貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第28話 アンハルト王国に過ぎたるもの

アンハルト王国に過ぎたるもの。

美と憤怒の化身、ファウスト・フォン・ポリドロ。

その姿は凛々しく、振り上げたる剣の重きは女も唸る怪力無双。

駿馬を駈り、戦場を侵すは猛火の如し。

鍛え上げられた体躯は怒りの血潮で太陽の如し。

その光に魂を溶かされた者は、その美しさに戦を忘れ、忘我の内に死ぬだろう。

 

ファウスト・フォン・ポリドロ。

憤怒の化身。

ファウスト・フォン・ポリドロ。

猛火の化身。

ファウスト・フォン・ポリドロ。

我らがヴィレンドルフに相応しき永遠の好敵手よ。

 

「また、ファウスト・フォン・ポリドロの英傑詩か。最近流行っているな」

「実際、使者として来ることが決定しましたからね。話題にもなるでしょう。吟遊詩人も商売です、抜け目がない」

 

ヴィレンドルフ王都。

その街中を歩きながら、街頭で謳う吟遊詩人を見やるのは、会話する二人。

ヴィレンドルフの貴族、武官と文官。

役目は違えど、二人は親友であった。

家も親しく、互いのどちらかの家に男が産まれたならば、夫に出していたであろう。

残念ながら、お互いの家族は姉妹しかいないが。

何、将来は同じ男を夫に獲るのも良いだろう。

そんな事を考えながらも――文官が首を傾げる。

 

「実際、どのようなものでしょうね。身長2m超え、筋骨隆々の姿、気高き顔立ち、それより何より、我らが英傑レッケンベル騎士団長を倒した。もはや想像がつきませぬ。本当に人ですか?」

 

先ほどの英傑詩に謳われるような存在。

もしすべてが本当であるならば、それは人ではない。

超人どころか、魔人か何かだ。

いや、事実、我らの英傑レッケンベル騎士団長は一騎打ちの際、求愛し、勝てば第二夫人となれと望んだと言われているが。

どこまで本当なのか――まあ、それは聞けばわかるのだ。

なかなか、横の武官からは聞けないが。

 

「お前も知っての通り、私はアンハルト戦役――敵国ではヴィレンドルフ戦役と呼ばれており、勝者の呼ぶそれが正しいのかもしれんが。私はレッケンベル騎士団長の御傍にいた」

「はい」

 

やっと、その話が聞けるか。

聞きたくて仕方なかった。

この親友は、ヴィレンドルフ戦役の事となると急に口を閉ざしてきた。

何度尋ねても、だ。

おそらくは、戦役参加者に箝口令が敷かれていたのであろう。

それはもう解かれたということか。

文官は、頭の中で宮廷側の考えについて思考を飛ばす。

レッケンベル騎士団長の死を、アンハルト王国が貶めることは無かった――ファウスト・フォン・ポリドロが礼に則り、その場で賞賛と共に、その首を返却した以上は。

強き者を褒め称えるのは、我らヴィレンドルフの文化だ。

何故、箝口令が敷かれていたのだろうか。

 

「あれは、お前の言うように人の猛々しさではない。まさに魔人だ」

「やはり魔人、ですか。超人ではなく」

「美しき野獣、そういう呼び名のな。超人ではなく魔性の者の類よ」

 

武官は、突如足を止め、横の酒場に目をやる。

 

「一杯飲もうか」

「いくらでも。話が聞けるなら今日は私の奢りです」

「ならば、大量に飲むぞ。今日は仕事も無い」

 

遠慮なく武官は酒場のドアを開け、そこの小さなテーブルの椅子に腰かける。

 

「エールを二つ!」

 

そう店主に叫び、武官は話を再開する。

 

「まず目を剥いたのは、戦場にてその男が、我が騎士団の一人を倒しながら名乗りを上げた時だ」

「我が名はファウスト・フォン・ポリドロ。我こそはと思う者はかかってこい!! 闘ってやる!! でしたか」

「箝口令を敷いた意味が無い。宮廷は何故あのような無駄の事を」

 

