【完結】Re:Connect ―揺れ動く、彼女の想い―   作:双子烏丸

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※前話最後で動きを止めたクロヒナタ。
 果たして、その時何が起こったのか。


ヒナタとクロヒナタ、精神世界での邂逅と決断

 ――――

 

 ヒロトとこうして二人で、恋人として素敵に思える毎日を過ごしていた。

 学校でも、家でも、遊びに行く時も、ヒロトは私の事を誰よりも大切な人として、ずっと見てくれているの。……それが嬉しくて。

 

 

「ははは、今日のデートも楽しかったな、ヒナタ」

 

「うん! カフェで食べたショートケーキ、良かったね。

 とろけそうなくらい甘くて、美味しかったよ」

 

「ヒナタが嬉しそうで良かった。

 君が嬉しいなら――俺も」

 

 街の通りを歩く私たち。それに――

 

「でもそれより、ヒナタと一緒に過ごせるのがいい。

 俺にとって大好きな君と過ごす時間が……何よりも大切なんだから」

 

 私とヒロトとの手と手、私たちはずっと握っていたんだ。

 

「俺とヒナタ、これからはずっと一緒だ。心だって……」

 

 ヒロトは私の事をまっすぐ見つめている。そう、私だけを。

 

 ――恋人になって、こうしてヒロトが私の事をずっと見てくれて、想ってくれて嬉しいの。

 うん、凄く嬉しくて、幸せで――

 

 

 

 そんな幸せな時間を、ずっとヒロトと過ごしていた。

 

 ――けれど――

 

 もちろん心の中には幸せな気持ちで一杯。だけど、どこかでずっと……不思議な違和感があるの。

 

 ――こんな幸せな日々だけど……もうどれくらい、私はこうしているんだろう――

 

 最近、時間の感覚が分からなくなったような気がするの。

 ヒロトとこうして何日経ったのか、はっきりと分からないの。……それに。

 

 ――幸せなのに、だけどこの幸せにはどこか現実味がなくて、上手く分からないけど違和感があるの――

 

 どこかが現実と違うような感じ。

 一体どこに違和感があるのか……もしかして、ヒロトとの関係なのかな。

 

 ――ヒロトが恋人に、一番に想ってくれる。……自分にとっては幸せだけど…………もしかして――

 

 ヒロトは私の顔を覗き込んで来る。

 

「――ヒナタ?」

 

「あっ……」

 

「そんな難しい顔して、どうしたんだ」

 

 そう言う彼は、少し心配な表情を浮かべていた。

 

「あはは……ちょっと考え事、かな」

 

「そっか。でも頼むから、何かあったら遠慮なく言ってくれよ。

 そんな難しい顔……ヒナタにはして欲しくない。いつも心から笑顔を、俺に見せてもらいたいから」

 

 とても優しいヒロトからの言葉。私はその言葉と、気持ちだけで。

 

 ――これが現実じゃないと思いたくない。ヒロトにこうして――心から想って欲しい――

 

 

 

 それなら……それでいいんじゃないかなって。

 今こうしてヒロトといるのが、私にとって現実だって。――だけど。

 

「……あっ」

 

 その時、ある物が私の視界に入った。

 

 ――ガンプラのお店、ガンダムベースが――

 

 街の一角にある大きな建物、ガンプラがたくさん売っているお店……ガンダムベース。

 

 ――ガン……プラ……、確か――

 

 霞がかっている記憶。けれど、頑張って思い出す。

 私には何故か、いくつかの記憶がはっきりしないの。これもその一つ。

 

 ――でも今日こそはちゃんと思い出さないといけない気がする。ガンプラは……それは。

 ……ヒロトが大好きだったもの、だったよね――

 

 思い出した。ガンプラはヒロトにとって、大切なものだったって。

 でも、今傍にいるヒロトはそんなガンダムベースに目もくれていない。

 

「――ヒロト」 

 

「うん?」

 

「あそこにガンダムベースがあるんだけど、ヒロトはどう?

