ようこそ実力至上主義の奉仕部へ 作:モーブラゼロ
「……ふむ。ああ、そういえば、テスト範囲は先週の金曜日に変更になったんだった。すまないな、お前らに伝えるのを失念していたようだ。これが新しいテスト範囲だ。堀北のおかげでミスが分かった。みんなも感謝するように、以上。」
職員室に駆け込んだDクラスの面々は、他の教師の視線も顧みず、担任である茶柱先生のデスクに押し掛け、事情を問い詰めた。一同を代表して堀北がテスト範囲が変更されたか否かついて尋ねると、先生はあっさりとそれを認めた。しかも、伝え忘れていたとなんでもない事のように言い放ったのだ。……まぁ、当然そんな説明で納得できるはずもなく、池や山内は何度も不満を漏らしていたし、須藤も口を開かないものの眉を潜めて不機嫌さを押し出していた。
堀北を含め皆がその場に立ち尽くす中、動いたのは雪ノ下だった。
「櫛田さん、比企谷君。今すぐ教室に行って範囲の変更を伝えてきて。堀北さんは私と一緒に次の授業は休んで計画の練り直しよ。由比ヶ浜さん、須藤君達は授業を今日は絶対に受ける事。良いわね?」
恐らく試験勉強の計画は基本堀北に一任していたのだろうが、緊急事態だからなのか、卒業会ぶりに雪ノ下が命令に近い指示を出した。俺と櫛田は一瞬顔を見合わせると、弾かれたように職員室を飛び出す。後ろから続いて指示を出す雪ノ下の声が聞こえるが、断ち切るようにして教室へと走り出した。
途中、見覚えのある茶髪の二人組の少女達とすれ違う。
彼女らから声を掛けられたような気がするが、今はそれどころではないとして階段を駆け上がった。1年Dクラスの前に着くと、二人で少し息を整えてから扉を思いっきり開け放った。
「うぉっ!?お前たちどうしたんだ!?」
「櫛田さん!?どうしたの!?」
「…ヒキタニ君、どうしたのかな?」
息を荒くして顔が強張っている俺と櫛田を見て次々と心配する声が掛かる。…俺を心配してくれるのは嬉しいな。比企谷だけど。
櫛田が先に口を開いた。
「中間テストの範囲が変わっていたの!さっき、堀北さん達と先生に確認しに行ったらうっかり伝え忘れていたって!」
「「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!?」」」
「他のクラスでは数日前に既に告知されていたらしい。うちのクラスだけだ、伝えられていなかったのは。」
「なんてことだ!」
「茶柱先生サイテー!」
「俺達…回避できるのか…?」
次々と怒号や悲鳴が飛び交っている。平田や櫛田が収めようとしているが、無理そうだな。
俺は机に突っ伏しつつ、茶柱先生を絶対許さないノートに書き記す事を誓った。
その日の夜。今日は勉強計画の見直しのためか、雪ノ下、由比ヶ浜、堀北の三人はいずれも自室には居なかった。理性の爆発を抑えられる喜びと一抹の寂しさを感じた俺は、数学の勉強中に珍しくブラックコーヒーが飲みたいと思い下まで降りた。さっさと自販機で購入し帰ろうと思ったが、夜風がかなり気持ち良かったため、コーヒーを飲みながら寮の周りを適当に散歩をしていた。
10分ほど歩き寮に戻ろうと思い引き返すと、道の途中で物陰に隠れている綾小路を発見した。かと思うと綾小路は走り出し、その先に二人の影へと近づく。よく目を凝らせばそれは堀北と入学式の時に見た生徒会長だった。どうやら綾小路は二人の諍いを止めに行ったらしい。
興味を持ったので、恐る恐る近づいていると突如綾小路を生徒会長が襲い始めた。会長は所謂暴力的なドSというやつかもしれんな。さて、流石にこれは駄目だと思いつつ、ステルスヒッキーを発動して気配を殺しながら近づく。彼の動きが一瞬止まったのに合わせて背後から、そして……
「おらっ!!」
思いっきり生徒会長の息子を下から蹴り上げた。
「!?ぐっ……!」
急所にクリーンヒットさせられた生徒会長は、うめき声をあげながらその場に蹲み込んだ。
「な、なんだ、お前は……。全く気づけなかった……。」
生徒会長が恨めしそうな目で俺に問いかける。俺は問いかけを無視し、男子生徒に向けて言い放つ。
「俺の友人を傷つけようとする奴は誰であっても許さない。それが友人の兄であっても、生徒会長であってもな。」
生徒会長…もとい堀北会長は目を白黒させながらその言葉を聞く。
「綾小路、堀北、大丈夫か?」
「あ、ああ……。」
「…問題無いわ。」
綾小路と堀北が絶句している。まぁ、さっきまで圧倒的な力で襲ってた生徒会長が股間蹴られて蹲っていたらそうもなるか。携帯を取り出して教師を呼び出そうとしたところ、痛みが少しは治まったのか、堀北会長が俺の方へ振り返った。
理由はわからないが生徒会長が暴力を振るうとはショックだな。……いや、堀北の話で殴った話があったな。もしかしてそのつもりでか?
