フェルズは目の前で剣を構える少年を見据えた。
〈
「よく来た!」と声をかけると、小さく会釈だけして準備運動を済ませる。そして、模擬対戦と称してフェルズは少年と一体一を嗾けたのだが。
「ふむ、様になっているな」
「そう、ですかね。まだ全然構えとか分からないですけど」
謙遜しているが、剣士の才は確かに存在する。
人に限らず全ての動物が行動を行う際に出す僅かな予備動作を肉眼で見切り、適切な対処を行う。
それは、剣士以前に戦闘に長けた者特有の才能だ。
もちろんそれが剣術に当てはまるもので、油断ならぬ雰囲気をその身から存分に醸し出していた。
「では、オレから行こう!」
フェルズは少年に向かって木刀を構えた。
最初に放つのは、【神剛派・壱の型《大刹》】
大上段から振るうという単純明快な技だが、【神剛派】は隙の多さに見合う威力がある。研ぎ澄まされた一撃は特に、動きを目で追えても対処し得ない迫力がある。
だからこそ、力でねじ伏せ圧倒するのも容易だ。
少年は回避を選ぶ。
当たり前だ、少年のか細い腕では到底受け止められない。
フェルズは水平に腕を引き、横薙ぎを選択。
その大胆な動きを少年は過敏に読み取り、身を屈めた。
しかしフェルズのそれはブラフ。体重を乗っけず回避を読んだ結果呼び起こした事象。
「かかったなァ!!」
右足を屈め、左足を前方につきだす。
こと戦闘において、ルールは存在しない。
まして足を使っては行けないという掟はどこにも存在しない。これは、戒めというレベルで団員の心に刻み込んだ【神剛派】の極意だ。
「……ッ」
少年は苦悶の表情を浮かべるも、両手で木刀を持ち、突き出された足に照準を合わせた。
ズシリと重い衝撃が身を襲う。
双方は互いに距離を取り、間合いを開けた。
「……冷静だな」
それは大事な事だ。致命傷さえ与えられなければチャンスはいずれやってくる。動きにどうしても甘えが生じたりブラフにひかかったりと何らかの隙を見せるその時まで、頑なに急所を外させる。
「……ふぅ」
少年は一度息を吐いた。
緊張しているらしい。腕を伝って汗が地面に落ちる。
「…… 【神剛派・壱の型】」
「ふふ」
フェルズから自然に笑みが零れた。
こうもまともに団員として努めてくれると、教えがいがあるというものだ。きっと彼は強くなる。
いずれ自分を追い抜くほどに。
風が、少年の──ソラの青髪をかきあげる。
フェルズを見据えるソラの目は、
「こい、ソラァ!」
「行きます!!!」
こうして、少年の午前の業務は終了する。
□■□
「ふぁぁ……疲れた」
初訓練は、想像以上に疲れた。
僕は更衣室の椅子にぐったりともたれかかった。
「新人、おめぇすげぇな! 上手いじゃないか!」
「だなぁ、こりゃ将来は有望だ!」
「《
「なんでもこの子が、例の巨大魔物を討伐したらしいからな!」
「え、マジかよ。ってことは【勇者】がどうってのは」
「あー、そういや同僚の中でも話題になってたっけか。あの話どこまでが本当か分かんねぇんだよなぁ……。俺一応下っ端だし」
段々と僕の話で団員達が盛り上がり始めたので僕はそそくさと輪を抜け、更衣室を出た。
更衣室は【神剛派】と【神水派】で違うらしい。
どれだけ仲が悪い事やら。
昼からは【神水派】のメンバーと顔合わせすることになっている。とりあえず今日からはこのキツい訓練ラッシュに向き合っていかなければならない。
□■□
クリストフは少年の構えに怒りを覚えた。
あれは親の顔より見た剣術。
「【神剛派】、キミはなかなか罪だな」
クリストフの白髪が揺れる。
目は怒りに猛り、持つ手に力が篭もる。
「はァァ!!」
覚え始めて一日とはいえ、なかなかの威力を発する上段切り 《大刹》を剣の腹でいなすと、身を駒のように回転し、少年の脇腹に木刀を叩きつけた。
だが。
「うァ!!」
苦し紛れに少年は足を上げ、踵で剣筋をずらすと、絶妙なタイミングで跳躍し横薙ぎを躱す。跳躍した状態から突然距離を詰めてきた。
「全く、そんな荒っぽいやり方では【神水派】は決して学ぶことは出来ないな!!」
木刀の刀身を持ち、グリップを少年に向けると、飛びかかる少年の木刀の鍔と鍔を掛け合わせ強引に中心をずらす。
「うわぁ!?」
予想外の反撃に、頭から地面に飛び込む。
寸前で頭を抱え受け身取りゴロゴロと転がった。
「いいか、【神水派】では【神剛派】の使用の一切を禁ずる。私怨など入っていない。君のために制限する」
最もらしいことを言って、本当はフェルズの顔が浮かんでムカついてムカついて仕方ない。少年が【神剛派】を使う度、フェルズの影が重なって本気を出してしまいそうになる。
「すいません、気をつけます」
ただ少年は異様に従順で、先程の会合で培った技を吸収し、すぐに自分のものとして応用してくる。
───今の受け身も前の剣戟で、少年の【神剛派】による連撃を地面を転がることで避けて見せたボクの技を盗んだに違いない。
クリストフの心が久方ぶりに昂った。
「さぁ来い! ソラくん!」
少年──ソラは目を見開き、懐へ飛び込んでくる。