 確かガンプラ……好きだったよね」

 

 私はそう聞いてみた。

 けれど、それにヒロトは。

 

「うん……けど、もういい」

 

「えっ?」

 

「ガンプラなんて今は、もういい。

 そんな事より――俺にはヒナタがいてくれる。ただそれだけで、十分なのだから」    

 

 彼はガンダムベースにちらりと視線を向けたけど、それっきり。

 興味無いようにすぐにそっぽを向くと、また私に優しい目を向けてくれる。

 

「…………」

 

 私の事を見てくれて嬉しい。

 けれど……やっぱり。

 

 ――やっぱり、こんなの……違う気がする――

 

「それよりも、ヒナタ」

  

「……どうしたの?」

 

 ヒロトは、私をそっと抱き寄せる。

 

「良かったら俺の家に行かないか。今から、ヒナタに見て欲しい物があるから」

 

 その提案に私は頷いた。 

 けれど違和感は拭えないまま。――それどころか、ますますモヤモヤは胸の中に溜まる。そんな感じがする。

 

 

 

 ――――

 

 私とヒロトは、一緒に家に戻ったんだ。

 

「ただいま。……と言っても、今日は俺しかいないけどな」

 

 ヒロトが先に中に入って、玄関の明かりをつける。

 時間はもう夕暮れで少し暗くなっていたから。明かりをつけると、ヒロトは私に振り返って。

 

「さ、入ろうか」

 

「うん。……お邪魔するね」

 

 私もヒロトに促されて家の中に入る。

 でも……。

 

 ――やっぱりモヤモヤしているよ、私――

 

「ヒナタは先に俺の部屋でゆっくりしていて。すぐに――飲み物でも用意するしさ」

 

 でも考えてばかりじゃいられないから。

 今は、言われた通りにする事にした。

 

 

 

 ――――

 

「写真がこんなに……か」

 

 ヒロトの部屋。私はベッドに腰かけて、彼が戻って来るのを待っていた。その間、何気なく部屋の周りを眺める。

 幼馴染の見慣れた部屋の中、特段いつもと変わりない景色。……けれどこの時は。

 

 ――今になって思ったけど、違和感がここにも。それは――

 

 そう、ヒロトの部屋には写真が置いてあったんだ。

 棚や机の上だとかに、写真がいくつも。

 カフェやショッピングモールそれに遊園地で。――どれも私とヒロト、二人で撮った写真。

 

 ――ヒロトが私との写真を、こんなに――

 

 きっと喜ぶべき事だって思う、けど……。

 

 ――この写真、本当に一緒に撮ったっけ? だって覚えが全くないから――

 

「ヒナタ、お待たせ」 

 

 部屋の扉を開けて、丁度ヒロトが戻って来た。

 その手にはオレンジジュースが入ったグラスを二つ、乗せたお盆を持っている。

 ヒロトはお盆をテーブルに置くと、両手にジュースのグラスを持って、片方を私に渡してくれた。

 

「じゃあ、はい。喉だって乾いたし一緒に飲もう」

 

「……そうだね」

 

 グラスを私は受け取った。同時に、ヒロトも私の隣に座ってくれた。

 一緒にオレンジジュースを飲みながら……少しどぎまぎしながらヒロトの事を意識する。

 

「なぁヒナタ、少しいいか」

 

 先にジュースを飲み終わったヒロト、彼はそんな風に尋ねてくる。

 私はストローを咥えたまま顔を向ける。

 

「大丈夫だよ? どんな話、なのかな」

 

「ふっ、大した事ではないけど――改めて、と思って」

 

 そう言ってヒロトは自分の部屋に置いてある写真を眺める。

 

「俺は何よりもずっと、ヒナタの事が大切だ。

 そう、一番に。だからこうして思い出だって大切にしている」

 

 私もジュースが飲み終わって、グラスを近くの棚の上に置く。

 

「ヒロトが……私との、思い出を」

 

「ああ! もちろんだ。だからこそ――」

 

 ヒロトは得意げな顔で微笑む。そして、隣に座る私に、ぴったりとくっつく。

 

「あっ――」

 

