無のセカイの一匹狼と音を奏でる者たち   作:ユリゼン

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#15 夢を持つもの、夢を捨てたもの

 「天音ちゃん、ちょっといいかな?」

 

 今日一日も終わり家に帰ろうと教室を出た時、隣のクラスの氷川妹が声をかけてきた。こいつが声をかけてくる時は大抵ろくでもないことが起こる。

 

 「ちょっとー、何で嫌そうな顔をするのー?」

 

 氷川妹が頬を膨らませながらそう言ってくる。どうやら顔に出てしまっていたらしい。

 

 「アレがアレでアレだから、早く家に帰らなきゃいけないんだけど」

 「そっか。じゃあ今は暇だね」

 

 おかしい。何故実際何の予定も無くて暇だということがバレたのだろう? 氷川妹は超能力者か何かか?

 

 冗談はさておき、本当に天音に一体何の用なのだろうか?

 

 「なに? 面倒ごとだったらお断りなんだけど」

 「大したことじゃないよ。あのね彩ちゃん……あ、パスパレの丸山彩ちゃんが一度天音ちゃんとお話してみたいんだって」

 「何でさ? 私と彼女は知り合いでも何でもないんだけど?」

 

 天音が今言った通り、丸山彩とは何の関係も接点もない。なので彼女が天音と話したいことはおろか、天音のことを知っていることすらあり得ないのだ。

 

 「えっとね、この前パスパレの皆に天音ちゃんのことを話したんだぁ」

 「ねえ、何勝手に私のこと話してるの?」

 

 アレか? 自分にはプライバシーも何も無いのか?

 

 「………はぁ、まあいいや。それで何で丸山さんは私と話をしてみたいってなったの?」

 「ほら、天音ちゃんっていろいろできるじゃん? 特に音楽系のこととか。それで彩ちゃんが話をしてみたくなったんだって」

 「話してみたいねぇ………」

 

 天音としては話すことなんて何も無いし、そもそも音楽に関わった経緯が少々特殊である。

 そんな天音と話をして一体何を得ることができるというのだろうか? 気になるっちゃ気になるが、正直あまり乗り気ではない。

 

 (とはいえ、ここで断ったところでまた『話をしたい』って言ってくることだろうし………)

 

 少しばかり考えた末、ため息と共に口を開く。

 

 「………『こっちはいつでもいい』って言っといて」

 「ありがとう、天音ちゃん。場所とか決まったらまた連絡するね」

 

 そう言って立ち去る氷川妹。その後ろ姿にもう一度ため息を吐いてから、天音も家に帰るためにその場から立ち去っていった。

 

 

………

……

 

 

 あっという間に時間は過ぎていき、丸山さんと会うことになった土曜日の午後13時。天音は会う場所に羽沢珈琲店に決め、現在端っこのテーブル席で手持ち無沙汰にスマホをいじりながら待っていた。

 

 (そろそろ来る頃か?)

 

 そんなことを思っていると、ドアのベルが澄んだ音を鳴らす。

 視線を向ければ、そこにはベージュのワンピースを来たピンクの髪の女の人。あのライブで盛大にテンパってたやつだ。彼女が丸山さんなのだろう。

 丸山さんと思わしき女性は少し店内を見回し、天音と目が合うとそのまま近づいてきた。

 

 「えっと、あなたが宵崎さん……で合ってますか?」

 「ええ、そうですよ。そういうあなたが丸山彩さんですね?」

 「はい、よろしくお願いします」

 

 天音の言葉にペコリとお辞儀する丸山さん。印象としては見たまんまどこか天然っぽいというかふわふわしているといった感じだろうか。感じ的には上原に近い。

 

 「立ち話もアレなので、どうぞおかけください」

 

 そう言って丸山さんを席に着くように促し、自分も席に座り直す。

 

 「何を飲みますか?」

 「うーん、コーヒーかな。ここに来るのも初めてだし。…あ、ケーキもあるんだね」

 

 とりあえずつぐみに丸山さんの分のコーヒーとショートケーキ、そしていつもの甘ったるいコーヒーを頼む。

 余談だが、ここのケーキは一部上原が監修しているのだとか。あいつは一体何処へ向かっているんだ?

 

 「それで、氷川妹を通してまで他校生である私と何の話をしたいんですか?」

 「日菜ちゃんが教えてくれたんだけど、宵崎さんって特に音楽に関することはなんでもできるんですよね?」

 「ええまあ。といっても今となっては無用の長物ですがね」

 

 丸山さんの言葉に肩を竦めながらそう返す。奏のために身に付けたものである以上、奏が必要としなければ自分にとっては無用の長物だ。

 

 「無用の長物……?」

 「ええ。私が音楽を始めた理由は自分のためではなく、ある人のために始めました。でもその人は私の音楽を必要としなかった。その時点で私の音楽は無用の長物となった、それだけのことです」

 

 そう話してからつぐみが持ってきてくれた特製コーヒーを飲む。いつもは甘ったるいが、こういう時だけ苦く感じるのは決して気のせいではないだろう。

 

 「……でも、それって悲しくないですか?」

 「悲しい、ですか……」

 

 丸山さんの言葉に天音はふむと考え込む。

 そして少し考えてから口を開いた。

 

 「………確かに普通ならそう思うのかもしれませんね。でも私は考えるのも億劫となってしまったので、今となってはどうでもいいことなんです」

 

 天音は少し間を空けてから口を開いた。

 

 「丸山さんには何か夢があるんですか?」

 「はい。『どんな人でも、努力をすれば報われる』っていうことを皆に伝えたいんです」

 「そうですか。それは素晴らしいことです。………ならどうかその夢を捨てないでください。私が言うのも何ですが、芸能界とは皆が思っているほど綺麗なものではありません。私の知り合いでも理想と現実の違いに打ちのめされて辞めていった子がいますから」

 「ありがとうございます。でも私は大丈夫です。絶対に諦めたりなんてしませんから」

 

 天音の言葉に笑顔でそう返してくる丸山さん。今のを見る限り問題はないだろう。現にあんなことがあったにもかかわらず、今もこうしてアイドルを続けているのだから。

 

 「………余計なお節介でしたね。まあでも、何か悩み事ができたら誰かに話すことをおすすめします。そのための友人や仲間ですから」

 「わかりました。宵崎さんも何かあったら私達を頼ってください」

 「………そうですね。気が向いたらそうします。では私はこれで」

 

 そう言って席を立ち、自分の分だけの代金をテーブルの上に置いて店を出る。

 

 「………フン、どの口が言うんだか」

 

 天音は自らを蔑むようにつぶやくが、その言葉は誰の耳にも届かず吸い込まれるように消えていった。

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