「まさか俺が気配に気づけないとはな。」
「とりあえず星乃宮先生に報告していいですか?」
どうして星乃宮先生かというと、一つは公平な教師である事。もう一つは無理やり連絡先を登録した事の仕返しだ。深夜に呼び出して困らせてやろう。
「好きにしろ。ただここに監視カメラはないぞ。」
「証人が三人もいれば問題ない筈です。観念してお縄についてください。」
「い、いや比企谷…?俺は一発も殴られてないから、それに面倒くさそうだし、先生に言わないでくれると助かる。」
「私からもお願い……。このことは誰にも言わないで……。」
綾小路は面倒事を嫌い、堀北は兄が捕まるのが怖かったか。まぁしょうがない。
「なるほど、堀北はドSなバイオレンスお兄ちゃんが大好きなんだな。」
「ち、ちょっと変な事言わないでくれるかしら!」
分かるぞ。堀北。というか会長こんだけ思われてるんだからちゃんと優しくしてやれよぉ。
「…鈴音、お前に友達が居たとはな。正直驚いた。」
俺と堀北が友達?堀北会長は何を言ってるんだ。そんな薄っぺらい関係性なら無い方がマシだ。
「綾小路君はともかく、比企谷君は違います。彼は友達なんかじゃなく、友人です。」
「……何が違うんだ?」
そりゃそうなるか。というか堀北は相当雪ノ下に毒されてるな。
堀北はまるで自分で考えろと言わんばかりに兄の言葉を無視した。会長が目をこれでもかというくらい見開いて、耳を傾けているが堀北は何も言葉を発しない。
「…まあ、いい。…鈴音、良い顔になったな。それからお前達。綾小路と比企谷と言ったか。恐らくお前らのおかげだろう。礼を言う。」
そう言って彼は頭を下げる。綾小路が困惑しているようだ。
「そこの二人が居れば、Dクラスはより一層面白くなるかもしれんな。」
そのまま生徒会長は俺たちの横を通り過ぎて去ろうとした。だが、
「堀北会長。連絡先を交換して下さい。」
「比企谷?…理由を言え。」
「口止め料金くらい欲しいんすよね。」
「…分かった、携帯を貸せ。後綾小路も。」
俺と困惑し続けている綾小路が会長と連絡先を交換する。
そこには50万ポイントが送金されていた。
「失礼する。」
そして、会長は暗闇の中へと消えていった。
……股間を抑えながら。
俺の部屋で綾小路と堀北から事情を聞いた。最初、会長は髪型には驚いたものの、成長していないと感じたらしくあの時と同じように暴力を振るおうとしたらしい。だが、俺が到着した時に堀北は変化後の雰囲気に戻ったようだ。…綾小路がピアノと書道のコンクールだの言い始めた話しは傑作だったな。堀北がさも可笑しそうに話し、綾小路が膨れっ面をしていた。
その後、夜も遅いという事で早々と綾小路と堀北を帰らせた俺は、胸元からある物を取り出すと、パソコンで作業を開始した。
二日後の朝。Cクラスのクラスポイントが10ポイントマイナスされた事がホームルームで報告された。
時間はいくらあっても足りない。
そう意識すればするほど
人間は時間の流れを速く感じる。
範囲変更を告げられたあの日から、堀北と雪ノ下は全力で新たなカリキュラムを組み、三バカと由比ヶ浜を教えていた。由比ヶ浜は受験で培った学力で赤点どころか小テストでの平均点を超える教科も出てきていたが、須藤の英語を始め、三バカは未だに不安要素が残っていた。
気づけば、中間テストは明日に迫っている。皆が切羽詰まり緊迫感が教室を埋め尽くす中、ホームルーム終了直後に櫛田が立ち上がって言った。
「みんな、帰る前にちょっと話を聞いてもらえないかな。」
櫛田の声は教室内全体に通り、帰ろうとしていた者も全員立ち止まる。
「みんな、明日に向けてすっごく頑張って勉強したと思うんだ。それで、そのことで役に立つかもしれないの。今からプリント配るね。」
紙の束が、櫛田から各列の先頭に人数分渡されていく。
「……テスト問題? これ櫛田さんが作ったの?」
「ううん、実はこれ、中間テストの過去問なんだ。昨日知り合いの先輩からもらったの!」
櫛田の「過去問」というワードでこの試験の突破口、そして一つの予想を立てた。
「これ、使えるの?」
「うん、多分。一昨年の中間テスト、これとほとんど問題が同じなんだって。しかもこの前私たちが受けた小テスト、あれもほとんど同じ問題が去年出題されてたらしいの。だからこれを勉強したら、役に立つんじゃないかって思ったんだ!」
「うああああ! まじか! サンキュー櫛田ちゃん!!」
突然の救いの手、あるいは蜘蛛の糸。しかも問題が毎年の同じという偶然。一応なんらかの解決方法がある事は茶柱先生のこの言葉で分かっていた。
「ただ、私はお前達が赤点を回避する事を確信している。」
そう、いつもの意味深発言である。ホントこれだから独身なんだよ。茶柱先生も。…なんか床の下から睨まれてる気がする。さて、これでフラグは回収し無事、回避方法を理解した事になる。
また、この救いの手は全員分ある上に、掴めば掴むほど有用な物になりそうだった。中にはこのプリントを抱きしめている奴までいる。…正直キモイな。『貴方も十分キモイわよ。』雪ノ下!直接脳内に!
