貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第31話 心を斬れ

本日はアンハルト王国王都、出立前の最後の日となる。

ヴィレンドルフ和平交渉のための壮行会。

第二王女ヴァリエール、そしてその第二王女親衛隊、そして私ことファウスト・フォン・ポリドロ。

その16名で壮行会がささやかに行われる。

はずであった。

が。

 

「何故おられるのですか、お母様」

「逆に、何で来ないと思ったのですか? 大事な国事を前に、貴女達に対して何も無しというわけにもいかないでしょう」

 

そう答えながら、リーゼンロッテ女王はワインを口に嗜む。

さすがにクローズドな場ではないので、いつものスケスケなシルクヴェール一枚の姿ではない。

ちゃんとドレス姿で正装している。

背中を開けたオープンバックドレスのうなじが私を誘惑してくるが、ちゃんと前は閉じている。

私はおっぱい星人である。

うなじには耐性があるのだ。

ちゃんとうなじ注意ヨシ!と魔法の指差し呼称確認を心中で呟くと、全てはするりと片付きまする。

でもおっぱいだけは駄目だ。

アカンのや。

私はその巨乳にチンコを痛くしない事に、安心をする。

 

「しかし、ヴィレンドルフ対策は姉さま――アナスタシア第一王女に一任していたはずでは」

「もはやその状況ではありません。確かにアナスタシアの面子を潰す事になるため、表向き言葉を挟むのは控えてはおりましたが、そんな状況ではないのです」

 

リーゼンロッテ女王は、その妖艶な目で私を見た。

 

「ファウスト・フォン・ポリドロ」

「はい」

「この交渉一つ潰れたところで、我が国は滅びません。ですが、ヴィレンドルフの侵攻が再び始まれば、ヴィレンドルフ国境線の多くの地方領、ポリドロ領を含めて切り取られる恐れがあります」

 

理解しているよ。

だから受けたんじゃねえか。

こんなの詐欺だぜ。

脳裏にいくつもの悪態が思いつくが、アンハルト王国としてはやることやってるので文句は言えない。

それでも打てる手がこれしかなかったのだ。

この交渉を成功させたときの高額な報酬も、私の新品のフリューテッドアーマーも、全てはそのために準備されているのだ。

 

「ヴァリエール、この交渉を成功させたなら、貴女の親衛隊全員の昇位も考えております」

「本当ですか、お母様!?」

「さすがに一か月、帰り道含めて二か月も経たないでの更なる昇位は財務官僚が五月蠅いので、一年経ってからの約束手形になりますがね」

 

その宣言を聞き、歓声を挙げるのはさすがに女王の前で失礼、と大声を上げようとしたザビーネの口を押えに掛かる親衛隊たち。

よかったな、第二王女親衛隊。

それでだ。

褒美の約束は増やしてくれても別にいいんだが。

 

「ポリドロ卿、ヴァリエール、話が有ります。少し壮行会から席を外して、私の居室まで来なさい」

 

ほら来た。

厄介事の雰囲気だぞ。

いや、交渉条件の打ち合わせか。

現状、アスターテ公が攫ってきた少年の返還、それ以外は手土産無しで行けと無茶言われてるんだが。

リーゼンロッテ女王には何か策があるのだろうか。

三人して、リーゼンロッテの居室に足を進めようとする。

警護の兵を呼ぶ必要は必要ないか。

女王親衛隊の二人の気配が、チラリと廊下から感じ取れた。

ともあれ飲み食いを我慢している親衛隊に「先に始めておきなさい」とだけ声を掛け、リーゼンロッテ女王は歩き始める。

それに、ヴァリエール様と私も続くことにした。

廊下に出る。

 

「居室に着くまで、肝心な話はしませんが。そうそう、世間話でもしましょう」

「はあ」

 

リーゼンロッテ女王とその親衛隊の二人、それが先頭を歩きながら、私とヴァリエール様に話しかける。

リーゼンロッテ女王のからかい声。

 

「貴女達、まだ純潔? まあ聞かなくても知ってますけど」

「放っておいてください」

「同じく」

 

ヴァリエール様は14歳。

侍童を食い散らかすにはまだ早い。

そして私は22歳。

いいかげん結婚しないと、この中世ファンタジー世界では拙い年齢。

まあ、女のそれと違って、男の年齢条件は割と緩いんだが。

領地の事を考えると、早く跡継ぎが欲しい。

特にポリドロ領の後継者は私一人で、私が死んだら即領地は王家に没収。

絶対に死ぬわけにはいかん。

早く、私の代わりに軍役を務められる。

もしくは、私が軍役に行く間、領地経営の出来る嫁を娶らねばならん。

 

「アナスタシアと言い、ヴァリエールといい、頑固ね。まあ、私も亡き夫と出会うまでは純潔だったけれど」

 

