貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第32話 汝は英傑なりや?

もう一度。

それも三か月も経たない内に、ここに来るとは思わなかった。

ヴィレンドルフ国境線。

アンハルト王国とヴィレンドルフ王国の境目。

それも、私があのカロリーヌを討ち果たした場所。

 

「ここで、私の母カロリーヌと、ファウスト様が一騎討ちをしたのですね」

「ああ」

 

背後。

私の背中にしがみ付き、フリューゲルに二人乗りしている少女。

マルティナの、感情の読めない言葉。

それにどう答えていいのか少し悩んだ後、静かに頷いた。

 

「我が母は強かったですか」

「弱くはなかった。超人に一歩足を踏み入れては居た人物だろう」

 

弱くはなかったのだ。

更には人望も有った。

カロリーヌ指揮下の領民は、殲滅されるまで、一人として逃げなかった。

最後の一兵まで死兵となって戦っていた。

戦場でも認めたが、一廉の人物ではあった。

何だろうなあ。

ボーセル領の末路、その内実、すれ違い、それを考えると、どこか虚しくなる。

カロリーヌは視野があまりに狭かった。

そして、何よりも運がなかったのだ。

何かの拍子一つで、今頃マルティナをボーセル領の後継者とする幸せな未来が待っていた。

そう考える。

 

「我が母は愚かでした」

「母親の悪口は言うもんじゃないぞ。我が領内でよければ墓だって――」

「ファウスト様は、優しすぎるのです。墓などいりませぬ。ファウスト様が、批難をされます」

 

だろうな。

愚かな言葉を呟いた。

売国奴の墓は立てられない。

立てたところで、その墓に名を刻むことは許されない。

死骸も、その墓の下には眠っていない。

だが、マルティナだけは。

 

「マルティナ。子供が母を貶すのは、正直心苦しい。止めてくれ」

「ファウスト様が、そう仰るのなら」

 

子供が、その母親を貶すのは、傍から見てて辛いものが有るのだ。

その咎が、子供に及んだ経緯があるにしてもだ。

私のワガママかな、これは。

いや、事実そうなのだろうな。

私はまた、虚しさを覚える。

 

「ファウスト様、先触れを済ませてきました」

 

従士長のヘルガが、息を切らせて帰ってくる。

ヴィレンドルフ国境線、その向こう側から。

 

「回答は?」

「ポリドロ卿の到着を、心からお待ちしていた、との事です。感触としては悪くありませんでした」

「そうか」

 

まあ、悪くないならば良い。

さて、と。

私は後方で馬車を何台も引き連れている、イングリット商会へ声を掛ける。

 

「イングリット! 馬車でマルティナを預かっていてくれ!!」

「ファウスト様、私は貴方の騎士見習いですよ? 常にファウスト様の御傍に」

「正直、子供と馬に二人乗りでは様にならん。納得してくれ」

 

マルティナは商会の馬車に、一時隠しておこう。

別に争い事になる心配はしていないが。

私の予想が確かならば、面倒事にはなる。

どの道、マルティナを背中に乗せているわけにはいかん。

 

「承知しました」

 

不承不承ながら、マルティナが頷いて馬から降りる。

フリューゲルが、マルティナがその身体から降りるのを補助する。

私はそのフリューゲルの首を優しく撫でた。

機嫌は直ったようだ。

この愛馬ったらもう、一か月放牧してたせいか、私の顔を見るなり突進してきて、顔を摺り寄せてきたが。

その後は私の服を噛んで引っ張って、地面に引きずり回そうとした。

悪かったよ。

本当に賢いな、フリューゲルは。

怒るお前も可愛い。

私が愛馬の可愛さに、現実逃避している間にも――

 

「ファウスト。こちらの準備もオーケーよ」

 

ヴァリエール様が、声を掛けてくる。

第二王女親衛隊の準備も整ったようだ。

全員整列している。

 

「では、ヴァリエール様。我ら全員に行進の命令を」

「判ったわ。全軍、行進!」

 

ヴァリエール様と私。

その両名が馬を並べて先頭を進み、その背後を横一列に並んで、第二王女親衛隊と我がポリドロ領の領民達が進む。

更にその背後には、イングリット商会の、交易品を満載にした数台の馬車。

もう商売始める気なのか、イングリットよ。

そうそう、『アレ』はちゃんと大事にとって維持しているのだろうな。

私は『アレ』について思いを馳せる。

ヴィレンドルフ女王、カタリナへの贈呈品。

色々考えたが、これぐらいしか思いつかなかった。

カタリナ女王の心を斬り殺す方法など、全く思いつかん。

出たとこ勝負だ。

そんな思考をしている間にも、国境線の向こう。

騎士としては間違いなく第二王女親衛隊より、あちらの方が強い。

おそらくはヴィレンドルフ戦役経験者であろう。

そんな十数名のヴィレンドルフの騎士達が待ち構えていた。

 

