、神聖グステン皇帝は考えた。

 手討ちにしたいぐらいであったが、ここに従者はおらぬし。

 望んだところで、この眼前の下劣を殺すことは不可能であると理解して。

 彼女は怒りを収めた。

 

「何故そのように思う?」

 

 つとめて平静に口にしたと思っている。

 

「テメレール公爵が、そのように分析を。トクトア・カアン。彼女はね、どうでもよいのですよ。もう、何もかもがどうでもよいのです。我が愛しきアンハルトの女王、リーゼンロッテが彼女は絶対に攻めてこない、その利益が無いから、と判断したのを知っていますか?」

「既知である」

 

 誰もが知っている。

 ファウスト・フォン・ポリドロ卿がその判断を覆したことを伝え聞いている。

 まこと正しい判断だと言わざるを得ないが。

 

「ハッキリ言えば、どれだけ豪奢を極めるつもりであっても。たとえ彼女に領土征服欲がどれだけあったとしても、神聖グステン帝国に遠征するメリットなど皆無に等しい。それこそ、マキシーン皇帝陛下の一族の価値観であればです」

「で、あろうさ。リーゼンロッテ選帝侯の判断は実は正しいのだ」

 

 それが帝王学の範疇であれば、だ。

 利益が欲しいだけならば、フェイロン王朝の支配を固めるべきだった。

 

「どうしてもモンゴルが攻めてくると恐怖した、ファウストの方がむしろおかしい。何故そこまでの確信を得た? 私からすれば、全くの意味不明だぞ」

「ヴィレンドルフの情報戦が我らの理解を上回ったのと、まあ本人に対して神からの下知があったのでは?」

 

 鼻で笑う。

 馬鹿馬鹿しい。

 ファウストという英傑を笑うのではなく、世の中の理不尽を笑った。

 何の特別なメリットもないのに攻めてくる世界一の強国。

 こんな酷い話があったものか。

 

「……」

「……」

 

 ここで一度、双方に黙った。

 色々とかみ砕く必要があった。

 双方の意図を理解する必要があったのだ。

 アスターテは一つの意図をさりげなく示した。

 それを言葉にしてやる。

 

「もはや、トクトアとの交渉は無意味か。私が彼女の血族に、セオラに、後継者をお前の娘に譲り渡すと口にしたところで」

「何一つ意味を為さないでしょうな。彼女はとくに意味も無く遠征してくる」

 

 酷い話だ。

 こんな酷い話があったものか。

 別にモンゴル側の将兵がどれだけ死のうが彼女は気にしないし。

 逆に征服される側の我々がどれだけ死のうがなんて、それ以上に知ったことではない。

 なんなら、全部が死んだ後の荒廃した国家でも気にしない。

 それが結論だ。

 

「……うん、理解してやる。非常に不愉快だが。でだ、話を最初に戻そうか。そんな無茶苦茶なトクトアに、モンゴル帝国にどうすれば勝てると? 将兵の質も、量も、武装も、兵種も、戦歴も、全て相手は上回っている。それはテメレールという猪公爵が事細かに説明してくれたぞ」

 

 本当に丁寧に分析していた。

 テメレール公という、彼女のことを少しだけ可哀想に思う。

 こんなことを口にしたところで、彼女は不愉快に感じるだけだろうが。

 

「戦争で何が重要か。そう尋ねて、マキシーン陛下におかれましては一族が生き延びる術を口にされましたが――」

 

 それはそう。

 アスターテ公は違うことを考えているようだが。

 

「今回の戦争は、まあ普通と違いまして、いわば例外であります。一度勝てば良いのです。実にシンプルな結論なわけで」

「……」

 

 アスターテは指を一本立てた。

 一度、勝てば良い。

 つまり決戦である。

 お互いに死力を尽くす会戦で勝利さえすれば、相手は二度と攻めてこない。

 そんなこと――

 

「トクトアの寿命問題からそれは理解している。それで?」

「決戦場は、アンハルトとヴィレンドルフの北方にある草原に定めています」

「……」

 

 トクトアが率いる遊牧民とは違う、単なる匪賊。

 それとて侮ることは出来ぬ遊牧騎馬民族が率いる草原地帯。

 まあ、トクトアが最初に狙うとすればあそこだろう。

 どうしても馬の飼料、糧秣を補給する必要があるからして。

 

「まあ、そうなるだろうな。トクトアの寿命を考えてもそうなるだろう」

「決戦場が定まっているならば、少しは勝ち目もあります。会戦を繰り返すようでは、とても我らグステン帝国に勝ち目などなかったでしょうが」

「絹のように各国が引き裂かれて、甲高い悲鳴を上げて我らは死ぬだけ。それはフェイロン王朝がすでに味わった末路だな」

 

