貞操逆転世界の童貞辺境領主騎士   作:道造

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第45話 ファーストキス

ヴィレンドルフ王城、王の間にて。

私は膝を折り、カタリナ女王に礼を行う。

 

「もう帰ってしまうのか? まだよいではないか。和平交渉の内容は魔法の水晶玉を連携させ、すでにアンハルト王国に届けてあるのだぞ?」

 

カタリナ女王の言葉。

正直、ゆっくりしたい気もしているのだが。

 

「領民を早く領地に帰してあげたいですし。それに、例の件が」

 

アンタがプレゼントとして寄越した爆弾を、一刻も早くリーゼンロッテ女王にぶん投げたいんだよ。

どうせユエ殿の件については話してないだろ。

神聖グステン帝国からシルクロードの先の先、その王朝が滅びたぐらいの情報はアンハルト王国にも伝わっていても、その脅威まで伝わっているとはどうしても思えん。

領民300名の弱小領主騎士には手には余る情報だ。

 

「したい話は山ほどある。お前がどのように育ったか、どのように生きて来たのか。それを知りたい。同時に私の事も知ってもらいたい。私がどのように育ったか、どのように生きて来たのか。それは罪か?」

 

カタリナ女王が、何かを強請る猫のように、首を横にコトンと揺らす。

王の間には強いダマスク香が漂っている。

大量のバラの花が王の間に飾られているからだ。

帰ると昨日告げたばかりなのに、これだけのバラを集められるとは。

さすが選帝侯、財力が違う。

というか、アンハルト王国より中央集権的なんだよなあ、ヴィレンドルフ。

その分、王家に諸侯たちが求める力の要求も強いが。

そんな、どうでもいい事を考える。

それよりも、カタリナ女王の言葉に回答せねばなるまい。

 

「私も是非、カタリナ女王陛下の人生と、私の人生を共有したいところです。しかし、我が国にとって危急の事態なれば。直接、リーゼンロッテ女王と話をしなければなりませぬ。貴女も悪いのですよ、カタリナ女王」

「ユエの話か。正直に言ってしまおう、ファウスト・フォン・ポリドロ。私はお前を粗雑に扱う愚かなるアンハルトが、状況を知ったところで対応を練るとは思っておらぬ。ヴィレンドルフでは、私達なりの考えをすでに神聖グステン帝国に伝え、もしもの際の救援要請もしてあるがね」

「……カタリナ女王陛下、それでも」

 

それでも足りぬのだ、カタリナ女王。

貴女が有能で、すでにやるべきことをやっているのも理解できる。

だが、甘い。

 

「それでも足りぬ、と申し上げます。ヴィレンドルフとアンハルトが連帯して立ち向かい、神聖グステン帝国の救援があってもまだ足りませぬ」

「国家存亡の危急の事態となれば、ヴィレンドルフは1万の軍を編成できる。アンハルトも同様であろう。その2万に神聖グステン帝国の救援を加える。それでも?」

「足りませぬ。非才なる私の予想では、になりますが」

 

情報が足りぬ。

何故、神は武力だけではなく知恵の果実を、私に与えてはくれなかった。

ヴィレンドルフもアンハルトも、そりゃやろうと思えば合わせて2万の兵を動員できるであろう。

農兵を無理やり動員すれば、それ以上の数だって可能だ。

だが、その兵は優れた兵と劣った兵が混在した物となる。

いくら将が有能でも、兵の劣質は連携を乱す。

対して、仮想モンゴルの兵は戦闘経験の豊かな騎馬民族の兵だ。

何より、機動力が違い過ぎる。

平地では勝負にならぬ。

機動力を発揮できぬ、森や沼地に誘い込まなければ。

だが、大軍にての会戦により勝負を決し、それも市民に被害を出さずとなれば、どうしても平野での勝負になる。

思い出せ。

前世の知識を絞り出すように、頭を押さえる。

前世でのヨーロッパの敗北、ワールシュタットの顛末だけはよく覚えている。

当時、ヨーロッパにおける騎士の戦術は敵の中心への猛攻撃だった。

「斬首戦術」と呼べば聞こえはいいし、騎馬による突撃は強力な手段であるから、それは否定しないが。

モンゴルはその突撃に対し、偽装撤退させた両翼の軽装騎兵による騎射、要するに殺し間、疑似十字砲火と呼ぶべき陣形を平地にて成立させ、ドイツ・ポーランド連合軍を混乱に陥れた。

後は騎士団の背後に煙幕を焚いて、後方の歩兵と分断させる。

そしてモンゴルの重装騎兵が混乱した兵を撃ち破り、ハイ、おしまい。

要約すれば、実に簡単な内容だからな。

よく覚えている。

そんなモンゴル最強のパターンが完全に入った展開で死ぬのは御免だ。

この世界には魔法・奇跡・伝説の類はあれど、仮想モンゴル戦を覆す何かのキーが今現在そこには見えない。

なれば。

 

「何もかもが足りませぬ。遊牧騎馬民族のパルティアンショット、少数なれば対応できましょう。クラウディア・フォン・レッケンベル殿が北方の遊牧民族を族滅に追いやったように。ですが」

「敵も同数となれば、超人数人が戦場を左右するには至らぬ、か」

「はい。無論、超人は必要でありますが」

 

超人数人が戦況を覆せるレベルの戦ではないのだ。

数万単位が激突する大戦となる。

今、何が足らぬ?