「アンハルト王国正使、第二王女ヴァリエールである!!」

「アンハルト王国副使、ファウスト・フォン・ポリドロである!!」

 

名乗り。

国境線の前、数メートルまで近づいて、我々が名乗りを上げる。

が。

 

「ポリドロ卿! 兜を脱がれよ!!」

 

返って来たのは、ヴィレンドルフ騎士指揮官の名乗りではなく。

兜を脱げとの台詞であった。

 

「似合わぬか? これでも気に入っているのだがな!」

「似合わぬ。その巨躯、その馬、間違いなくファウスト・フォン・ポリドロ卿であろう!! だが、そのグレートヘルムは、その見事なフリューテッドアーマーには、余りにも似合っておらぬぞ!!」

 

カラカラとした、笑い声。

侮蔑の笑い声ではない。

友人の、少し間抜けな姿のそれを笑うような声であった。

私は苦笑する。

気に入ってるのになあ、このバケツヘルム。

視界狭いけど。

私は兜を脱ぎ、その下に隠された苦笑を見せる。

少し、ヴィレンドルフ側全員が黙り込んだ。

そして私の顔を黙って凝視している。

 

「よろしい! 全くもって宜しい! 英傑詩以上の美男子である!」

「アンハルト王国では全くモテんがな! 未だ嫁も来ぬ!!」

「ならば! 我が国に来ればよいのだ! ファウスト・フォン・ポリドロほどの美男子であれば、我が国の誰もが歓迎するぞ! 舌に生唾絡めて、領民全ての女が待っておる!!」

 

勧誘と来たか。

まあ、最初のやり取りとしては感触は悪くない。

なんか、指揮官が落馬しそうなくらい前のめりに身を乗り出し、私の顔を凝視しているが。

 

「そうだ、私などどうだ! 今の夫を捨てても良い!!」

「生憎、人妻には手を出さん主義だ!」

 

軽口をまだ続ける。

おそらく、この指揮官が先導してヴィレンドルフ王都まで案内してくれるのであろう。

ここで印象は良くしておきたい。

 

「残念! お前と会うのが我が夫と出会う前であったならばな。心の底から残念に思う!」

「夫は大事にすべきだぞ!」

「そうだな! だが惜しい!」

 

素直に諦めろよ。

本当に人妻は駄目なんだよ。

略奪愛は御免だし。

以前、レッケンベル騎士団長の第二夫人として求められたが、あの場合は緊急時だ。

そうそう、未亡人はアリだぞ。

むしろ興奮する。

どうでもいい、性癖。

それを考えながら、ファウストは愛馬フリューゲルを歩かせる。

 

「では、諦めてもらったところで、国境線に入らせてもらうぞ」

「待たれよ!」

 

指揮官が声を張り上げる。

そして、背後の全身鎧姿である騎士達に顎を向けた。

 

「ここに数名の、選ばれた志願者がいる。貴公が本物のファウスト・フォン・ポリドロ卿というのなら何の志願か判るな!」

 

やはり、そうくるか。

 

「ああ、判ってる。一騎討ちであろう? 刃引きの剣の用意は? 和平交渉で死者は出したくない」

「すでに二つ用意している。休憩時間は好きなように! 馬に乗るか、降りるかもそちらの希望! 但し、我が志願者が貴方を破りし時は、その者の夫となってもらいたい!! 我が国に来いとまでは言わん。しかし、長姉以外の子供は譲ってもらうぞ!! 未来のヴィレンドルフの英傑の子を!!」

 

宜しい。

全て予想通りの展開である。

馬は降りるか。

万が一にもフリューゲルに傷を付けたくはない。

まあ、新しく作られた馬具、まるで馬鎧のような魔術刻印総入りの赤い布に覆われた、フルアーマーフリューゲルが傷つく事など有りはしないと思うのだが。

念には念を入れておく。

 

「ちょっと待って! ファウスト、この勝負受けるつもり!? 私達は和平交渉に来たのよ! それに、貴方が勝っても何も得る物が」

 

慌てるヴァリエール様。

事前に、こうなる展開が予想される事を話しておくべきであったか。

まあ、説明するのは先でも今でも変わらん。

 

「レッケンベル騎士団長」

 

私は一人の、ヴィレンドルフきっての英傑の名を口にする。

 

「ヴァリエール様。レッケンベル騎士団長は、あのヴィレンドルフ戦役において、有無を言わさず私を騎士団で取り囲み、殺す事も出来たのです。しかし、それはしなかった」

 

バケツヘルムを被り、その接合具を付け直しながら、ヴァリエール様に説明する。

 

「ヴィレンドルフの英傑だからです」

 

