【完結】Re:Connect ―揺れ動く、彼女の想い―   作:双子烏丸

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番外編最終話 中編 ワタシ自身にとっての決着 3/3(Side ヒロト)

 

 まるで亀裂のように広がる漆黒のノイズに侵食されていたクロの姿。

 身体全体を蝕むノイズ、特に右半身は酷く、殆どが侵食され尽くされていた。……それに少しずつ黒い侵食部が、灰がこぼれるようにボロボロと崩れているのも、見てしまった。

 変わり果てた異様な姿──言葉が出なかった。

 

〈もう隠せは出来ないでしょう? だから見せてあげるわ、ワタシの姿。

 どう? 随分と醜くて……酷いものよねぇ〉

 

 彼女は俺に、皮肉めいた表情を零した。

 ──フードで隠れていた顔の右半分は……殆ど全て黒いノイズで覆われ消えて、残る左半分の顔のただ一つ目の左目を向けて。

 

「…………っ!」

 

 目を覆いたくなる彼女の有様。こんな事になっているなんて、思わなかった。

 

 ──何かあるのは察してはいた。けれど、あんなにクロヒナタ……いや、クロがあそこまで酷い状態になっていた…………なんて── 

 

 それでも、彼女に聞く事がある。──聞かないといけない事が。

 

「その身体は……どうして」

 

 当然の疑問。クロは淡々とした、まるで他人事のような口ぶりで話す。

 

〈ワタシはね……ミラーミッションで形成されたELダイバーのコピー情報、その余りのデータが命を持った不完全な情報生命体よ。

 自我も……名前も、姿さえなにもなくて。だから適合するヒトの、ムカイ・ヒナタのデータを取り込んでこうして、今の姿と自我を得ていられる〉

 

 けれど……ね。そう呟いて彼女はふっと目を閉じて、まだ辛うじて原型を保っている左手で、ノイズに侵食されている右胸に触れる。

 

〈適合しないデータではヒトの形、意識を保てなかった。ムカイ・ヒナタの模倣データがあるからこそ、ワタシは今の意識と姿を保っていられるの。

 ──だけど、それも今は限界。幾らあの子のデータが適合しても、一時的に過ぎなかった。……やはり不完全なデータの残りを別の異物で埋めた事に、変わりなかったみたい。長く持ちこたえてはいたけれど……これまで失敗したヒトのデータで起こったような拒絶反応、情報体そのものが崩壊が、ついに始まったのよ〉

 

 話し終わると、彼女のアルスアースリィガンダムは持っていたシールドを俺に投げて渡す。

 

〈もう使い過ぎて大分痛んではいるけれど、せめてこれは返してあげる。まだ幾らか使えはするから、無いよりは……良いでしょう。

 ──だから、改めて仕切り直して続きをしましょう。勝負はまだ……ついてなんていないのだから〉

 

 そしてビームサーベルを構えて、クロは戦闘態勢をとる。……俺は目を疑った。

 

「まだ戦うのか!? そんなにボロボロで君は。それよりも早く身体を────」

 

〈知った事ではないわっ!!〉

 

 言ったその瞬間、クロが乗るアルスアースリィは足場を蹴り、俺のアースリィガンダムに接近する。

 ビームサーベルの鋭い斬り上げ、バーニアを駆使して大きく後ろに飛び退き距離を離す。

 

〈……っ、ごほっ! ……はぁ!〉

 

「やめるんだ! もう! これ以上戦えば……君は」

 

 画面に映る崩壊しつつあるクロの姿。今こうしている間にも彼女は黒いノイズに侵食され続けて、身体の崩壊は続いている。

 モニターに映るクロは、相変わらず激しい苦しみを、それでも無理に耐えている様子で。……さっきよりも酷くなっている。

 戦いが続けばきっと彼女は無事でいられない。きっとクロ自身も分かっている……はずなのに。

 

〈……く……っ、最初に言ったわよねぇ、全てを賭けた本気の戦いをしたいと。だからこそ!〉

 

 離れている俺に狙いを定めてビームライフルを、今度は両手で構える。

 銃身が展開して──最大出力のエネルギーを薙ぎ払うように放った。

 

「!!」

 

 俺がいた周囲を襲う強力なビーム。さっき不安定なまま放った時と違い、より威力の高いアルスアースリィガンダムの最大出力のビーム攻撃は、足場になっていたコロニーの外縁を容赦なく粉砕する。

 ビームで一気に削り取られた外縁部。いきなりで大出力、それに広範囲の攻撃に俺も巻き込まれそうになった。……だけど。

 

「なら──こう仕掛ける!」

 

 アルスアースリィが立つ外縁部の真下から、俺は跳び出して仕掛ける。

 さっきのビーム攻撃をアースリィガンダムは足場の下に降下して逃れた。そして、その位置から飛行し距離を縮めて俺は、一気に機体を上昇させて奇襲を仕掛けた。

 

 ──奇襲と言うにはあまりにも単純な方法かもしれない。だけどあの最大出力、威力は高いけれど攻撃後の隙は長い。その間に素早く仕掛けさえすれば、有効な手段だ──

 

 現にまだアルスアースリィガンダムはビームライフルを構えた状態のままで。今なら行ける。

 

「今すぐにでも君を倒す! それしか……ないならっ!」

 

 クロを倒して止められるのなら、そうするしかない。俺のアースリィガンダムはビームライフルを構えた……が、とっさに彼女のアルスアースリィガンダムはライフルの向きを変えて、先手の一撃を撃ち放つ。

 

〈甘いわね! クガ・ヒロトのやりそうな事、想定範囲内だわ!〉

 

 クロの放ったビームは、構えたままだったアースリィガンダムのライフルを貫いた。

 

 ──ビームライフルがやられた。けれど俺だって……想定していた! ……続けてっ!──

 

 攻撃を受けて爆発寸前のビームライフルを、俺は即座にアルスアースリィガンダムに向けて投げた。

 

〈ちいっ!〉

 

 近距離で爆発し、爆風でひるみ視界を遮られるアルスアースリィに急接近し、……狙って即座にビームサーベルを抜き放つ。

 

「二段攻撃だ。これで、終わらせてみせる!」

   

〈──!!〉

 

 これが今、一番に出来る方法。……全てを賭ける。

 アースリィガンダムが放った痛恨の一撃は、アルスアースリィガンダムの右胴に縦一文字の斬激を与えた。当然コックピットは外してある。けれど傷は……大きいはずだ。

 傷から火花とスパークが散り、機体はぐらりとよろめいた。これで止めだ、戦いはもう終わりだ。

 

「やったか!? …………いや違う!」

 

 胴に傷を受け、よろめいてもアルスアースリィガンダムは、踏みとどまった。その赤く光る一つ目で──睨み付ける。行動不能になるような致命傷には……ならなかった。

 

