無のセカイの一匹狼と音を奏でる者たち   作:ユリゼン

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#5 偽りのライブ

 「天音ちゃーん!」

 

 学校も終わり天音がいつも通りCiRCLEでバイトがてら受付でスマホを弄っていると、天音を呼ぶ声と共に一人の少女が勢いよく入ってくる。

 アイスグリーンのショートカットに黄緑の瞳の元気溌剌のこの少女は『氷川 日菜』。Roseliaのギター担当である氷川紗夜の双子の妹であり、天音の同級生である。あと超が付くほどの変人である。

 

 日菜がCiRCLEの中に入ってきたのを見て、天音は思わず顔を顰めてしまう。

 正直天音は日菜のことが大の苦手だ。何せ天音と違って彼女は()()()()()なのだ。天音が自分の全てを犠牲にして得た努力型の天才なら、彼女はたった一目で覚えてしまう生粋の天才だ。それ故に彼女は努力する人の気持ちがわからず、トラブルに発展することが多い。天音もまた彼女とは一時険悪な時があった。といっても天音が一方的に敵意を剥き出しにしていただけなのだが。

 

 そんな彼女がこのライブハウスに一体何の用なのだろうか?

 

 「氷川妹か。用が無いなら帰れ。私は見ての通りバイト中だ」

 「スマホ弄ってるだけじゃん」

 「受付という立派な仕事をしてるから」

 

 氷川妹の率直な言葉に天音は屁理屈で返す。しかし氷川妹は全く気にした様子もなく、足取り軽く受付まで歩み寄ってきた。

 

 「そんなことより聞いてよ。あたしね、アイドルになったんだ」

 「へぇ、良かったじゃん。何てアイドル?」

 「えーっと、『Pastel*Palettes』っていうアイドルバンド。オーディションなんとなく受けたら受かっちゃった」

 

 さらっととんでもないことを言う氷川妹。他のオーディションを受けた人達が聞いたら間違いなく怒りの声が飛び交うことだろう。

 

 「それで? わざわざそんなことを伝えるためにここに来たわけ?」

 「ううん、違うよ。今度ライブやることになったから、天音ちゃんを誘いに来たんだ」

 「はぁ?」

 

 氷川妹の言葉に思わずそんな声を出してしまう天音。氷川妹の言葉が正しければ、そのパステルなんとかは結成して間もないにもかかわらず初ライブを行うということになる。

 

 それがどれだけ愚かなことなのかわからないのだろうか?

 

 「気が向いたら行く」

 「それ絶対に来ないでしょ」

 

 チッ、バレたか。このままうやむやにして行くの止めようと思ってたのに。

 

 「はぁ……わかったよ。行けばいいんでしょ行けば。それで、他に誰か行くことになってるの?」

 「天音ちゃんにしか話してないから、今のところは天音ちゃんだけだよ。あ、でもおねーちゃんを誘ってくれたらるるるんっってするなぁ!」

 「るるるんってするのね」

 

 この擬音は氷川妹の『想い』を表しているらしい。まあほとんど理解できていないが。

 

 何はともあれとりあえず氷川姉を誘ってその怪しいライブに行けばいいらしい。正直不安しかないが。

 

 「わかったよ。氷川姉を誘ってライブに行くから、とっとと帰れ」

 「約束だからねー」

 

 そう言って氷川妹はCiRCLEから出ていく。

 氷川妹の姿が見えなくなったところで天音は一度ため息を吐くと、忘れないうちに氷川姉に連絡する。何故連絡先を知っているかって? 湊によって強制的に入れられたからだこのやろう。

 

 ラインでメッセージを送れば、すぐに了承の返信が返ってくる。そして集合場所として近場の駅まで指定された。随分とまあ生真面目なことで。

 

 そのメッセージに了承の返信をして天音はスマホを閉じる。そして人目を盗んで惰眠を貪るのだった。

 

 

………

……

 

 

 あっという間に日にちは過ぎてしまい、ついに来てしまったパステルなんとかのライブ当日。

 天音は財布という最低限の荷物だけを持って家を出る。服装は黒のTシャツに同じく黒のスカート、そして黒のパーカーと全身黒づくめで、パーカーのフードの部分は長い髪が出せれるように細工している。

 

 そんなわけで氷川姉に指定された駅の広場に到着する。

 周囲を見回して氷川姉の姿を探すと、ベンチに座っているところを発見する。しかしそのそばにはどういうわけかいかにもチャラそうな男の姿が。どうやらナンパされているらしい。

 