話の腰をいきなり折ってしまったようだ。

英傑詩、レッケンベル騎士団長との一戦から聞いた話であったが。

ちっ、と武官が舌打ちをする。

 

「知っているならまあいい。私はその時、レッケンベル騎士団長の御傍にいた。遠目からも判る巨躯で、戦場に響き渡るその叫びの大音声。下位貴族のようなチェインメイルを纏っていながらも――その姿は太陽のように美しかった」

「美しかった、ですか」

「ああ、魔性の美しさというのか。顔を憤怒の色に染め、混乱したアンハルトのモヤシ兵どもの中で唯一人、アンハルト軍がレッケンベル騎士団長の策で、死地に追い込まれている状況を理解していた」

 

まるで水没する船から逃げ出そうとする猫。

もっとも、それは猫ではなく虎であったが。

エールが二つ、テーブルに届く。

 

「反射的であったのだろうな、レッケンベル騎士団長はその魔法のロングボウの矢を、その太陽のような男の胸元目掛けて放った」

「そして?」

「弾かれたよ。グレートソードの柄の部分でな」

「柄!? レッケンベル騎士団長の矢をですか!?」

 

今まで北方の蛮族、略奪民族を幾つも族滅させてきたレッケンベル騎士団長の矢。

ワンショットワンキルの伝説を持つ矢だ。

その伝説を、あっさり覆したのか?

 

「その後もファウストは三人ほど斬ったか? よく覚えていないな。レッケンベル騎士団長の矢をその後も第二射、第三射、第四射と片手間に弾いていった印象があまりに強い」

「矢避けの呪文でもかかっているのですか、ファウストは」

「かもしれぬ。私は、神がそういう運命を与えたと言っても驚かぬ」

 

武官がエールを完全に飲み干した。

お代わりを酒場女に頼みつつ、武官は会話を再開する。

 

「それだけで尋常ではない超人と判る。だが、何より凄まじかったのは、レッケンベル騎士団長の眼前――我々の目の前に現れてからよ」

「どういった人物だったのですか?」

「英傑詩そのままだったのよ。違いと言えば、その男に見合わず、あまりにその軍装がチェインメイル姿と貧相だったことぐらいか。魔術刻印を刻まれたグレートソードが異彩を放っていた事が目立つぐらい――いや」

 

武官が首を振る。

 

「そのチェインメイルのみの姿すら美しかった。兜も盾も無し。軍装はチェインメイルとグレートソードと、ヴィレンドルフでも稀にしか見ぬであろう優れた駿馬のみ。たったそれだけで、あの魔人はレッケンベル騎士団長の前に現れたのよ」

 

武官はまだ気づいていないが。

気づけば、酒場全員が黙り込み、彼女の話に聞き入っていた。

酒場の女店主さえもだ。

 

「あの魔人は言ったよ。グレートソードを大きく天に掲げ、太陽の下で、ヴィレンドルフ騎士団長、一騎打ちを申し込む!!とな」

「レッケンベル騎士団長は何とお答えに?」

「たった一つの約束と共に、それに応じた」

 

武官が、エールの二杯目を空にした。

お代わり!と空の杯を掲げて、力強く叫ぶ。

慌てて女店主自らが、代わりのエールを持ってきた。

この武官の言葉を止めたくないのだ。

 

「その約束とは?」

「私が勝利した場合、お前は私の第二夫人になれ、それだけだ」

「英傑詩そのままではないですか。それほどまでに美しかったのですか」

「美しいなんてものではなかったよ。魔人といったろ」

 

武官が、私の顔に顔を近づけ、その間近で呟く。

 

「正直、私も股が濡れたよ。このような美しい男がこの世に存在したのかと」

「そこまで?」

「そこまでだ」

 

近づけていた顔を離し、また会話を再開する。

今の呟きは、いくら顔を近づけていても、酒場全員の客と店主の耳に届いたが。

幼き頃から声がデカいのだ、この武官は。

 

