ようこそ実力至上主義の奉仕部へ 作:モーブラゼロ
勉強会が始動してから一週間が経過した。勉強会初日の件については三人から色々と問い詰められたが、櫛田の携帯が無くなっている事に気付いた彼女らは俺が何かをした事が分かったらしく、詳細についてはそれ以上尋ねられなかった。雪ノ下も少し微笑んでいる。…まぁ、また一人でやったのかと詰問はされたが。
録音データは櫛田との取り引きで"携帯側"は削除した。その代わり、ボイスレコーダーは自室の下着入れの下に隠してある。櫛田は仮面を被る二面性がある為、未だ何をするかは分からない。あの夜にかなり闇を取り払う事は出来たと自負してはいるのだが、やはり不安だ。
さて、堀北の考えた勉強プランは須藤たちに無事マッチしたらしい。彼らは少しずつ、着実に知識を付けていった。既に中学レベルの問題ならば、難なく解ける程度には成長している。
今日も彼らは昼休みの時間を図書室での勉強会に当てていた。全員机にノートと教科書を広げ、各々目の前の問題に意識を集中させていた。
ちなみに昨日けやきモールで堀北は今までずっと伸ばしていた髪をバッサリと切った為、事情を知らないクラスメイトはこれまた随分と驚いていた。やはり少し残念な気はするものの、彼女の意志であれば止めはしない。あ、ショートカット堀北は中々可愛かったです。雪ノ下がブツブツ何かを言っていたのは気のせいだな。
さて現在は地理では時事問題(教科書には載っていない)が出題される事を堀北から告げられた事でしょげている彼らを元気付けるため、櫛田が帰納法についての問題を出題していた。
「…じゃあ私から皆に問題ね!帰納法を考えたのは誰でしょうか?」
池達は皆一様に首を捻った。…由比ヶ浜はただの屍のようだ。また今日はオキタニエルが居ない。天使欠乏症である。
「えーっと......さっき授業で習ったやつだよな?」
池がシャーペンを回しながら思考する。
「あぁアレだ。アレ。なんかスゲェ腹の減る名前だった気がすんだけど。」
「フラン…フランシスコなんちゃらだった気がする…。」
「いや、ザビエルみたいな名前だった気がするぜ。」
三人は朧げながらも覚えているみたいだが、明確な答えは出てこない。
「あ、フランシス・ベーコン。じゃね?」
池がようやく思い出したのか、導き出した答えを櫛田に言った。
「正解っ!」
「うっし! これで満点確実だな!」
「…いや、全然だろ…。」
流石に突っ込ませてもらう。綾小路も何処か呆れているようだ。
「おい、ちょっとは静かにしろよ。ぎゃーぎゃー煩ぇな。」
思いの外声が大きかったのか、隣の机で勉強していた生徒の一人が文句を言ってきた。
「お? あぁ悪い悪い、ちょっと煩かったよな。問題が解けて嬉しくてな!帰納法を考えたのはフランシス・ベーコンなんだぜ? 覚えておいて損はないからな~!」
注意されていても池はヘラヘラと笑いながらそう言った。しかし、その発言に何か引っかかったのか、文句を言ってきた生徒の片眉が上がった。…不味い、トラブルの予感がするぞ。
「あ? お前ら、ひょっとしてDクラスの生徒か?」
そう言うと、彼と一緒に勉強していたであろう仲間達が一斉に顔を上げて、皆一様に池を始めとするDクラスの面々をジロジロと見ている。どこか嘲笑しているようだ。そんな目で見られれば良い気がするわけもなく、須藤は不機嫌そうに口調を強張らせた。
「んだよ、俺らがDクラスだから何だってんだよ。なんか文句あんのか?」
「いや別に? 文句はねぇよ。俺はCクラスの山脇だ。よろしくな。」
山脇という生徒は須藤たちを見回した。
「ただなんつーか、この学校が実力でクラス分けしてくれて良かったなってな。お前らみたいな底辺と一緒に勉強させられたらたまんねーからなぁ。」
「なんだと!」
真っ先に怒りを露わにしたのは言わずもがな血気盛んな須藤。しかし山脇はヘラヘラとした態度を崩さない。
「本当のことを言っただけで怒んなよ。もし校内で暴力行為なんて起こしたら、どれだけポイントに響くか。おっと、お前らは無くすポイントもないんだっけか!じゃあ退学になるかもなぁ?」
「上等だ、かかって来いよ!」
須藤は完全に火が点いているのか、大声を張り上げて立ち上がる。周りからの注目を集まっているのを感じる。このまま取っ組み合いにでもなれば、教師の耳に入ることは明白だし、監視カメラもあるだろうから須藤が罰せられる事は確定だ。
「須藤、声がデカい。あと、暴力は止めろ。」
「っ!ヒキタニ…でもよ!コイツは!」
俺に窘められ一瞬黙ろうとする須藤だが、馬鹿にされたことがよほど頭に来ているのか中々矛を収めない。
「残念ながら彼の言う通りよ。ここで騒ぎを起こせばどうなるか分からない。最悪の場合退学だってありえることだと思った方がいいわ。抑えなさい。」
「堀北…。」.