 ──傷が……浅かった。俺はクロを止められなかった──

 

 アルスアースリィはまだ動く。傷つきながらも機体はすぐさまアースリィガンダムに再び銃口を向けて一撃を放った。俺は横に避けてすぐ間近の足場に飛び移り、続けて斬撃を放つ。クロも今度はビームサーベルで応戦。互いに斬り合いになる。

 近接戦闘になりながら、モニターに映る彼女も、絶えず襲う苦痛に……それでも無理に耐えて余裕に振舞って言う。

 

〈……っつ、はぁ。……すぐに終わりなんてつまらないでしょう? 最後の、最後まで戦いましょう。

 ワタシが完全に壊れて…………消滅するまで!〉

 

「そこまでする必要なんてない。いくら何でも、悲しすぎる!」

 

〈同情なんて無用よ! それがワタシの、望みだっ!!〉

 

 コロニーの縁に立ち、正面から戦う俺とクロ。激烈な近接戦闘……あれだけアースリィガンダムも、それにクロもボロボロになっているとは思えない程の、激しい斬撃を次々と仕掛けて。

 それでも、受けた傷はそれなりのもので。……動きにもダメージのせいでぎこちない部分もあった。もう一撃あれば、恐らく。──けれど。

 

 ──俺のアースリィガンダムも……ダメージが大きい。今でも、大分無理をしているくらいだ──

 

 アルスアースリィは左肩、右胴に傷を受けている。──けれどアースリィガンダムも右目を潰され……さっき脇腹を深く差されもした。動くだけでも負担がある。

 どちらもダメージを受け、条件は互角。勝ち目が十分にあるなら、行けるはずだ!

 

「なら俺が、止める!」

 

 俺のガンプラはアルスアースリィガンダムにサーベルの横薙ぎを放つ。対して、向こうは上空に飛び退いた。

 空の上からビームライフルを構えて、ビーム攻撃の連射を次々と放つ。

 

 ──くっ! こっちはビームライフルが無いのが痛い──

 

 ビームライフルで反撃する手段がない以上、射撃戦になると一方的にクロが有利だ。俺は外縁部を走り、逃れる。

 

 ──これでは戦いが長引くばかりだ。早く、勝負をつけないと。

 ……だとするなら!──

 

 ビームから走って逃れていた俺だったが、瞬時に振り返ってアルスアースリィガンダムに向けて方向転換して……一気に跳ぶ。

 下から迫る俺のアースリィガンダムに対してクロは、更に狙ってビームライフルで集中して連射する。──避ける時間も勿体ない。俺はシールドを前に構え、次々襲うビームを防ぎながら強行突破を仕掛ける

 

 ──シールドも攻撃を受け過ぎて、もうボロボロだ。それでも……持ちこたえてくれ!──

 

 シールドの耐久性は使い過ぎで限界に近い。攻撃を受ける度に軋み、一部ずつ砕けて亀裂が入る。やがて──ビームの一撃を喰らうと同時に、シールドは砕けた。けれど……間に合った!

 壊れたシールド、そこから大きく姿が見えたのは、すぐ至近距離にいるアルスアースリィガンダムだ。

 

「もらった!」

 

 つかさずビームサーベルを一振り。ビームライフルを握っていたアルスアースリィガンダムの右腕ごと、切り落とした。

 

 ──相手のビームライフルも、右腕ごと奪った。これでもう使えは──

 

〈その程度……などっ!〉

 

 瞬間、右腕を斬られた次の瞬間に、クロは膝蹴りを俺のガンプラに放った。

 アースリィガンダムの腹部に命中した膝蹴り。──さっきビームサーベルの傷を受けた腹部に、強く。

 

 ──余計にダメージが……広がって── 

 

 機体のきしむ音と、コックピット内に響く……警告音、それにダメージ表示。

 

 ──機能まで一気に低下している、不味いな──

 

 動きが一気に鈍った俺のガンプラ、その頭部をアルスアースリィガンダムは残った左手で鷲掴みに、一気に急降下を仕掛ける。

 俺のガンプラごと……そして、スペースコロニーの外壁に強く叩きつけられた。

 

〈貴方──なんてっ!!〉

 

「ぐ……ぅ!」

 

 叩きつけ、外壁に強くアースリィガンダムを擦りつけながらコロニー上部から地上へ降下する、クロ。

 

 ──まずい。このままだとアースリィガンダムがもたない──

 

 外壁とともにガンプラも強く削られて、パーツの破片が次々と剥がれて行く。

 機体が壊れれば、俺の負けだ。……けれど、ふとある考えが頭をよぎる。

 

 ──このまま負ければ、クロもあれ以上無理させないで……済む──

 

 自分の身体が崩壊する事さえ構わず、戦うクロ。戦う度に、怒りを露わにする度に、崩壊は進んでいる。戦いや……そして俺への感情が更に負担をかけているのなら、すぐにでも止めさせるべき──だけど。

 

『だからこそワタシ自身の想いを、戦いで全てぶつけてみせる!

 貴方にも強い想いがあるのなら、今ここで……もう一度全力で証明しなさい!』

 

 クロが一番望んでいる事。彼女は俺に対して憎んで、否定して……何より絶望している。けれど、もしかすると、僅かにでも────望んでいるのかもしれない。

 だから、裏切らない!

 

「……俺は!!」

 

 押さえつけている左腕を逆に掴み返し、アルスアースリィガンダムを強く引き寄せ、横に叩きつける。

 

〈がぁっ!〉

 

 そしてそのまま、今度は俺が壁面に相手を押し付けて、反撃する。

 

「悪いけれど戦いでは、手を抜かない。俺も本気で戦うと……そう言った!」

 

 

 

 そうして、俺達はコロニーから地上へと落下した。その最中さえ二機は激しい取っ組み合い、ぶつけ合いを続け……その末クロは落下ギリギリでアースリィガンダムを蹴り離して機体を着地した。

 俺も同じように着地するが。

 

「──しまった……な」

 

 着地の時、左脚部に強烈な違和感が走った。ガクッと膝をつき、上手く上がらない左足。見るといつの間にか相当なダメージが入っていた。動作さえまともに機能しにくい状態だ

 

 ──さっきの取っ組み合いの中で、片足がやられたのか──

 

 それでも、どうにか左足を動かして……アースリィガンダムを立ち上がらせる。

 

 ──立ちあがるのさえ一苦労だ。戦いは……一応出来はする、それでも自由に動く事は出来そうにない。厳しいけれど──

 

 ……やるしかない。

 クロが乗るアルスアースリィガンダムは既に、俺の方へと歩み寄って来る。アースリィガンダムに右腕を斬り落とされ、残った左腕の手元からビームサーベルを形成して前に向ける。

