【完結】Re:Connect ―揺れ動く、彼女の想い―   作:双子烏丸

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番外編その六 私達のドキドキ、ワクワクな宿泊旅行 その2(Side ヒロト)(挿絵付き)

「……ふふっ」

 

 バスは山道を、ガタゴトと揺れながら進んでいる。そんなバスの中で俺と、そしてヒナタは座っていた。

 山道を走って、窓から見えるのは山景色と、それに森。ここまでの道程で見た景色もそうだけれど、今見ている景色も……何だか新鮮だ。

 

「ねぇ、ここから見える景色も、いいよね」

 

 窓際の席に座っているヒナタ。彼女は気分が良さそうに窓からの景色を眺めて、いい微笑みしていた。

 

「どこもかしこも、見慣れない物ばかりだものな。景色だって、雰囲気だって、始めて来る場所だけどとても気に入った」

 

「私もだよ! それに……これからいよいよ旅館にだもんね。写真では見たけれど、実際はどうなのか気になると言うか」

 

「成程な」

 

 彼女はずっと上機嫌。見ている俺だって微笑ましくなるくらいだ。

 

「ほら? 写真でも素敵だって思ったけど、きっと本当はもっと良いって思うから。だから凄く期待しているの。だって……」

 

 バスに乗っているのは俺達だけじゃなかった。多分、同じく旅館に向かう観光客が何人も。座席も殆ど埋まっていて、トランクもその傍に幾つも置いてある。勿論俺達のトランクも近くにある。

 ヒナタの言う通り評判が良くて人気だから、人もこう多いんだろうな。

 

「俺達以外にも、これだけ人が来ているなんて思わなかった。確かに楽しみだ」

 

 一体どんな感じの旅館だろうか。俺自身、そんな期待はもちろんある。時間で言えばもうそろそろ着くはずだ。さてと……ワクワクするな。

 

 

 

 ――――

 

 時間として三十分くらいだろうか。俺たちはバスに乗って、それから今、ある場所に停車した。

 他の乗客も続々と降りて行って、俺達も。

 

「じゃあ俺から先に、荷物も持って行くよ」

 

 先に俺が、ヒナタの分も含め、両手に二つのトランクを持ったままバスから降りる。でもやっぱりトランク二つはきついな、出入口に引っかかりそうにもなりながら俺は、どうにか降りた。

 

「これで到着か。さてと、旅館は……っと」

 

 バス俺が周りを見渡すと、すぐにそれが分かった。目の前の光景につい目を奪われていると、続いてヒナタが降りて来て。

 

「ようやく着いたんだね。あれヒロト? 何を見ているの」

 

「丁度良かった。ヒナタほら、見てみなよ。本当に凄いから」

 

「どう言う事? ――――えっ」 

 

 俺が指し示した先を彼女は見た。すると俺と同じ反応をして驚いた。

 

「わぁ! これが、私達の泊まる旅館なんだね!」

 

 

 

 俺とヒナタの前に見えるのは、静かな林の中に佇む、大きな和風の旅館だった。

 

「まさか……ここまでだなんて思わなかった。とても雰囲気を、感じるって言うか」

 

 普通だったらまず行くこともないような所。手入れのされた周りの玄関先に、風情があるのと同時に高級感のある旅館の建物。建物もよく手入れしている感じで汚れがなくて、それに人里離れた自然の中にあるせいか空気も澄んで、街特有の喧騒感もない。

 

 ――俺達の暮らす街とは何もかも違うな。でも、ここなら凄く良い時間が過ごせる、そんな気がする――

 

「やっぱりここ、良い所だよね。――じゃあ行こうヒロト。旅館の中もどうなっているか、楽しみだもん!」

 

 ヒナタは早速俺の手を引いて、旅館に入ろうと促す。ワクワクしている彼女。でもこんなに立派な旅館だ、気持ちは十分に分かる。

 

 ――俺だって早く旅館の中も見てみたい。だって楽しみで堪らないから、とても――

 

