無のセカイの一匹狼と音を奏でる者たち   作:ユリゼン

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#12 探し求めるもの

 朝比奈まふゆは元を正せば、ごく普通の少女だった。勉強ができて、運動もできて、容姿も整っているという非の打ち所がないものであったが、それでもごく普通の少女だった。

 

 

 しかしいつからだろうか、まふゆを取り巻く周囲は変わっていった。

 両親はまふゆに自分勝手な夢を押し付け、クラスメイト達は無責任に頼り、先生達は過度な期待を寄せる。そしてまふゆもまたそれに応えるために『優等生』を演じ続けた。

 

 そして『自分』を押し殺し『偽りの自分』を演じ続けた結果、まふゆは『本当の自分』がわからなくなってしまった。

 

 何が好きで何が嫌いだったのか。

 将来は何になりたかったのか。

 自分は何をしたかったのか。

 

 今まで普通だと思っていたことが、当たり前だったことが何もわからなくなってしまったのだ。

 

 本当の自分がわからなくなってしまったまふゆは『自分自身』を見つけるために曲を作り始める。その過程で『25時、ナイトコードで。』のメンバーや『誰もいないセカイ』と関わるようになった。それでも『自分自身』を見つけることはできなかった。

 

 

 

 そんなある日のこと。

 ニーゴのKこと奏が『人形展を観に行かないか?』と誘ってきた。まふゆはどちらでもよかったのだが、他のメンバーが行くつもりだったので、まふゆも行くことにした。

 そして人形展に訪れたとき、そこで思わぬ再会があった。

 

 それは幼馴染みである宵崎天音との再会だった。彼女は他の人達とは違って『まふゆ自身』を見てくれていた。皆が『医者が向いている』という中、天音だけは『看護師が似合う』と言ってくれた。近くにゲームセンターが新しくできたとき、皆が『優等生は部活や勉強で忙しくて遊ぶ時間なんて無い』と思っているのに対し、天音は『一緒に遊びに行こうよ』と誘ってくれた。

 

 勝手な想像を押し付けてこず、ありのままの自分を受け入れてくれていた幼馴染みの少女の存在は、まふゆにとって唯一の救いであった。

 

 

 

 …………しかし、再会した幼馴染みは変わっていた。

 以前の明るく天真爛漫だった彼女の面影はどこにもなく、空っぽになった体の中に負の感情がこれでもかと詰め込まれているような感じだった。

 

 そんな彼女を見てまふゆが感じたことはただ一つ。

 

 

 

 ────()()

 

 

 

 そう、恐い。

 何が恐いのかまではわからないが、それでもまふゆには今の天音が『得体の知れないナニカ』のように見えてしまうのだ。

 

 誰に対しても、ニーゴのメンバーに対してもそう感じなかったのに。

 

 (……私が探してるものを、天音ちゃんが持っている?)

 

 『そんな馬鹿な』と思う一方で、『もしかしたら』と思う自分もいる。

 しかし、どうすればいいのかわからない。どうすれば天音が持っているかもしれない『何か』を知ることができるのかわからない。

 そもそもなぜ自分は彼女に対してここまで思うのか? 他の人物、『まふゆを救える曲をいつか必ず作ってみせる』といった奏に対してもそこまで思わないというのに。

 

 

 そんなことを疑問に思っていると、不意にスマホにメールの着信音が響く。

 画面を見てみると、差出人は天音からだった。

 本文にはただ一言だけ書いてあった。

 

 

 ────『姉さんのことをお願い』、と。

 

 

 「天音ちゃん………」

 

 メールの本文を見たまふゆはつぶやく。

 人形展では奏のことをあれだけ拒絶していたのに、実際は奏のことを心配している。随分と会わないうちに不器用になってしまったらしい。

 

 (私にできることは────)

 

 ナイトコードにログインするまでの間、まふゆは天音に対してできることを考え実行に移すことにした。

 

 

………

……

 

 

 因縁の姉と再会した人形展から数日後、天音の心中は未だに穏やかではなかった。

 

 奏は最後に会った時と姿は全く変わっていなかった。おそらく中学校を卒業した後もずっと引き籠もって曲を作り続けていたのだろう。そう考えれば同い年なのに中学生の時と同じ見た目なのも頷ける。

 

 (………ちゃんとご飯食べてるのかな?)