 「少しくらい付き合ってくれてもいいじゃないですかー」

 「結構です。人を待ってるので」

 「でも、その人来てないんでしょ?」

 「まだ時間になってませんから」

 「そんな人ほっといてさー、俺と遊びに行こうよ。奢るからさー」

 「いい加減にして下さい」

 「えー、でもさー」

 

 氷川姉は断っているにもかかわらず、チャラ男はめげることなく食い下がる。そのメンタルを他に向ければ有意義なのに。

 

 めんどくさそうにため息を吐いた天音は氷川姉に近づき声をかける。

 

 「氷川姉」

 「宵崎さんですか。5分遅刻ですよ」

 「ちゃんと来たからいいじゃん」

 「おっ、これまたカワイイ子。待ち合わせってお友達だったんだー。ねね、そっちの子も俺と遊ばない?」

 

 チャラ男は今度は天音に標的を変えて声をかけてくる。誰にでも声をかけるとか見境なさすぎだろ。脳味噌お花畑なのだろうか?

 

 「悪いけど興味無いし、私の好みじゃないから。氷川姉、行くよ」

 「ええ」

 

 天音はチャラ男に容赦なく言葉を浴びせると、そのまま氷川姉を引き連れてその場から立ち去る。後ろから何やら罵声のようなものが聞こえてくるが、所詮はその程度の人間だったというだけなので全く気にすることはない。

 

 天音と氷川姉はそのまま駅の中に入り、電車に乗り込む。パステルなんとかのライブ会場はここから3つほど離れた場所らしい。

 

 「あなたのような人でもナンパされるんだね」

 「言い方にトゲがあるのはさておき、普段はありませんよ。今日はたまたま運が悪かっただけです。そういう宵崎さんはどうなのですか?」

 「こんな性格の悪いネクラに声をかける物好きがいると思う?」

 

 自嘲気味にそう聞けば返す言葉が思いつかないのか、氷川姉は複雑そうな表情になる。やめて、そんな哀れむような目で見ないで。

 

 「………そういうわけだから、私がナンパされたことは皆無である」

 

 これ以上は心が保ちそうになかったので、早々に結論を出す。まあナンパされたいなんてこれっぽっちも思っていないが。

 

 

 そんなこんなで電車に揺られて数分。大した会話も無くあっという間にライブ会場に到着してしまう。

 

 「着いたね。まだ時間もあるし、昼ご飯でも食べる?」

 「そうですね。そうしましょう」

 「じゃあ適当に入るか」

 

 そう言って歩き出す天音と氷川姉。

 しばらく歩いたところで、氷川姉が立ち止まる。その視線の先には全国チェーン店のハンバーガーショップが。

 

 「あそこがいいの?」

 「!? い、いえ、そういうわけでは!」

 

 天音の言葉に氷川姉は否定するも、耳は赤い上に今もチラチラとハンバーガーショップを見ている。誰がどう見てもわかりやすい反応である。

 

 「いいよ。あそこにしようか」

 「え、ええ。宵崎さんがどうしてもと言うならあそこにしましょう」

 「なんで私が行きたいみたいになってるのさ?」

 

 氷川姉の無理矢理すぎる言葉に呆れつつ、天音は氷川姉と共にハンバーガーショップの中に入る。そしてそこでハンバーガーを食べて腹を軽く満たし、ライブ会場の中へと入った。

 

 

 そこで少しの間待ち、ついにライブが始まる。

 事前に聞いた話によれば氷川妹のいるパステルなんとかは新規のアイドルユニットであり、今回は事務所のイベントにパステルなんとかが参加している形となっているらしい。なのでパステルなんとかの番が来るまでの間に見たことがあるような無いような歌手やグループが曲を披露していった。

 

 名実ともにトップを誇る有名なグループの演奏は胸に響くような力強さがあったし、或いはボーカルはすごいのにベースが下手、ギターとドラムはすごいのにボーカルがイマイチ、なんてグループもあった。まあ今回はあくまで観客なので、演奏のあれこれに口出しをするつもりはない。

 そしてついにパステルなんとかの番が回ってきた。

 

 『続きまして、最新アイドルバンド『Pastel*Palettes』の登場です! このステージで初披露となる彼女たちを、どうぞご覧下さい!』

 

 「皆さん、初めまして! 私たち、『Pastel*Palettes』です! 縮めて『パスパレ』って呼んでください! 私達を知ってもらうために、まずは一曲聞いてください、『しゅわりん☆どり~みん』!」

 

 司会に続きMCと思われるピンク色の髪をツインテールに結んだ少女が言い終わると同時に歌が始まる。

 