須藤が惚れている堀北が止めに入った事でようやく須藤は落ち着く。…だがここには人一倍プライドの高い人間が二人も居るんだよなぁ…。
「それから……私たちのことを悪く言うのは構わないけれど、貴方もCクラスでしょう? 正直、自慢できるようなクラスではないと思うのだけれど。」
「CからAクラスなんて誤差みたいなもんだ。お前らDクラスは別次元だけどな。」
「随分と不便な物差しを使っているのね。私から見ればAクラス以外は団子状態よ。」
堀北のその言葉に、山脇の表情が変わる。
「1ポイントも持ってない不良品の分際で、生意気言うじゃねぇか。美人だからって何でも許されると思うなよ?」
「貴方に褒められてもなにも嬉しくないわね。それにーーー」
堀北が目配せをする。送った先は…。
「貴方はさっきCからAクラスなんて誤差だと言ったけれど、CクラスとAクラスの間に何ポイント差があると思っているのかしら?Aクラスが940、そして貴方達Cクラスは490。差にして450ポイントよ。対して、私達DクラスとCクラスとの差は490。Aクラスに対して誤差だと言うのなら……私達は貴方たちCクラスと誤差ということになるわよ?」
我が部長である雪ノ下だ。その挑発に山脇は顔を真っ赤にしながら、相手が女子である事も忘れて思いっきり立ち上がる。しかし、同席しているCクラスの生徒は慌てて彼を止め始める。
「おい、よせって。俺たちから仕掛けたなんて広まったらやばいぞ。」
山脇はその制止の声にようやく冷静になると、再びニヤッと笑みを浮かべる。そして、
「今度のテスト、お前らから赤点で一体何人退学者が出るか楽しみだぜ。」
「残念だけど、Dクラスからは退学者は出さないわ。それに私たちの心配をする前に自分たちのクラスを心配したらどうかしら。」
堀北の発言を聞いたCクラスの面々は皆一様に噴き出した。
「俺たちは赤点を取らないために勉強してるんじゃねぇ。より良い点数取るために勉強してんだ。お前らと一緒にすんな。大体お前らフランシス・ベーコンだとか言って喜んでるが正気か?テスト範囲外のところを勉強して何になんだ?」
「え?」
堀北が珍しく呆気ない声を出す。山脇はそれを聞きつつ、さらに煽り出した。
「もしかしてテスト範囲もロクに分かってないのか?これだから不良品はよ〜!」
「テメェ、大人しくしてりゃいい気になりやがって!」
我慢の限界を迎えたのか、須藤は再び立ち上がって山脇に詰め寄ると胸倉を掴み上げた。
「おいおい、暴力振るう気か?マイナス食らうぞ?いいのか?」
「こちとら、元から減るポイントなんざねぇんだよ!」
まさに売り言葉に買い言葉。須藤が腕を引いて殴り飛ばす動作に入る。制止の声がかけられるより前に、須藤の拳が山脇の顔面に突き刺さる………筈だった。
「オラァァァ〜ッ!アッ!?」
俺は須藤の足を引っ掛けて床に転ばす。バランスを崩し床にストンと落ちた須藤は、数秒間何が起きたか分からない様子だったが、山脇から手を離すと、
「何すんだよ!ヒキタニ!オイッ!」
錯乱したのか、それとも邪魔をした自分に腹を立てたのか、今度は俺へと殴り掛かってくる。
これなら、他クラスへの暴力ではなくなる。仮に俺が怪我を負っても軽い処分で済むだろう。俺は視界の外側から感じる"四つ"の悲しそうな目線を無視しつつ、ゆっくりとそして静かに目を閉じた。
「はい、ストップストップ!」
パッと目を開くと、一人の女生徒が須藤の腕を取り、俺が殴られる事を防いでいた。
「い、一之瀬…。」
正面で震えている山脇は女生徒とは知り合いなのか、名前を呼んで狼狽える。てか、喧嘩する気無かったのかよ。とんだチキンだな。
「これ以上ここで騒ぐなら、学校に報告しなきゃいけないけど、それでもいいの?」
「わ、悪い、そんなつもりはないんだよ。ちょっとふざけてただけで、ハハッ。」
冷や汗を流しながら無理やりスマイルをしている山脇。先程の暴力未遂を間近で見たせいか、少しずつ後退りしていた。
「や、山脇、もう行こうぜ。」
「だ、だな。これ以上こんなところにいたら馬鹿が感染っちまう。」
仲間に促されたことで臆病山脇は図書室を足早に出て行ってしまった。須藤は何故か固まっている。
「君達もちょっと挑発しすぎだよ?やりすぎはダメっ!」
女生徒はDクラスにも苦言を呈した。先に挑発してきたのがCクラスの方とはいえ、大声で騒いだりしていた事から少しは非があると感じたようだ。
「…そうだな。迷惑かけてすまん。」
本当は池に謝って欲しいのだが、現在喧嘩の怖さから気絶している為代理として謝罪した。
「うん! 素直に謝れて偉い偉い!それに君は止めようとしてくれたしね!」
謝罪を受け取った女生徒は笑顔で頷いた。やっぱり可愛い。養殖では無く天然物だと本能的に分かった。……ガン飛ばすの止めようね?雪ノ下。後、何故か堀北と櫛田。にしても、この女子どこかで見たような…。
「迷惑かけてごめんね帆波ちゃん。」
「ううん、気にしないで!」
櫛田が一同を代表して改めて女生徒に対して謝罪した。当の女生徒もさして気にしていないのか、その謝罪を受け取った。名前は帆波と言うらしい。その様子からは二人が親しい仲であることが伺える。というか櫛田少しブラックな空気出しているのはなんだ…?