「だからヒナタとの写真だって、こんなに。 

 俺の想いの証明だ。誰よりも、何よりも……ずっと君を想っている」

 

 目の前のヒロトの瞳。そこに映っているのは、私だけ。

 それに部屋の写真だって。

 

 ――こんなに私の事を、私だけをヒロトは見ている。

 ヒロトとこんな風になれたらってずっと思っていた。それが今、願いが叶って喜ぶべきなんだ。だけど――

 

 ……これは違う。根拠はないけど、違和感と違和感が積み重なって、それに心の奥底で何かが決定的に『違う』と言う感覚がずっとある。

 私が望んでいたはずの、今。

 だけどそれは――現実とは。

 

「ヒナタ、俺はそれくらいに君の事を想っている。

 ここに連れて来たのは、その想いを今まで以上に伝えるためだ!」

 

「――あっ」

 

 瞬間、ヒロトは傍のベッドへと、私の身体に覆い被さるようにして……私を押し倒した。

 

「あ……あ」

 

 ベッドに横たわった私。

 すぐ上から覆いかぶさって見下ろすのは、ヒロトの優しい顔と、それに私しか映っていない瞳。

 

「これからもずっと、俺はヒナタの事を……君だけを想い続ける。

 俺の想いはただ一人、ヒナタだけのものだから」

  

 とても嬉しい言葉。ヒロトがそう伝えると、身体ごと顔を、私に近づける。

 

 ――凄く、ドキドキするけど。……これは――

 

 距離が間近になって行く顔と顔。ヒロトの吐息だって、鼻先や頬に触れて感じる程に。

 

「だから、俺のヒナタへの思い――受け取ってくれ」

 

 ヒロトはそう言って、私に唇を。

 

 ――望んでいていた事。それが叶って幸せだけど――

 

 

 

「……っ、駄目っ!!」

 

 キスしようとしていたヒロト。

 私は両手で思いっきり身体を押して、彼を引き離した。

 

「――えっ」

 

 引き離されたヒロトは、訳が分からないような顔をしている。

 

「ごめん……私は……」

 

 両手で押し離して、私はベッドから起き上がって彼と向かい合う。

 そして勇気を振り絞って――ヒロトに伝える。

 

「私の事だけをそこまで一番に想ってくれるんだね。……とても嬉しいよ。

 ヒロトにこんな風に大切にされるの、夢でもあったから」

 

 そう、嬉しくて幸せだって言う私の気持ちも、本物なんだ。

 だけどね、ヒロト。……ううん。

 

「でも、これは本物じゃないんだ。上手く言えないし証拠もないけど、分かるよ。

 こうしてヒロトと過ごす時間も、そして……ヒロトも偽物だって」

 

「そんな」

 

 唖然とするヒロト。けれど私は構わずに続ける。

 だって、これは本物じゃないから。

 

「本物のヒロトなら、私だけじゃなくて大切なものがたくさんあるから。

 大切な仲間や、世界、それにガンプラだってもちろん。

 それなのに貴方は私だけ、私しか見ていない。ガンダムベースでも、私以外はどうでもいいって…………そんなのは違うの」

 

「……」

 

「ごめんなさい。でも、貴方はヒロトじゃないの。

 私は――本当の世界に、ヒロトの元に戻りたいんだ!」

 

 

 

 ――――

 

 私が言ったその時。――急に世界から色と音がなくなった。

 まるでモノクロ映画の中にいるかのような、白黒の部屋の中。音だって全くない。窓の外から聞こえる車や人、鳥の声、何もかもが聞こえない。

 

 さっきまでは現実のようだったのに、急に世界は非現実的なものに変わった。

 けれど……あのヒロトの姿は消えて、それに棚にいくつも置かれていた私との写真も消えていた。――代わりにイヴとヒロトとの写真が、近くに置いてあったのが見えた。

 

 ――今度は、現実のヒロトの部屋そのままに。

 そう、現実の。……現実、それは確か――

 

 頭の中のモヤモヤが晴れて、そして、思い出せなかった記憶が――次第に戻って来た。

 

