闇夜に薄ら動く影。
その影は、確かなる意志を持って動き、獣の如き殺意を剥き出しにして、前へ前へと進み行く。落ち葉を踏み散らし、湿った空気を全身で浴びつつ、今宵"戦場"となるであろう場所を静観する。
「そうか。ついにこの日がやってきたか」
「我々もようやく世界に名を馳せる種族となるのね」
翠色の外套で身を隠し、背景に同調させながら影は語る。
目を細め、遠い場所に在中する小さな集落を見やり一言。
魔力の変動を感じ、ニヤリと歯を見せる。
「人間共に復讐の時だな」
「そうね……、そして我々の世界を築き上げる。全ては、
後ろに控えていたもの達がついに動く。
森の民族とは『
『
たとえそれが神と思しき人物であろうとも。
我々が集えばそれは赤子も同然。
『
『
さぁ、戦闘のお時間だ。
刃を構えよ。
魔法を構築せよ。
───蹂躙せよ
◇ ◇ ◇
「ソラ、今何匹目だ?」
「次で……っ、5匹目! ユウはっ!?」
「この山菜で終わり!!」
ここは神聖なる翠に囲まれた土地、《シスラの森》。
僕の眼前に流れる綺麗な小川。
降り注ぐ陽光に照らされて、煌びやかな輝きを放っている。
透明度の高い水の底からは、小さな魚が右往左往している様子が伺えるが、今日の獲物は正しくこいつらだ。
「──魔法『
構築するのは、初級水精魔法『
水を自由自在に操る能力。
魚がいる場所の水だけを的確に隔離し、用意した容器に移す作業。
釣りという概念を否定した斬新なアイディアだ。
ひと段落ついてようやく、森を飛びまわるもう1人の少年に目を向けた。
常人を逸脱した動きで軽々しく木々を飛びまわり、高所にある珍妙な山菜やはぐれた動物達を必要最低限の魔法で刈り取っていく。
僕の唯一無二の親友───ユウだ。
ユウの若葉を思わせる新緑色の髪が高速起動によってたなびく。
目でようやく捉えきれているのは、その鮮やかな髪色のお陰かもしれないと機動力と敏捷力の異常さを感じつつ再び目線を逸らした。
彼の得意魔法は風精魔法。
僕と同じように精霊と【契約】したという話は聞かないが、実際はどうなのだろうか。
「……と。取り敢えずこれだけあれば十分だろ」
風精魔法『
彼の手には、ザルいっぱいの山菜と必要な肉片の部位。
それを地面へそっと置くと、ユウはぐっと体を伸ばした。
「ちょっと疲れたし、休憩にするか?」
「────そうだね」
────
事の始まりは、成人の儀という行事にある。
村のしきたりによると、村人が晴れて15歳になった時、決まった行程をふまえ一人前の大人になることが出来る。
一人前の大人とはすなわち───。
《シスラの森》に入り、必要素材を確実に入手すること。
それが、村人の食事にも繋がるため、重要な要因となっているのだ。
さて、成人の儀に求められるのはそんな食材の確保をメインとするもの。
魚や肉、野菜などなど。
自然の持つ資源をありがたく頂戴し生きる糧にしていくのである。
村のしきたりの一つには、成人の儀を執り行うに際し、その日の
すなわち、当てはまる子供とは当然僕達を指すわけで。
その他の子供も合わせ、今《シスラの森》へ駆り出されているのだった。
もちろん、安全面の考慮から単独行動──以前僕が行っていたような、《シスラの森》でメリナに会いに行く行為などは許されていないし、ベテランの大人達が定期的に僕らの様子を今も伺っているはずだ。
「さてさて、今日は随分なご馳走になりそうだな……っ」
「今頃ルナも調理班として駆り出されてると思うよ」
「……はは、愚痴言ってるのが目に浮かぶぜ」
岸辺の岩に腰かけ談笑する。
そよそよと風が吹く。
川がゆっくりと流れていく様が実に心地よく、心を癒してくれる。
ユウが投げた小石が一度二度と水を切って沈んでいく。
水遊びか、面白い。
メリナが宿る僕の体は今や、神々にも劣らぬ才能を手にしている。
「───魔法『
「おいおい」
ユウが困ったように苦笑する。
「まぁいいから」とユウを宥めつつ、魔法を発動。
魔法を使って水を浮かせ、いろんな動物を作ったりしてみては気軽に遊んでみせる。暫くして僕の心に芸術心が湧いた。
器用に魔法を使う練習にはうってつけかもしれない。
「えい」
調子に乗ってユウがその水にポンポン石を投げ込んできた。
───何をする、我が最高傑作を!