面倒臭いのよねえ、侍童に手を出すのも。

各領地から、高級官僚貴族を誑し込むように採用枠に送られてきて、さらには王配の座まで狙っている。

中央に近づけば近づく程、各地方領主にとっては利益がある。

そうリーゼンロッテ女王が呟く。

ハニートラップ。

ハニトラ要因か。

その割には練度が低い。

先日も、私を嘲笑っていた事が第二王女親衛隊の一人にバレて、ヴァリエール様からアナスタシア第一王女様経由で伝わり、アナスタシア第一王女を激怒させ、領地に送り返されたと聞いたぞ。

王族に睨まれ、嫌われた侍童。

何が災厄をもたらすか判らない。

その侍童の未来は暗いだろう。

まあ、わざわざ侍童を各領地から雇用しているのだ。

男を侍らせる、その意味では宮廷ほど相応しい場所は無い。

しかし、私が笑われたところで何がアナスタシア第一王女を怒らせたのだろう。

まあ、ヴィレンドルフ戦役の戦友だしなあ。

あれでも、私の事を気遣ってくれているという事か。

眼力、すげえ怖いけど。

 

「亡き夫を、彼を、ロベルトを、夫に決めたのは見合いの釣り書きの第一印象じゃなかったのよねえ」

 

リーゼンロッテ女王の会話。

今は亡き王配の話。

ほんの少しだけ興味がある。

 

「彼もまた、侍童として宮廷に送られてきた一人だったわ」

「御父様は、公爵家出身なのにですか? 家に大切に育てられていたものとばかり」

「そうよ。公爵家出身で、家からハニトラなんか求められてもいない、筋骨隆々の姿の人だったわ」

 

だから好きになったのかもしれない。

そんな事を、リーゼンロッテ女王は呟く。

そして庭を指さした。

庭の一角に設けられた、美しいとしか言いようがないバラ園。

 

「ほら、私の夫が作り上げた、バラ園よ」

「あのバラ園、御父様が造り上げたのですか? 確か違う物と」

「夫が侍童として、宮廷に上がっていたのは二年に過ぎなかった。だから、やったのは基礎のみ」

 

ヴァリエール様の言葉に、リーゼンロッテ女王の頬が、緩む。

 

「私だけが知っていた秘密よ。アナスタシアも知らない。どうやら、公爵領にあったバラ園を再現しようと思ったけど、時間が全く足らなかったらしいのよねえ」

 

リーゼンロッテ女王が笑う。

 

「馬鹿な人。一応、宮廷には上がって侍童を務めたぞ、という実績作りに宮廷に務めただけなのにね」

 

罵りの言葉。

それには最高の愛情がこもっていた。

 

「私は、あの人が庭で、高級貴族の女を誑かすどころか、汗だくになって土や花を弄っている姿を見るのを、この廊下で眺めるのが何より好きだった」

 

リーゼンロッテ女王が、何かたまらない感情になったらしく、胸元を押さえながら目を閉じる。

 

「だから、私はあの人を夫に選んだ」

 

そして目を開き、憎々し気に呟いた。

 

「でも、殺された。この宮廷の誰かに、5年前に」

 

王配、ロベルト。

その名の続きには、おそらくかつては公爵家であるアスターテの名が、今ではアンハルトの名が冠されるのであろうが。

今はただのロベルトと呼ぼう。

それが、リーゼンロッテ女王と、今は亡き王配ロベルトへの敬意に繋がる気がする。

今でも、王宮では王配暗殺者の捜査が行われていると聞く。

同時に、女王もそれをすでに諦め、捜査の打ち切りを考慮に入れているとも。

5年か。

それだけ時間が経てば、もはや犯人は見つかるまい。

 

「……少し、気が変わりました。私の居室ではなく、バラ園で話をしましょう。人払いを」

「リーゼンロッテ様。代わりの警護は」

 

人払いを頼まれた、女王親衛隊の二人がやや疑問の声を呈するが。

 

「ポリドロ卿がいるでしょう? 無手でも2,3人の暗殺者に負けやしないわよ」

「ま、そうですね」

 

あっさりと納得した。

それなりに王家から私は、信頼されているらしい。

まあ、グレートソードこそ持ってないが、懐剣の一つは腰に下げているのだがね。

例え精鋭の暗殺者でも、10人までなら余裕で殺せる。

それがリーゼンロッテ女王やヴァリエール様を庇いながらでもだ。

 

「では、周囲の人払いをします。バラ園にお入りください」

「行きましょうか、ポリドロ卿、ヴァリエール」

 

リーゼンロッテ女王は、私達二人に声を掛けた。

その声に誘われる様に、庭へと降り、バラ園へと足を向ける。

黙って歩を進める。

フェンスのアーチをくぐり、入り込んだその中は。

ローズフェンスに彩られたそこは。

 

「美しい!」

 

思わず声をあげる。

花に興味など無かった。

前世でも、今世でも。

だが、これは――美しい光景というしかなかった。

赤いレンガが敷かれた道を包む、ローズフェンスのバラの花々には。

美しいの一言しか出なかった。

 