 

〈かはっ……ごほっ! ……ぐぁ……っ〉

 

 強い咳き込みに、耐えられない痛みの呻き声。まだ俺と戦い続けようと、画面越しにいる俺だけを、睨み続けるクロの……視線。

 

〈クガ……ヒロトっ〉

 

 そこまでして、戦おうとしている。俺もそんなクロに…………真剣に向き合うしかない。

 

「ああ、分かっている。俺の想いを、今度こそ証明するために。君が……望むなら!」

 

 ビームライフルもシールドも失った、残りの主兵装であるビームサーベルを二本、両手で抜いて構えた。

 

〈……ぐっ、ああああっ!!〉

 

 クロの苦しみの絶叫の中、一気に走り迫るアルスアースリィガンダムと、その刃。

 片足は自由に動かない。待ち構えて……勝負を受ける。真正面から繰り出される斬撃に、俺も応戦する。

 

 

 

 片方しか無い腕のビームサーベルで、それでもアースリィガンダムに絶え間ない攻撃を繰り出すアルスアースリィと……クロ。

 俺とアースリィガンダムも両手のビームサーベルで戦う。片方を防御に回して、もう片方を攻撃に集中させる。向こうは片腕を失っているが、俺も足の、動きの自由が利かない。対等の戦いだ。 

 

「ヒナタの想いだってそうだ! さっき言った事は嘘じゃない。……クロも、信じたい思いがあったからこそ、こうして戦いを望んだはずだ」

 

 ビームサーベル同士が交叉する激戦。俺が放った斜め上からの斬撃を、アルスアースリィガンダムは横に避けたと思うと、そのまま横一文字に、上体に回転を加えて強い一撃を繰り出した。

 俺はビームサーベルを二本とも使って防ぐしかなかった。

 

「『想いを証明しろ』と、言ったのはクロだ。──前にも一度似た言葉を言った事を、俺は覚えている」

 

 以前、ミラーミッションで彼女と戦った……その最後の決着の時も言っていた。俺に『想いを示せ』と、と同じ意味の言葉を。

 

〈!!〉

 

 瞬間、言葉に反応したのかクロの表情に動揺に近い感情が走るのを、見た感じがした。

 そのまま、俺は攻撃を防いだまま二本同時に力を入れ押し返す。攻撃を弾かれて怯む彼女のアルスアースリィガンダムに、今度は右手に持つビームサーベルを──上から振り下ろした!

   

「だからクロに伝わる希望が少しでもあるのなら、もう一度……本気で戦いで示す。 ヒナタへの譲れない想いを! どこかで君がもし少しでも──願っているのなら!」

 

〈……黙りなさいっ!!〉

 

 耐え切れない激情と共に、ビームサーベルで受け止めるクロ。

 押し返す強い勢いで機体同士が衝突、アースリィガンダムの頭部に直接擦り付けられるアルスアースリィガンダムの頭──その一つ目が画面一面に映り、俺を睨む。

 

〈黙りなさいよ……クガ・ヒロト。……ワタシはっ!!〉

 

 今まで心の奥底に隠していた物が一気に噴き出すような、クロの強い感情。色々な物が心に渦巻いて、それでも……必死で。彼女もヒナタに対する想いが、それだけあるからなのは分かっている。

 

 ──だけどそれは……俺も、譲れないから!──

 

 アルスアースリィはビームサーベルの片方を防いだだけだ。鍔迫り合う中、俺は二本目で急所を狙って、今度こそ止めを……けれど。

 

〈──それに気づいてるわっ! 左足が……壊れかけている事くらい!〉

 

 言葉よりも早く、アルスアースリィはアースリィガンダムの左足を、強く蹴り飛ばした。

 

「まずい……俺と、したことが」

 

 今の一撃で態勢が崩され、攻撃を中断せざるを得なかった。そのタイミングで今度はクロのビームサーベルが迫る。

 

 ──やられなんてしない、ここで!── 

 

 無事な右足とバーニアを使って跳躍、とっさにアルスアースリィの元から離脱した。数段後方に跳び下がり、距離を離して着地をする。

 

「──っ!」

 

 さっき蹴られた左足が酷くぐらついた。態勢を崩れて倒れそうになるのを、どうにか持ち直して、機体を立たせる。

 

 ──ダメージで更に足の関節がやられている。もう立つのでさえギリギリで、歩いただけでも……完全に壊れそうだ。

 それに左腕までも、斬られて──

 

 アースリィガンダムの左腕の肘から先は、なくなっていた。ずっと手前にはビームサーベルのグリップを握ったままの、左腕先が転がっている。離脱前のビームサーベルの攻撃で、切り落とされて……しまったと思う。

 コアガンダムⅡの部分から切り落とされ、かなりの痛手だ。けれど、俺ばかりやられたわけじゃない。──痛み分けだ。

 

〈ち……ぃ、やって……くれたわね〉

 

 目の前にいるクロのアルスアースリィガンダムも、まともに立てる様子ではなく、半分膝をつきかけている。

 アルスアースリィの両膝は傷を受けて、そこから火花とスパークが散るのが見える。……止めは刺せなかったが離脱する寸前、とっさに俺はビームサーベルで脚を狙って攻撃した。

 

「これで痛み分けだ。互いに脚をやられて、限界だと思う。

 俺も──動けるのは次で最後。その両足の傷だと、クロも同じはずだ」

 

 

 

 俺とクロのガンダムが対峙する。

 アースリィガンダムの右目が潰されたままで視界範囲が制限される中、俺はクロのアルスアースリィガンダムを見据える。

 

「──次で決着だ。戦いはこれで、終わらせる。ヒナタとその想いのためにも、これ以上クロを……苦しませないためにも」

 

 残った右手でビームサーベルを握り、切っ先をアルスアースリィに向ける。

 

〈はぁ……うっ、どこまで……もっ…………!〉

 

 相変わらず、ひどく苦しそうなクロ。そんな中でも……決着のために機体を身構えさせ、左腕のビームサーベルを放つ。

 

〈どこまでもヒーローを、善人を気取るな! 貴方のような…………ヒトがっ!!〉

 

 決して認めないと──そう言いたいような視線をクロは俺に向ける。それから……ある事を続けた。

 

〈ワタシは貴方に期待なんて……初めから何一つするものか。

 ただクガ・ヒロトなんて──ムカイ・ヒナタの前から消えてくれさえすれば、いなければ良かったのよ。

 なのに……ねぇ、何なのよ〉

 

 苦痛と絶望も……今は何より、凄く悲しそうな表情で。

 クロは俺に──言った。

 

〈──どうして貴方がムカイ・ヒナタの傍にいる! 

 どうしてっ! 貴方だけしか……あの子を幸せに出来ないのよ!

