ようこそ実力至上主義の奉仕部へ 作:モーブラゼロ
===side《hayato》===
4月1日。今日は総武高校の入学式だ。共働きの両親はもう出勤して居ない。ただ、式には見に来てくれるらしい。ラップされて机に用意されていた朝食を電子レンジで温めた後にゆっくりと食べる。
食べ終わった後、うがいや歯磨きをして顔を整えるとゆっくりと真新しい制服に手を通した。鞄を確認し、戸締まりをして家を出る。
これから始まる高校生活、そして1ヶ月までの中学生活を懐かしく思い、思わず空を見上げる。蒼く広がる空が何処までも続いていた。
「比企谷が総武高校に進学しない?」
中学三年生の夏、7月に入り突然陽乃さんからカフェに呼び出された俺は、唐突にその話を聞いて衝撃を受けていた。
「そうだよー。どうやらお父さんの圧力みたいだよー、そのお父さんも誰かに持ちかけられたのかもしれないけどねー。」
「でも比企谷は雪乃ちゃんや結衣たちと一緒に総武高校に行くと約束していた筈だ。確か比企谷の妹の小町ちゃんもそれに同意していたと思うんだけど…反対しなかったのかな?」
「それは分かんない。でも、あの感じだと比企谷君が口止めしてそうだねー。小町ちゃん泣くの耐えながら『何も話す事はありません。』って言ってたし。」
恐らく比企谷は雪乃ちゃんや結衣、いろはに伝わるのが嫌で小町ちゃんに口止めしたのだろう。
「あっ、でも比企谷君が何処の高校に入る予定かは鶴見先生から分かったよ。」
平塚先生は卒業パーティーを最後に離任してはいたが、彼女と親しかった家庭科の鶴見先生が奉仕部の顧問を引き継いでいた。平塚先生とは今も連絡を取り合っているようで、たまに鶴見先生から愚痴を聞いていると以前比企谷が愚痴を溢していた。
「それは…何処なんだい?」
「東京都高度育成高等学校。」
「っ!……。」
それは日本で一番優秀とされている国立高校だった。全寮制で三年間外部との連絡が取れないという欠点はあるが、進学率、就職率は共に100%と将来が約束されている。
「どうやらそこから推薦書みたいのものが来たみたいでねー、比企谷八幡を東京都高度育成高等学校に勧誘したいと。」
「………。」
「どうしてそんな物が届いたのか調べたんだけど、機密性が高くてそれ以上は無理だったんだよー。それに比企谷君がすんなり頷いてしまったから、覆す事も無理そうだね。」
「……そんな、比企谷達は、奉仕部は、三人で一つだ。大学ならともかく内部進学で一緒になれるのにどうして比企谷は…。」
「比企谷君も"選べない"んだろうなぁー。雪乃ちゃんや、ガハマちゃん、会長ちゃんが好意を向けているのに気付いてしまっていて、その全てが優劣付けられないほど心の底から大事だからこそ、壊したくない。……隼人に似ているようで全然違うよねー。ホント、雪乃ちゃんには勿体ない。」
何も言い返す事は出来なかった。
……その後、俺は自分も高度育成高校に行きたいと思った。理由は単純。彼等の今後の関係性の変化を見守りたかったのだ。変に干渉するのは止めた。ただ、彼等の行く末に純粋な興味があった。また、今となっては忌々しい『みんなの葉山隼人』を新天地で辞めたいという考えもあった。その為、俺は進路調査用紙の第一志望に高度育成高校の名を書いた。
しかし、それが認められる事は無かった。比企谷に加えて"三人"の生徒が既に高度育成高校への推薦を獲得していたのだ。担任の教師から受験しても良いが合格確率が低くなる事を告げられ、少し呆然としながら教室へと戻る。今日は職員室に進路の件で話があると言って、いつものグループメンバーに帰ってもらっていた。俺は進路調査用紙をくしゃくしゃに丸めるとゴミ箱へと投げた。見事入って少しだけ気分が良くなりそのまま帰宅した。
「なにこれ……。」
優美子がその紙を見つけたのは翌日の早朝の事だった……。
優美子に問い詰められた。以前内部進学すると言っていたではないかと、本当は自分が嫌で三年間連絡のつかない場所に行こうとしたのではないのかと。俺は迷った。今此処で本当の理由を言えば納得はするだろうが、優美子は今までの視線では見てくれなくなるだろうと。逆に偽の理由を話せばこの場自体は凌げるかもしれないが、何処か勘の鋭い優美子は今までより信用してくれなくなるだろうと。
そんな時に彼等の関係性が目に浮かぶ。今まで自分が一回も手にした事が無かった関係。それがただただ脳裏に焼き付いていた。
何処かで俺は彼等が羨ましかったのだ。そう素直に認める事によって、決断を下す事が出来た。
……結果として、優美子は受け入れてくれた。『みんなの葉山隼人』としての自分、『本当の葉山隼人』としての自分、その両方を。
春休みになり、優美子と俺は交際を始めた。それは昔の俺とのある意味での決別だ。
もう俺は何か揉め事が起きた時に非のない方に譲歩させる事はしない。
もう俺は誰かに問題を委ねる真似はしない。
そして、もう俺は誰かを選ぶ事によって誰かを傷つける事を厭わない。
俺は葉山隼人だ。
===side《iroha》===
先輩が総武高校に進学しない。