説明は一言だ。

たったそれだけの理由で、レッケンベル騎士団長は我が一騎討ちを受けた。

それが、ヴィレンドルフの文化、価値観であるがゆえということは知っている。

だが。

 

「私は、アンハルトの英傑です」

 

例え、この筋骨隆々の姿をアンハルト国民の周囲に侮蔑されようとも。

領民300人ぽっちの弱小辺境領主騎士であろうとも。

それだけはアンハルト王国の誰もが認める事実だ。

 

「相手が一騎討ちを避けなかったのです。私が避けて良い道理はないと考えます。これが和平交渉であろうとも、それがどんな時、どんな場所、どんな状況で在ろうとも。ヴィレンドルフ騎士との一騎討ちより、私は逃げない。もし逃げれば、ヴァルハラのレッケンベル騎士団長が、あんな男に私は負けたのかと嘆くでしょう。レッケンベルとの闘いは、私の誉れであります。これだけは譲れない」

「よくぞ!」

 

感じ入った。

指揮官が私とは逆に兜を脱ぎ、私の顔を凝視しながら、まさに感じ入ったという様子で絶叫する。

 

「よくぞ言ってくれた! まさに英傑詩の通りよ! 我らがヴィレンドルフに相応しき永遠の好敵手よ!!」

 

指揮官が、両手を広げて絶叫する。

そして、背後の騎士達に呼びかけた。

 

「お前等はあの美しき野獣に勝てぬであろう。それは判っている。だが、己に恥ずかしい闘いはするな!」

「承知!」

 

騎士達の内、一人が前に歩み出た。

私はグレートヘルムの接合具を嵌め、完全に兜を被り終える。

そして静かに歩み寄るヴィレンドルフの兵から刃引きの剣を受け取り、その具合を確かめる。

うん、悪くない。

これなら、手加減すれば殺さずに済むであろう。

 

「では、始めるとしようか」

 

ポンポン、とフリューゲルの腹を叩く。

愛馬フリューゲルは私の意を解し、やや不機嫌でありながらも、その身を私の近くから離した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これ、本当に和平交渉?」

「ヴァリエール様。ヴィレンドルフが相手と言うなら、この方法が正しいのでは?」

 

私の独り言。

その呟きに、背後にいる親衛隊長であるザビーネが答える。

丁度いい、一騎討ちが終わるまで会話しよう。

 

「野蛮、というのは少しだけ違うわね。でも、何か間違っている気がするのだけれど」

「違和感は感じますが、私のポリドロ卿が納得するなら仕方ありません」

 

いつからお前の物になったのか。

ザビーネの発言に若干の違和感、それを覚えながらも。

私はザビーネに再び問う。

 

「……いつから、ファウストと付き合うように? それを咎める気はないけれど」

「いえ、正確にはまだ付き合ってはおりませぬ」

 

それで私のポリドロ卿とかぬかしてたのか。

ザビーネのいつもの酷い妄想である。

私はそう見切った。

 

「ですが、この和平交渉の旅路で、一発ぐらいエッチに及ぶ機会はあるでしょう」

「そんな暇ないわよ」

 

本当にあるわけないでしょ、そんな暇。

ヴィレンドルフの連中に、警護の名の元に厳重に見張られる毎日がこれから続く。

ガツン、と板金鎧がぶつかり合う音。

私は相手の全身鎧にその身をぶつけ、組打ちに持ち込んだファウストを見やる。

ファウスト、格闘術もできるのか。

というか、あの2mを超える巨躯ではそれ自体が武器か。

相手はひとたまりもあるまい。

 

「あ、投げた」

「投げましたね」

 

ファウストが、全身鎧を装備した身長180cmに近い敵女騎士を、勢いよく投げ飛ばした。

背中を強打し、身動きが取れないでいる敵騎士。

ファウストはその騎士に歩み寄り、カツン、と首元に刃引きの剣を軽く当てた。

 

「勝者! ファウスト・フォン・ポリドロ卿」

 

敵指揮官が勝敗の結果を下す。

ファウスト、初陣の現場にて嫌というほど判ってはいるけど強いなあ。

2mの巨躯、その外見以上の馬鹿力と、敵100名相手に50名以上を殺して回る体力オバケ。

一対一に持ち込めば、必ず負けないと本人すら自負する、その神に与えられたような戦闘における才能。

果たして勝てる人間がこの世に存在するのだろうか。

 

「一騎討ちで負ける心配、はしなくても良さそうなんだけど……ファウスト、それがどんな時、どんな場所、どんな状況で在ろうともって言ったわよね」

「言ってましたね」

「この旅路で、こんな事が幾度も起きるの?」

 

まだ、国境線手前。

ヴィレンドルフに国境入りすらしてないのだぞ。

こんな事がヴィレンドルフ国内では何度も続くのか?

ヴァリエールは憂鬱に、ため息を吐いた。


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