貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第41話 ヴァリエールの憂鬱

正式名称ゲオルク・ヴァリエール・フォン・アンハルト様。

短く言うとヴァリ様は死んでいた。

ここはレッケンベル屋敷、その別邸。

親衛隊全員が入れる豪華な客室のベッドと一体化し、ヴァリ様は二度と立ち上がれなくなったのだ。

 

「死にたい、本気で」

 

ベッドに埋もれながら、ヴァリ様が呟く。

靴ぐらいは脱いだ方が良いと思うのだが。

 

「落ち着いてください、ヴァリ様、もといヴァリエール様」

「ヴァリ様って何?」

 

親衛隊の一人、つまり私は心の中でヴァリエール様の事を親愛の意味をこめ、ヴァリ様と呼んでいたが。

それがつい口に出てしまったようだ。

顔を突っ伏し、ベッドに埋もれたままのヴァリ様の声に応える。

 

「ヴァリエール様、何もそう気落ちせずとも。和平交渉は成功したわけですし」

「そうね。ファウストを犠牲にすることで成功したわね。私何もやってないわよね」

 

第二王女相談役、ファウスト・フォン・ポリドロ卿。

あの方は、そもそもヴァリ様に交渉能力を余り期待していない。

ヴァリ様に出来ることと出来ない事を、完全に見切っておられるのだ。

あの敵国の首脳陣が集まった満座の席で、いくらリーゼンロッテ女王陛下の亡き王配が大事に育てたバラを盗まれたからといったところでだ。

アナスタシア第一王女やアスターテ公爵なら、やりやがったあの馬鹿、と内心思いながらもスルーしたであろう。

ヴァリ様以外にあそこまで演技ではなく、本気で慌てられるものかと。

つまり、ポリドロ卿はヴァリ様を道化にしたわけであるが。

それに対してはあまり腹が立たない。

カタリナ女王の心を溶かし、和平交渉を成立させるためには必要な行為であった。

つまるところ、ポリドロ卿がどこまで予定通りに事を進めたかは尋ねなければ判らないが。

結論として、ポリドロ卿は全てを上手い事運んだ。

全ては成功したのだ。

但し。

 

「もう、後でお母様に怒られるとかどうでもいいわ。ファウストに全てを背負わせてしまった」

 

ポリドロ卿の貞操を犠牲として。

アンハルトではモテない英傑、一部の貴族からは心無い侮蔑すら受けるポリドロ卿とて、何も好き好んで見知らぬ、どうでもいい女に股を開く事を好む性癖は無いだろう。

感情が昂った時こそ雄弁に喋るが、普段は朴訥で真面目一辺倒。

22歳にして未だ純潔であり童貞を守り続けるポリドロ卿だ。

敵国の女王相手とは言え、ただの種馬になるなど嫌で仕方ないだろう。

まあ、カタリナ女王の事を嫌いではなく、同じ境遇による同情位は寄せていると判断するのだが。

その程度は私の、騎士教育もマトモに受けていない第二王女親衛隊たちの知能でも理解できる。

だが、結論を言おう。

ポリドロ卿は自分の身を切り売りして、和平交渉を勝ち取った。

 

「これ、ひょっとしてファウストの評判が落ちるのかしら」

「ポリドロ卿の評判も落ちますが――アンハルト王家の評判も落ちます」

 

ザビーネの横やり。

その顔は少し青白い。

惚れた男が、他所の女に股を開く事になれば顔も青くなるか。

一夫多妻制、一人の男を多数の女で共有することなど珍しくもない話だ。

そこまで顔を青くしなくてもいいと思うが。

純潔が、ポリドロ卿の童貞が欲しいなら先に奪えばよい話であるし。

 

「まず、ポリドロ卿が心無い愚か者に笑われるのは間違いないでしょう。あの男、モテないからとついに敵国の女王に身を売り渡したぞ、と言いだす愚かな者が必ず現れます」

「……そんなバカな奴が居るのを見かけたら、すぐに報告しなさい。その場でブチのめしても王家は許すわ。それが貴女達より爵位が上の相手でもね。歯が折れる程遠慮なく顔を殴りなさい」

