深き森の最奥に、再び少年はやって来た。
一切の躊躇を持ち合わせず、《神級精霊》という最高位の存在に物怖じしない気高さは、勇者と形容するに相応しい。
私に会いにやって来た。
太陽の如く、眩い笑顔を携えて。
如何なる気候もお構い無しに、退屈させまいというその一心で。
そしていつからか、私は彼に惹かれた。
そう。
────私はソラくんが好きなのだ。
Chapter01
《神級精霊》はそこにいた。
◇ ◇ ◇
「はぁあああ……ッ」
静かな森の中。巨大という形容ではまるで言い尽くせない樹木が幾重にも連なり、その隙間から漏れ出た光のカーテンが下草の全てを照らし尽くす幻想的空間の元で、熱心に声を張り上げる一人の少年の姿があった。
その少年の脇に控え、まるで子供を見守るような柔らかな目付きで緑の苔が所々についた大岩の上に跨る少女は、少年の様子を隈無く観察し漏れでる魔力の流動を観察している。
「そこです、ソラくん」
「わかりました」
指示を出した少女に、うんと一瞥のみを送って目を瞑る少年。集中力を高め、耳を研ぎ澄まし、自らに集う五感の意識を最大限にまで高め始めた。
───水は、最大の鉾であり盾である。
少女の教訓だ。ほわほわと柔和な笑みを浮かべて笑う今の様子からでは全く想像できない奥深い発想だと少年は述懐する。
だが、だからこそその意図を組み、成し遂げてやるという気概が胸の奥深くで沸き起こった。
「───魔法『
少年は告げる。
理に関わる───世界に真理に迫らんとする言葉。
太古より受け継がれし魔法という概念霊装。力の礫の存在を、魔力の粒子一つ一つを全身で感じ取り理解を深める。
───水は盾、僕を守る壁だ。
その意思を言葉にしてぶつける。
それが『詠唱』という名の概念へと昇華する。
言葉に応じるように世界が反応を示した。思い描く理想像、水が胎動し少年の前方を覆い隠すように水が溢れ、ついには絶対防壁が形成される。その水は絶対不可侵、万物を通さぬ盾。
───そう、それでいい。
少女はその魔法をみて、安堵したようにさらに笑顔を蕩けさせた。満足気な少年の元にぴょんと大岩から飛び降りて駆け寄って行く。
少年は、少女の接近を感じると作り上げていた魔法を崩しその方向へと向き直った。
「流石ですソラくん。これで水精魔法もばっちりですね」
「お陰様で。でも、まだまだですよ」
これが、少年と少女の───、
ソラと水精霊メリナの始まりの物語。
───
「今日もありがとうございます、メリナ。魔法を教えてくれて」
「いえいえ、構いませんよ。それよりもソラくんは構わないんですか? 毎日私に会いに来てくれるのは嬉しいのですが、無断で村を抜け出してきているのでしょう?」
鍛錬が終わったあと、再び定位置の大岩のてっぺんに座る水精霊メリナの姿を目で捉えながら語りかけられた言葉を聞いて僕は硬直していた。
「……や、やだなぁ。僕がそんな不良な子に見えるんですか?」
「ここ、《シスラの森》は最寄りの村である『アルビオン』から結構離れています。そう簡単に来れる場所ではないんですけどね」
「うぐ……」
「それを、成人にもなっていない14歳の子供に一人で行かせるとは到底思えないんですが……って、ソラくん? 聞いてますか?」
正論しか言わない精霊様は、本当に僕の良心を痛めつけるのが上手い様で。僕のライフはゼロに近いことをご理解頂きたい。
僕の目の前にいる少女の名前はメリナ。コバルトブルーの単色ドレスに身を包むその少女は、同じく青色の双眸と肩まで伸びるしなやかなセミロングの髪はとても印象的に映る。
しかし、ほとんど人間の様相なのに反し、彼女は人間という生物には分類されない現状がある。
「私は水精霊、それも神級精霊なんて呼ばれたりする大精霊なんですけど……やはりソラくんは敬いが足りないようですね。もう少し信仰を深めて貰ってもいいんですが」
「あまり調子に乗っているともう来ませんよ」
「……ふぇ? そ、それは困ります」
僕が脅しをかけると何故かメリナは焦って、帰る素振りを見せた僕の袖を神速の動きで追随し引き止めた。ギュッと麻で作られた簡素な服を握りしめ、上目遣いで紅潮した美しき容貌を惜しげも無く晒してくる。