 クガ・ヒロト……貴方しか、あの子にはっ!!〉

 

 心が切り裂かれるような、クロの悲鳴のような声。彼女はそれだけ…………きっと。

 

「……ごめん」

 

 つい、そんな言葉が口から洩れた。

 

「もっと早くに想いに、気づいていられたら良かった。GBNや、イヴに出会うよりも先に、ちゃんと。ヒナタと……自分の心をはっきりさせていれば」

 

 だけど……俺は。

 

「クロの言う通り、きっと俺はヒナタにとって誰より大切な存在で、代わりなんていない。

 でもそれは俺にとっても同じだ! ヒナタの代わりになる人は他に誰もいない…………大切で、俺が愛している相手だから。

 ──だから過去よりも、今は! これからは……っ!」

 

〈──うるさいのよっ!!〉

 

 最大の拒絶の感情、言葉を遮るようにクロは最後の攻撃に出た。

 バーニアの出力を最大にして迫る漆黒のアルスアースリィガンダム。俺もアースリィガンダムで、右足で地を蹴って最大出力で加速して走る。

 

 

 

 高速で迫る二機のガンダムと、そして俺とクロ。 

 

 

〈クガ・ヒロトっ!!〉

 

「……クロ!!」

 

 

 瞬く間に互いに接近し、俺たちのアースリィガンダム、アルスアースリィガンダムはビームサーベルを……同時に斬り放つ。

 一閃、赤と紫のエネルギーが火花を散らして衝突する。

 ──まだだ! すぐさまビームサーベルを離して態勢を整える。そして……今度こそ決めようと突撃を放つ。クロのアルスアースリィも、ほぼ同じ瞬間に右手を引いて、一気にサーベルの突きを繰り出した。

 

 

〈ワタシは──!〉

 

「俺は──!」

 

 

 踏み込んだ瞬間にアースリィガンダムの左足が完全に壊れて、砕ける感触を覚えた。

 構わない、それでもこの一撃だけは──想いは、届けさせてくれ!

 

 

〈──絶対に許さない、貴方を!!〉

 

「──二人で一緒に幸せになって行きたい、ヒナタと!!」

 

 

 

 

 ────

 

 

 刹那、宙で交錯するビームの刃。俺が乗るアースリィガンダムとクロのアルスアースリィガンダムは……ビームサーベルを展開したまま、至近距離で面と面を向かい合わせて固まっていた。

 

「……はぁ……っ」

 

 全力を出し切り、俺は深く息を吐いた。

 クロが放った紫色の刃先は、アースリィガンダムの胴体を貫く────寸前で止まっている。

 

「……クロ……俺の、勝ちだ」

 

〈──〉

 

 アースリィガンダムが右手に握るビームサーベルは、アルスアースリィガンダムの左胸を大きく刺し貫いていた。勝負はあった……ようやく。

 

〈また……ワタシの負け。あと少し……だったのよ……〉

 

 信じられないと。──唖然としたクロの表情。

 

「ああ、惜しかった。でも良い勝負だった。

 例えガンプラやガンダムそのもの、GBNも憎んでいるかもしれない。それでも、クロとの戦いはとても良かった。……どちらも本気だからこそ」

 

 アルスアースリィの一つ目の光は消えかかっていた。

 

〈……腹立たしいわ。ええ、ワタシだって本気、だったのよ。

 なのに、クガ・ヒロト……などに、貴方…………みたいな〉

 

 通信画面の接続、音声も途切れかけ、画面も消失しかかる中。クロは恨めしそうに俺を睨みながら、呟いたのを聞いた。

 呟いて、そして──力尽きて、座席に倒れ込んだ。

 

「クロ!!」

 

 ずっと無理を続けて戦っていた。恐らく、身体の限界さえもとっくに超えているくらいに。

 憔悴して息も絶え絶えで、言葉も、もう話すことさえままならない……彼女。

 

〈認めないわ、許さないわ。心底、憎くて、憎くて堪らない………けれど〉

 

 映像と音声が消える寸前、俺はある言葉を聞いた。

 

〈クガ・ヒロト、ワタシは貴方に一言……言ってあげる、事が────〉

 

 通信は途切れた。それとともにアルスアースリィガンダムは、まるで糸が切れた人形のように力を失い、完全に機能が停止する。

 前斜めに倒れた頭部の一つ目も、光りは消えていた。……けれど、それより。

 

 ──最後に何を言おうとした? クロは俺に、まだ言おうとしていた事が──

  

 それに気掛かりでもあった。クロが無事でいるのか……俺は彼女の事も、救いたい。

 

 

 

 ────

 

 すぐさま、俺は機体から降りてアルスアースリィガンダムのコックピットハッチに急いだ。

 機体の腕の位置が、丁度胸元のハッチ前の足場になっている。俺はそこまで登り、ハッチを開けようと試みる。

 

 ──何とか、外から開けられるか?──

 

 そうして俺が、手をかけようとした瞬間──ハッチは一人でに開いた。

 

「……!」

 

 警戒して身構える。けれど、何も起こらなかった。何かする事も、もう彼女には出来ないみたいだった。

 

「来た……わね」

 

 力なくコックピットの座席に座ったまま、小さく途切れそうな声を出す、クロ。

 俺は開いたハッチ越しに、外から彼女と直接対面する。

 

「はは、は。ずっと激しい痛みがあったのに、苦しかったのに、今は何も……感じないわ。感覚さえ、機能しなくなったのね」

 

 直接見ても、身体の崩壊は酷い。俺との戦いの中でも黒いノイズの侵食は進み続けて、比較的無事だった左半身さえもう大半の部分が侵食されていた。

 特に酷い……右半身は既に隅々まで侵食され尽くされて、更に身体そのものも大分崩れ……まだ人型を辛うじて保っていても、もう半身はヒナタの形ではなくなっていた。

 今でも砂が崩れるように身体が崩壊している……凄惨な光景に、思わず目を覆いそうになる。

 

「そんな、姿になってまで」

 

 身体が動かない中、クロはそれでもまだ残っている左目を動かして俺に向けて、侵食されかけの口元を、動かす。

 

「これが……元々の、ワタシよ。

 ヒトですらない。ELダイバーの情報をコピーしたデータの……不完全な余りものの塊。じきにこの身体さえ、完全に崩壊する。……どうしようもない」

 

「……」

 

「元の不定形のデータの塊に、逆戻りね。……いえ。長い間ムカイ・ヒナタのデータを取り入れ続けて……ワタシ本体のデータとも大分干渉してしまっている。

 拒絶反応で……あの子のデータが分解するなら、ワタシの情報体も共に分解して……今度は完全に消滅する。ヒトで言う──『死』と言うものだわ」

 

 ミラーミッションの時は偽っていたらしいけれど、今度は本当の……自分自身の完全な消滅。

 

