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走る、走る。
木々が突き刺さり、四肢は傷つき、血潮を吹く。
だが、その足は止まる様子を見せない。
呼吸は荒く、心拍数も異様に上がった状態で、ようやく"それ"は目的の場所へとたどり着いた。
「はぁ……はぁ、はぁ。よう、やく……」
───今日は刻限。
全てが終わり、そして始まる。
だから今日。動くならば───今日、だ。
到達した喜びに酔いしれそうになり、ブルブルと頭を振る。
まだ目的が完遂された訳では無い。
全てをこなさねば水の泡だと。
"それ"は、建物の中に入る。
およそ人間が入ろうとは思わない、森の奥地にひっそりとある遺跡。
名を────、《南の封印地》。
ここは、500年以上前から存在していた歴史ある大国『ハイネル・シュバリッツ』の南に存在する《シスラの森》という樹海の中。
《封印地》とは元より、【勇者】に授ける【神器】を祀る祭殿。
その地へ侵入を許されるのは【
その《封印地》は抵抗なく開いた。
侵入者を敵とはみなさず、穏便に侵入を成功させる。
《封印地》の最奥に眠る秘宝。
"それ"は祀られた《神器》を目に、ほぅと息を吐いた。
手にする。
台座に突き刺さっているのは、一振りの蒼き長剣。
ずっしりとした重みは、"それ"の手に馴染んだ。
確変の礎として、今を築く者。
働きかけは今日、この瞬間によって成される。
さぁ急ごう。嵐が来る前に────。
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◇ ◇ ◇
身体中に纒わり付く魔力は猛烈な不快感を醸し出す。
唯ならぬ気配に村人は片や怖気づき、片や警戒を強める。これは人智を超えた厄災が近づく前触れ。嵐が来る前の静けさと言わんばかりに、森の音が消えた。
「メリナ」
「…………」
僕の目の前で仄かな殺意を感じた。
《シスラの森》に鋭い視線を向けて目を細めた。
メリナの僕の手を握る手がギュッと強まる。
メリナには何かこの状況に確信を抱いている。
そしてその責任を一人で負う算段だろう。
……分かっている、メリナの事だから。
伏し目がちで、目を合わさないメリナはごく僅かに聞こえる程のか細い声を上げた。
「ソラくん、恐らくこれは、私を狙った襲撃です。彼らがその気なら私は一人で───」
「……僕はメリナを守ります。【契約】以前に、これは僕に課せられた使命です。例えメリナが僕の傍を離れても必ず追いかけて救います」
迷いはなかった、否。迷う余地などなかった。
僕はメリナと共に居るべきだ。僕が一介の人間で、メリナが神に並び立つ逸材であろうと。
僕はメリナの隣に立つと決めた───。
幸いにして誰も僕らを見ていない。
行くならば今しかない。
メリナの蒼き双眸が決意の色を帯びた。
「さぁ、行こうっ」
「えぇ……でも、無理はしないでください。あなたは私のかけがえのない……宝物なのですから」
村の裏口を抜けて駆けていく。
メリナはソラの体内の中に。
狙いがメリナである以上、外に出すのは愚策。
これからは一人で戦う事になる。
…………
……
彼らの後ろ姿を遠目に見つめる者がいた。
戦場に赴く兄の後ろ姿がいつも以上に遠くに感じて。
微かに揺れる生の灯火がかき消える。最悪の未来を想起して、動悸が高鳴る。
「……兄さん?」
◇ ◇ ◇
「魔法───『
万物を凍てつく冷気が森一面に広がった。創造せし銀世界は、雪国の風景に等しく死は平等に与えられる。
弱者は強者に与する、自然界の掟に準えて魔物達は圧倒的な魔法の暴力に蹂躙される。
「グォォオオオオッッ!!」
凶暴な雄叫びが、今では子犬の遠吠えの如く聞こえて。
さぁ、今こそ魔法を奏でる時だと言うように。
《神級精霊》と巡り会えたこの僥倖に感謝しよう。
降り注ぐ氷晶の一番槍。
魔法を錬成。
「───魔法『
魔法で剣に薄い氷の膜を張る。
剣のリーチを擬似的に飛ばし、硬度をさらに高めていく。
「───魔法『
剣を地面に突き刺す。
「どこからでもかかってこい、野蛮な魔物共。ここは、僕が相手をしよう」
高密度の魔力に晒され正気を失った魔物。
その多くは、獣の群れ。四足歩行で噛み付かんとする獰猛な肉食獣であった。
創り出した氷結の刃は、近づく魔物を一掃する。
剣を薙ぎ払えば魔物は吹っ飛び、鮮血を散らす。
しかし───。
「メリナ、何かおかしい気がします」
『……えぇ、魔物にしては統率が取れすぎています』
夜闇に紛れての強襲。魔物が凶暴化したなら、ここまで理性を感じることないはずだ。
僕もいきなり大魔法を行使せざるを得ない状況に持ち込まれたのもそのせいか。
『ん? ソラくん少し待ってください。あの魔物の首元、何か光ったような』
体内に憑依するメリナが脳内で僕に囁く。
指差す方向、間違いない。暗闇を照らす明滅した光。魔力の流動を感知すれば明らかだろう。
「───魔道具!?」
『……『
『
一対多に持ち込まれる最悪のシナリオ。
『もう大丈夫です、ソラくん。ここは私が───』
「いえ、ここは僕に任せてください。僕がメリナを守りたいんです、───ですから」
地面を強く踏み込む。
何かが起こる前に、何かを起こさなくちゃいけない。
主導権はこちらが握れ。
相手のペースに立ったら負ける。
……守れ、守り抜けッ!!!