 「────は? 冗談でしょ?」

 

 しかしその歌を聴いた瞬間、天音は言葉を失う。

 

 MCの少女は確かに口を開いている。しかしそれだけだ。

 ギターとベース、キーボードは確かに楽器を弾いている。しかしそれだけだ。

 

 詰まるところ、このパステルなんとかは()()()()()()()()()

 別にエアバンド自体悪いことではない。パフォーマンスを重視し敢えてエアバンドで活動するグループもいるが、この場合はエアバンドであることを隠しあたかもプロのグループと偽っているのだから始末に負えない。

 

 「……日菜のギターじゃないですね。生演奏じゃないのでしょうか?」

 「多分アレはドラム以外全部エアだと思う。音と指の動きが合ってないし、息遣いも声を出してるものじゃない」

 

 氷川姉もすぐに気づいたらしく、眉を顰める。しかし周囲の観客はエアバンドであることに気がついている様子はなく、音楽が進むに連れて熱狂に包まれていく。

 

 そして曲の一周目が終わり、二周目のサビに入ろうとした時────それは起こった。

 

 突然プツリという音が聞こえたかと思うと音楽が鳴り止み、パステルなんとかのメンバーの手が止まる。

 

 「機材トラブルか」

 「あまり良い気はしませんね」

 

 口パクだ、だの演奏はどうした、だのと状況を理解した観客達が野次を飛ばし始め、会場の空気が一転してしまった。氷川姉も苦い顔をしている。

 

 「皆さんごめんなさい。機材のトラブルで演奏が出来なくなってしまいました。私たちは今後もライブをやっていく予定なので、もしよければ是非遊びに来て下さい。『Pastel*Palettes』でした!」

 

 ベースを担当していた若手女優の『白鷺 千聖(しらさぎ ちさと)』が機転を利かせて口パクを誤魔化そうとしたようだが、もう遅い。会場全体が状況を理解して、『Pastel*Palettes』に反感を持ち始めている。

 

 「……帰ろうか」

 「……そうですね」

 

 様々な野次が飛び交う中、天音と氷川姉は言葉少なく会場を後にした。

 

 

………

……

 

 

 「ごめんね天音ちゃん、おねーちゃん。せっかく来てくれたのに」

 

 ライブが最悪な形で終わった後、上手いこと抜け出してきたであろう氷川妹が駅前で天音達と合流する。その表情は彼女にしては珍しく申し訳なさそうであった。

 

 「気にしなくていいわ。あなたが悪いわけじゃないんだし。それにこうして誘ってくれたことだけでも嬉しいのよ」

 「おねーちゃん……!」

 

 微笑みながらそう言う氷川姉に氷川妹は感動したような表情になる。以前はこの二人の間にも確執があったというのに、どうやらそれを乗り越えることができたらしい。

 

 (私も姉さんと────)

 

 そこまで思ってその考えを否定する。何はどうあれ、自分はあいつに拒絶された。だから羽丘に一人でやってきたのだ。

 

 「まあ、あなたが悪いわけじゃないよ。大方事務所が『エアバンドでやれ』とかなんとか言ったんでしょ? ならあなた達は何も悪くない」

 「天音ちゃん……!」

 

 気分が沈んだのを気取られるまえにそう言い放てば、氷川妹はまたしても感動したような表情になる。そんな大したことは言ってないはずなのだが。

 

 「あーあ、パスパレどうしようかなぁ?」

 「もう少し続けてみたら? せっかく始めたんだし」

 「宵崎さんの言う通りよ。もしかしたら立ち直るかもしれないし」

 「うーん、二人がそう言うならもうちょっと続けてみようかな。でも誰かが辞めたら、あたしも辞めるね」

 「そこは氷川妹が決めればいいさ」

 

 これでパステルなんとかがすぐに解散することはないだろう。もしかしたら『セカイ』に関わることになるかもしれないが、その時はそこのミクに任せることにしよう。見ず知らずの人の手助けをするほど天音は優しい人間じゃない。

 

 「じゃあ帰ろうか。明日からまた学校だし」

 「その前にせっかくだから、今日は皆で夜ご飯を食べていこうよ!」

 「もう日菜ったら……すみません、宵崎さん」

 「いいよ、気にしないで。それじゃあその辺のファミレスで食べるか」

 

 そう言って天音は氷川姉妹と共にファミレスへと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 ────仲の良い姉妹の姿を見て心にチクリと小さな痛みが走ったが、天音は気付かないフリをしたのだった。

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