魔法を再度展開。今度は水でワニを形作る。
───さぁ、懇親の一撃を食らうがいい。
「おいおいおい!!?」
ドボーン!! と派手な音がした刹那、ユウは水のワニ口にぱくりと体を包み込まれていた。
寒そうだなー。まぁ、僕がしたんだけど。
───
「そう言えばさ」
唐突にユウが口を開いた。
「何さ」
「お前気がついたか? さっき俺がその水に投げたもの。あれって、魔石なんだぜ?」
「はい? 魔石?」
どういう事なんだろう。
ユウの言っている言葉が理解出来ず、思わず下を見る。
そこでようやく気がついた。
あちらこちらで不可思議に光を反射する物体があった。
陽光に照らされ、あちらこちらに散在しているのがわかる。
「これ、全部魔石なの?」
「あぁ、多分。……一体誰だ、こんなに魔物をぶっ殺したのは」
「最近村の大人達が言ってたんだ。刈り入れをしようにも、全く魔物が現れる気配がないらしくて。いつもは村の近くに魔物が現れたら頃合いなんだって言ってたけど」
「……だれだ、本当に」
「この辺りでめちゃくちゃ強い魔物がいるとか?」
「知ってるか? 結構強い魔物になると日中でも構わず人間を襲うらしいぜ? だからお前の話が本当なら俺達は今頃ミンチにされてる」
「ひぇええ……」
だがそうなると話は変わる。
本当に誰かが、魔物を定期的に殺している人物がいるということだ。
人為的な事象──。
「もしや、『
「『
ユウが妙なことを言い出した。
『
でも、その存在は今も行方が知れなくて、数百年前に既に絶滅したのではと言われている種族の事だ。
「……確たる根拠はないんだがな。ま、夢ある話の一環てことだ」
「ふぅん?」
────
そろそろ日が暮れる。
村人たちは既にお祝いモードへとなっていた。
食事がいつになく豪華で、村の中心には村長が何やら演説を行っている。
パーティーの主役である僕らは最前列。
話を聞き終え、幾らかの食事を済ませたあと、今度はダンスへと演目が移る。
ダンスと言えば、ルナが妙に気合が入っていたけど、一体何を企んでいるのだろう。 一時的にメリナが僕の傍を離れ、ルナと行動を共にしていることと何か関係があるのだろうか。事情を知るルナの事だから、万が一も無いだろうけど。
───気になるなぁ……。
ダンス会場……ただの開けた場所だが、その中央には何やら大きい物見櫓が組み立てられていた。天辺には大太鼓を持った男達、過激な音楽をならすかと思いきや、のどかな民謡と音頭が始まる。
「えぇ……」
まずい、勢いについていけない。
僕は困ってユウの様子を見る────あれ?