 ――ようやく、全部思い出した。

 私は、イヴさんが復活するかもしれないって知って、ヒロトを諦めようと……したんだ。

 でも諦められなくて。だから、GBNにいるもう一人の『ワタシ』に会いに、助けて貰いたくて――

 

 だからGBNで、私はあの黒い『ワタシ』に会った。

 ――私を救ってあげると。そう言った彼女の手をとって、それから……意識を失って。

 

 ――気がついたら、この世界でヒロトと幸せな時間を過ごしていたんだ。どれくらい過ごしたのか分からないくらいに――

 

 どうしてなのか分からない。だけど、今考えるとはっきりと分かる事がある。

 

 ――私が今いる世界は、本当の世界じゃない。

 これは偽物の……夢の中みたいな世界だって――

 

 

 

 ――――

 

「あらあら、まさか気づいてしまうなんて、ね」

 

 その時、誰かの声がふと聞こえた。

 声はすぐ左横から。振り向くと、そこにいたのは……。

 

「――えっ。あなたは……私?」

 

 横に立っていたのは、私と全く同じ姿をした――もう一人の『ワタシ』だった。

 姿も、服装も、現実世界での私と同じ容姿と、私服そのままの『ワタシ』。けれど、顔は微笑んでいるけれどその雰囲気には……私とは違う、鬱屈した怒りと悲しみを漂わせていた。

 

 ――この雰囲気、やっぱり――

 

「GBNでのダイバー姿ではないのは、初めてかしらね。でも、現実世界での私服も、ほら、似合うでしょう? だってワタシは『私』ですもの。

 ……ふふふふふっ」

 

 『ワタシ』は自分の胸元にそっと手で触れ、怪しく微笑む。

 微笑みながら、『ワタシ』は私に視線を投げかけて続ける。

 

「……でも、知ったからには仕方ないわねぇ。

 ムカイ・ヒナタ、『私』の言う通り、ここは貴方の夢の中。ワタシが見せてあげている……素敵な、素敵な夢の世界」

 

「やっぱり夢なんだ、全部。

 ここは本物の世界じゃないって。でも、どうして……えっと、『ワタシ』は」

 

 ふと、目の前のもう一人の自分を『ワタシ』と呼ぶのが、少し変な気持ちになってしまった。

 すると彼女は表情を和らげると。

 

「今更だけど、自分自身と話すのも違和感があると言うか、呼び方に困るものかしらね。

 そうね、ならワタシの事は――クロヒナタ、とでも呼べばいいわ。気に入らない呼び名だけど便利な呼び名ですもの」

 

 ――何だろう、目の前の『ワタシ』……クロヒナタさんは、前に会った時よりも優しいような気がする――

 

 私はつい、そんな事を思った。一方でクロヒナタさんは。

 

「どうしてこんな夢を見せているのか――そう聞きたいのかしら。

 それはね、ワタシが貴方を、ムカイ・ヒナタを救ってあげたいからよ。その事は、伝えたじゃないの」

 

「私を、救うって」

 

 確かにクロヒナタさんは言っていた。

 ――私を救うと。彼女は最初に会った時から、そう言っていたんだ。 

 クロヒナタさんの想いはきっと、何一つ、ずっと変わらないものなんだと。

 

「だから貴方の心に干渉して、素敵な夢を見せてあげていたの。

 どう? これがムカイ・ヒナタの望んでいた理想。ただの夢の世界だけど、貴方がこの世界で感じた幸せは、本物だった筈でしょう」

 

 夢だったけれど、クロヒナタさんの言う通り。

 

「うん、とても幸せだったよ」

 

 幸せだった夢。出来るのならずっとこうして、夢の中でヒロトといたいとも思った。

 

「……だけど、これは夢でしかないから。

 私のために、救ってくれるために夢を見せてくれたのは嬉しいよ。けれど夢は夢なんだ。……私は本当のヒロトがいる世界に、戻りたいの」

 

 クロヒナタさんが言っていた『救い』がこの夢の世界だと、私は思った。けれどそれが救いだとしたら、そんなのは私の望むものなんかじゃない。

 けれど彼女はほんの少し呆れ困った顔で、右手の人差し指を左右に振ってみせた。

 

