力とはそう易々と手に入らない。
絶対的な強者になる為には、無数の努力が必要だ。
時に血を流し、汗で全身を濡らし、自由を自ら束縛して熱心に己の力を求めた。
一度急激に力を得れば、自分は強いと過信して道を違えることもしばしばある。だから今、人は苦痛を知るべきなのだ。
「おい、ソラァ、なんだその素振りは! 気合いが足らん、筋肉も足らん!」
「はい!」
一ヶ月だったこの日も依然として訓練は続く。
【神剛派】の教えを享受する団員と共に汗水流し、剣の高みへと上り詰めていく。
自分が強くなる感覚は、自分がよく分かるものだ。
昨日できない技が今日出来れば、何物にも変え難い喜びが巻き起こる。
「よし、【参の型】だ!」
「はいッ!!」
初動は剣を地面と垂直に立て弓を引くような体制。伸ばした腕を胸元に引き、両手で構えて剣先を水平に傾ける。
「───シッ!!!」
一閃。
振るわれた斬撃は空気を切り裂き、更には数メートル離れた防具立ての表面を薄く切り裂いた。剣の間合いを超える超上的な現象は、【神剛派】が織り成す奇跡の一撃。
「【神剛派・参の型】《剛鬼》」
威力や発生の時間には課題を残しつつも、擬似的に剣のリーチを伸ばすことが出来た今、かなりの成長だと言えるだろう。
他の団員からもパチパチと拍手が巻き起こる。
「やるじゃねぇか、新人!」
「その調子だ!」
威勢のいい団員はそのまま野次や歓声を届けるがフェルズは鬼のような目付きで黙らせた。
「静まれ、無駄に付け上がらせてどうする。それに掠っただけでどこがよくやったのだ!?」
「す、すいませんっ!」
フェルズは中々に手厳しい。
フェルズの逆立った前髪は寝癖かと思われるも、これは毎回1時間かけてセットしているという余談はさておき、釣り上がった眉毛は本物の怒りを侍らせている。
気を抜くな、これは訓練。
僕の技を自慢する場ではない。
「頑張ります……っ」
腰を屈め、利き足を前に。
息は浅く、殺意を抑える。剣を強く握り、理論上最速値の軌道を描いて目標へ迫る。
「はぁぁあああ!!!」
僕の気迫の叫び声が訓練場に響き渡る。
こうして今日も朝から訓練は続くのだ。
□■□
お昼時。
僕はシンシアの誘いに応じ、王宮の中央庭園へとやって来ていた。庭園は専属の庭師が毎日手入れを施し、床のタイルや壁面に至るまで細微な整備を怠らない。
黒服を着た使用人の何人かとすれ違いざまに、視界の奥に映るのは青のプリンセスドレスに身を纏う少女。
差し込む暖かな陽光と葉擦れの音がまるで心の内から疲れを追い出してしまうようで、心地よい自然の感覚に酔いしれていた。
「あ、約束の時間ちょっと過ぎてるっ」
軽微な苛立ちを臆すること無く曝け出し、シンシアは呑気に歩く僕に軽口を叩いた。
「嘘つきのソラにはお菓子あげないよっ」
「えぇ……それじゃあ僕なんのために来たんだよ」
仕方なく駆け足でシンシアの元に向かう。
お昼時で丁度小腹がすいてくる頃合い。
琥珀色に染められた丸型テーブルに持ち運び可能なステンレス製の三段棚。
そのそれぞれに小皿が用意されており、見れば色とりどりの茶菓子が丁寧に盛り付けられている。
「もしかしてシアちゃんの手作りかな?」
僕が冗談めかしてそう言うと、
「まぁ〜、そうかもしれないわねっ!」
分かりやすく頬を染めながらもシンシアは自慢げに人差し指を立ててクルクル回す。
ちなみにシンシアとのお茶会は毎回昼時に不定期で開催される。シンシアの機嫌が良かったり、連日の勉学に差支えがなければこうして僕と会うことを先生から許されるそうだ。
「シアちゃんは最近は頑張れてる?」
僕は向かい側の席につきながらそう切り出す。
その言葉にシンシアは日頃の鬱憤を晴らさん勢いで溜まった不安を僕にぶちまける。
「今日は算数をしたんだけどね。難しくてよく分からなかった。そもそもどうして私がお勉強をしなくちゃいけないの?」
