「戦争で何が重要か。マキシーン皇帝陛下におかれましては、何処まで理解を?」
「三点と捉えている」
マキシーンは突きつけられた問いに臆さず、あっさりと見解を示した。
「一つは目的である。何のために戦うのか。戦争とはつまり外交の延長戦に過ぎぬ。武力を背景とした政治的手段の一手だ」
マキシーンは小さな顎を撫でながら。
アスターテの問いに、下らぬ事をと言いたげに答える。
「一つは利益である。何が得られるのか。戦争の結果、勝利したとて利益が得られないのであれば、何の意味も無い。戦争した意味が喪失する」
顎は動かさずに。
ただ指先で固定をして、マキシーンは自分で理解した。
これはおそらく、アスターテに否定されるだろうと。
「一つは最終的な結果である。領土や国境の変化、政権や政治体制の変化、国際関係や同盟関係の変化、政治の三変化である。この三点だ。Why(何故?)、What(何を得るのか?)、Outcome(最終的にどうなったのか?)を重要として、我が一族は権力を維持し、常に勝利してきた」
否定されるとは思っていたが。
それでもあえて、マキシーンはこの問答に答えた。
アスターテの提示を聞きたかったのである。
「全部違います」
そして、その期待通りか、或いは外れるのか。
それはともかくとして、アンハルトという選帝侯家の皆殺し公爵は答えた。
「それは『如何にして自分の一族を繁栄させるか?』という帝王学の一つに過ぎません。今回に関しては、もっとテキトーにお考えください」
「というと?」
「我らが闘う宿敵トクトア・カアンはそのように考えていないということですよ。そりゃあ、一応のお題目はありますよ。こちらの領土を全て奪い取る。政権も奪取する。その後継者である皇帝には自分の血族を選任する。まあ、それは予定されていますが」
勢いの良い破裂音を立てて、アスターテは手を大きく叩いた。
「でも、そんなこと実際にはどうでもいいんでしょうよ。トクトアはあと三年で死ぬ。実は、もはや自分の帝国にも、後継者にすら興味は無い」
「自らが血の滲む思いで築き上げたモンゴル帝国に興味が無いと? せっかく作ったのに?」
「おそらくでしょうが、無いでしょう」
冷たく吐き捨てて。
では何が欲しくてトクトアは我がグステン帝国に攻め入るのか。
それを尋ねようとして、止めた。
どうせアスターテ公爵は自分でベラを回す。
「全部、何もかもがどうでもいい! 一族の繁栄? どうでもいい。帝王学なんて『理解は出来るがそれに何の意味が?』という価値観! それを前提に神代の英雄にも至れる彼女はこう考えている。『ああ、もうすぐ死ぬし、西の海が見たいな。その邪魔をする奴らを皆殺しにしてから死のうか? その後? どうでもよい。勝手に興亡せよ』と、その程度の認識でしかないのですよ」
挑発である。
これはその『どうでもいい国家』を統べる自分に対する明確な挑発であると、神聖グステン皇帝は考えた。
手討ちにしたいぐらいであったが、ここに従者はおらぬし。
望んだところで、この眼前の下劣を殺すことは不可能であると理解して。
彼女は怒りを収めた。
「何故そのように思う?」
つとめて平静に口にしたと思っている。
「テメレール公爵が、そのように分析を。トクトア・カアン。彼女はね、どうでもよいのですよ。もう、何もかもがどうでもよいのです。我が愛しきアンハルトの女王、リーゼンロッテが彼女は絶対に攻めてこない、その利益が無いから、と判断したのを知っていますか?」
「既知である」
誰もが知っている。
ファウスト・フォン・ポリドロ卿がその判断を覆したことを伝え聞いている。
まこと正しい判断だと言わざるを得ないが。
「ハッキリ言えば、どれだけ豪奢を極めるつもりであっても。たとえ彼女に領土征服欲がどれだけあったとしても、神聖グステン帝国に遠征するメリットなど皆無に等しい。それこそ、マキシーン皇帝陛下の一族の価値観であればです」
「で、あろうさ。リーゼンロッテ選帝侯の判断は実は正しいのだ」
それが帝王学の範疇であれば、だ。
利益が欲しいだけならば、フェイロン王朝の支配を固めるべきだった。
「どうしてもモンゴルが攻めてくると恐怖した、ファウストの方がむしろおかしい。何故そこまでの確信を得た? 私からすれば、全くの意味不明だぞ」
「ヴィレンドルフの情報戦が我らの理解を上回ったのと、まあ本人に対して神からの下知があったのでは?」
鼻で笑う。
馬鹿馬鹿しい。
ファウストという英傑を笑うのではなく、世の中の理不尽を笑った。
何の特別なメリットもないのに攻めてくる世界一の強国。
こんな酷い話があったものか。
「……」
「……」
ここで一度、双方に黙った。
色々とかみ砕く必要があった。
双方の意図を理解する必要があったのだ。
アスターテは一つの意図をさりげなく示した。
それを言葉にしてやる。
「もはや、トクトアとの交渉は無意味か。私が彼女の血族に、セオラに、後継者をお前の娘に譲り渡すと口にしたところで」
「何一つ意味を為さないでしょうな。彼女はとくに意味も無く遠征してくる」
酷い話だ。
こんな酷い話があったものか。
別にモンゴル側の将兵がどれだけ死のうが彼女は気にしないし。
逆に征服される側の我々がどれだけ死のうがなんて、それ以上に知ったことではない。
なんなら、全部が死んだ後の荒廃した国家でも気にしない。
それが結論だ。
「……うん、理解してやる。非常に不愉快だが。でだ、話を最初に戻そうか。そんな無茶苦茶なトクトアに、モンゴル帝国にどうすれば勝てると? 将兵の質も、量も、武装も、兵種も、戦歴も、全て相手は上回っている。それはテメレールという猪公爵が事細かに説明してくれたぞ」