急作りの数万の軍勢をまとめ上げるだけの、強烈なカリスマ持ちの指導者か?

今までの戦争の概念を覆すだけの、相手にこの戦法を取るなど予測もさせないような戦術を繰り出す戦術家か?

指揮官の数人が戦場で倒れても、その代理がすぐに成り代わり戦場で混乱しない連携システム?

或いは決して途切れることの無い兵站?

それとも多彩な戦術を可能にする兵科の種類? 

トクトア・カンは全てを持っている。

仮想モンゴルであれば全てを備えている。

今の、このファウスト・フォン・ポリドロの身には何一つ持っていないものだ。

私には、先祖代々のグレートソードと、レッケンベル家から借り受けたロングボウ。

そして母から産み落とされ育てられた、この超人の身体と。

守るべき領民300名と、その弱い立場。

ただそれだけだ。

それだけで、モンゴルに立ち向かう事を考えなければならない。

もちろん無謀だ。

だから、とりあえず上に脅威を伝える。

それが今、最優先にすべきことだ。

 

「帰ります。帰ってこの脅威を伝えます」

「そうか。私もお前の言葉はよく受け止める。考えることにしよう。お前の御用商人、名は何と言ったか」

「イングリットです。イングリット商会」

 

イングリット商会。

今回、ファウスト・フォン・ポリドロの御用商人として、金看板を得たとはしゃいでいた。

冷血女王カタリナの、その「心を溶かすバラ」の運搬を立派に務めたのだ。

アンハルト王宮からの盗品ではあるが。

和平の約定が続く限りは、大手を振ってヴィレンドルフで商売できるであろう。

まあ、その程度の恩恵はあってしかるべきだろうな。

 

「今後の連絡はイングリット商会に頼むことにしよう。アイツは信用できるのであろうな」

「先代以前の頃からの付き合い故、間違いなく」

「お前もユエから聞いたであろうが、トクトア・カンは情報調略が上手い」

 

カタリナ女王は手で自らの顎を撫ぜながら、呟く。

 

「まず間違いなく、シルクロードの商人からこちらの情報を得ているであろう。パールサの商人は特に怪しい」

「でしょうな」

 

ペルシア人やアラブ人などのイスラム教徒。

そのイスラム商人が、モンゴル帝国の隆盛には関わっている。

死んでしまえ金の亡者共が。

 

「かといって、流通を止める事も出来ぬ。ならば、私も情報を盗む」

「カタリナ女王が?」

 

私は訝し気な顔をする。

そうしてくれればありがたいが。

 

「シルクロードとの商人の流通は無いがな。人は流れてくる。ユエのような人間が何人も流れてくる。トクトア・カンへの復讐、それだけを誓った連中がな」

「それが内通者という可能性もあります。人選にはお気を付けを」

 

それぐらい、カタリナ女王なら見抜けそうだがな。

後、今も横にいる軍務大臣を務める老婆にも。

 

「私がそれを見抜けぬと思うか? どちらかと言えば、アンハルト王国を疑え」

「我が国のリーゼンロッテ女王も、アナスタシア第一王女も英明な君主であります」

「それは疑っておらぬ。私は、お前を、英傑を軽んじるその配下どもが内通者にならぬか疑っておる。馬鹿はどこまでも馬鹿だから馬鹿なのだ」

 

至極名言である。

何の技術も持たぬ内通者をトクトア・カンが戦後、優遇するとはとても思えぬが。

馬鹿はどこまでも馬鹿だから馬鹿なのだ。

 

「気を付けろ、ファウスト・フォン・ポリドロ」

「承知しました」

 

馬鹿は斬ろう。

忠告するどころか、逆に忠告されてしまったな。

アンハルト王国に内通者がいる心配を、今からしなければならない。

 

「それでは、最後の儀式としようか?」

「儀式?」

「何、和平交渉の契約。2年後に支払われるそれの前払いだ」

 

カタリナ女王は僅かに顔を染め、手をちょいちょい、と猫のようにこちらに手招きした。

 

「?」

 

私は懐疑の面持ちで、失礼、と一声上げて立ち上がる。

前払いとは何ぞや。

 

「私に口づけせよ、ファウスト・フォン・ポリドロ」

「何故?」

「私がやってみたいからだ」

 

カタリナ女王は正直であった。

ストレート剛速球、猫まっしぐらであった。

どうも、この人の行動はちょくちょく猫らしさを感じさせる。

姿形はムチムチボインの美女なのだが。

 