「言われるまでもなく」

 

ポリドロ卿は初陣を補佐し、ハンナの死を心から悼んでくれた戦友である。

ザビーネが答えたように、言われるまでもなくブチのめしてやる。

ポリドロ卿への侮蔑は、我らへの侮蔑も同然だ。

ヴィレンドルフ戦役を共にした第一王女親衛隊、そして公爵軍の騎士達もそうするであろう。

そしてアナスタシア第一王女も、アスターテ公爵も、そのブチのめす行為をお認めになる。

おそらくはリーゼンロッテ女王さえも。

 

「続き、よろしいでしょうか」

「いいわ。ファウストが今回の行為で、国のためその身を売ってくれたと思うどころか侮蔑する奴が居るって事は判る。次に、王家の評判が落ちるって?」

 

ヴァリ様は、顔をベッドに突っ伏したまま喋り続ける。

未だ立ち上がる元気が湧いてこないようだ。

目的である和平交渉は成立した。

しかし、ヴァリ様のダメージは大きい。

 

「今度はポリドロ卿を侮蔑などしていない、その救国の英傑としての功績を純粋に認めているマトモな貴族達からの評価です。ポリドロ卿が自ら進んでその身を犠牲にした部分が有るとはいえ、王家は全ての負担をポリドロ卿に押し付けてしまいました」

「そーよねー、私なんにも出来なかったもんね」

 

ヴァリ様への、ザビーネによる追撃。

少しは言葉を選べ、馬鹿。

ヴァリ様の身体がズブズブと、ベッドに沈み込んでいくようにさえ見える。

 

「何故王家は何もしてあげられなかったのか。その貞操を敵国の女王に売り渡させるなど、あってよいものか。アンハルト王家は救国の英傑であるファウスト・フォン・ポリドロ卿にちゃんと報いているといえるのか。超人であると言え、僅か300人の弱小領主騎士に、そこまで契約外の仕事を押し付けて恥を知らないのか。そういう不満が、王家と保護契約を結んでいる領主騎士、そして良識を持った法衣貴族の間に芽生えます。御恩と奉公の仕組みが成り立っておりませぬゆえ」

「――」

 

だから、言葉を選べザビーネ。

ヴァリ様が完全に沈黙したではないか。

ピクリとも動かぬ。

もはや死体にしか見えぬ。

 

「私はどうすればよかったのか?」

 

誰に尋ねるわけでもなく、ヴァリ様が呟いた。

それは誰にも答えられない。

実際、傍にいられなかった我らにはどうしようもなかった。

ヴァリ様の御傍にいたのは親衛隊長であるザビーネのみ。

我々は、王の間の入り口でたむろするのが許されるだけであった。

お前、そこまで気づいていたならなんとかならんかったのか。

そういう視線を、我ら第二王女親衛隊13名はザビーネに集める。

それに気づいたのであろう。

ザビーネは、青白い顔を真っ赤に染め、チンパンジーのように怒鳴った。

 

「じゃあ、お前等ならなんとか出来たって言うのかよ! あの交渉の主役は、カタリナ女王とポリドロ卿、その二人だけだったんだよ。誰にも邪魔できない空間が出来上がってたんだよ!!」

 

そりゃまあ、そうだけどさ。

お前の、ザビーネの緊急時にはよく回る頭と演説力は、こういう時のためにあるんじゃなかったのか。

私は考える。

我々は和平交渉を達成した。

いや、違うのだ。

ファウスト・フォン・ポリドロという英傑が和平交渉を達成したのだ。

後世にはそうとしか残らないであろう。

それはそれでよいのだが。

リーゼンロッテ女王から和平交渉の暁には、我ら第二王女親衛隊全員の一階級昇位が約束されているのだ。

何もしてない私達は、まるで立つ瀬がないぞ。

 