耳を疑った。誰よりもあの関係性を護りたいと行動してきたあの先輩が、彼女ら奉仕部と別の道を進む。正直夢みたいな話だった。
しかし雪ノ下先輩や結衣先輩達の深刻そうな表情、陽さん先輩から聞いたという話、そして進学の話に関してのみ異常な程口を閉ざすお米ちゃん。現実だと認めざるを得なかった。
カフェに集まった私達だが、その空気は重い。注文を取りに来たアルバイトの大学生が後ずさるほどだった。
雪ノ下先輩や結衣先輩は先輩に考え直してもらう事を考え付き、話し合いを持とうとしたが、お米ちゃんが黙って首を横に振る。口止めはされているがそれに納得はしていないようで、身振り手振りでなんとか伝えたい様だ。
その後色々なアイデアが出されたが、元々出来る事も少なく少ない案も、先輩の評判を極限まで落とす、署名活動をするなど実現性に乏しかった為、諦めムードが広がっていた。
雪ノ下先輩も結衣先輩も、そしてお米ちゃんも首を垂れ涙目になりながら思考を停止している。
ふと、未来の事が頭に浮かんだ。
総武高校に入って新しい奉仕部の部室を開けるがそこには一人が足りない。一人の明るい先輩が話題を振って盛り上げようとするも、何処か上の空な会話が続く。いつも少し離れた席に座っていた彼がそこには居なくて、空っぽの埃の被った椅子だけがいつか来るであろうその座り主を待って置かれている光景。
胸が張り裂けそうだ。私が会長の仕事を半ば投げて足しげく通い、入り浸ったものはこんな物じゃない。
いつか、いつの日にか、あの中に、あの関係性の中に入りたいと思ってしまった。ある冬の夕方の事だった。
ここで私が解決しなければ全てが終わる。あざといと言いながらも面倒を見てくれる事は無くなる、そして、一見強く見えるが実際はとても脆い、本当の私を見つけてくれる人はもう現れないかもしれない。もう二度と。
一つだけ方法が見つかった。だが、それは彼だけではなく他の二人とも一年間会えなくなるもの。まさに諸刃の剣だ。
でも、それがどうした。彼女達を、彼を追いかければ問題は解決する。
それに…この方法以外では先輩達の関係性が消えてしまう。
迷いは無かった。
こうして私は一歩足を踏み出した。
「雪ノ下先輩!結衣先輩!お米ちゃん!一つだけ方法があります!」
……総武中へと向かう雪ノ下家のリムジンの中で、先輩の驚いた間抜けな顔を思い出してほくそ笑む。入学式の挨拶には遅れてしまうかもしれないが知った事か。生徒会長としては失格かもしれないが、私は先輩達の方が大事だ。
恐らく先輩は向こうの学校でハーレムを築くだろう。先輩は誰かを選ぶ事が出来ない。そんな確信めいた考えが頭によぎった。ただ葉山先輩と違って、それは相手の一人一人を大切に思っているからこそだ。もしかすると、向こうでも何人か無意識に堕としてもおかしくない、そんな先輩だ。
ふと、こんな事を思った。まさかとは思うがあの先輩なら"全て"を選ぶ事もあるかもしれないと。
そんな事ある筈が無いと思いながらも否定出来ない私がそこに居た。
===side《?????》===
私達は南に委ねすぎていた。そしてその割に南や同じグループのメンバーを信用していなかったのだ。文化祭、そして体育祭。私達の結集と離別。その全てが二つの行事に詰まっている。
私達は和解した。卒業式の日にお互いが号泣しながら謝り倒した。カラオケでずっと騒いだ。昔に戻った様で楽しかった。欲を言えば、私達の勝手な恨みで疎遠になってしまった結衣も居て欲しかったくらいだった。
南の進路は内部進学では無かった。「私達がどうしてなの!」っと問い詰めると、
「……実は比企谷の事が……好きになっていたの。」
めちゃくちゃ南が可愛かった。きっかけは文化祭の行動の本当の意味を知った事らしい。たとえそれが雪ノ下さん達のためだったとしても、知った時は嬉しかったし、絶対に謝らなければいけないと思っているみたいだ。……ちなみに私達は新学年になった頃に謝っていたけど。
比企谷の進路は雪ノ下さん達がカフェで会議をしている所で偶然知ったみたいだ。その後、南は遊びもせずに一生懸命勉強をして高度育成高校に合格したらしい。
私達は三年後に再会することを誓って別れた。私達もあの時はまだ幼稚だった。だから、三年後。お互いに成長した姿で会って、中学の頃の話を笑い話にしたい。
入学式が終わった。私達二人はファミレスで南や比企谷の話をして盛り上がる。時間を忘れているとあっという間に夜になった。慌てて解散して帰宅を始める。
南や比企谷、雪ノ下さんや結衣は今頃どうしているんだろう。文化祭や体育祭での彼等の風景が思い浮かぶ。
私はひっそりと浮かんでいる月を見上げた。
===side《hachiman》===
何処かで噂をされている気がした。
何かとても大切な話を。
だが、俺には関係がない。
俺は偽善や馴れ合いは要らない。
俺が欲しいのは"本物だけだ。
だが、これだけは言わなければならない。俺は、
彼ら彼女らの行く末に幸多からんことを
願わざるを得ない、と。
葉山、一色をメインに据え、相模の取り巻きの一人をサブに番外編第一弾をお送りしました。次回の番外編は戸塚、仲町の予定です。