 予定ではここに二泊三日。少し短いかもしれないけれどせっかくの機会だ、たくさんの思い出と充実した時間を過ごしたい。

 ヒナタと――俺は。

 

 

 

 ――――

 

 俺たちが入った旅館の中も想像通り、いや想像以上に良かった。

 豪華で煌びやかではなくてむしろ内装は余計な飾りつけがなくてシンプル。だけど少ない内装……生け花や掛け軸だとか、それに壁や障子、木造の柱と言った旅館の中の作りそのものが上手く調和して、一つの完成された空間を作っている。もちろん中も清潔で、木造建築で素材がいいのか良い木の香りも漂う。

 

「遠路はるばる、ようこそお越し下さいました。当旅館は明治時代より旧華族御用達の休息地から始まり、やがて民間にも開放されてからは人々が宿泊する旅館として、長年訪れる方々に憩いと安息を提供して来たのです」

 

 旅館の中はなかなかに広くて、時間もまだある。だから今は旅館で接客をする女性の人、つまり仲居さんに少し案内してもらっている所。ヒナタが気になっていた感じで俺も興味があったから、お願いしたわけだ。

 

「お願いを聞いてくれて、ありがとうございます。こうして案内してくれる時間まで、本当は部屋まで案内するだけで良かったのに、我がままを聞いてくれて」

 

 ヒナタの言葉に、仲居さんは穏やかな表情を向けて応える。

 

「いえいえ。お客様のご要望に応えるのも、大切な仕事ですので。それにここは私共の自慢でもありますから、むしろ大歓迎です」

 

 俺達は旅館を案内してもらって、色々教えてもらった。

 今話してくれた歴史の事もそうだし、広い旅館にある色々な客室――もちろん空いている部屋の中――を見せてもくれた。いわゆる松、竹、梅と言うのか。どこも良い部屋ばかりだけれど部屋によって内装や快適さの良さが違ったりして、本当にこんな風になっているんだなって勉強になった。それに他の場所、大広間や食堂、テラスだとか、旅館にはどんな物があるかも見せて貰いもした。

 

 ――特に、この旅館にも温泉……露天風呂があるのが気になった。後で早速行ってみたい――

 

「……この水槽、いいな。丸い形なのは始めて見るし、木製の枠も雰囲気があって良い感じ」

 

 今は廊下を歩いていた所。するとその傍にあった水槽に俺達は興味を覚えた。

 水槽って四角いガラス張りで無機質な感じのイメージがするけど、ここにあるものは円形の丸い形に加えて木彫りの装飾を施した木製。何だか水槽まで、和風と言う感じのイメージがする。

 

「和風の水槽か。この旅館の雰囲気に合っている、工芸品と言うやつかな」

 

「うん、かもね。それに見て。水槽に泳いでいるの……赤と白が綺麗で、こんなに大きな金魚なんだよ」

 

 水槽は初めて見る物で、ヒナタも興味津々。それと木製の水槽に空いた大きなガラス窓。中で悠々と泳いでいる金魚の姿がよく見える。

 ヒナタの言う通り大きくて、赤と白の色合いの綺麗な金魚。ひれもドレスのようにひらひらしていて、こんな綺麗で優美な金魚も見た事がない。

 

「ふふふ、この金魚は地域の特産です。水槽には一匹だけですが、ここから行ける温泉街の水路や池でも泳いでいる姿が見られるのですよ」

 

「――なんですね! 聞いたヒロト、今日は無理だけど明日、見に行こうね」

 

「だな。……明日はたっぷり時間があるから、全然寄る事だって出来るはずだ」

 

「あそこの温泉街も、温泉だけではなくて見所にお店も、充実しているのですよ。一日あればとても楽しめるはずですわ。

 でも……これで旅館内の事は大体紹介出来ました。お二人のお部屋ももうすぐですので、このまま案内させて頂きますね」

 

 そうだった。案内もだけれど、部屋にも行かないとな。何しろ移動が長かったから、そろそろくつろぎたい。

 

 

 

 ――――

 

「それでは、ごゆっくりどうぞ」

 