「何とかならんかったのか?」

 

つい、口に出してしまう。

まあザビーネから返ってくる言葉は判っているが。

 

「何とか出来るなら死ぬ気で立ち回ってたわ! 最初から全てのヴィレンドルフはポリドロ卿目当てで、カタリナ女王に至っては、最後にはポリドロ卿以外の全ての人間が銅像かなんかにしか見えてなかったろうさ。私達なんか最初からお呼びじゃないのにどうしろと?」

 

だろうな。

ザビーネは、ポリドロ卿に惚れてるしな。

敵国の女王がポリドロ卿に惚れて子種を要求した時なんぞ、血の気が沸騰したろうなあ。

むしろ、このチンパンジーが騒ぎ立てなかったのを褒めてあげるべきなのだろうか。

まあ、あれだわ。

ポリドロ卿は罪深い。

ふとそんな事を考える。

あそこまで冷血女王の心を見事に溶かし、そして母親への血を吐くような後悔の告白によりカタリナ女王を共感させ、惚れさせたのだ。

あれは罪深い男だ。

アンハルト国民としての感性を持つ、ポリドロ卿の容姿を好ましくないと感じる、この私ですら惚れそうになった。

罪深い男だ、ポリドロ卿は。

あそこまでされて堕ちない女が、この世にいるものだろうか。

だからだ。

 

「ヴァリエール様、私達はこれでも私たちなりに頑張ったほうなんですよ」

 

私はそんな言葉を、ヴァリ様にかける。

むしろ、あそこまでやらかしたポリドロ卿が悪くね。

カタリナ女王を惚れされる必要って何処かにあったの?

そんな自己弁護的解釈に陥りそうになる。

私達は和平交渉に来たのであって、魔性の男ポリドロ卿の口説きのテクニックを見に来たわけではない。

ポリドロ卿も本来の目的、途中で忘れてなかったか。

血を吐くような後悔の告白に至っては、絶対感情的になってて口走ったぞアレ。

絶対に計算でやったことではない。

だからこそ、魔性の男なのだろうが。

 

「これで、これで頑張った方」

 

ヴァリ様が、ムクリ、とベッドから起き上がる。

多少はダメージから回復したのであろうか。

そして私達の方をくるりと向き、問うた。

 

「私はどうすればファウストに報いてあげられるのかしら」

「それを今から考えましょう」

 

前向きにいきましょう、前向きに。

とりあえずは。

 

「まずは、バラの花を盗んだ件を、ポリドロ卿と一緒にリーゼンロッテ女王に謝る事でしょうね」

「それは確実よね。次。ザビーネ、貴方の知能で何か出しなさい」

 

ほら、とヴァリ様が、未だにショックが収まらないのか青白い顔をしているザビーネに顔を向ける。

 

「ご褒美として、親衛隊長ザビーネの身体をベッドで無茶苦茶にしてもいいよと言う」

「それファウストにとって何かメリットあるの? 全部貴方の願望じゃないの?」

 

なんで男が女の身体を貪る事がメリットになるのか。

死ね、ザビーネ。

ポリドロ卿は淫売ではない。

性欲の化物なのでは決してない。

時々感情的になる憤怒の騎士ではあるが、普段は真面目で朴訥で純情な男だ。

 

「ちゃんと答えなさい」

「まず、今回、ポリドロ卿に約束されている和平交渉における高額の報酬金。その増額をすればポリドロ卿は喜ぶ、とは思うのですが」

「思うのですが?」

 

ザビーネは一つ言い辛そうに、呟いた。

 

「ファウスト・フォン・ポリドロ卿は金で貞操を売り払った。そう見る輩が多くなります」

「お金以外の何かの報酬を、王家が与える必要があるってわけね」

「そうしなければ、ポリドロ卿を優遇せねば、拙いですよ」

 

ザビーネは、更にもう一つ、本当に言い辛そうに呟いた。

 