「なーんだ。こんなのがあるんなら、今まであんなに必死で勉強する必要なかったな。」
山内がそう漏らす。…これ、配るのが早かったら油断して真面目にやらない奴が多かっただろうな。なんたる絶妙なタイミング。櫛田はこれも読みきっていたのか?…少し疑問が残るし、不審な匂いがする。
「須藤くんも、今日はこれを使って勉強してね。」
「おう、助かる。」
「これ、他のクラスには内緒にしとこうぜ!高得点とってビビらせるんだ!」
まぁ、それには賛成だ。俺には他クラスの知り合いなど一之瀬くらいしかいないので関係ないが。…言ってて悲しくなってくる。
俺はこれを使用するか迷う。散々考え抜いた挙句、雪ノ下と由比ヶ浜と話し合って決める事にした。
「お手柄ね、櫛田さん。」
「えへへ、そうかな。」
櫛田が堀北の褒め言葉に仮面の殆どない顔で返しているのを見て、ホッコリする。…しかし、あれとは別の禍々しいオーラを放ってはいるが。
「過去問を利用することは私も全く思いつかなかったことだから。それに、これを公開したタイミングを今にしたのも正解ね。もし不用意に過去問の存在をばらしていたら、テスト勉強への集中力が削がれていたかもしれないわ。」
「手に入れたのが昨日だったってだけなんだけどね。でも、もしこれと同じ問題が出されたら……。」
「ええ。それに、この期間中の勉強も無駄にはならないはずよ。あとは試験中に頭が真っ白にならないことを祈るだけね。」
堀北と櫛田が穏やかな会話をしているのを聞きながら、雪ノ下と由比ヶ浜の方を見る。どうやら由比ヶ浜も自信があるようで手をブンブンと振って来た。まるで皇族のように小さく手を振り返すと雪ノ下もまた小さく振り返す。…めちゃくちゃ可愛い。二人とも超可愛い。あの二人俺の事好きなんじゃね?いや、好きなのか?うん、まぁ可愛いからなんでもいいや。……男子のみんな殺意を向けないでくれ俺は無実だ!!
「じゃあ、私たちもそろそろ帰ろっか。」
そう言って、櫛田が帰る準備を始める。
「櫛田さん、今日まで本当に感謝しているわ。あなたがいなければ、この勉強会は成立していなかった。」
「そんな、気にしないでいいよ。Dクラスで上のクラス、できるなら、Aクラスを目指したいって私も思ってるから。」
「そう。……櫛田さん、あなたに1つ、確認しておかなければいけないことがあるわ。」
「確認?」
帰り支度を終え、教室から出ようとしていた櫛田が立ち止まる。いつの間にか近づいていた雪ノ下と由比ヶ浜も真剣な表情で見守っている。
「ええ。あなたがAクラスを目指すために力を貸してくれるというなら、必要なことよ。比企谷君、綾小路君がいるこの場でね。」
次の瞬間、ど直球な言葉が投げられる。
「あなた、私のことが嫌いよね?」
「……どうして?」
「そう感じるから、ただの勘に過ぎないけれど……間違ってる?」
「あはは、困ったな……。」
持っていたカバンを肩に掛け直し、一瞬黒い顔を覗かせた後、櫛田はまっすぐに言い放った。
「ううん。大好き!」
それは、美少女であるのに気持ち悪さすら感じる笑顔で。
「理由、話した方がいい?」
「え、ええ、いや、いいえ、分かったわ。……それは本気なのね…?」
困惑する堀北。固まる雪ノ下と由比ヶ浜。何が起こっているか分からない綾小路。まさか、櫛田が堀北を大好きだと言うとは誰も思わなかっただろう。以前堀北が櫛田を遠ざけていたのは、自分のことを嫌っているのにそれを表に出さずに関わってくる櫛田に不快感を感じたから、という事だった。だが、最近になってそれが不思議な事に消え失せ、代わりに違うオーラを纏うようになった。恐らく堀北は新しい仮面を付けたと考えたのだろう。
だが、それは間違いだ。それを知っているのは俺と櫛田本人だけ。
彼女はバイバイとこれまた凄い笑顔で言った後、帰って行く。はっとして、堀北達は機械的に帰り支度を急いだ。
俺はそれを横目にあるメールを送信する。
試験は明日。教室に差し込む光が
俺達を真っ直ぐとらえていた。
はい、堀北兄回と過去問編です。堀北兄に関してはがっつり関わらせ、逆に過去問に関しては原作通りに綾小路が暗躍しています。また、櫛田の発言は本性がバレた日に言われた事が影響していますので良かったら色々推理してみてください。後、二話で中間テスト編は終わる予定です。ではまた。