 部屋に案内してくれた仲居さんは俺達に一礼して去って行った。

 そして案内してくれた、部屋は。

 

「……良い部屋だな、すごく。大満足だ」

 

 旅館と言うことで部屋は和室。畳が敷き詰められた心地よさそうな床に、ここも木の良い香りがする。それにテーブルと座布団、寝る用の布団とかの類は多分壁端の押し入れ……ふすまの中に収納されているんだろうな。寝る時にはあそこから布団を取り出して広げるのは、俺でも分かる。

 

「ここならとてもゆったり出来そうだよ。それに、私達のトランクも持って来てくれているね」

 

 部屋の端には俺とヒナタのトランクケースが先に置かれていた。旅館に入ってすぐに荷物を預かって貰って、俺達が案内してもらっているうちに先に持って来てくれたようだ。

 

「私、ここが気に入ったよ。もっと色々見てみようかな」

 

「それはいいと思う。どんな感じなのか……さ」

 

「――えへへっ。じゃあ私達で一緒に、だね」

 

 そう言うとヒナタは部屋のあちこちを見てまわる。俺も気にもなるから、だから一緒について部屋を眺めるんだ。

 

「テレビもちゃんとあるんだね、それに何だか豪華そうな壺に、掛け軸まで。でも掛け軸には何て書いてあるのかな、字が独特で読めないよ」

 

「これは俺も、ちょっと読めないな。漢字だとは思うけど何が書いているんだろうか。……あっちはどうだ? ここから外の景色、見えるかもだし」

 

 入口から見て部屋の奥、一面閉じられた障子の壁。障子からはオレンジ色の光が漏れているし、開ければ外が見えるかもと思った。

 

「開けて外を、眺めてみようか」

 

 俺がそう聞くと、ヒナタはうんと答えた。そして俺達が障子を開くと……そこには。

 

「これは――いいな。部屋からだとこんな風に外が見えるのか」

 

「綺麗だね、とっても。風流って言うのかな、まさにそれな気がするよね」

 

 障子を開けた先、そこは客室と外窓の中間の空間で、座り心地の良いソファーもある。そしてガラス窓から見える外景色……俺とヒナタの目の前に広がる景色もまた、良かったんだ。

 時間はもう夕暮れ間近。右向こうの山に沈みかけた夕日は辺りを濃いオレンジ色に照らされて、空の端ももう夜空のように暗くなって星も見えるくらいに。

 

 ――空ももちろんだけど、地上の景色も凄く良い――

 

 新緑色の小高い山がいくつかあって、所々から野鳥の鳴き声も聞こえる。風にたなびく樹々のざわめきも、それに夕日の光に照らされている山に……ここから見える景色の真ん中に流れる小川。GBNで見るような未来都市や宇宙空間と言った現実にないような、後ガンダム作品ゆかりの場所と言うわけでもない。綺麗ではあるけど現実世界の常識内の景色。GBNでの驚き、興奮とはまた違う。だけど……。

 

「もうすぐ夜だね。だけど日没前のキラキラしているの、素敵だね」

 

 今見ている外景色とそれに、俺より前で景色に見とれているヒナタの……俺の彼女の姿。

 

「――――」

 

「あれ、固まってどうかしたの? ……ヒロトてば」

 

「――あっと」

 

 見とれていたのはむしろ俺の方だった。そんな俺に顔を向けて訊いて来たヒナタの声で、つい我にかえる。

 

「もしかしてヒロトも景色に見とれてた感じ? だって、真剣に見つめていたみたいだったから」

 

「それは……その」

 

 俺をすぐ近くまで顔を近づけて来る彼女。これには緊張してしまうけれど、だけど答える。

 

「ヒナタの言う通り、見とれていた。GBNともエルドラとも違うけれど、やっぱり俺達が暮らしている世界はこんなに素晴らしいから。それと――」

 

 景色もだけれど、俺の視線の先にはヒナタの姿もあって。

 

「それとヒナタ、君と一緒にいる事も。こうして一番大切な人と、普通と違う特別な時間を過ごせているのも。凄く良い事だって心から……」

 

