チンコ痛いんやで。
私こと、ファウスト・フォン・ポリドロは酷く参っていた。
女王陛下――王配ロベルト様の暗殺事件の調査期間においては、ただのリーゼンロッテと呼ぶと約束した。
そのリーゼンロッテが、32歳赤毛長髪未亡人巨乳の乳を、私の背中や腰に押し付けてくるのだ。
スキンシップが明確に過剰なのだ。
スキンシップとは何ぞや。
互いの身体や肌の一部を触れ合わせることにより親密感や帰属感を高め、一体感を共有しあう行為である。
なるほど、女王陛下が王配ロベルト様の事を悲しまれている以上、自然と私に寄りそう形になる。
誰かと、悲しみを共有したいのであろう。
肌を触れ合う事で、寂しさを消し去ろうとしておられる。
私はリーゼンロッテに酷く同情した。
私も出来るならば、同じ気持ちを共有したい。
この場では、そうすべきなのだ。
だが、私にはこの男女貞操観念逆転なる頭のおかしい世界ではなく、前世の感覚が残っているのだ。
未亡人の巨乳をこうも身体に押し付けられると、私の興奮は治まらなくなるのだ。
結論として、今の状況がある。
チンコ痛いんやで。
勃起したチンコが、鉄の貞操帯に当たって酷く痛いんやで。
「ファウスト、悩ましい顔をしておりますが?」
「はい、リーゼンロッテ。私は今、酷く悩んでおります」
心を隠し、それを見抜かれぬように、嘘のようで真実のような言葉を吐く。
私は酷く自己嫌悪していた。
リーゼンロッテは悲しんでいる。
最愛の夫をこのバラ園にて亡くし、悲しみに打ちひしがれておられるのだ。
対してどうだ、自分の有様は。
卑猥な事ばかり想像し、未亡人の巨乳の感触に興奮している。
私は自分に今、反吐が出そうであった。
こんな不健全な事を考えている自分に。
恥じ入りながら、言葉を紡ぐ。
「貴女の悲しみを癒せない事に、酷く悩んでいるのです」
冷静になれ、ファウスト・フォン・ポリドロ。
リーゼンロッテは、私に男への情欲など寄せていない。
彼女は私に情欲など抱いていない、亡き夫一筋に生きて来た女性で、それをただ悲しんで共感を求めている。
私にとっては、理想の純粋そのもの、つまり清楚で未亡人で巨乳という、ダイレクトな性癖を兼ね備えた至高の存在であって――駄目である。
私の股座は、余計に興奮したのである。
私の愛馬、フリューゲルはアスターテ公爵に繁殖のため連れ去られてしまった。
私だって繁殖活動に励んだって構わないのではないか?
そう考えるが、駄目だ。
押し倒したら最後、激怒したリーゼンロッテにブチ殺されるのである。
リーゼンロッテはその行為に酷く侮蔑するであろうし、戦友たるアナスタシア第一王女殿下やアスターテ公爵も同様に軽蔑するであろう。
今は婚約者たるヴァリエール様からも、酷く叱責されるであろう。
私は貧乳赤毛14歳ロリータである今のヴァリエール様なんぞ、全くもってお呼びではないのだが。
将来は王族の血統として、身体が成長なさるかもしれない。
というか、婚約話がお流れになってしまえば。
この世界の価値観では、私の本性が酷く淫乱な男騎士であると見做されてしまえば、私の名誉は終わりである。
週に一度口に施される、ケルン派の塩っ辛い聖餅の味もしなくなってしまうし。
我がポリドロ領は、純潔の淫乱な男騎士が統治するものと見做されてしまう。
落ち着け、ファウスト・フォン・ポリドロ。
お前は今まで頑張って来たではないか。
領民300名足らずの領主騎士として、自分なんぞはともかく、領民が馬鹿にされるのだけは耐え難かった。
領民は全て私の財産。
領民は全て私の物。
であるからして、領民が馬鹿にされるのだけは死んでも耐え難かった。
我慢するんだ、ファウストよ。
土を、噛んで。
砂利の味を噛みしめる様な気持ちで、耐える。
「ヴェスパーマン卿。手数をかけるが、ロベルト様が亡くなられた時の状況をもう一度」
「何度も言いますが、ただのマリーナと呼んで頂いて構いませんよ、ポリドロ卿」
マリーナは16歳貧乳であった。
ヴァリエール様と同じく、心の清涼剤であった。
このファウストの心の琴線には、ピクリとも反応しないのであった。
私はオッパイ星人である。
誇り高きオッパイ星人である。
貧乳に対しては最低限の要求として、裸体でも目にしなければ股座が反応する事は無かった。
「ロベルト様が亡くなられたのはこの場所にて。バラ園の小径にて、うつ伏せになって倒れておられました。外傷はありませんでした」
「本当に?」
疑問を浮かべる。
今は、調査に集中すべきであった。
リーゼンロッテから腕に押し付けられた、その巨乳がもたらす、ふにっとした感覚を岩のように思う事で、なんとか堪える。
とにかく、調査だ。