「何と言えばいいのだろうな。あの美しさは。チェインメイル越しでも判る筋骨隆々の、幼き頃から鍛え上げられたと判る身体。その真っ赤に染まった気高き顔。一騎討ちを挑む前に、周りをジロリと睨みつけ、押さえつけるその目。私は生まれて初めて人から見下ろされる経験をしたよ」

 

武官は身長1m90cm程。

ファウストと、その乗馬がどれだけ大きいかがよく判る。

 

「美しかった。本当に。一度でいいからあのような男を抱いてみたいものだが……まあその機会は」

「そこら辺はどうでもいい。レッケンベル騎士団長との勝負はどうであったのです?」

 

聞きたいのは、そこだ。

武官が言葉を止められ、少し機嫌を損ねた様子でエールをあおる。

周囲の人間も、固唾を飲んで見守っている。

 

「美しかったよ。それだけだ」

「はあ?」

「他に何と言い様がある。その光に魂を溶かされた者は、その美しさに戦を忘れ、忘我の内に死ぬだろう。ほれ、さっきの英傑詩にもあったろう」

 

武官がからかう調子で呟く。

コイツ。

――コイツ、その記憶を話すつもりは無いな。

思わず、言葉を崩す。

 

「お前なあ、私は親友だぞ、語ってくれてもいいだろう」

「どーしよーかなー」

「からかうのはやめろ。喋らないなら、奢りは無しだぞ」

 

私は自分のエールに口づけしながら、不快そうなジト目で武官を見る。

 

「仕方ない。喋ろう。まずはレッケンベル騎士団長が、私に魔法のロングボウを預け、自らのハルバードを持って来させた」

「あの、レッケンベル騎士団長が遊牧民族を何十と斬り殺したと聞く業物か」

 

魔法のロングボウと同じく、宮廷魔法使いにエンチャントされた品。

切れ味の強化と、堅牢さが増していると聞く。

 

「得物の長さは、レッケンベル騎士団長が有利であった。鎧も。噂では300人足らずの弱小領主騎士と聞く、チェインメイル装備のファウストとは違い、全身が魔術刻印で埋め尽くされたプレートアーマー。私はな、いくらファウストが美しくとも、魔性の者と思えど、それでもレッケンベル騎士団長の勝利を疑ってなかったんだよ」

「そりゃそうだ」

 

装備が余りに違い過ぎる。

実績も。

ファウスト・フォン・ポリドロなんて名前、ヴィレンドルフ戦役で初めて聞いたのだ。

後になって、軍役で100名以上の山賊を斬り殺してきた事も英傑詩で聞いたが。

それ以上の実績を、レッケンベル騎士団長は積んでいる。

 

「だが、互角だった。途中まで互角だったんだよ勝負は」

「どういう勝負だったのだ。そこが聞きたい」

「ファウストのグレートソードは魔法が掛かっているとはいえ、同じく魔法のエンチャントが施されているレッケンベル騎士団長のプレートアーマーは切り裂けず。同時に、レッケンベル騎士団長の攻撃は、殆どがファウストのグレートソードで凌がれた」

 

何十合、何百合と打ち合ったのか。

もはやそれすら覚えておらんよ。

武官が、またエール!とお代わりをせがむ。

女店主が、慌ててまたお代わりを持ってくる。

 

「時々、レッケンベル騎士団長が勝利した、と錯覚したときすらあった。ファウストの装備するチェインメイルがハルバードに触れ弾け飛び、血の雫とともに鎖が周囲に散乱する事すらあった。だが傷は浅く、致命傷には至らなかったのだ。ファウストはギリギリの攻撃範囲を見極め、その攻撃を受けていた」

「……ファウストは、本当に魔人なのだな」

 

レッケンベル騎士団長。

死して名を遺す、我らの英傑よ。

厄介な略奪者、北方の遊牧民族の族長や弓手をその魔法のロングボウで打ち抜き、自分が最前衛を務める騎馬突撃で、幾つもの遊牧民族を族滅させてきた女よ。

あの英傑の名は、1000年経ってもヴィレンドルフに残るであろう。

 