 つい自然に出てしまった俺の告白。ヒナタはその告白に少し驚いたように目を丸くしていたけれど、その後すぐに純粋な笑顔を見せて、彼女は。

 

「嬉しいな、本当に……とっても。だって夢だったんだから、叶うならヒロトと――恋人同士になって、こんな風に旅行に行けたらなんて。

 今でも信じられないくらいなんだ、嬉しすぎて。でも現実……なんだよね」

 

 そんな彼女に勿論だって、俺は伝える。 

 

「もちろん、当たり前だ。俺の気持ちだって今は――決まっているから。

 だからさ、今は二人きりでこの時間を沢山満喫しよう。ここでの事もヒナタとの、最高の思い出にしたい」

 

「あはは。こんなに幸せでいいのかな。でも私もヒロトと思い出をもっと、作りたいんだ。だから楽しもう、一緒に」

 

 俺とヒナタ、二人の気持ちは一緒で、それもまたやっぱり嬉しかったりもする。

 すると彼女は、ふとある事を思いついたようにこんな提案を。 

 

「あっ、そうそう。良かったら今から旅館の温泉に行ってみない? さっきの案内で寄って気になっていたんだ。どうかな、ヒロト」

 

 温泉か、それはいいな。

 

「実は俺も行ってみたいと思っていたんだ、温泉。なら一緒に行ってみようか。トランクにもシャンプーとか風呂場で使う分のは用意しているから、それも持って行かないとな」

 

「うん、そうだね! でも着替えの方は、あれにしようよ。さっき見たけど浴衣も用意してくれている感じだったの、あれも着てみたいんだ」

 

「言われてみれば、中に浴衣が置いてあったな。俺も良いと思う。せっかくの機会なんだから、そうしよう」

 

 と言う事で、温泉に行くことに決めた俺達。

 

 ――温泉、気持ちが良さそうだ。……けどヒナタの浴衣姿、か。どんな風に……なるんだろう――

 

 

 

 ――――

 

 そんなこんなで早速、俺達は旅館の温泉へとやって来た。

 温泉は屋外に、いわば露天風呂。上を見上げれば月夜の夜空が見えて、辺りには湯気が立ち込めている。

 

「……はぁ」

 

 温泉の岩盤の縁にもたれかかって、俺は夜空を見上げて息を軽く吐く。

 

 ――普通の風呂とはまた違うな。熱い感じだけどとても心地が良くて、身体の芯まで温まるのが分かると言うか――

 

 俺は温泉を存分に満喫していた。唯一、心残りだったのは。

 

 ――当たり前だけど、ヒナタとは別々なんだよな。男湯と女湯と分けられているから当然だけれど、それに――

 

 俺の周りには他にも数人、温泉に入っている人もいる。……これだとあの竹で作られた男湯、女湯の区切りの向かい側にいるヒナタに声をかけるのもなかなか気恥ずかしくて出来ないでいる。

 

 ――温泉、心地はいいけれど、ヒナタの方はどうしているんだろうか。後で感想とか聞いてみたい所だ――

 

「よう、兄ちゃん」

 

「……えっ」

 

 温泉に浸かっていると、俺より十歳くらい年上の青年、男の人が傍に来て気さくに声をかけて来た。

 

「あの、どうかしましたか?」

 

「そう固くならなくていいさ。せっかくの裸の付き合いだ、気軽に行こうぜ」

 

 愛想の良い表情でそう言う彼。いきなりでびっくりもしたけれど俺も、同じく笑顔でかえした。

 

「この旅館……始めてだろ? 泊り心地も料理も良いけれど、やっぱり温泉が一番だと俺は思うんだぜ」

 

「確かに、とても気持ちがいい。俺はあまり、温泉とか入り慣れてはいないけど、それでも良い場所だと俺でも分かる」

 

「ハハハ! だろう? それに――」

 

 続けて男はいくらか可笑しそうに、こんな事を言う。

 