「ノン、ノン、ノン、それは違うわムカイ・ヒナタ。

 夢はただの夢に過ぎないわ。眠っている間は、やっぱり良い夢が見たいもの……でしょう?」

 

 クロヒナタはその態度のまま私に近づき、右手を伸ばしてある物を取る。

 はぁ――。同時に、彼女は深いため息もついた。

 

「それに、本当のヒロトですって」

 

 呟きとともに私へと顔を上げるクロヒナタさん。向けられた表情には静かな絶望と怒り、そんな感情で満ちていた。

 

「今現在、たった一度でもクガ・ヒロトが、貴方の事を一番に想ってくれたの? 

 誰よりも愛してくれた?」

 

 そう言って彼女は、さっき手にした物を私に見せる。

 

「違うわよねぇ。そんな訳があるわけないじゃない。これがその証拠でしょう」

 

 クロヒナタさんが持っていたのは写真だった。そう、GBNで撮ったヒロトとイヴさんとの写真を、写真立てごと。

 

「ヒロトと……イヴさん」

 

「ええ、そうよ。分かるでしょう? クガ・ヒロトが大切にしていたのは、何なのか」

 

 手に持った二人の写真を、クロヒナタさんは私に見せつける。

 それに、彼女は笑ってもいなかった。無表情だけど瞳は暗く濁って、それに写真立てを握る力も強くて――ピシッと、ガラスにヒビが入った。

 

「彼は……あの人間は、貴方を放っておいてGBN、ガンプラ、そして……このELダイバーをずっと大切にしていたのよ。

 ――見なさい、こんなに幸せそうな顔。この笑顔でムカイ・ヒナタ、貴方の事を想っていたとでも言うの? そんな訳……ないに決まっている。

 ああ、本当に、本当に――っ! 虫唾が走って堪らないわ!」

 

 

 

 怒りの叫びと同時に、クロヒナタさんは手に持っていたヒロトとイヴさんの写真を……床に叩きつけた。

 

 ――ガシャン! 

 

「!!」

 

 叩きつけられた写真立て。フレームが壊れてガラスも砕けて散って。

 ここは夢の世界。世界だって、壊した写真立てだって本物じゃないけど。……それでもこんな事をするなんて、胸が締め付けられる思いがした。

 ――それに。

 

「クロヒナタ……さん。その顔」

 

「――ああ」

 

 砕けて飛んだガラスの破片は、クロヒナタさんの左頬を傷付けていた。

 流れる赤い血。クロヒナタさんは自分の指で左頬の傷を拭う。

 

「ふっ」

 

 自分の血がついた指を、彼女はおもむろにぺろりと舐めた。それに頬の傷も瞬く間に塞がって元に戻った。

 

「心配しなくてもここは夢の中、ワタシには痛みなんてないし、傷だってこの通りよ。

 仮にあったとしてもそんな痛みなんて、ムカイ・ヒナタ、貴方が受けた心の傷に比べたら」

 

 そう呟くクロヒナタさん。そして憎しみが混じった言葉を、続けて吐き出す。

 

「けどクガ・ヒロトはそんな傷……彼自身が貴方に与えた傷なのに、省みもしなかった。

 気がつきさえもしない。そんな相手なんて――いっそ消えるべきよ」

 

「――ヒロトが、消えるべき。……そんなのって」

 

 また、自分そっくりの相手――もう一人の自分が、自分では言わないような恐ろしい事を平気で言った。

 

「そんな事させない! ヒロトを消そうとしたり、傷つけようとするなんて」

 

「ふふ……っ。心配しなくても『クガ・ヒロト』と言う存在に何かするつもりはないわ。

 だから、安心して頂戴な。今のはそうね……ただの言い過ぎ、気にすることではないの」

 

 クロヒナタさんは穏やかに微笑んで、安心させるように言う。

 けど、さっき『消えるべき』と言った言葉、私でも分かる。

 