「知り合いか?」
今まで空気だった綾小路が櫛田にそう尋ねる。櫛田はニッコリとしながら頷く。
「うん、Bクラスの一之瀬帆波ちゃん。」
一之瀬と聞いて、部活を申請しに行った日の事を思い出す。雪ノ下も記憶を掘り返しているようだ。確か彼女は白波という生徒を庇って、保健室まで運んできていたような覚えがある。先程の仲介からしても、正義感がかなり強いようだ。
「よろしくねっ!」
櫛田に紹介され、一之瀬は綾小路にそう言ってニッコリとする。
「あー、綾小路清隆だ。よろしく。」
「うん、よろしくね綾小路君っ!」
綾小路が名乗ると一之瀬は満足そうに頷いた。人当たりの良い物腰の柔らかさから、クラスでも彼女が人気であることが容易に察せられた。
「…一之瀬、一つ聞いてもいいか?」
「なにかな?」
「中間テストの範囲、教えてくれないか?」
俺がそう聞くと、Dクラスの面々は先のCクラスの奴らが言っていた事を思い出した。
「そ、そうだよ!さっきアイツらテスト範囲が違うって……。」
「…まさかテスト範囲が変わったという事かしら?」
雪ノ下はある可能性に行き着いたらしい。堀北もその言葉に頷いている。それはテスト範囲の変更。一般的な学校でもままあることだが、ことこの学校においてそれは重大な問題だ。なにせ退学がかかっているテストなのだから。しかし、俺達は記憶を遡っても担任である茶柱先生からテスト範囲の変更などという事柄は伝えられていないということに気づいた。偶然なのか、それとも故意なのか。茶柱先生に大きな不信感を抱き、先生への八幡ポイントは0となった。
…話を戻せば。どちらにせよそれはDクラスにはその情報が出回っていないという事実を指し示していた。
「うん、確かにちょっと前にテスト範囲は変わったよ?うちのクラスでも星之宮先生がホームルームの時に言ってたし…。」
一之瀬が肯定したことで、池と山内と須藤は愕然としていた。まぁ驚いているのは彼らだけではない。雪ノ下と堀北、綾小路、櫛田もまた目を見開いていた。…由比ヶ浜はまだ撃沈していた。
…俺は胸ポケットを一瞬触ると、皆に呼びかけた。
「おい、まだ職員室に行く時間はある。茶柱先生に確認とるぞ。」
皆は同意すると慌てて教科書やノートを片づける。
「由比ヶ浜。起きろ。」
お団子にパンチすると、ものすごい勢いで起き上がってきた。
「やめてぇぇぅ…え?ヒ、ヒッキー?あれ、あたしたいーー」
「おい、早く行くぞ。」
「え?あっ、うん。……分かった。」
由比ヶ浜の様子が少し気になったが今は確認が先だ。
一之瀬に礼を言った後、一行は荷物を適当に詰め込み図書室を出ると職員室へ向かって駆け出す。
走りながら沈黙していた隠れた実力者こと、綾小路の見解を聞いてみる。
「綾小路、お前はどう思う?」
「…学校側がDクラスにだけ情報を伝えなかったか、あるいは先生が意図的に情報を止めていたか。可能性としては後者だと俺は思う。どちらにしても、その真意を聞きに行かないとだけどな。」
「…だな。とりあえず急ぐぞ。」
綾小路も同意見である事に若干安堵した後、集団の少し後ろから俺達は追いかける。
いつもは明るい廊下が
やけに長く、そして暗く感じた。
はい、今回はかなり難産で「ようこそ人間賛歌の楽園へ」をかなり参考にしています。やはり決まったイベントの描写はどこまで描くかという点で、かなり難しいですね。本当は堀北兄イベントまで行くつもりでしたが、未だにあのやり方を反射的に行なってしまう八幡を描いてみました。次回は堀北兄が登場する予定です!ではまた。