「彼女と一緒とは、羨ましいな。いやさ、君ともう一人の女の子と一緒にチェックインしたのがたまたま目に入ったものだからさ。付き合っているんだろ、彼女と?」

 

「まあな。まだ付き合いだしたばかりで、関係にも慣れていないけど。……今まで幼馴染みだったから、どうもまだその感じが抜けてないけど」

 

「そう言うのは、まぁ慣れしかないだろう。でもその内きっと良い感じになると思うぜ」

 

「……なのか?」

 

 俺も、恋人としてもっと上手く出来れば良いと思うけど、改めて考えると少し心配にもなりはする。

 

「多分そう思うぜ。けどまぁ、あまり無理はしないことだ。ところで――もしかして彼女、向こうの女湯にいるのかい?」

 

「――っ!」

 

 今度はこんな事を言われてついドキッとした。

 

「どうして、そんな事まで」

 

「やっぱり図星か。何だかどぎまぎしてもいる感じがしたからな。彼女の事を考えていたんだろ?」

 

「……うう」

 

 言われると猶更恥ずかしい。俺はよけいに温泉に身体と顔半分を沈めて、ブクブクと泡立てる。

 

「ハハハッ! そう照れるなよ。最初は無愛想かもと思ったが、意外に分りやすい奴じゃないか」

 

 温泉は確かに気持ちが良い。けれど、ちょっと複雑な思いを抱えてしまう、俺でもあった。

 

 

 

 ―――― 

 

「……ふぅ」

 

 温泉では少し色々あったけど、でも凄く良かった。身体も温まったし、疲れもすっかり取れてリフレッシュしたと言うか。

 

 ――はは、やっぱもっとしっかりしないと、だな――

 

 俺は温泉から上がるとタオルで髪と身体を拭いて、着替えの浴衣に着替える。……普通の服とやっぱり違うな。身体に羽織って、しして帯を締めて、と。どこか緩んでないか自分でも確認してみる。

 

 ――これでよしと。大丈夫かな――

 

 俺はどうにか浴衣に着替えた。慣れない事だけど、それなりに上手く着こなせていると思う。

 そうして、俺は温泉の更衣室を後にした。男湯と書かれた暖簾をくぐると、そこに先にヒナタが待ってくれていた。

 

「ヒロトも上がって来たんだね。――温泉、すごく気持ちが良かったよ」

 

「もう先に上がっていたのか。それに……」

 

 俺は今目の前にいる彼女の姿に、視線を奪われてしまう。

 

「浴衣、来てみたんだけど。……変じゃない、よね?」

 

 いつものヒナタとは違う、浴衣を着た彼女の姿。本人も慣れない恰好で緊張しているけど、恰好は似合っていて、それに俺は――。

 

「そんな事あるわけない。凄く似合っているし、ヒナタの今の姿も、誰よりも可愛いと……言うか」

 

「――」

 

 思った事をそのまま、俺は言ってしまった。もしかすると少し言い過ぎかと思われたかもと、そう思いもしたけれど……彼女はニコッと得意げに、嬉しそうな顔をして。

 

「そう――かな! ヒロトにそう言ってもらえて、やっぱり浴衣を着て良かった!」

 

 とても喜んで、それに彼女も浴衣を気に入っているみたいで何よりだ。

 

「浴衣、俺もこうして来てみたけど、割と着心地も良いものだな。

 ……さてと、温泉も気持ちが良くて、長風呂になってしまった。そろそろ部屋に戻ろうか」

 

 俺の言葉にヒナタはうんと答える。

 

「そうだね。それに夜ご飯もあるから。確か部屋に持って来てくれるんだよね? どんな料理が出て来るか楽しみだよ。お腹だって空いてもいるし、早く食べたいな!」

 

 そんな風に言ってワクワクした表情の彼女。やっぱり彼女は――俺にとって一番、可愛い。

 

「ああ。じゃあ部屋まで、一緒に戻ろう」

 

 俺達は二人で浴衣姿のままで、部屋へと。

 こうした恰好でこうするのも……いいな、やっぱり。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ――――

 