 

 そう思った直後、自嘲するように鼻で笑う。

 何をアイツのことを心配しているんだ。私はアイツに拒絶され、拒絶した。今更アイツを心配するなど、いくらなんでも虫が良すぎる。

 

 (………私はアイツのことはどうでもいいし、アイツも私のことはどうでもいい。だからそれでいい)

 

 それでいい………はずなのに、何故だろう? 天音の心が落ち着くことはない。それどころか胃まで痛くなってきた。もしかしたら荒れているのかもしれない。ここ最近ストレスが溜まるようなことばかりだったし。

 

 

 

 『天音、大丈夫?』

 

 授業を受ける気が起きなかったので屋上でサボっていると、ミクが心配するように聞いてくる。天音は苦笑いしながら口を開いた。

 

 「……大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 『ううん。天音はいつも一人で全部抱え込んじゃうから』

 

 事実その通りなので、天音はミクの言葉に何も言い返せない。

 天音は他人が抱え込んでいるものをうまいこと聞き出すことはあっても、自分が抱え込んでいるものを他人に打ち明けることはない。『無のセカイ』の住人であるミクに対してもだ。

 これは単に天音が『他人に心配させたくない』という想いから来ているのだが、天音の場合はそれが行き過ぎて『己の弱さを見せてはいけない』という強迫観念に陥っているため、他人に弱音を吐くことができないのだ。

 

 (ほんと、めんどくさい)

 

 他人の想いは聞き出すくせに、自分の想いは語らない。そんな自分のことを天音は心底辟易している。

 これが自分の想いを素直に吐き出すことができたらどれだけ楽なことだろうか。

 

 (本当に、なんてめんどくさい女)

 

 思わずため息が溢れる。

 こんな調子だから授業を受けたところでまともに頭に入ることなどないので、今日一日はサボらせてもらうことにする。普段ならこういう時に曲を作るのだが、さすがに今日はやる気が起きない。

 

 そんなわけで天音は何をするわけでもなく、ただ屋上で仰向けに寝転がる。その途中でミクが天音の頭を持ち上げて膝枕してくるが、天音はミクの好きなようにさせる。

 そのうちいつの間にか眠ってしまったらしく、気がついたら下校の時間となっていた。

 

 (帰るか)

 

 起き上がった天音は教室に戻り、自分の鞄を手に取る。

 そして校舎を出て校門に向かって歩いていると、校門の前に予想外な人物が立っていた。

 

 「………まふゆちゃん?」

 「あ、天音ちゃん!」

 

 そこには羽女から離れた場所にある宮女に通う幼馴染みの朝比奈まふゆが立っていた。

 まふゆは天音の姿を見つけるなり、空虚な笑みを浮かべて手を振ってくる。しかし天音は気づかないフリをしてまふゆのそばに歩み寄る。

 

 「なんでここにいるの?」

 「天音ちゃんに会いたくて来ちゃった」

 「会いたくて来ちゃったって………宮女の帰りからわざわざ来なくたって連絡くれれば予定作ったのに」

 「うーん、急に会いたくなっちゃったから。………それとも、迷惑だった?」

 

 そう聞いてくるまふゆの表情はさらに空虚なものになる。しかし天音は怖気付くことなく口を開いた。

 

 「……迷惑だなんてこれっぽっちも思ってないよ。『珍しいな』って思っただけ」

 「……そうなの。よかった」

 「それよりもこんなところで立ち話もアレだから、近くのカフェにでも行こうか」

 「わかった」

 