「拙い、とは」

「ポリドロ卿。明確に先ほどのカタリナ女王の問いかけに不満を漏らしておりました。思い出してください」

「あ……」

 

ヴァリ様の顔が青くなる。

確か、『国の英傑に、わきまえた嫁の一人も斡旋できぬ。ましてや英傑を国民や貴族が冷遇? アンハルト王国はどうなっているのか』、そのカタリナ女王の問いにポリドロ卿が返した言葉は。

『私もその辺は不満が無いとまでは言えませぬが……』であった。

明らかに、ポリドロ卿はアンハルト王家に不満を抱いている。

そりゃ、ここまで契約にもない事に、こき使われていればその気持ちもわかるが。

ここで救国の英傑ポリドロ卿に、ヴィレンドルフに寝返りでもされたらアンハルト王家最大の恥である。

歴史書に残るぞ。

 

「ど、どうしよう。私、今からファウストに今回の件について謝るべき?」

「いえ、ポリドロ卿は、別にヴァリエール様については怒ってないと思いますが」

 

そりゃヴァリ様何も悪くないものね。

今回の和平交渉への派遣を決めたのは、アナスタシア第一王女とアスターテ公爵の二人だし。

ポリドロ卿はヴァリ様を道化にしたし、この後盗んだバラの件についても一緒に謝ってもらうつもりだし。

ヴァリ様の事は別に嫌ってはいないだろう。

だが、何か。

何か金銭以外でポリドロ卿に報いねば、本当に拙い気がするのだが。

 

「ここは、敵の言葉、カタリナ女王の言葉に乗じましょう。ポリドロ卿が何を求めているのかは結論が出ています」

「えーと、わきまえた嫁? そういや私、一度ファウストにどこか貴族との縁組をと頼まれた事あったけどさあ。ミソッカスの私に、ファウストに見合う貴族の嫁なんか用意できるわけないって断っちゃったのよね」

 

大分昔の話だけどさ。

ヴァリ様が回想するように呟き、そして頭を抱える。

 

「今でも、ファウストに見合う貴族の嫁なんか用意できないわよ! 私、多少はミソッカスの評判改善されたけどさあ、初陣からちょっとしか経ってないし、まだ貴族のツテなんかないわよ!!」

「ヴァリエール様」

 

ザビーネが、ヴァリ様の前に立ち、キラリ、と歯を光らせた。

 

「私など、どうでしょうか」

「あ、ファウストに申し訳なくて死にそうになるから却下で」

「何故!」

 

何故、じゃねーよ馬鹿。

ポリドロ卿が欲しがってるのは、今までの功績、そして今回の功績に見合う、外に出しても恥ずかしくない嫁だろう。

お前、どこに出しても恥ずかしい嫁じゃないか。

多分、ポリドロ卿はザビーネなんか求めていない。

ザビーネが散々、私達は両想い、口説くことに成功したとなんかほざいてたけどさ。

救国の英傑ポリドロ卿は、おそらくモテないがあまり、一時ザビーネなんてチンパンジーに傾いてしまっただけ。

まさか本気で惹かれているとは思えない。

ザビーネの恋は、残念ながら片思いで終わるだろう。

 

「いや、本当にどーしよー」

 

ベッドの上から降りぬまま。

いいかげん靴ぐらいは脱いだ方がいいですよ、という声を出しそうになりながら。

その代わりの言葉を言おうとして、止めた。

出そうとした言葉は。

いっそ、王位継承権を放棄して、ヴァリエール様がポリドロ卿に降嫁してはどうでしょう。

良い案かとは思ったのだが。

まさか、救国の英傑相手とは言え、領民300名の弱小領主相手に降嫁はな。

そもそも、ヴァリ様がポリドロ卿の事をどう考えているか判らない。

そう考えて、止めておいた。

ヴァリ様がポリドロ卿を好きなら、親衛隊全員で後押しするのだがなあ。

ヴァリ様が頭を抱えて悩む姿を可愛く思いながら、親衛隊の一人は深く深くため息をついた。


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