「私はファーストキスがまだなのですが」

「私もだ。お互い初めてで丁度良いではないか」

 

はて、困った。

前世でもキスの記憶が無い。

私は恋愛糞雑魚ナメクジであった。

 

「キスのやり方が判りませぬ。歯が当たるかもしれませぬが」

「歯ぐらいひっこめろ馬鹿。家族とキス位しなかったのか。私は子供の頃、レッケンベルに頬に毎日されてたが」

「母親から、頬に数度。それだけは覚えております」

 

歩み寄る。

誰も止めぬ。

私は前に居たヴァリエール様と、その横で何か物凄く渋い顔をしているザビーネ殿を通り過ぎ。

ぴたり、と玉座の前、カタリナ女王の前で立ち止まった。

それを見て、カタリナ女王が立ち上がり、こちらに歩み寄る。

 

「これは契約だ。ファウスト・フォン・ポリドロ。2年後は私の腹に、必ずやお前の子を為せ」

「努力します」

 

それは嫌じゃないんだよな。

嫌じゃないんだよ。

私はオッパイ星人である。

オッパイの熱狂者である。

カタリナ女王はオッパイが大きい、つまり正義である。

ゆえに、嫌では決してないのだ。

問題はだ。

恋愛糞雑魚ナメクジの私が、キス一発でカタリナ女王にノックアウトされないかだ。

惚れてしまうかもしれない。

カタリナ女王との、これは恋愛ではなく。

同じ傷を持ち合う者同士の、傷の舐め合いのようなもので。

決して愛情では。

 

「一分待ったぞ」

「まだ、心の準備が」

「もう待てぬ。しゃがめ。お前の背は高い」

 

私は身長2m以上のその巨躯を、地面に近づけるべくしゃがみこむ。

そして、カタリナ女王から口に接吻を受けた。

ファーストキスである。

お互い、やり方など判らぬ。

舌が、絡み合う。

触手のように、ああ、これがキスという物なのかと。

初めて理解したように、口内で舌を絡み合わせる。

生暖かい鼻息が顔に触れ、カタリナ女王の瞳と目が合う。

瞳が美しい。

そう心から思った。

お互い、言葉は無い。

数分、経ったろうか。

やがて、カタリナ女王の方から顔を離した。

 

「頭がくらくらする」

 

こっちもだ。

カタリナ女王の顔は真っ赤に染まっているが、こちらも同様であろう。

良く考えれば、ここは上級官僚貴族や諸侯が集まる満座の席の、王の間であった。

勢いでやってしまったが、これで良かったのであろうか。

いや、それより何よりも。

私はやはり恋愛糞雑魚ナメクジである。

カタリナ女王に情を感じてしまった。

キスひとつで、愛を感じてしまった。

元より契約を裏切るつもりは無いが、これで何が有っても彼女を、カタリナを裏切れない。

 

「契約の前払いは果たされた! これにて真なるアンハルト・ヴィレンドルフの和平交渉成立とする!」

 

ヴィレンドルフの老婆、軍務大臣が声を張り上げる。

老婆らしくない、大声で歓喜にはしゃいだ声であった。

雰囲気と余韻が台無しだ。

私は口の表面を拭う。

口の中に、カタリナ女王の唾液が残る。

だが、不快ではない。

キスとは、本当に奇妙なものだ。

どしゃり。

突然の音に振り向くと、何故かザビーネ殿が泣きながら地面に崩れ落ちていた。

ここはヴィレンドルフの王の間だぞ。

カタリナ女王に失礼ではないか。

まあ、誰も気にしていないようだが。

 

「ファウスト、来年だぞ。来年。必ず顔を出しに来い。手紙も毎月出すように。私も出すからな」

 

玉座に座り直し、カタリナ女王が顔を赤く染めたまま告げる。

 

「承知」

 

私はそれに短く答えた。

カタリナ女王に背を向け、王の間の赤い絨毯を踏みしめ、ザビーネ殿が死んだように倒れオロオロとしているヴァリエール様を残念に思いながら。

ザビーネ殿を担ぎ上げ、王の間からの退室を試みる。

 

「ファウスト・フォン・ポリドロ」

 

背後から、声が掛かった。

カタリナ女王の声だ。

 

「嫉妬深い、哀れな女と思われるのは嫌だ。だから、そのまま振り向かず行ってくれ。これが本当に最後の言葉だ。また会おう、ファウスト」

「ええ、カタリナ様。またお会いしましょう」

 

私は振り向かない。

カタリナ女王の言葉があったからではない。

振り向いたら、もう一度キスしたくなってしまうような気がしたからだ。

一歩一歩、赤い絨毯を踏みしめながら、隣に歩くヴァリエール様と一緒に。

そのまま、ヴィレンドルフの王の間を後にした。

 

 

 

第二章 完


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