私の推測が確かなら、本当に外傷無しというわけはあるまい。
口は自然に動く。
「私は領民300名足らずの小領主だ。その農民の生活は理解している。園芸をやっていて、皮膚に傷が無いなど有るはずもない」
「ポリドロ卿、何をお考えですか?」
「単刀直入に言おう。針で刺された可能性は無いのかと考えているのだ」
三寸切り込めば人は死ぬのだ。
同様に、針を器官に刺し込めば人は死ぬ。
もし暗殺の可能性を考えれば、針の可能性は十分に有り得た。
前世の記憶を辿るならば、鍼灸師として市井に身を沈めた暗殺者にでも、ぶっ殺されたんじゃないかと妄想する。
しかし、マリーナは首を振る。
「当時、私は11歳でした。調査報告を母から聞く限りでしか、経緯はしりません。ですが、それは先代のヴェスパーマンも考えました。針を含め、本当に外傷と言えるものは無かったのです。あるのは、蜜蜂に刺されたような――それも、身体中によくある跡。あとはバラの棘で擦れた傷のようなものだけです」
まあ、暗殺も仕事の内であるヴェスパーマン家が、それに気づかないわけないよな。
この世界は中世モドキのファンタジーであり、基本的な文化水準は史実中世と考えていい。
だが幾つか異なる点があるのだ。
双眼鏡があり、水晶玉という通信機があり、魔術刻印で強化された武器や鎧がある。
前世では瀉血療法、人体の血液を外部に排出する事で治療を為す、医学的根拠の全く無い治療が18世紀前後まで行われていたが。
この頭おかしいファンタジー世界においては完全に廃れていた。
医学において一部の修道院や大学が、社会全体における医学の発達を促進している。
前世でのイスラム医学たる異国医学を積極的に取り入れ、数世紀前から神聖グステン帝国内の広範に行き渡っているのだ。
医学革命が起きている。
当然、犯罪調査における技術も進んでいる。
「当初、誰もが暗殺であると思いました。可能性は未だに消えていません。ですが、その声も少なくなりました。何故、ロベルト様が暗殺されるのか。殺されるならば、女王陛下ではないのか。何故、誰に対しても優しく、人を助けるためであるならば、自分の歳費を削る事も厭わなかったロベルト様が殺されなければならないのか」
途中、マリーナが言葉を止める。
少し、色々と考えた様だ。
再び語りだす。
「再度言います。女王陛下の王配としての地位を妬んだ誰かがやった、その可能性は消えていません。ですが、それは本当に細い線なのです。リーゼンロッテ女王陛下が、ロベルト様が亡くなられたからといって代わりの王配を選ばれる可能性は低い。当時すでにアナスタシア様は11歳、ヴァリエール様は9歳でした。これから、リーゼンロッテ女王陛下が新しい後継者候補を妊娠されると、面倒な事……」
何故か、マリーナは途中で口淀んだ。
まるで何かを恐れているように。
リーゼンロッテが、何故か私に背を向けて、マリーナ様の方角を見た。
その表情は窺えない。
私は気になって、名を呼ぶ。
「リーゼンロッテ?」
「何でしょうか、ファウスト」
振り返ったリーゼンロッテは微笑んでいた。
美しいのもあるが、それは32歳の未亡人にしては可愛らしいとも呼べるものであった。
もちろん、今はリーゼンロッテが咎めないとはいえ、口が裂けても可愛い等と言ってはいけないが。
言えば、怒るであろう。
美人と言えば許されるかもしれないが。
「つまり、それとわかる外傷はなかったと」
「ありませんでした」
外傷無し。
まあ、やってないのは承知の上だが、一応聞く。
「司法解剖は?」
「私が、亡きロベルトの身体を解剖するなど、許すと思うか?」
私の腕に抱き着いた傍で、リーゼンロッテが囁く。
許せないよな。
その遺体は、安らかに眠らせてあげたい。
気持ちは判るよ。
「外傷無し。内部的損傷は判らず。第一発見者はヴァリエール様とお聞きしましたが」
「ええ。あの子がまだ固くなっていない、温もりを残した亡骸を発見した。泣きながら、周囲に向かって叫び声を上げててね。侍童や王宮勤めの騎士達が集まって、皆で悲鳴をあげたわ」
死亡時から、そう経っていない時間で発見されたということか。
しかし。
マリーナにチラリと視線を送る。
「何故暗殺と? 外傷が無かった事を考えると、事故死、急な心臓発作などの可能性もあるのでは?」
「ヴェスパーマン家の見解を説明しますと、毒である、そう考えております」
「毒? 銀は反応しなかったと聞くが?」
この世界の毒と言えばヒ素であり、亜ヒ酸である。
だが、銀は反応しなかったと聞く。
もちろん、この世界には魔術があり、魔術と科学の両側面で道を究めた錬金術師が、銀に反応しないレベルの毒を精製した可能性はあるのだが。