「レッケンベル騎士団長の敗北原因は、疲れだ」

「疲れ?」

「何百合と及ぶその打ち合いに、プレートアーマーで全身を包んだレッケンベル騎士団長の疲れだ。いかにヴィレンドルフきっての超人と言えど、そのスタミナが持たなかった」

 

レッケンベル騎士団長も、また人の子であったか。

 

「対して、ファウストはチェインメイルの身軽な姿であった。そして何より、若かった。いや、年齢を理由にするのはよくないな。レッケンベル騎士団長は逆にその老練さゆえに、あそこまで持ったのだ。そして――」

 

瞑目する様に、武官が目を閉じる。

 

「プレートアーマーの接合部、魔術刻印の無いその首元目掛けて、ファウストのグレートソードが届いた」

「それがレッケンベル騎士団長の結末か」

「そうだ」

 

ふー、と武官がエールの残量を気にしながら、語り終える。

箝口令が解かれた。

ようやく人に話す事が出来た。

そういった面持ちであった。

 

「……ファウストは、そのグレートソードを我々を眼前にしながらも鞘に納め、大事そうに両手で地面からレッケンベル騎士団長の首を持ちあげ、副官は誰かと聞いた」

「お前の事だな」

「そうだ、私だ」

 

レッケンベル騎士団長の副官。

その騎士副団長こそが、目の前の武官である。

 

「ファウストは言ったよ。強き女であった。私はこの戦いを生涯忘れないであろう。そうして、その首を大切に両手で丁重に返してきた」

「その場で斬り殺される事すら恐れず、か……」

「ああ、恐れずだ。あの男が我らヴィレンドルフの価値観を理解しているとはいえ……」

 

我らが英傑、レッケンベル騎士団長を殺された。

怒りの余りに、その横やりをする無粋な馬鹿が現れないとも限らなかった。

だが、ファウスト・フォン・ポリドロは一切恐れなかった。

 

「それで、そこまでか」

「ああ、それで話は終わりだ。奴は私達と同じく一騎打ちを見守っていた領民を引き連れ、自軍へと帰っていった」

 

杯の中身は空になっている。

だが、今の武官はエールの追加を頼もうとしなかった。

 

「凄まじいものだな、ファウスト・フォン・ポリドロという男は」

「魔性の男だと言ったろう?」

 

話は終わりだ。

だが、一つ気になる事がある。

 

「レッケンベル騎士団長の遺体は、その後どうなった? 我々がその死を知ったのは、ヴィレンドルフ戦役後であった」

「負け戦である。その遺体をパレードとともに葬る事は避けられた。我らが英傑に、負け戦の原因になったとはいえ非難する愚か者などいるはずもないのにな」

 

武官は、ちっ、と舌打ちをつきながら、空になっているエールを見る。

お代わり!

その声に、女店主が反応し、代わりを持ってきた。

 

「レッケンベル騎士団長の遺体は、その家族と、我ら騎士団と、ヴィレンドルフ女王で静かに、但し格式を以て葬られた。いずれ、お前も墓に参るといい」

「ああ、我らが英傑だものなあ……」

 

文官がエールを飲む。

何か、しんみりとしてしまった。

打ち破ったファウストは賞賛されるべきだ。

だがレッケンベル騎士団長を失ったことは悲しい。

 

「その後、レッケンベル騎士団長の家族はどうなったのだ? 家督は姉妹が継いだのか?」

「いや、レッケンベル騎士団長は家族からも誇りであった。その一人娘に家督を譲りたいと姉妹達が懇願し、一応は姉妹が代理をすることとなったが、継ぐのは一人娘――ニーナ様だ」

「ニーナ様か」

 

それは何よりだ。

あのレッケンベル騎士団長の血を継ぐ娘だ。

きっと未来は英傑になるであろう。

 

「では、遅れたが、我らが英傑レッケンベル騎士団長に献杯を」

「そして未来の英傑、ニーナ様に乾杯を」

 

ヴィレンドルフ武官と文官の二人は杯を合わせ、そのエールを一気に飲み干した。


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