カウンターとばかりにクリストフは木刀を逆手に迎撃するが、ソラは上体を逸らして回避し、反撃する。
「いい反応だ! だがこれは避けられるか!?」
【神水派】の極意は、カウンター。柔軟な発想で剣を巧みに用い、躱し、受け、滑らせ、逸らす。
全ての発想を神聖視した上で更なる高みを見出す。
足など使って強引に蹴散らす【
袈裟斬りにせんと迫る剣をソラは凝視する。
刹那、剣の腹で斬撃をいなし、鍔迫り合いに持ち込んだ。
「距離を詰めれば勝機があると思うので!」
剣を離す。
手や足を胴体へ撃ち込まれるかとクリストフは身を引いた。だがそれはブラフ。
ソラの口角が釣り上がる。
「柔軟な発想で───」
空中に落ちる剣の持ち手を逆手に握り、勢いよく振り上げる。
突然現れた攻撃にクリストフは体制を崩す。
その決定的隙をソラは目敏く見つけ、木刀を腰にあてがう。
「【神水派・壱の型】《水舞》ッ!!!」
瞬間的に負けを悟ったクリストフはその途端、魔法を唱えた。本来であれば熟練の団員同士が実践を想定して扱う高等訓練。
だが少年はそれほど驚異へ達していた。
「───魔法『
魔法を唱えた瞬間、爆発的に運動力が加速する。
思考能力が向上し、動体視力も抜群にさえわたる。
これは魔力を保有する者全てに与えられた無属性魔法『
研ぎ澄まされた感性が、不利な体勢から技を発生させることを可能にする。
倒れゆく上体を持ち上げ、足を踏み込み、放たれた少年の【神水派】に応対する。
「【神水派・似の型】《激流》」
水平に弧を描くように放たれた《水舞》に対し《激流》は木刀を回転させ複雑な気の流れを作り、斬撃を無効化する。
打ち砕かれた必殺剣にソラは目を剥き、クリストフは続け様に技を繋げる。クリストフの白髪が空を舞う。
「【神水派・参の型】《水面》」
音速を超える三の刺突が左肩、右太腿、そして右脇を小突きソラは空中で上体を崩して地面に倒れ込む。
一方クリストフは肩で息をしながら魔法を解除した。
「まさか『
ソラは仰向けになり、白い歯を見せた。
「完敗だっ!」
□■□
更衣室にて、僕は刺突された箇所を摩っていた。
「痛たた……。あの人本気でやりすぎでしょ。骨が折れたかと思ったよ」
やっぱり、青痣が出来てる。あの人は加減というのを知らないのだろうか。痛すぎて明日の訓練に響きそうだ。
「ね、君凄かったね。まさか副団長に『
「『
「うん、物理限界にさえ迫る必殺の無属性魔法『
「いや、でも僕魔法は……」
「属性がなくても、無属性魔法なら誰でも使えるから安心していいよ。ただ永続的に魔法を使用し続けたりと色々不都合が多くてね。使い手はかなり限られてる。副団長だって10秒が限界さ」
気のいい団員が僕に親切に教えてくれた。
僕はタオルを片手に汗を拭き、一息つく。
なるほど、無属性魔法を先頭に活用する方法もありなのか。まだ未完成の【神剛派】【神水派】の壱の型を物にしたい反面、出来たらその無属性魔法についても調べていきたい。
「今日はありがとうございました。明日もまた来ます」
「うん、またあした〜」
ぶんぶんと手を振り僕は更衣室を後にする。
この後は僕の部屋に直行するだけだ。
にしても【神剛派】と【神水派】の訓練の掛け持ちはやはり体に堪える。
「ぅ……体の節々が痛い」
今日は早く帰って寝たい。
歩いている間も断続的に睡魔が襲う。
しかし、《
朝は【神水派】。昼からは【神剛派】が交代で街の見回りや事務作業を担当するみたいで自身の腕前向上と街の治安維持の両方をこなしている。
例の魔物退治では、迅速な避難誘導を受け持ったこともあり犠牲者は《冒険者》を除き、限りなくゼロに近づけることに成功した。
剣の道はまだまだ厳しい。
だがやる価値はある。
そしてふらつく身体のバランスを何とか保って、帰路に着く。
ズズ……ズズズ……
「……!」
僕の耳にノイズが走る。
これはあの時、【神器】を得る前にあった謎の現象。
目の前に人はいないのにまるでその場にいるかのように言葉を発する可憐な少女の声。
『来て』
僕はその声に導かれ、体を動かした。
王宮の外を出て、まだ復旧工事が続くヴェルトラントのデスモウス街道にはちらほらと人影が映る。
照明は急ピッチで復旧され、既に日が落ち夜風が涼しいデスモウス街道を明るく照らしている。
僕はその一番通りを抜けて裏街道に出る。
光が当たらず、治安が急激に悪化しそうな一角で、何やら怪しげな建物が姿を現した。
二階建ての家屋で一階はもぬけの殻。
しかし奥には二階に続く階段。
「えぇ……これを行けと」
けど、『来て』と再三語りかける声は間違いなく2階へと続いており、躊躇うことを憚られた。
「仕方ない」
ギシギシと音を立てる階段を上がった二階部分。
僅かに漏れる光が僕の行き先を伝え、緊張で汗ばむ手でドアノブを回した。
「こんばんは……」
そこには見知った顔ぶれがあった。
一度見た顔、存在を認知した顔。
それぞれあったがいずれにせよ。
無精髭を生やす中年の男と、黒髪碧眼で白の
「───ようこそ
僕の第二部はこの時から始まった。