「気に入って頂けたようで、何より嬉しいわ」

 

リーゼンロッテ女王が、本当に嬉しそうに声をあげる。

 

「貴方は男だけど、花には興味なんて無いと思っていたから」

「……薬効のある花以外に興味はありませんでした。しかし、今日初めて純粋に花の美しさに興味を持ちましたよ」

 

ローズガーデン。

そこを歩くのは、前世でも今世でも初めてであった。

このように美しいものだとは。

 

「僅か100mばかりの散歩道。このローズガーデンにあるバラの小径を案内したいところだけど。それは話の後にしましょう。中央にガーデンテーブルがあるわ」

 

リーゼンロッテ女王に誘われ、中央に言葉通り設置されているガーデンテーブル。

そこに三人して腰を掛ける。

 

「ヴィレンドルフとの交渉、それは正直難航すると思うわ」

「……承知しております」

 

ヴァリエール様が、私の代わりに答える。

ああ、難航すると思うよ。

ヴィレンドルフ側に、和平交渉を結ぶ意思が最初からあるのかどうかすら疑問だ。

 

「最大の交渉点、英傑レッケンベルの首もファウストがその場で返してしまった」

「……申し訳ありません」

 

私が頭を下げる。

 

「いいのよ、返さなければ、それを取り戻そうと今頃ヴィレンドルフは死に物狂いでアンハルトに襲い掛かっていただろうし。貴方の判断は正しかった。それに……一騎討ちの遺体をその場で返還したことは、騎士の誉れよ。貴方の行動を咎める連中など、愚かな侍童くらいのもの」

 

レッケンベルの遺体が手元にあれば、和平交渉は容易く結べたであろう。

だが、それ以前に停戦自体が成り立たなかったであろう。

二人、妄想とすら言ってもいい、無駄な事を考える。

 

「話を戻しましょう。ヴィレンドルフとの交渉点。私は女王カタリナの心にあると考えている」

「心、ですか?」

「あの女は私と違って愛など知らない。貴方がローズガーデンの美しさを知らなかったように」

 

リーゼンロッテ女王は、私の美しい!、と口走ったその例えを口にする。

冷血女王カタリナ。

その逸話については、王家から情報が回って来ていた。

父殺し、姉妹殺しの二冠。

母親殺し――そう呼ぶのは違うであろう。

命がけの出産で母が亡くなったのを、ヴィレンドルフでは、そう呼ぶのか。

私は少し不快に思う。

未だ我が亡き母親への後悔は晴れない。

 

「ポリドロ卿。女王カタリナの心を斬りなさい」

「心を、ですか」

「そう、心よ」

 

私は少し戸惑いながら、返事をする。

 

「貴方の全てがアンハルト。それをカタリナ女王は上から覗き込む。そして判断するわ。戦争再開か、和平か」

「私個人の在り方が、そこまで関わるのですか?」

「関わるのよ。全てのヴィレンドルフは、貴方をアンハルト代表として見る」

 

リーゼンロッテ女王は、私の瞳をじっと見つめる。

その目は怖くない。

アナスタシア第一王女のあの眼力は、誰に似たのだろう。

父親ロベルトではあるまい。

隔世遺伝か?

 

「あの、お母様。正使は一応私なんですが。まあ一応なのは私も判ってるんですが」

 

おそるおそる、ヴァリエール様が手を上げ、批難の声をあげる。

 

「そこのところ踏まえて行動しなさい。そしてヴァリエール、貴女はとにかく殺されないように気を付けなさい」

「そこは死んでも役目を全うしろと言ってください。それがお母様の愛情なんだと最近判りましたけども」

 

ヴァリエール様がブチブチと呟く。

リーゼンロッテ女王は、優し気に声を掛けた。

 

「本当は、貴女をヴィレンドルフにやりたくないのよ。ファウストも……だけど」

 

私もやりたくないのか。

まあ、死ぬ危険性も僅かとはいえあるしな。

ヴィレンドルフの価値観で私が殺されるなどあるまいが、女王カタリナは違う。

ヴィレンドルフの異物だ。

どうなるかなど、予想できない。

 

「ポリドロ卿。もう一度言います。女王カタリナの心を斬りなさい。交渉の突破点は、交渉条件などではない。その心のみにあります。レッケンベル騎士団長――家族のようなその存在を失ってなお、歪まず冷静さを保っている心を揺り動かしなさい」

「承知しました」

 

私はガーデンテーブルから腰を上げ、膝を折り、礼を正す。

心を斬れ?

どうやってやんだよ。

お前の話抽象的すぎんだよ。

乳揉むぞ。

心中ではその無茶ぶりそのものな、リーゼンロッテ女王の台詞に、悩まされながら。

ファウスト・フォン・ポリドロはこっそり溜息をついた。

 


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