「ゆ、ユウ……?」
「ユウさんなら、先程女の子達に呼ばれてダンスを始めましたよ」
不意に声をかけられ、ギョッとしてその声の主を見る。
浴衣姿を着たルナだ。
浴衣服は当初、ハイネルシュバリッツ王国の王都から流れていたものらしいが、最近では村の職人がその仕事を受け継いだ。
山間から流れる川の付近ではちょうど、古来より木綿や生糸生産が盛んな傾向にある。
谷口集落における特徴とでも言えるだろう。
「……さすがユウ、モテるな」
「羨ましいんですか?」
「ま、まぁ……でもユウはイケメンだし、ううむ」
「そんなことより兄さん。女の子を待たせるのは良くないと思いますよ」
「え、それってどういう───」
と。
僅かに目線を逸らした時、微かに物陰に隠れる気配があった。
コバルトブルーのドレスに身を包む少女。
恥ずかしげにこちらを見つめるものの、一向に近づこうとしない。
なるほど、メリナを連れてどこかに行っていたのはこのためだったのか。ルナのしたり顔にも合点がいった。
僕は肩の緊張が解けて、おどけたようにそちらへ足を進める。
「一緒に踊ってくれませんか、メリナ」
「えっ───」
驚いた様子をしてみせる。
理由はわかる。
つい朝方、村人との交流は控えるべきという見解を下したから。
だが、今は祭りの最高潮を迎え、村人は自分と目の前の相手に意識を持っていかれている事だろう。中心にて踊ることは出来ずとも、注意が逸れたこの辺りならメリナを訝しむことは無いはずだ。
僕は強引に手を引いて、引き寄せる。
「踊りましょう」
音楽は次々に移り変わる。
もちろん、これらの音楽は元々村人が独自に作ったものなのだろうが、今度は民謡から一転して、ポップな明るい音楽へと転調した。
テンポは少し遅め、これならメリナとでも踊れそうだ。
そっとメリナの細い指を手に取り、足を進める。
息を合わせて体を回す。遠心力がメリナを無意識に動かした。
「わわ……」
「大丈夫です」
メリナは少し頬を染めながらも楽しそうだ。
僕も今頃、顔を赤くしていることだろう。
年頃の男子が美少女にダンスを誘うのだ。緊張しないわけが無い。
動きは熟れた人を1人見つけて、それを模倣すればいいだけの事だ。
夢心地のような気分になりつつも、ダンスを消化する。
とても、楽しい。
ほんの数ヶ月前はまだ考えもしなかったけれど。
強さだけじゃない。『守りたい』ものがあって、そのために魔法を使おうというのなら僕はどこまでも強くなれる気がする。
これは思春期特有の───自惚れだろうか?
…………
……
時は夜。
すべての動物は同様に寝静まり、朝を迎えるため瞼を閉じる。
しかし、『今日』この時だけは、それを許さない。
何かを駆り立てるように。
今日が"始まり"だと捲し立てるように。
異常は、程なくしてはじまった。
ブゥン…………
なんの音か。
大した音でもなかったはずなのに。
踊っていた人間は一様に動きをとめた。
それは、僕も同じこと。
なんだか、全身の体毛が逆立つような嫌な感覚。
森の中で寝静まっていたはずの動物が一気に覚醒する。
各々が喚き、異常を知らせる。
それは、僕の横で踊っていた《神》も例外じゃない。
体内の魔力が不規則に流れ、不快感が募る。
しかしそれよりも、以前から体に蔓延っていた倦怠感が、今になって嘘のように消えていく。魔力欠乏が解消された証拠だ。
しかしありえない。
空気から体内に取り込む魔力は、その近辺の魔力含有量に依存するため、魔力が回復したという事実は恐らく────。
『ソラくん。────異常事態です』
前方から声が聞こえる。
しかし、直接的な言葉じゃない。
【契約者】同士での通信か。
『……何が起こったんでしょう』
『分かりません、ですが。唯一言えることは─────』
想定し得なかった事象、だけど現実として現れた事実。
そう。
『──この一帯は今、
異常は、ここだけに収まらなかった。
森のざわめきが消えた。小動物の気配はない、異質な静寂。
事が及んだのは意外にも近くだった。
……………………
…………
……
コツン、コツン……。
暗い洞窟の中に響く足音。
その足音はどことなく怯えていて、足取りは小さく進むのみ。
そして、その者は見た。
見てしまったのだ────、魔物の惨劇を。
「ガァアア……ッ」
「────ッ!!」
何かを変えようと足を踏み入れ、そして死ぬ。
子供じみた考えは、《シスラの森》には通用しない。
《シスラの森》は死の森だ。
死を生産し、死を生成し。
犠牲に誰かが死んでいく。
魔物達は
デスマーチは止まらない。
嗚呼────また誰かが死んでいく。