本当に丁寧に分析していた。
テメレール公という、彼女のことを少しだけ可哀想に思う。
こんなことを口にしたところで、彼女は不愉快に感じるだけだろうが。
「戦争で何が重要か。そう尋ねて、マキシーン陛下におかれましては一族が生き延びる術を口にされましたが――」
それはそう。
アスターテ公は違うことを考えているようだが。
「今回の戦争は、まあ普通と違いまして、いわば例外であります。一度勝てば良いのです。実にシンプルな結論なわけで」
「……」
アスターテは指を一本立てた。
一度、勝てば良い。
つまり決戦である。
お互いに死力を尽くす会戦で勝利さえすれば、相手は二度と攻めてこない。
そんなこと――
「トクトアの寿命問題からそれは理解している。それで?」
「決戦場は、アンハルトとヴィレンドルフの北方にある草原に定めています」
「……」
トクトアが率いる遊牧民とは違う、単なる匪賊。
それとて侮ることは出来ぬ遊牧騎馬民族が率いる草原地帯。
まあ、トクトアが最初に狙うとすればあそこだろう。
どうしても馬の飼料、糧秣を補給する必要があるからして。
「まあ、そうなるだろうな。トクトアの寿命を考えてもそうなるだろう」
「決戦場が定まっているならば、少しは勝ち目もあります。会戦を繰り返すようでは、とても我らグステン帝国に勝ち目などなかったでしょうが」
「絹のように各国が引き裂かれて、甲高い悲鳴を上げて我らは死ぬだけ。それはフェイロン王朝がすでに味わった末路だな」
まあ、決戦という乾坤一擲の舞台に乗り出すことだけは一応出来よう。
それは認める。
だがなあ。
「で、その決戦でなら勝てると? 銃を用意し、大砲を用意し、陣地を整え、それで足りると?」
ライフルドマスケット。
ミニエー弾。
大砲とキャニスター弾。
いくつかは検分した。
あれらは歴史を変えるほどの武器だろう。
その上で、この場の二人は結論を出した。
「それだけでは足りませんな」
モンゴルには勝てないのだ。
とても足りない。
そんなのわかりきっている。
敵はもうべらぼうに強いからという単純な理由で、マキシーンは売国を決断したのだから。
「……」
「……」
二人して、黙る。
そんな結論はすでに互いとも理解している。
であるにも関わらず、アスターテの戯言をこうして聞いてやる理由はだ。
「核心部分に入ろう。何を『私がどうすれば』足りるとお前は信じているのだ」
勝てる可能性について、アスターテがどこまでも理性的に考えていると。
情ではなく、破れかぶれでもなく、真剣に勝利の紐をたぐり寄せられると。
紛れもなく決意を固めているからで。
「兵を連れてきてほしいのです。貴方に。マキシーンの一族におかれまして、その正当なる神聖グステン帝国の血統を以てして、ありとあらゆる国家から勝利の鍵をたぐり寄せてほしい」
そして、アスターテのようやく持ち出した結論を評価すれば。
一度も考えなかったか、と誰かに問われれば。
そんなことはないと。
私だって考えたと。
「……」
マキシーンとしては誰かに言い訳はしたいぐらいだ。
それだけはできないのだ。
「無理だ。それだけの交渉材料がない。何の目的で、他国が我らに力を貸してくれると?」
「報酬を支払えばよいでしょう。金銭でも爵位でも領土でもよい。どうせ滅ぶくらいなら、大盤振る舞いしてやればよい」
アスターテが言い募るが。
それだけはできないと考えたのは、別にするのが嫌だと言っているのでは無い。
マキシーンとて、自分の一族の末路さえ無事なら、帝国など誰に売り渡しても構わない。
だから、できないと口にするのは。
「笑わせるなよ、アスターテ。お前が一番よく分かっているはずだ。神聖グステン帝国の皇帝の地位が、如何にハリボテで虚飾に満ちあふれた地位か。七選帝侯の許可が下りなければ、私に何も出来ないことぐらい分かっているだろう」
人に褒美を与えるにも、いちいち選帝侯のご機嫌を伺わねばならぬ。
その皇帝としての、権力の弱さにあった。
実際に金銭でも爵位でも領土でも、他国の人間に売り渡す約束をしたとあらば、マキシーンは即座に不審死を遂げるだろう。
「わかっているからこそ、申し上げる」
だが、アスターテは手を開いて。
誘惑するように、こう口にした。
「まずは決断してほしい。もしアンハルト・ヴィレンドルフ・マインツの三選帝侯だけでなく。他の四選帝侯の同意を得られるならば、他国に救いの手を求めて。決戦という名の、乾坤一擲の舞台に皇帝として躍り出る気はおありか?」
マキシーンはその誘惑に。
少しだけ怯んで、目を見開いた。
「お前は本気でそのようなことを考えているのか?」
どんな皇帝も今まで一度も成し遂げた事が無い、全選帝侯からの権力集中。
それを平気でほざく眼前の女が正気か、心底疑いながら。
「至極マトモなつもりですよ。これ以外に勝つ手段はないと考えるぐらいには」
正気を疑われた女は、至極平然と答えた。
諸連絡
書籍版8.9巻の原稿が完成次第、連載再開します。
それまでは色々な告知の機会に更新します。
具体的には次の更新は11/19です。
Book☆walker様で11/9(月)まで
オーバーラップ作品が60%ポイント還元
全巻セット10%OFFなので、未購入の方はこれを機会によろしくお願いします。
また11/20にコミカライズ4巻が発売となります。
よろしくお願いします。
各店舗の購入者特典はこちらです。
https://x.com/OVL_GARDO/status/2118267089018323419