「だから消滅する前に、クガ・ヒロトと……もう一度戦いたかった。

 あの時も、戦って決着はつけたけれど……それでもまた想いを確かめたかった。今度こそ、ムカイ・ヒナタを心から愛してくれるのか、あの子の想いに相応しいのか。……でないと消滅しても、しきれないわ」

 

「クロは、やっぱり俺に絶望だけじゃなくて、ヒナタの事を愛して欲しいと……願って」

 

 俺が言うと、クロは限界の中でも敵意の眼差しを向けた。

 

「勘違いしないで。……言ったでしょう、貴方にしかムカイ・ヒナタを幸せに出来ないって。

 だからもし叶うならと──そう信じたかっただけよ。でないと……あの子が可哀そうでならないもの」

 

 表情にも強い未練……憎しみ、それでも認められないと言う思いが、浮かび上がっている。

 

「結局……二度まで戦っても認められはしない、許すことなんて…………ワタシには出来ない。クガ・ヒロト、貴方が憎くて堪らないのだって変わらないわ。

 小さい頃から何年も、長い時間ムカイ・ヒナタは貴方を想い続けていた。なのに、それは当のクガ・ヒロトにとっては……二の次で。あっさりイヴと、彼女とGBNでの思い出を選んだ」

 

「それは……否定できない。俺は」

 

「なら……あの子にとってのクガ・ヒロトとの時間や、思い出は……どうなるの? 結局、何もかも全て偽物で、無駄な物に過ぎないなんて。…………そんなのはあまりにも悲しくて、たまらなくて。

 ……貴方はムカイ・ヒナタの想いと時間を、その程度に過ぎないとした。台無しにして、裏切った……許せるものですか」

 

 クロが俺を憎むのも、許せないのも。根源を辿ればそれだ。理解は出来る、当然の思いなのかもしれない。

 だけど──。彼女は憎しみと別に一言呟いて、ひどくやるせないように……片目を伏せる。

 

「でも一方で──どこかで、多分ずっと願っていたのよ。

 本当はクガ・ヒロトがムカイ・ヒナタを心から……それこそ一番に愛して、大切に

してくれたのなら……と。

 だって……どんなに思っても、クガ・ヒロトがムカイ・ヒナタの傍にいる事には、変わりないもの。あの子にとって、誰より愛している相手だから……今更取り消す事なんて、出来はしないから」

 

 

 

 ずっと憎み絶望していた。けれど同時に信じたかったと言う、願いも。

 クロはそう言うと、薄く苦笑いのように口元を歪ませて、かすれた皮肉めいた笑い声をあげた。

 

 

「くく……っ、矛盾、しているわね。でもせっかくよ、最後くらいは教えてあげる。

 結局、ワタシの心は晴れることはなかった……何も変らない。……けれど結局は貴方の言う通り、あの子の想いを受け止めて叶えてくれたから、ムカイ・ヒナタはあんなに幸せ…………なのよね。──貴方自身が、あの子を選んでくれたから

 クガ・ヒロト、やはり貴方の……おかげだと」

 

 憎しみ以上に、クロはヒナタの事を強く想っていた。

 彼女のために俺がいなければ良いと思うのも本心だろう。けれど、それでもヒナタが俺を好きでいて、いつか自分の想いが実を結べばいいと……心の底で願っていたなら。

 

 ──自分はその資格はないと言っても、クロはヒナタの記憶を……想いを受け継いだ。

 だから、クロもそれが叶って欲しいと……何処かで思っていても不思議じゃないと──

 

 クロの言葉に俺は頷いて、改めて言った。

 

「俺がヒナタを選びたいと、そう決めた。

 クロの言うように過去の事ももちろんある、それに……正直迷いもした。けれど俺なりに考えて、最後にしっかりと決めた事だ。選んだからには責任も持つ。クロが裏切ると思うような真似はしない。

 だから──これからもヒナタの傍にいてもいいと、君が認めてくれるなら。きっともう、絶望はさせない」

 

 例え俺がヒナタといるのを許せないと、憎んでいたとしても。……クロの言う通りその矛盾した想いさえ、何処かで一人抱えていたのかもしれないと。

 ヒナタと、それにクロの、二人の想いと願いは……俺が。

 

「ああ、ずっと自分でも……否定しようと必死だったけれど。最後になって貴方なんかにこんな事を……焼きが回ったものだわ。……まさに、最悪ね」

 

 自己嫌悪もにじみ出るような、クロの呟く言葉。それから俺に対して精一杯の嫌味を無理に……そんな笑みを浮かべて俺に見せようとする。

 

「いくら絶望しても、憎んでも…………やっぱり貴方がムカイ・ヒナタを誰より愛してくれたら、同じように想ってくれたらと……願ってしまっていたのよ。

 例え僅かでも、希望を捨てられなかった。あれだけワタシは色々やったのに…………本当に全て絶望なんて、仕切れなかった。──忌々しい。でなければ、ワタシはもっと楽に貴方を……憎めたものを。

 結局コピーに過ぎないとは言え…………それでも『ムカイ・ヒナタ』であったのね、ワタシも」

 

 苦々しく、悔しくも思うようなクロの様子。けれど……彼女はやがて、観念したように瞳を閉じ、俺から顔を横に反らして────ある事を言った。

 

 

「──でも、せめて少しは認めてはあげるしか、ないわ。二度も戦ってここまでされた以上は、仕方ないもの……ねぇ。

 たった少しだけ、これからも貴方とムカイ・ヒナタがいる事を受け入れるのも良いかもしれないと、ワタシでも…………思えたのだから」

 

 クロが俺を一番に許せない、憎いと思う気持ちは変わらないのは、分かっている。

 だから本当はああ言う事すら、彼女にとってどれだけ嫌で、屈辱的かも……想像がつく。けど──それでも。

 

「ありがとう、クロ」

 

 それでも、理解し合えた想いも確かにある。本当に僅かかもしれない。けれど……決してゼロでは、なかったんだと。

 

 

 最後の最後に俺は──想いを届ける事が、ようやく出来た。

 

 

 

 ────

 

「……」

 

 クロは相変わらず、俺から顔を逸らしたまま黙っていた。けれど、言い返して来るわけでもない。やっぱり認めて……くれたからなのか?

 俺も少しどうするか迷った。けれど、彼女の身体はこうしている間にも、漆黒のノイズによる浸食が進み、その部位からぐずぐずと崩れ続けている。

 

 ──侵食と崩壊のスピードも、段々早くなっている気がする。このままだと本当に──

 

「──クロ」

 

「……」

 

「君の事をこのままには、しておけない。

 戦いは俺の勝で終わった。だから……すぐに身体の事を、何とかした方がいい。

 GBNの運営や、みんなの力を借りればきっと──」

 

「……はぁ。クガ・ヒロトは、何を勘違いして……いるの」

 

 するとクロは大分弱りながらも、再び顔を俺に向けた。今までのように敵意ある口調と表情で……言葉を返す。

 

「戦いに勝てばそうするって……条件だったかしら?

