湊がこのセカイに迷い込み天音のギターの演奏を聞いた後、二人は並んでオブジェクトに腰掛けていた。
『これ、よかったら』
ミクがコーヒーの入ったコーヒーカップを渡してくる。どうやら現実世界に戻って淹れてきたらしい。
「ん、ありがと」
「ありがとうございます」
天音と湊はそれぞれコーヒーカップを受け取り、コーヒーを口にする。
「……甘いわね」
「あなたが甘党であるのを知ってるからね」
「ミクさんって普段からあなたと一緒にいるの?」
「いるよ。私以外には姿が見えてないけど」
「そうなの………」
天音の言葉に軽く驚く湊。そりゃこのセカイで初めて会うはずの人物が実は普段からすぐ近くにいましたなんて言われたら驚くに決まってる。
「まあこのセカイに関わった以上、これからはあなたにもミクの姿が見えるだろうけど、あまり気にしなくていいから」
「わ、わかったわ」
そこで会話は途切れ、再びコーヒーをたしなむ天音と湊。
しばらく無言が続くが、不意に湊が口を開いた。
「………宵崎さん、このセカイって何なの?」
「……ミクからはどう聞いてる?」
「『セカイを創り出した人が『本当の想い』に気づくための場所』という風には聞いてるけど」
どうやら大まかな話は聞かされているらしい。
天音はコーヒーカップに視線を落としながら口を開いた。
「……このセカイについて話をするなら、まずは私の身の上話をしなきゃいけない」
「宵崎さんの……?」
湊が不思議そうにこちらを見てくるが、天音は気にすることなく淡々と話し始めた。
「私には双子の姉がいる。姉は昔から音楽を作るのが上手くて、よく私も一緒に音楽を作っては父に聴いてもらっていた」
「………」
「父はそこそこの作曲家でね。ある時CMソングのコンペに応募する曲を作ってたんだけど煮詰まってたみたいでね、姉と私は『今作っている曲を少し聴かせたい』と頭に浮かんだものを打ち込んでアレンジしてみせた。それを聴いた父は深い感銘を受けて曲作りが捗り、完成したその曲はコンペを通った。特に評価が高かった姉と私の作ったフレーズがCMに使われる事になった」
「それは………良かったのかしら………」
「少なくともその時は良かったのかもしれない。でも評価されたのは姉と私が作ったところであって、父が作った曲ではない。多分それがストレスになったんだろうね…………ある日、父が部屋で倒れてるところを私達は見つけてしまった」
「ッ!!」
湊が驚いた表情になる。しかし天音は気にすることなくコーヒーカップの縁を撫でながら話を続けた。
「幸い脳や体には異常は無かったけど、『脳に強いストレスがかかっており、記憶が混濁した状態のまま治らないかもしれない』ということは聞かされた」
「そんな………」
「そこから私達姉妹はおかしくなった。姉は『誰か幸せにする曲を作り続けなければならない』、『誰かを救える曲を作り続けなければならない』と学校にも行かなくなり、部屋に引き籠っては一日中曲を作り続けるようになった。私も姉の力になりたくて、暇を見つけては出来ること全てを身に付けた」
「! それって………」
湊が何故天音が『なんでも出来る天才なのか?』という真実に気づく。
それに対し天音は頷いた。
「そう、全ては姉のために身につけたもの。………でも、姉は私には見向きもせず、代わりに顔も知らないネット上の人物達と曲を作るようになった。誰もその正体を知らない、25時と共に動き出す、正体不明の音楽サークルとして」
「………まさか」
ここまで聞いた湊も気づいたらしく、顔を青ざめさせる。
そんな湊に天音は告げた。
「『25時、ナイトコードで。』……姉さんが立ち上げた音楽サークルさ」
「………ッ!!」
「結局、私は父を傷つけた上に姉からも必要とはされなかった。それどころか『私に付き纏わないで!』と拒絶される始末さ」
天音の言葉に湊は顔を青ざめさせたまま言葉を失っている。
それもそうだろう。自分の時間を犠牲にしてまで姉の力になろうとしたのに、その姉から拒絶されてしまったのだ。
天音は自嘲気味に笑いながら口を開く。
「………結局得られたものは『失った時間』だけで、身につけたもの全ては『無用の長物』と化した。本当に気が狂いそうだったよ」
「…………」
「それで最初の話に戻るけど、このセカイは私の『想い』に起因してできている。私の想い、即ち『全てが無意味だった』という想い。名付けるなら────」
──────無のセカイ。
何もかもが無意味で無価値、何も存在しないセカイ。
「つまりこのセカイは本当の想いに気がついたところで『何もできない』という真実を教えてくれるセカイなのさ」
そう言って話し終える天音。少しトラウマを自ら抉ったので胸糞が悪い気分である。
一方の湊はというとあまりにも残酷で救いようのない真実に言葉を失っているらしく、呆然としていた。まあこんな重苦しい話なんて誰も想像できないだろう。
一気に話したので口が乾いていた天音は、残りのコーヒーを飲み干す。
同じコーヒーのはずなのに、先ほどよりも苦く感じた。
………
……
…
無のセカイについて話し終えた後、天音とミクと湊の三人は現実世界へと戻ってきた。
しかし三人の間に流れる空気は重苦しいものとなっている。まああんな話を聞けば誰だってそうなるだろう。当の本人である天音と無のセカイの住人であるミクは全く気にしていないが。
「湊、あなたにはRoseliaという大切な仲間がいる。一人で抱え込まずに皆に相談しなさい。そうしないと私みたいになるから」
天音はそう忠告する。
湊はどう思っているかわからないが、少なくとも天音は湊のことを友人と思っている。そんな彼女が自分と同じようになってほしくないと思うのは自然だ。
「……ええ、ありがとう。宵崎さんも何かあったら私達を頼って」
「気が向いたらね」
肩を竦めながらそう返すと、湊はまだぎこちないが笑みを浮かべる。
そして思い出したように口を開いた。
「ああ、それと」
「?」
「私はあなたのことを諦めたわけじゃないから。いつか絶対にあなたをRoseliaの六人目のメンバーとして迎えるから、覚悟しておきなさい」
どうやら天音をRoseliaに引き入れることをまだ諦めていないらしい。その想いに呆れるべきか尊敬するべきか。
────しかし悪い気はしない。
天音はフッと笑って言った。
「やれるもんならやってみなさい。私は私のためだけにしか動かないから」
そう言って天音は教室から出ていく。
周囲に誰もいなくなったところでミクが口を開いた。
『良い人だね。天音のことを想ってくれてる』
「無愛想だけど、他人を見下してるわけじゃないからね」
『もしかしたら天音のことを救ってくれるかも』
その言葉に歩いていた足がピタリと止まる。
「……さあね。期待しないでおくよ。傷つくのはもう懲り懲りだから」
一瞬抱いた淡い感情を捨て、天音は再び歩き出したのだった。
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BAD END