 まあ、決戦という乾坤一擲の舞台に乗り出すことだけは一応出来よう。

 それは認める。

 だがなあ。

 

「で、その決戦でなら勝てると? 銃を用意し、大砲を用意し、陣地を整え、それで足りると?」

 

 ライフルドマスケット。

 ミニエー弾。

 大砲とキャニスター弾。

 いくつかは検分した。

 あれらは歴史を変えるほどの武器だろう。

 その上で、この場の二人は結論を出した。

 

「それだけでは足りませんな」

 

 モンゴルには勝てないのだ。

 とても足りない。

 そんなのわかりきっている。

 敵はもうべらぼうに強いからという単純な理由で、マキシーンは売国を決断したのだから。

 

「……」

「……」

 

 二人して、黙る。

 そんな結論はすでに互いとも理解している。

 であるにも関わらず、アスターテの戯言をこうして聞いてやる理由はだ。

 

「核心部分に入ろう。何を『私がどうすれば』足りるとお前は信じているのだ」

 

 勝てる可能性について、アスターテがどこまでも理性的に考えていると。

 情ではなく、破れかぶれでもなく、真剣に勝利の紐をたぐり寄せられると。

 紛れもなく決意を固めているからで。

 

「兵を連れてきてほしいのです。貴方に。マキシーンの一族におかれまして、その正当なる神聖グステン帝国の血統を以てして、ありとあらゆる国家から勝利の鍵をたぐり寄せてほしい」

 

 そして、アスターテのようやく持ち出した結論を評価すれば。

 一度も考えなかったか、と誰かに問われれば。

 そんなことはないと。

 私だって考えたと。

 

「……」

 

 マキシーンとしては誰かに言い訳はしたいぐらいだ。

 それだけはできないのだ。

 

「無理だ。それだけの交渉材料がない。何の目的で、他国が我らに力を貸してくれると?」

「報酬を支払えばよいでしょう。金銭でも爵位でも領土でもよい。どうせ滅ぶくらいなら、大盤振る舞いしてやればよい」

 

 アスターテが言い募るが。

 それだけはできないと考えたのは、別にするのが嫌だと言っているのでは無い。

 マキシーンとて、自分の一族の末路さえ無事なら、帝国など誰に売り渡しても構わない。

 だから、できないと口にするのは。

 

「笑わせるなよ、アスターテ。お前が一番よく分かっているはずだ。神聖グステン帝国の皇帝の地位が、如何にハリボテで虚飾に満ちあふれた地位か。七選帝侯の許可が下りなければ、私に何も出来ないことぐらい分かっているだろう」

 

 人に褒美を与えるにも、いちいち選帝侯のご機嫌を伺わねばならぬ。

 その皇帝としての、権力の弱さにあった。

 実際に金銭でも爵位でも領土でも、他国の人間に売り渡す約束をしたとあらば、マキシーンは即座に不審死を遂げるだろう。

 

「わかっているからこそ、申し上げる」

 

 だが、アスターテは手を開いて。

 誘惑するように、こう口にした。

 

「まずは決断してほしい。もしアンハルト・ヴィレンドルフ・マインツの三選帝侯だけでなく。他の四選帝侯の同意を得られるならば、他国に救いの手を求めて。決戦という名の、乾坤一擲の舞台に皇帝として躍り出る気はおありか?」

 

 マキシーンはその誘惑に。

 少しだけ怯んで、目を見開いた。

 

「お前は本気でそのようなことを考えているのか?」

 

 どんな皇帝も今まで一度も成し遂げた事が無い、全選帝侯からの権力集中。

 それを平気でほざく眼前の女が正気か、心底疑いながら。 

 

「至極マトモなつもりですよ。これ以外に勝つ手段はないと考えるぐらいには」

 

 正気を疑われた女は、至極平然と答えた。




諸連絡

 書籍版8.9巻の原稿が完成次第、連載再開します。
 それまでは色々な告知の機会に更新します。
 具体的には次の更新は11/19です。

 Book☆walker様で11/9(月)まで
 オーバーラップ作品が60%ポイント還元
 全巻セット10%OFFなので、未購入の方はこれを機会によろしくお願いします。

 また11/20にコミカライズ4巻が発売となります。
 よろしくお願いします。
 各店舗の購入者特典はこちらです。

 https://x.com/OVL_GARDO/status/2118267089018323419
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