 ……違うわよ、ねぇ。さっきの戦いはワタシとクガ・ヒロトの……何も賭けないただの、本気のガンプラバトルに過ぎないじゃない。ワタシがどうするか、ワタシの勝手…………でしょう?

 用はこれで、終わりよ。だからもう、ワタシを置いて──消えなさい。貴方の顔なんて見たくもない。……もう二度と、会う事もないわ」

 

「そうは言っても、見過ごせるわけが──放ってはおけない」 

 

 俺はコックピットからクロを出そうと、中に入ろうとした……その時。

 

「──いい加減に、しなさいよ」

 

 クロはまだ動かせる左手でハンドガンを握り、銃口を俺に向けていた。

 

「このまま貴方を撃って、強制ログアウトさせても構わないのよ、ワタシは」

 

「……どうして」

 

 銃を構えることさえ限界な左腕は震えて、必死で持ちこたえてまで……彼女は。

 

「調子に……乗らないでよ。例え僅かに認めた部分はあっても、根本的には何も変わるものか。

 ワタシはムカイ・ヒナタとその想いを傷つけて、苦しめた全て許さない。分かり合うなど出来るものか…………どちらかが、消えるべきよ」

 

「そんな事はない。もう終わった、クロの気持ちだって……十分ではないけれど分かっているつもりだ。

 だから──」

 

 これ以上こんな事をしても、辛いだけだ。何とか思いとどまらせたい……けれど、クロのその瞳に映る感情は変らない。

 

「終わってないわ。ワタシが……消えない限りね。

 ……まぁ、どの道ワタシの身体はもう保ちはしない。中身……人格も崩壊が始まっている。意識を保っているのも……一杯一杯で、じきに何も考えられなくなる。対策なんて間に合わない…………手遅れ、よ」

 

「そんな事なんて……っ」

 

 けれど、クロの言う通り崩壊のスピードはずっと早い。今から手を打ってももう……間に合わない。

 

「結局、何も……出来ないのか、俺は」

 

 どうしようもない、やるせない思いに駆られて、拳を握る。

 

「未練はない──わけではないわ。

 けれど少しでも……今度こそムカイ・ヒナタが、ちゃんと幸せになれる希望があると分かれたのなら、もう構わない。消える運命も……受け入れてあげる」

 

 そう言ってクロは真っ黒になり表面が崩れ、ボロボロの骨のようになった右手を動かそうとした。──けどその瞬間に、腕ごと肩先からボロっと剥がれ……コックピットの床に落ちる。

 落ちた右腕は粉々に砕けて、黒い粉末になって飛び散り、霧散する。それでも……クロは表情一つ変えない。

 

「所詮、ワタシは存在するべきでは、なかったのよ。

 あの憎らしい……木偶人形ども、ELダイバーよりも不完全な出来損ないに過ぎないくせに……一丁前にヒトのような感情と人格を得たがゆえに、それに振り回され続けた惨めな末路。

 ……はは、は。何より下らなかったのは、ワタシ自身よ。だから……こうなった」

 

 あんまりすぎる。いくらクロが──もう一人のヒナタとも言える彼女が、こんな最後を迎えるなんて。

 

「……ふっ、本当、笑える程に惨めなものね。でもこれで良い。……ワタシ自身も、心も全て消えれば、感情に苛まれ、思い悩む苦しみだって……なくなるのですから。

 ──これがワタシの救い。綺麗さっぱり、消えることが…………消えるべき、なのよ」

 

 

 

「消えてもいい存在なんて──どこにもない」

 

「──!」

 

 そんな時、すぐ右横から声がした。振り向くとそこにいたのは……。

 

「お疲れ様だ、ヒロト。……よく頑張った」

 

 隣に立っていたのは、メイ。俺にそう言って彼女は、軽く微笑みかけてくれた。

 

「……いつの間にいたなんて」

 

「戦いが終わったようだから、私も様子を見に来た。

 ──クロ」

 

 メイは身体が崩れかけのクロに、視線を向ける。

 

「メイ……っ」

 

 彼女に対しても、激しい憎悪の感情を、片眼から投げかける。メイの表情は、複雑そうで。

 

「私を……いや、私たち……ELダイバーの事も、それだけ恨んでいるんだな」

 

「当然……じゃないの。最悪の、木偶……人形が、よくも…………ワタシの前に。

 何しに来たのよ。貴方まで現れるなんてなおさら不快だわ、とっとと消えなさいよ。……最後まで、ワタシを苛め足りないわけ?」

 

 変らず酷い言いようのクロ。それでもメイは彼女を見据えたまま、視線を外さない。

 

「そうじゃない、クロ。

 身体の異常は、実は気づいていた。だからこそ助けに来た。その身体を、直してみせる」

 

「──!」

 

 俺も、クロもこの言葉に反応した。

 

 ──本当なのか、メイ? クロを助ける方法があるのか── 

 

「はは……は! ふざけないでよ。貴方なんかに、何が出来ると言うの。

 ワタシは既にもう……ここまで壊れている。……見なさい右腕だって、もう、ないのよ。なにも──出来はしないわ」

 

「──出来る。こんな事だろうと思って、クロのための修復プログラムを用意して来た」

 

 クロはそれに……言葉を詰まらせる。

 修正プログラム、そんな物を用意していたなんて──。

 

「いつの間に、用意していたのか? けれど一体……どうやって」

 

「以前クロに会った時に、同じように彼女に苦痛と、異常がある事を私は知った。

 ヒナタの情報で形を得た情報生命体だとヒロトから聞いてもいた。そして異常の原因は、その身体を構成するヒナタのデータに拒絶反応を起こし出している……らしいと。

 ──だから復旧と修復用のプログラムも、頼んで用意して貰った」

 

 これで、クロを救う事が出来る。

 メイも彼女の事を考えて……それだけの事をしてくれた。俺も嬉しかった。

 

「……最も、理論上は可能らしいが、実際試してみないと何も言えないのは否定出来ない。

 しかし、試す価値がある」

 

 助かるかもしれないと言う、希望。クロはハンドガンを下ろしてメイの話を黙ったまま聞いていた、けれど。

 

「…………くく、っ」

 

 彼女は呆れたような笑い声を小さく口元から漏らした。

 

「そんな物、ワタシが受け入れると思うの? このまま生き続けて……どうしろと言うの。ただ無意味で、苦しいだけだわ。

 消滅した方が……ワタシの為であり、唯一の救いよ」

 

