魔法も剣の才もない僕の噂が、瞬く間に王宮内に広がった。
僕が魔法を使えない事は、『
詳しい情報は、《
そして、現在。
片膝をつき左脇に剣を置く。
これは極東由来の決められた所作で、なんでも即座に抜剣し斬りかかるのに時間がかかるからだとか。
直前に教え込まれた一連の流れを丁寧に行い、頭を垂れた。
格式に則る訳は、目の前にある。
大部屋の壁側には無数の兵士。
そして最奥に坐す男は、この王国を統べる王。
「魔物の迅速な討伐、大儀であった」
「……はっ」
名は、ヘルムア・オズウェル。
鎮座するその風格は、何者より威厳があり、整った眉毛と力強い眼力は相手を萎縮させる程。
燦爛と煌めく王冠はその象徴と言える。
僕はその王への謁見を済ませている。
「貴殿は確か、例の《シスラの森》にて《神級精霊》の御力を賜った存在と聞き及んでいたが、『
「不徳の致す所です」
悔しさのあまり歯噛みする。
だが、これで屈するようではいけない。
「ですが僕は先の戦いにて大切な気がつきました」
「ほう、聞こう」
「……僕は大切な───、周囲を取り巻く「当たり前の日常」を守りたいと思えました」
それは、共に語らう仲間や大切な家族。最愛の人と時を共にする「当たり前」だ。
魔物は同情も慈悲も知らない。だから平然とその「当たり前」を略奪し、蹂躙し、暴虐の限りを尽くす。
許せなかった。
───だから僕はもう一度戦うことを決めた。
「僕は【勇者】です。そして、【勇者】である僕は責務を果たすためひとつ、貴方様に願いを叶えて頂きたく存じます」
「街を襲った魔物を食い止めし英雄が欲する願い。面白い、申してみよ」
「では────」
…………
……
時は少し前に遡る。
疲労困憊で、限りなくゼロに近い体力と霞む視界が最後に捉えた景色は《
そして次にはもう。
「また、ここか」
見知った天井が僕を出迎えた。
今回は宮廷魔導師が迅速な手解きをしてくれたお陰で起きた時には苦痛に苛まれることもなかった。
上体を起こし、周囲を確認する。
「……ん」
横には僕と同じぐらいの少女が僕と体の向きを反対にして眠りについていた。
素顔は確認出来ないので分からないが、腰ぐらいまで伸びる黒髪が実に印象的に映った。
起こしては悪い、と僕は病室を後にした。
……その時だった。
「やぁやぁ、君が例の魔物を倒したっていう未来の英雄様かい!? ボクはクリストフ。秘技【神水派】皆伝、《
「オレは秘技【神剛派】皆伝、《
ドアを開けて一秒足らず。鬼のような新歓が始まる。
二人の隊員は共に、《
本来、魔法を専門とする僕に声をかける事自体間違いのようなものなのだが。
「あぁ? クリストフ。てめぇはオレの意見に逆らうってのかよ!!?」
「なんですか、団長。こんな時だけ上司面するのが一番ウザいんでやめて下さい。この子には【神水派】の後継者となって貰う予定なので!!」
「なんだと!?」
「ボクは譲るつもりなんてこれっぽちも無いですよ!」
な、何が起こっているんだ……。
起きたばかりで頭の回転が足りないようで、男二人に詰め寄られる覚えのない僕は思考が停止していた。
一人は《
一方《
争いの源は大体わかってきた。
恐らくは剣術の違い。
《
「あの……」
「おい、てめぇはどっちを選ぶんだ!」
「キミ、分かっているよね!」
なんだよこのハーレム状態。
これが女の子ならまだ素直に喜べたのに。
まぁいい、男ならばなんの誹謗中傷も受けず、最高の結末を迎えることが出来るだろう。
「じゃ、どっちもで」
この日、僕は剣士になった。
どの道やる事のなかった僕は今後、更なる力をつけるため剣術を学ぶ必要があった。
その際剣術の違いは気にしていられないし、もっと言えば拘りを捨ててどちらの剣術も学ぶよう努力してしまえばいい。
しかしながら問題はある。
一日そこらで剣術を学べるわけもない。一方の僕は故郷を強制的に追われた身だ。
昨日聞いた話だと、村は全滅。
唯一の生存者は僕だけ。
…………。
いや、何かの間違いに違いない。
きっとどこかでみんなは生きている。
それに、深く聞いていないだけで、何か裏があるはずだ。
皆が、ユウが死ぬわけがない。
そんな訳で、帰る場所がない僕は寝泊まりする場所を確保しなくてはいけない。
それも時間の一分一秒無駄にせず、自らの力を高める最高の寝床を用意する必要が。
だから僕は王様にはこう告げた。
「この王宮に住まわせて下さい。出来れば、僕がもっと強くなるまで」
人一人居候させるのに困るほど王国の財政は苦しくない。単に難民を受けいれたと捉えれば何もおかしなことは無かった。
「そんな事でいいのか」と王は目を丸くし、ただ街を救った英雄を歓迎するのは苦ではないと僕の願いを快諾した。
謁見が終わり、用意された客室を陣取り僕はベットに横になった。
「それにしても……」
【神器】を渡したホログラムのような少女。
スナイパーライフルを振りかざし、攻撃手段を封殺した少女。
どちらも謎を残したまま僕の前から最後には消えた。
一体何者で、何が目的なのかは知らないが。
きっと僕を助けるために陰ながら動く組織が《
「───どこから僕を見ている?」
寝転がったまま片腕を上げ手を開いた。
天井の照明が目を焼いた。
刹那、
「ばっ!」
「うわっ!?」
甲高い声が僕の耳朶を震わせた。
「あははは! 驚いてる〜っ!」
「えっと君は……」
どうして僕の部屋に勝手に入ってきたのかはさておき、この声には聞き覚えがある。年相応の活発な動きと、思いやり深い王女の素質を持ち合わせた少女。
「シアちゃん、無事だったんだね。良かった」
「うん! でもソラは無理しすぎっ!」
「あー、ごめんごめん」
冗談めかして軽く笑うと意外にもシンシアは涙を目にうかべて僕の懐に突撃した。
腕を僕に腰に回し固く結んで離さない。
「怖いよ……、怖かったよ」
何がとは聞かない。
魔物が。いや、それか僕を失うのが?
自意識が高いと思われては面倒だ。でも、もしそうだとしたら。
「僕を心配してくれてありがとう」
「んっ」
しわくちゃになった顔で、シンシアは無理やり笑顔を作った。銀色の前髪が涙跡にくっつき、視界が掠れる。
僕は髪をかきあげてやり、僕からも抱き返す。
「よかった……無事で」
お姫様にこんな失礼な事はいけないと分かっているけど、でも初めて僕の手で守れた存在は特別愛おしかった。
会って間もない、なんの関係もない僕だけど。
「───僕、剣士になるよ。それで強くなって皆を守れるようになりたいな」
「うんっ」
会って以来最大の笑顔を僕にして見せた。