「ちょ、ちょっとメリナ……近いですよ」
「そ、それじゃないとソラくんが逃げますから」
「逃げないですって、本当ですよ」
「そ、そうですかぁ? ……まぁ信じてあげますけど」
渋々と言った様子でメリナは僕の袖を解放した。
「それでメリナ。今日は上級魔法の特訓が終わったわけですけど、水精魔法って言うのはまだあるものなんですか?」
「うーん、そうですね。なんと説明したら良いか」
僕の言葉に詰まりを見せたメリナは肩に伸びた前髪を弄りながら左斜め上を見つめて思考を侍らせる。
「では、授業をしましょうか。あぁ、そんなに身構えなくても大丈夫です。簡単なものなので」
「そっか……、それでどんなこと?」
「魔法に関する難易度のことです」
僕の言及が終わると、少しの間を取ってメリナは話を始める。
「いいですか。《魔法》というのには難易度があります」
得意げな顔になり、メリナが近場にあった枝を振る。
どうやら教師の振る舞いを意識しているらしい。
「しかし練度によって魔法の出来は異なる事をソラくんは理解していると思います。一般的に『上級』とされる魔法『
練度。それは魔力最大値とは異なった観点で魔法を捉え直す必要がある。魔法を紡ぐのにかける時間、切迫した状況下で発動する魔法を選ぶ判断力。
それら全てが練度というパラメータで左右するのだ。
「質問!」
「はいどうぞ?」
メリナが手を挙げた僕にスラリと雪のような白い肌の腕を伸ばして僕を指さした。
「メリナは確か、神級精霊でしたよね。とすると、神級魔法の使い手として、具体的にはどのようなことができるんですか?」
「神級魔法はとてつもなく『詠唱』が長く、戦闘時でも簡素なものしか扱えないのが基本です。しかし、発動に見合う効果として、地形を変えうる程の威力を放つものも存在します」
「なるほど、使い分けるわけですね」
───ただ威力の高いものを選ぶではなく、その時々に見合った効果を、発動にかかる時間すら計算に織り込んでこそ一流の魔導師である……か。
僕は近くになぎ倒されていた木々を水精魔法の派生、氷結魔法『
「質問はもういいですか?」
「では、あと一つだけ。メリナは魔法がなんのためにあると思っていますか?」
「……」
僕は真面目なトーンで答えた。
僕はいささか疑問に思う。魔法ってなんだ? って考えることは何度となくあった。
疑問は尽きない。例えば、水属性初級魔法に『
近くに流れる川を見た。
あの川はなんだ? あれも『
────『
自然の川は魔法を使っていない。
超ごく稀に重力魔法っていうものもあるみたいだけど、果実は空中で離すと地面に落ちる。それは重力魔法の一種なんじゃないのか。
その疑問に陥った時、メリナは答えた。
「魔法は……大切な誰かを守るためにあります。魔法は任意に、自らの意思で世界の理に干渉し望む現状を引き起こします。川は、単一なベクトルで進むだけですが、『
メリナの答えは僕の奥深くの何かへと響いた。
守る、ため。力は守るためにあったのか。
正直僕はまだ浅い。浅いから、言葉の意味を愚直にそのままに捉えてしまうことしか出来ない。
「守るため」
「はい、そうです」
僕はメリナを見る。
僕はちっぽけな存在だ、ちっぽけだから何も出来ない。
そのあと、自らの手へと視線を落とした。
でも魔法は違った。
こんな僕でも魔法を使えた。
「僕は……魔法が使えていますか」
「ソラくんはどうやら人より魔力量が桁外れに高いようです、素質は十分にありますよ」
そっか。なら、もう決まってる。
僕が魔法を使う理由。それは───。
「メリナ、決めたよ。僕は──────」
「…………」
「────」
「…………!!」
刹那、小鳥が大空へとはばいた。
風鳴り、葉擦れの音。様々な自然の音を耳で感じながらその時を待つ。
しばらくの静寂の下。
「────いいですよ、【契約】です」
僕とメリナが結んだ協定は本来、術者と精霊の間で大きな魔術的意味合いを孕んでしまう。
だが、僕とメリナは違う。
お互いを気遣い、お互いを思うからこそ……その言葉の意味を、深く考慮して首を縦に振ったのだ。
そしてそれを、メリナは【契約】と呼んだ。