 意識が朦朧として、今にも失いそうな寸前のクロ。

 

「消えるなんて簡単に言うな。助かる命なら、助かる方が──いいはずだ。

 消滅が救いなど、悲しいだろう」

 

「うるさいわね。ワタシがこうなったのも……末路を迎えた原因は、貴方たちにも……あるわ。

 なのに、偉そうに……言わないでよ」

 

「……それは」

 

 メイは口を閉ざす。俺も……否定は出来ない、何か言える資格も、多分……。

 対してクロは、俺とメイを睨むように見て、言葉を続けた。

 

「けれど──それで満足するなら…………そうすると、いいわよ。

 ……ええ、望んでもない救いを、自己満足を満たすためにね。それに……ワタシの憎しみも、消えはしない。

 助けたら、きっと……後悔…………するわ」

 

 言葉通り……その目は救いを求めている、それではなかった。

 

「──自己満足……か」

 

 例え救ったとしても、そうかもしれない。きっと感謝なんてされない。それどころか……恨まれもするかもしれない。

 そしてクロも──限界に来たように、目を閉ざしかけてゆく。

 

「まぁ……ワタシと最後に戦ってくれた、礼だわ。

 ……クガ・ヒロト、貴方の好きなように…………任せてあげる、わよ。

 せいぜい……苦悩でも、しなさい……な」

 

 これが最後の言葉になった。瞳は完全に閉じて、クロのは意識を……完全に失った。

 

 

 

「────」

 

 何が──正解だ? 

 例え俺を憎んでいても、消えて欲しくはない……生きていて欲しい。けれどクロはそれを望まず、自分の消滅が唯一の救いだと言った。

 

 ──俺はクロを救いたい。消える事が、もしただ一つの救いだと、したら──

 

「ヒロト!」

 

 考え悩む俺だったが、メイの言葉で一瞬で我に返る。

 

「あまり考える時間は、ないみたいだぞ。……見ろ、クロの崩壊は一気に進んでいる」

 

 メイが言った通り、意識を失ったことでクロの身体は侵食と崩壊が一気に加速した。左半分の残る部分にもノイズが瞬く間に侵食し出し、黒いノイズと化した身体は崩れて消えて行く。

 

「……あと数分も持たない。どうする、ヒロト?」

 

「どうすれば……いい」

 

 何が正しいか、俺にも分からない。きっとメイもそうだ。

 

「私はクロを助ける手段を用意して来た。けれど正しいかどうかは、分からない。

 本当に消滅を望むなら、それが救いなら……止める権利は、ないかもしれない……けれど」

 

 分かっている。メイの言うように、答えは出せない。正解すらも分かりはしない。

 それでもクロの身体が崩壊するのは、待ってくれない。見る間に崩れ、壊れてゆく彼女。俺はその姿を……眺めて。

 

「……」

 

「……ヒロト?」

 

 気にかけるメイの声。

 確かに正解ははっきりと分からない。それでも、俺は一つの……答えが出た。 

 

 

「メイ、俺にも正しいかは分からない。それでも……決めた。

 俺は、クロを────」

 

 

 

 

 

 

 ────

 

 俺とクロが戦った、荒野。

 あの荒野に突き刺さったスペースコロニーの残骸も、遠くに見えて。

 

「終わったな……これで、良かったのか」

 

 俺は隣に立つ、メイに聞いた。すると優しい表情を向けてこたえてくれた。

 

「私は間違っていないと、そう思う。ヒロトの決断は悪いものではないとな」

 

「そう言ってくれると助かる。やっぱり俺の……自己満足かも、しれないけれど」

 

 

 

 

「ええ──まさに自己満足だわ、クガ・ヒロト」

 

 

 

 俺たちの後ろから、返事が返って来た。

 振り返ると、俺とメイの後ろ、その離れた場所に背中を向けて立っていたのは…………黒い巫女服を着た、ヒナタと同じ姿をした少女だった。

 

「消える事が、ワタシにとっては救いだったのよ。……それを自己満足で奪った。

 さすが、さすが。大したヒーローじゃない」

 

 それにヒナタの声で、痛烈な嫌味をこぼす彼女は、振り返って横目で俺を見た。

 

「……クロ、それが俺の答えだ。君の思いとは反するかもしれない。

 けれど、考えて良いと思った結果だ。クロも俺に判断を任せた──だから俺なりの答えを出した、君には生きて貰いたいと」

 

「……そう」

 

 クロは元の姿に、ヒナタの黒いダイバールックの姿へと元通りになっていた

 メイが用意してくれた修復プログラムの効果は十分にあった。崩れ去る寸前のクロの身体を……綺麗に元通りに直してくれた。

 

 ──メイの話ではこれで大丈夫だそうだ。拒絶反応も、これからは問題はないらしくて──

 

 きっと、プログラムを作った相手は……凄腕のプログラマーなんだろう。 

    

「生きて……ワタシに苦しめと、言うのね。憎くて堪らないクガ・ヒロトとELダイバーに生かされ、大嫌いなGBNで……ヒトの感情に苦しみ苛まれながら、生きろと。

 く……くくく、ワタシへの報復で言うなら、上出来だと思うわよ」

 

 俺に向けて言う皮肉の言葉と、表情。

 けれど、そんなつもりでクロを助けたわけではない。彼女と正面から向き合って俺は伝える。

 

「報復じゃない。俺なりに、クロを救おうとした決断だ」

 

「──」

 

「確かに、怒りと憎しみは消えないと思う。嫌いなものは嫌いで……そんな感情を抱えて生きるのも辛いものだと思う。

 けれど──だからと言って消えるのが良いなんて違うと思うし、悲しすぎる。

 生きているのは……きっと嫌な事ばかりじゃない。感情で苦しむ事があっても生きて行ける、楽しい事や嬉しい事も見つかると思う。他の救いだって、生きていればこそ、いくつもある」

 

 俺なりの真剣な言葉だ。クロは今度は、呆れたように乾いた笑いを出した。

 

「はは、は。綺麗ごと……それに、無責任だわ」

 

「──それは、そうだとも思う。俺も否定はしない」

 

 ありふれた説教みたいな言葉。もっと、良い言葉が言えればいいと思ったけれど……これくらいが限界だった。

 

「ヒロトの言葉、例え綺麗事だとしても──全てが間違ってはいないのではないか?