 ――あれは言い過ぎなんかじゃない、本気だって。

 クロヒナタさんは本気でヒロトが消えるべきだって、もしかすると本当に消そうとしていると――

 

 私を想う気持ちは本物だって分かる。けれどクロヒナタさんの考えている事は、とっても、寒気がする程に怖い事だって。

 改めて思った。私と同じ姿をしていても、中身は全然違う。もしかすると……人間からもかけ離れている異質な何かだって。

 

 

  

 けれど、クロヒナタさんは構わず私にそっと近づいて、母親が子供に優しく説くように話す。

 

「分かる? 本物かどうかなんて、実際重要じゃないのよ。

 重要なのは貴方が誰よりも大切に想う『クガ・ヒロト』が、同じくらいに一番の想いをムカイ・ヒナタに向けてくれる事なのよ」

 

「想いを……一番に」

 

「だからね、ムカイ・ヒナタにはもうしばらく、大人しく夢を満喫していればそれでいいの。

 全てワタシに任せて欲しい。……そしたらこの夢だって現実にしてあげられる。クガ・ヒロトが貴方を一番に愛してくれると言う現実を――必ず与えてみせる。

 ちゃんと目覚めたその時には、きっと」

 

 これも本気の言葉。クロヒナタさんは私のために、本当にそれを叶えるつもりだって。

 もし彼女の言う通り、ヒロトが私を一番に想ってくれるなら……。

 

 ――きっと喜びで一杯、だろうな――

 

「今度こそ……ワタシを受け入れて欲しいわ。ムカイ・ヒナタの幸せには、それが最善なのだから」

 

 

 

 本当にそれが叶うなら。……だけどね、やっぱり私は。

 

 ――ピシッ!

 

「!!」

 

 ひび割れる音と一緒に、空間に亀裂が入った。同時にクロヒナタさんの顔に驚きと動揺が浮かぶ。

 

「ヒロトへの想い、確かに諦められないけれど……誰かに無理やり叶えさせて貰うのは違う。

 それに自分で決めた道だって、思い出したんだ」

 

 私の想いに反応するみたいに、また音とともに空間がひび割れてゆく。

 亀裂からは光が零れて……。多分、この世界が崩れようとしているんだって思う。

 

「そんなっ、一度はワタシを信じてくれたのに! ……ここまで来てまた拒絶すると言うの!?」

 

「ごめんなさい。せっかく私の力になってくれたのに。だけどヒロトとはもう一度、ちゃんと話をしなきゃと、自分で勇気を出さないといけないって気づいたの。

 ……まだ告白の答え、はっきりとヒロトから聞いてなかったから」 

 

 ピシッ――ピシッと。

 

 空間全体が亀裂で覆われて、光も眩しいくらいに溢れている。

 そんな空間をクロヒナタさんは見回して焦っていた。 

 

「夢の世界が崩壊する。……いえ、ムカイ・ヒナタがこのまま覚醒すれば、ワタシによるコントロールが利かなくなる!?」

 

 そして私に向けて、最後の説得をしようとする。

 

「馬鹿な事はやめなさい! 例えそうした所で、あのクガ・ヒロトが貴方を想ってくれるとは限らないのに!

 ワタシは周りをどれだけ敵に回そうと、憎まれても、認められなくても構わない! けど、全て貴方の――『私』のためなのっ!

 だからムカイ・ヒナタ! 貴方だけはどうか…………ワタシを信じて」

 

 クロヒナタさんはとても必死に、まるで懇願するみたいに止めようとしている。きっと私への想いは強いって、分かっているけど。

 

 ――でもダメなんだ――

 

 私はゆっくりと、首を横に振る。

 もうこの世界はもたない。けど最後に、私は想いを伝える。

 

「ありがとう、クロヒナタさん。

 でも私は、やっぱり自分の気持ちにちゃんと向き合いたいから、もちろんヒロトの気持ちにだって。

 

 結果どうなったって、もう後悔なんてしないから!」

 

 

 同時に、空間が一気に砕け散る。

 欠片は飛び散って、そして光が――クロヒナタさんと私も、全て包み込んだ。

 

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