◇ ◇ ◇
異常を感じた村人達は速やかに儀式を中止。
村の護衛隊を筆頭に、指揮官は非戦闘員を隔離する。
「戦える者達は村の中央に集まってくれ。女子供は俺が先導する、住人の避難を速やかに済ませ次第、必要があれば村を捨てる覚悟をしておくこと。いいな!」
護衛隊長、ガルド。ハイネル・シュバリッツ王都で傭兵を務めた経験もある歴戦の猛者。実力は確かで、国内でも有数の槍使いだ。
体格にも恵まれ、人望も厚い。多少の混乱こそあるが事態は意外にも穏やかに終息する───、そう思われていた。
「あ、あの───すみません。ガルドさん」
指示を飛ばすガルドに詰め寄ったのはまだ幼げの残る青髪の少女。不安げに両手を胸の前に組み、口を開く。
「なんだ嬢ちゃん……って、お前さんはソラの坊主の」
「兄さんが、ソラ兄さんが村の外に出て行ったのを見たんです、どうか……どうか兄をお救い下さい」
「───ッ!!?」
ガルドに戦慄が走る。
このタイミングで村を出るなどひとつしか可能性はあるまい。正規の出口は敵の侵入を拒むため早々に閉じた。つまり意図的にソラは裏口から脱出を図った事になる。
「野郎……っ」
「──ルナちゃん、それは本当かよっ!?」
既に日が暮れて、黄昏時も過ぎた頃。
夜闇から薄ら見えるシルエットは新緑の髪。
爽やかな見た目とは裏腹に、ここばかりは緊張を隠しきれない面で妹へと詰め寄る者。
「ユウさんっ」
「……待ってろ。俺が今すぐあのバカを連れ戻す」
「待てよ、ユウ。お前、今何を言ってるか分かってるか? バカはお前も一緒だッ!」
空気を震わす怒声が耳を劈く。
思わず顔を顰め、耳を塞いだユウにガルドは隠しきれない怒りとともに言葉をかける。
「ユウ、お前一人で何が出来る?」
「部隊を貸してくれれば、俺が必ずソラを」
「お前はまだ成人して間も無いガキだろうが。それにお前には家族がいる。親父さんやお袋の事を少しでも考えて発言しやがれ」
「……っ」
ユウは言い返せなかった。
少なくとも部隊は二編成。
一つ目は、森への異常調査。
二つ目は、村の防衛。
どちらにしても命を伴う大事な局面で、ユウ一人が勝手な行動をガルドが許すわけもない。
護衛隊長とは万全を期し、民草を守る義務がある。
磐石に、確実に、守りきる為に。
最悪の想定もしなくてはいけない。
「だが俺はッ!!」
「───よかろう。ならば私が行こう」
激昴するユウの肩をポンと叩き、だが視線はユウではなく指示を飛ばすガルドへと向いていた。
片手には使い古された鉄剣。
掌の皺は振るい続けた剣の数を物語る。
そして、ユウには目視すら必要ない毎日を共に生きる存在がその場で絶大な威厳を保った。
「親父……!?」
ユウの父親であり、物理攻撃が得意なガルドに並び立つ魔法攻撃の極地へと至った賢者その人。
「リュークさん……あんたが言うなら安心出来るな」
ガルドは決意を固める。
「村の防衛はお前さんの息子も借りて精々頑張りますで……ソラの事はよろしく頼みます」
護衛隊長として村を離れる訳にはいかない。しかし、子供一人を無謀に死に晒させることも許されない。
誰一人失いたくない、そう思って助けに行こうと尽力するそれは、多くの命を失いかねない──、そんな危ない綱渡りに似た状況だ。
ソラを助けるエゴを打ち砕く理性は、村に留まるという選択肢をガルドの脳内に叩きつけた。
ならば、あとは願おう───。誰もが待ち望む最高のエンドを求めて。誰一人命失うことなく、また笑って生活出来る安穏とした生活を。
「親父……俺からも、ソラを助けてやってくれ」
「頼む」と無力な自分を嘆いて。父親に縋る子供。
そんな不肖の息子に、リュークは頷いて言う。
「───分かった、では村の事は頼んだぞ。ユウ」
そして、この日。
命運を分かつ戦いの火蓋が切って落とされた。