「ちょうどこの場所にて。地に倒れ、土を搔きながら苦しみもがいた痕跡。そして吐瀉物がありました。急に失神されて、そのまま血が全身を巡らなくなり、亡くなられてしまったわけではないのです」
「急な心臓発作の類ではないと?」
「ロベルト様の歳は、当時29歳です。これが老人なら判りますが……」
駄目だ、全然判らん。
そもそも、ミステリーの類は好みではないのだ。
専門家のヴェスパーマン家が5年かけて見つけられない結論を、今更どうやって導き出せるというのか。
私は超人であるが、武の一文字しか持たぬ存在である。
考えることは大の苦手なのだ。
「毒か」
まあ、29歳の元気な男が、突然の病死というのは確かに考え難い。
とはいえ、毒となると完全に私は専門外である。
ヴェスパーマン家に任せるしかないのであるが。
「だが、5年も捜査して何も見つけられなかった」
リーゼンロッテが、ヴェスパーマン家の無能を咎める様な言葉を吐きだす。
マリーナは少しピクリと反応しながらも、言葉を返す。
「誠に以てお恥ずかしい話であります。吐瀉物は未だ保管しておりますが、いかなる錬金術師や医師に頼っても、何も入っていないと……」
駄目だ、完全にお手上げだな。
ヴェスパーマン家の予想をまとめよう。
自然死、病死ではない。
外傷は無し、あっても蜂やバラの刺し傷程度。
内傷は判らず。
毒であるとは思われるが、その毒の成分が判らない。
犯人の意図も不明。
怨恨や妬みの可能性はあるが、細い線である。
なんで5年間もかけて何の成果も得られなかったのか、よく判るというものだ。
「殺害方法に関して、何も判らないという事はよく判った。次、殺害のルートについてだが」
「王宮における全ての人員が調査に対して、ロベルト様暗殺の犯人を見つけるためならば、と志願してくれたので調査は楽でした。ですが、全ての人員に現場不在証明があり、ロベルト様の周囲において暗殺者などは……」
「再調査しよう」
マリーナの言葉を否定し、再調査の声を挙げる。
とりあえず、全ての事を行わなければ、リーゼンロッテの心は晴れない。
私は騎士として、熱狂的に調査を行うつもりである。
「尋ねよう、ロベルト様に対して、特別親しかったのは誰か?」
「数えきれませんよ。ですが、一番親しかったのは近くにおります」
「誰か?」
尋ねる。
とりあえず、近くにいる人員から調査をしよう。
「その、余り強引に調査をする事はお止めくださいね。すでに無実で有る事は明らかになった人々なので」
「まずは、近い人から当たろう。部外者が王宮に入り込んだ可能性は低いのであろう?」
「ゼロといっても過言ではありません。現場不在証明も、すでに証明された方々なのですが……」
マリーナが言葉を濁す。
あまり紹介したくないようだ。
だが、リーゼンロッテの心を晴らすには、全ての事をやったのだと目の前で示す必要がある。
私は再び問うた。
「もう一度訪ねよう。親しかった人物は誰か?」
「このバラ園をたった一人で維持している庭師、といっても――少々訳ありでして。事前に説明しておけば、その、酷い目にあった子をロベルト様が色んな経緯があって引き取ったといいますか」
「うん?」
マリーナが口ごもる。
訳ありそうなのは判るが、何を言いたいのか。
言葉を待っていると、先にリーゼンロッテが口を開く。
「このバラ園を維持している庭師。それはロベルトが哀れに思い、平民から拾い上げた子供でな。その、何と言うか。親からの酷い虐待にあったというか、狂気の産物というか――芸人の子、出自は放浪民族であるのだ。それゆえ、大事に保護されるべき男の子が酷い目にあった」
リーゼンロッテは顔を顰めている。
ああ、何となくわかって来た。
愚かな自分にも読めて来たぞ。
宦官。
陰茎を切断して、去勢する事で後宮に仕えることが許された存在。
カストラート。
高音域を歌える男性歌手を確保するために、睾丸を摘出し、去勢することで男性ホルモンの分泌を抑え、声変りを防ぐ存在。
その歌声には、指揮者も演奏者も、演奏を投げ捨てて聞き入った伝説が残っている。
オペラ座の歌手たち。
まさか、いるのか?
この男女比1:9の頭のおかしな世界にも、あの存在が。
「狂った芸人の親に、その歌唱力を維持するために去勢されたのだ。ロベルトはその話を酷く憐れんで、せめて人としての人生を全うできるよう、王宮に召し出すことにした。その名も――ミハエルという。調査は止めぬが、当時12歳。今は17歳のあの子がやったとは、私には到底思えぬぞ」
やっぱり宦官かよ。
そしてカストラートかよ。
この狂った世界に、あんなものいるとは思いもしなかったぞ。
私は閉口しながら、そのミハエルとやらに会う事にした。