 大切な物を傷つけられた苦しみと絶望、それに怒りと絶望で……復讐したいと言う気持ち、どんな手段でも取り戻したいと言う思いも。それだってヒトだからこその感情だ。

 けれど、そうした苦しみがあるのは……何かを強く愛して、想うからこそだ。だからこそ……本当に負の感情ばかりじゃない、心から喜ぶ事だって、嬉しく思う事……良い心もしっかりとあるのだと」

 

 続けて話すメイ。クロは彼女にも鋭い眼差しを向けて、敵意を返す。

 

「……よく言うわ。ELダイバーがヒトを……語らないでよ」

 

「私の言葉ではない。今の言葉は、私の頼みで修正プログラムを用意してくれた──シバ・ツカサが言っていた言葉だ」

 

 ──シバ・ツカサ、二年前の第一次有志連合の時に戦った、あの──

 

 俺も名前は知っていた。彼が、クロのために修復プログラムを用意してくれたのか。

 

「彼も同じだ。……大切な居場所を、思い出をGBNに奪われて、かつて復讐しようともした事もあった。

 だから私が事情を話した時も理解してくれた。クロの事も……強く気にかけて救おうとしてくれた」

 

「ワタシ……を? 関係、ないのに」

 

「クロの苦しみはシバのそれとはまた少し違うとは思う、でも……気持ちはきっと私やヒロト以上に分かってくれていた、だからこそだ。

 自分が消えれば良いと言ったな。けれどシバはあの修復プログラムを懸命に作ってくれた……数日間も徹夜して一刻でも早く出来るように、救えるようにと。

 恐らくは一番の理解者足りえる相手だ、その気持ちも──否定するのか?」

 

「…………」

 

 クロは押し黙った。先ほどのような嫌味や敵意もなく、真剣に思い考えるような様子で……俯いて。

 それから、ようやく。

 

「……尊重するわ。ワタシの為にプログラムを作ってくれた彼の想いも、ちゃんと。それにメイとクガ・ヒロト、それを使って救おうとした……決断も。

 けれど、ね──」

 

 彼女は真剣に、真っすぐな瞳を……憎悪の感情とともに俺と、メイに向けた。

 

 

「でも、忘れてないわよねぇ。ワタシは貴方達を……決して許したりは、するものか。

 ねぇ、クガ・ヒロト。さっきはああ言ったからと言って調子に乗っていないわよね。ほんの僅かだけ、気まぐれで希望を認めたに過ぎない。

 もしも……気が変わったら、いつまたこの世界や、貴方達に牙を向けるわよ。遠慮なんて────するものか」

 

 ……もちろん分かっている。でも、だからここそ。

 

「分かっている。もしその時には、そうしてもくれても構わない」

 

 

 

「クガ……ヒロト、本気?」

 

 ああ、当然だ。全て受け入れた上で俺は、クロを助ける事を選んだ。

 

「さっきの言葉の続きだ。クロは俺に綺麗事で無責任だと、そう言った。

 ──けれど俺も考えないで、君を助けたわけではないから」

 

 俺を見据える彼女に、ちゃんと……伝える。 

 

「未練はないわけではないと、言ったのなら──見届けて欲しい。

 ヒナタの幸福を望んでいるなら、これからだって……ちゃんと見ていて欲しいと。それだって生きていればこそ出来ると思う。ヒナタにとって俺は誰よりも大切な人で、俺にとっても、きっと誰よりも」

 

「……貴方、は」

 

「君が願ったように、ヒナタの事は──俺が必ず愛し続けるし、幸せにする。

 だからこれからも見届けて貰いたい……その上で期待外れで、また裏切ったと思った時にはいつでも構わない。──好きなようにすればいい」

 

 俺もクロを真っすぐに見返して、

 

「見届けて、ねぇ…………」

 

 両目を閉じて、深く考え直すような彼女。

 きっと難しい事かもしれない。それでも……軽く息をついた後、俺に言った。

 

「──ええ。ならそうさせて……もらうわよ。

 そうであって欲しいと──願っているわ」

 

 それからまた背を向けて、クロは一言……告げた。

 

「……ムカイ・ヒナタの事、本当に幸せに……しなさいよ。

 でないと……きっと」

 

 ──当然だ。迷う事なく俺は言う。

 

「もちろんだ。ヒナタは俺が──この先も、必ず」

 

 

 

 荒野にはクロが自ら用意した、一機の黒色のコアファイターがある。……機体のデータもどこかで手に入れたんだろう。

 彼女は黙ったままコックピットに乗り込むと、俺とメイに一瞥をくれる。

 

「メイ、それにクガ・ヒロト。これでサヨナラね。

 せいぜいするわ……けどせめて、礼くらいは言ってあげる」

 

 告げた別れの言葉。メイは軽く微笑みを向けて、それから返事を返す。

 

「これからどうするか、なんて聞くのは野暮だろうな。けれど……達者でいてくれ、クロ」

 

「まぁ、適当に生きて行くわよ。

 それとメイ、シバ・ツカサにも……感謝していると伝えて欲しいわ」

 

「分かった。シバには今度、私の方から礼を伝えておくとも」

 

 それからクロは俺にも話す。

 

「クガ・ヒロト。あの話は、ゆめゆめ忘れないことね。もしムカイ・ヒナタを悲しませる事があれば──その時には。

 ……ワタシは見ているわよ」

 

 彼女の言葉。……分かっている、俺も。

 

「──もちろん。俺は必ず、ヒナタを悲しませたりはしない。

 それに……クロ」

 

「……何かしら?」

 

 分かれる前に、少し言いたい事があった。気になる様子のクロに、俺はこう……話した。

 

「その、さ。様子を見るにしても……これからは直接、会いに来ても全然構わない。

 きっとヒナタも、喜んでくれると思う。だから──いつでも、俺も歓迎するから」  

 やっぱり、出来るものならそうしたいと、俺も思った。

 彼女はその言葉に、俺を見据えたまま……考えているみたいで。けれど、すっと何事も無かったように視線を外して、クロは素っ気なく一言だけ返す。

 

「考えて……おくわ」

 

 そしてそのままハッチを閉ざした。

 クロが乗るコアファイターはすぐに飛び立ち、空の向こうへと──消えた。

 

 

 

 

「──」

 

 飛び去った空を、俺はまだ眺めたままだった。

 

「これで、本当の決着だな。……いや、正確には一区切りとも言えるか」

 

 メイからの言葉。俺は頷いてこたえる。

 

「そうかもしれない。分かり合えたと言うのは違う、クロが言ったように憎しみは無くならない、許すことも……ないかもしれない」

 

 そう言う話ではないのは、よく分かっている。クロとは仲良くなれたわけではない。きっと、本当は今でも憎んでいると思う……けれど。

 

「それでも──悲しい結末にならずに済んだ。俺が言えた義理ではないかもしれない、だけど……クロが良い方向に進めそうで良かったと、そう思う」

 

「……だな」

 

 何もかもが解決したわけではない、それでも、たった僅かでも良くなった事があるのなら。

 ……俺も、メイも。決して悪くはない決着だと──そう思えた。

 

 




これで彼女との決着も。
そして次回で、完全な最終話に。……よろしければ。

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