最も原初的かつ最大の謎とされる難題だ。
なぜ人は筆を取り思考を凝らし勉学に励むか。
代々王家の家系に生まれし人間は、幼い頃から英才教育を施され、結果学問に精通する必要性が出てくる。
算数などその最たるもので、基本的な四則計算などは常識的範疇で脳に留める必要がある。
それはもちろん、今後経済を回す上でも学ぶべきものであるから。初等教育は義務としてやはり存在する。
ただ問題は、この世界には未だ多く勉学を取れない人間がいるということ。曰く不就学というやつで、かく言う僕はヴェルトラントで教員の実務経験のある村人が里帰りした際に詰め込まれただけでその辺危ういというものだ。
勉強、勉強か。
思い出すは木々に囲まれた自然の中。
アルビオンの情景。
そういや村の皆で大広間に集まって勉強したっけ。
「…………」
「ソラ?」
僕が今は無き村に思いを馳せていたところ、怪訝な目でシンシアが僕を見つめてきた。
シンシアは気配り上手だ。多分僕が今何を考えていたか、シンシアには伝わっている。
───また、失った村の事だろうと。
「勉強したくても出来ない人は沢山いるものさ。でもシアちゃんは今、偶然にも最高の境遇を手にしている。驕らず、今を全うすればきっと立派な王女になれるよ」
小難しい顔をするシンシアに僕はぽんと手を乗せて、微笑んだ。そろそろ子供扱いするなと反感を買いそうなのですぐに手を引っ込める。
上目遣いで何かを言いたげな表情だが、悪口を言われてもあれなのでそっぽを向く。
茶菓子を一口。もぐもぐ……糖分がしみ渡る。
「あまぁいっ」
「ソラ! シアはね、真面目な話をしているの!」
僕の投げやりな回答にどうやら不満らしい。
仕方ない、ここは僕が一つ肌を脱ごう。
「じゃあ僕が教えてあげよう」
「ほんとっ!」
表情は一転して喜びに満ちた。
「じゃあね……」と脇に置いてある鞄からゴソゴソと教材を取りだし僕に手渡してくる。
僕はそれを見て過去の記憶を呼び起こす。
「ここはね────」
…………
……
「凄い……っ、とってもわかりやすい!」
密かに
ある意味ずるに近いが面倒な計算は手順だけ押さえれば問題ないという判断だ。きっと先生も許してくれる。
「凄くなんてないさ、これでも僕はユウの足元にも及ばないんだよ?」
「ユウってソラの昔のお友達?」
「あぁ。親友さ」
村にいた頃のユウはそれはもう無双だった。
運動神経もよく頭も冴えていて、僕はその才能に嫉妬した。でも僕はユウの事が大好きで、嫉妬こそするも嫌う事などありはしなかった。
ユウは僕の親友。何事も打ち明けられた存在。
今僕は無意識のうちにその代わりを探している。
同年代の気の置けない「友」が。
「あ! 今紅茶音を立てて飲んだでしょ! ここではシアが先生なんだからシアの言うことを聞くこと!」
「うぁ、バレちゃったか……」
コトンと音を立てて紅茶カップを置くと足で脛を蹴りあげられた。結構ヒリヒリするくらい痛い……。
実の所、このお茶会にはもう1つの深い理由があった。
それは僕が上流階級のマナーを学べるよう、シンシアに学びを乞うていたのだ。
いつまでも王宮住まいで何の作法も知らねば、ふとした隙に重鎮に対し粗相をしかねない。
あるいはこの様な会食の場でマナーに欠陥があれば、ハイネル・シュバリッツ王国のイメージダウンにも繋がる。
そんな僕の複雑な内心を真摯に受け止めたシンシアは二つ返事で僕への指導を承った。
僕の先程の教鞭は日頃の細やかな恩返しのつもりでもあったのだが、シンシアにはこれもバレバレかな。
僕は王宮に住まうこの一分一秒を無駄にできない。
この昼休憩が終われば僕は次、【神水派】の稽古を副団長グループ主体で行わなければならない。
だがこれは自らに課した修行メニュー。
弱者に夢を語る資格はない。
そして僕はシンシアとの夢心地な一時を謳歌したのである。