 部屋に戻った俺達はさっそく夕食を。時間はもう八時を越して遅くなってしまったけれど、旅館が用意してくれた夕食――刺身だとか天ぷら、煮物だとか色々な料理が小皿に分けられた懐石料理、凄く美味しくて俺もヒナタも大満足だった。

 そして、それから……。

 

 

 

「じゃあ、少し早いかもしれないけれど、明日温泉街を巡るなら早く寝た方がいいかもしれないし」

 

「そうだね。早く寝て、明日は早く起きて出かけるのがいいもんね」

 

 風呂はもう先に入りもしたし、歯も磨いた。今は押し入れから布団を取り出して広げて、寝る支度をしている。ヒナタの言う通り早く寝て、その分早起きして観光をしたいから。

 布団も準備し終わって、ようやく俺達は眠ることに。

 

「お休みヒロト。明日も楽しみだね」

 

「ああ、待ち遠しいけど、まずは良い夢を。ヒナタ……お休み」

 

 

 

 ――――

 

 布団に入って俺とヒナタは眠っていた。……けれど、途中で俺は目が覚めてしまった。

 

 ――しまったな。やっぱり、慣れない布団だからか――

 

 目覚めてしまった俺は上体を起こす。電気を消して部屋は暗く、すぐ隣にはヒナタがぐっすり眠っていた。

 

 ――ヒナタはよく眠っているみたいで良かった。俺は……どうしようか――

 

 けど明日は早いからまた眠らないといけない。俺がそう思っていると、外側の障子がぼんやりと淡く光っていた。部屋の電気も消しているのに真っ暗でないのも、その向こう側の外の光が僅かでもこぼれているせいだろう。

 ……そうだな、少し気分転換で外を眺めようか。俺は起き上がって、障子を開けて向かい側に移動する。

 そこにあるソファーに座って傍の窓ガラスから外を眺めると、無数の星々が鮮やかに空で瞬いて、外を照らしているのが見えた。

 

 ――街で見るよりもずっとはっきり見える。この辺りには家だとかの人工的な明かりがない、山の中だからこうして綺麗に見えるんだろう。

 やっぱり、ここはまるで別世界だ。ヒナタにも――

 

 一緒に見れればと言う考えが頭をよぎった。だけど、部屋でぐっすり眠っている彼女を起こすのも良くない。明日の夜、ヒナタとゆっくり夜空でも眺めよう。

 それに、おかげで気分もリラックス出来た。俺はしばらくソファーに座って星空を眺めた後、眠りに入ろうと部屋に戻った。

 障子を元通りに閉めて、自分の布団に入ろうとした時。

 

「ヒロ……ト」

 

 声がして、浴衣の裾が軽く引っ張られた。 見ると寝ていたはずだったヒナタが、右手で裾先を握っているのが見えた。

 

「うん……っ、ヒロト……私は……」

 

 そしてそう呟く彼女。もしかして起こしてしまったのか、俺は思ったけれど、よく様子を見てみるとただの寝言。ヒナタはちゃんと眠ったままだ。

 

 ――起こしてなくて良かった。けど、裾は掴まれたままだし――

 

 無理に離すわけにもいかないな。俺はどうしようかと考えていると、今度はこんな寝言が聞こえて来た。

 

「傍に……いたいよ、ヒロト。……誰よりも傍で、ずっと。…………大好きだから」

 

 心なしか寂しそうな、切実な感じで呟くヒナタ。眠っていても彼女は、そんなの俺を――想って。

 

「――」

 

 さっきまでは布団に入って眠ろうとしてた俺だった。けれど俺はそのままヒナタの傍に腰を下ろして、裾を握っていた彼女の右手にそっと、自分の手を上に重ねる。

 

「俺もだ、ヒナタ。君の言う通り、これからだって傍にいる……だから」

 

 だから、安心して欲しい。その思いが少しでも伝わるように俺は、しばらくこうしていたい。

 別に眠るのくらいは、その後でも全然構わないから。

 

 




今回もAiさんからの、浴衣姿の二人のイラストを。つい頼んでしまいました。
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