 天音の言葉にまふゆが頷く。

 そのまま天音はまふゆを連れ、商店街にある羽沢の実家であるカフェ『羽沢珈琲店』にやってきた。

 

 「いらっしゃいませー。あ、宵崎先輩。ここに来るなんて珍しいですね」

 「中学校の同級生がわざわざ羽女まで足を運んできて、そのままお茶しようってなったわけ」

 「そうでしたか。じゃあ席まで案内しますね」

 

 そう言って羽沢は天音とまふゆを一番角のテーブル席に案内する。

 

 「ご注文は何にしますか?」

 「私はいつもの」

 「……じゃあ、私は天音ちゃんと同じものを貰おうかな」

 「わかりました、少々お待ち下さい!」

 

 そう言って羽沢はカウンターに移動し、天音とまふゆがが頼んだコーヒーを淹れる。そしておぼんに載せて天音とまふゆのところまで持ってきた。

 

 「それでは、ごゆっくり」

 

 そう言って羽沢は天音達の元から離れていく。

 羽沢の姿が見えなくなったところで、天音は早速コーヒーを一口飲む。それに合わせてまふゆも一口飲んだ。

 

 「美味しいね、このコーヒー」

 「……まあね。私のお気に入りの一つだから」

 

 まふゆの感想に天音はそう返す。

 その後二人は無言でコーヒーをちびちびと飲んでいたが、天音はコーヒーカップを置いて口を開いた。

 

 

 「……まふゆちゃん。単刀直入に聞くけどさ、まふゆちゃんって()()()()()()()()()()?」

 「────」

 

 

 天音のその言葉にまふゆの動きがピタリと止まる。しかし天音は気にすることなく続けた。

 

 「私がいつも頼むコーヒーってね、特別にとんでもなく甘くしてもらってるの。どんな甘党でも『甘っ』って一言目に言うくらいにね」

 「…………」

 「でもまふゆちゃんは一言目に『美味しい』って言った。その時点でまふゆちゃんは私と同じくらいの甘党か、味がわからないかの二つに絞られる」

 

 天音の言葉をまふゆは一言も発することなく聞き続ける。

 

 しかし、確実にその仮面は剥がれてきていた。

 

 「でも私が覚えてる限りではまふゆちゃんは甘党じゃなかった。だからまふゆちゃんは味がわからない味覚障害になってるんじゃないかって思ったわけ」

 「………よくわかったね。それだけのことで」

 

 天音の言葉についにまふゆがそう返す。しかしその表情は、その声は何処までも虚無で空っぽだった。おそらくこれが今の素の彼女なのだろう。

 

 「三年も一緒にいたし、人間観察は得意な方だから」

 「そう……」

 

 天音の言葉にまふゆは興味なさそうにそう返してくる。まあ気にしていないが。

 

 「それよりも今日はなんで私に会いに来たの?」

 「……天音ちゃんに会えば、私に無い何かがわかるかもと思って」

 

 天音の問いにまふゆがそう返し語り始める。

 

 周囲の人間に勝手な理想と期待を押し付けられ続けたこと。

 それに対して自分も『優等生』を演じ続け自分を抑え続けたこと。

 そしていつしか『自分自身』がわからなくなってしまったこと。

 

 「────だから私は私を探してるの」

 「それで、その探してるものが私にあるかもと思って会いに来たわけ、と」

 「うん。天音ちゃんは他の人達とは違ったから」

 

 『他の人達とは違った』………おそらくそれは奏達のことも含まれているのだろう。

 まふゆが天音の何に惹かれたのかは知らないが、それに応えられるようなことは何もしていないし、かといって何かをするつもりもない。

 

 「……まあ、好きにしなよ。私から何かを見つけるのはまふゆちゃんの自由だから」

 「うん、そうする」

 

 天音の言葉にまふゆがそう返してくる。

 

 

 その後二人は特に会話をするわけでもなく、静かに残りのコーヒーを嗜むのだった。

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