獰猛な獣が牙を立てた。
満身創痍の少年に過剰な戦力を叩き込み。
だが、血潮を幾度となく上げて尚立ち上がる姿は、ある種畏怖を抱かせる事になった。
異常な生命力と強靭な肉体、屈強な精神。
嗚呼、そうか。これが勇者たる逸材であろう。
自然に生きる獣の直感が己の危険を感知した。
────殺らなければ、殺られる。
□■□
意識が朦朧としていた。
溢れ出す血液に終わりはない。
幾ら血肉を噛み切られ、四肢を砕かれようと、僕は地に伏せる行いを知らなかった。
この戦闘に終わりがあるなら、それは己の精神が苦痛によって歪められ戦う気量を失った時であろうと。
「グァァアッ!!!」
また一匹。
顔面を庇った左腕が、鋭利な牙によって貫かれ、鮮血が地面を汚していく。
「ぐっ……」
痛烈な痛みに苛まれ片目を閉じる。
額から滴る血液が視界を汚す。
「……はぁ、ァア……ッッ!!」
強く振り払って、噛み付いた獣を吹き飛ばすと錬成した氷刃で胴体を切り裂いた。
これで、何体目か。終焉を告げる音もなく、無限に湧く使役された魔物は、変わり映えのない惨劇にある種焦燥を抱いている事だろう。
膨大な戦力を投じ、一方的な殺戮となるはずの戦闘がこうまで長引き、当の目標たる精霊すら顕現されないのだから。
どうだろうか、この僕の胆力は。
「ははは……あはははっ! どうした、魔物たちよ。こんなものか?」
余裕な体を装う一方、脳内では際限なく呼び掛ける声の主は、人類が崇拝する最強の精霊の一角。
『ソラくん、もう……もうやめてくださいっ!! 私はただ見ているだけなんて我慢出来ません』
僕の口から乾いた笑みが漏れた。
生死を彷徨う重要な戦局の中、白い歯を見せ獰猛に笑う僕の姿は警戒するのも尤もだ。
が、別に生き残る事を諦めた訳では無い。
「滑稽なものですね、メリナ。僕が本気で押さえつけて、顕現させ無ければ例え《神級精霊》であろうと封じ込む事が出来るとは」
愉快に。まるで、遊びを乞う子供をあやす様に。
「───ダメです。まだ貴方は出る幕じゃない」
ただ、共に戦うことは未だ許さないと。
簡潔にそれだけを述べて。
『
「───魔法『
───どうやらまだ、僕は戦えるらしい。
余りある魔力が倒れることを許さない。
魔物を蹂躙して、蹂躙して。壊滅させたその先に勝利の二文字が現れる。《シスラの森》を前に、再び朝を迎える事が出来るただ一つの方法は、僕が今戦うことだ。
まだ、黒幕は出てこない。ならば、戦え。
放った魔法の余波で、肉薄した多くの魔物が絶命した。
皮膚は凍え、毛先には霜が降りる。
「───さぁ、第二ラウンドだッ!!!」
僕は、戦う。
□■□
一方、村では。
「外壁の補強は完了した。村の防衛は、護衛隊長ガルドを筆頭に戦闘経験のある大人たちが順に戦うものとする。予想される敵勢力は依然不明。だが、必ず我々がこの戦いに勝利し、勝利の凱歌に興じるとしようではないかっ!」
「「「おおぅ!!」」」
村人達は各々武器を持ち、村の近辺を警戒する。
辺りは夜闇に包まれ、奇襲も視野に入れたい。
さて───。
「……ん?」
同刻。新緑の髪が風で煽られたのと同時。
ユウは異変に気が付き声を上げた。
「探知魔法に感あり、9時の方向、複数体だッ!!」
ユウの風精魔法には自然の風を用いて敵の動向を探知する魔法が存在する。現在は屋外の、風がある日。
不気味に肌寒い今宵は、絶好のハンティング日和だ。
肉眼でも視認が可能な距離に近づいてくる。
高密度の魔力に晒され、理性を失った魔物達が、明かりに寄り添う蛾の如く猪突猛進を続けていた。
「よし、お前ら戦闘開始だ。気合い入れろよっ!」
ガルドの一喝に、村人は猛々しく応えた。
「みんな、俺の魔法に続いてくれッ!!」
魔法を錬成。
ユウの指先に宿る魔力は、やがて人工の風を生み出し強靭な刃と化していく。不可視の風刃は音速を超えて射出され、魔物の軍勢に痛烈な一撃を見舞うこととなる。
「───魔法『
刹那、村人達は一斉に飛び出した。
怯んだ魔物に容赦なく刃を突き刺し、暴れ狂う猛獣達に鮮烈な魔法の弾丸を浴びせていく。
「野蛮な魔物共を押し返せ! 《神級精霊》の加護を受け賜った我々に敗北の二文字は有り得ない。勇気ある同胞よ、今こそ刃を抜き放ち、栄光ある勝利を刻め!」
ユウは自身の肉体に強化魔法の『
相対するは黒色の剛毛な毛皮を見に纏った暗黒色の魔物。厳つい二足歩行の獣から、狼の如き四足歩行の獣まで。多岐に渡る形状の魔物はしかし、一様に紅色に染まる双眸に溢れんばかりの敵意を侍らせ、肉薄する。
「─── 魔法『
どうも動きが不自然だ。
幾ら非常事態でも、森全体に蔓延る魔物が一斉に覚醒し、民家を襲う筈がない。恐らくは魔物を操る術者的存在がいるのではないだろうか。
確証はない。しかし、ユウには確信があった。
「今朝見た魔石はこの襲撃の伏線か……。『
───頼むから無事でいてくれよ、ソラ。
ただ願う事しか出来ないユウであった。
□■□
そして、漸くだった。
待ち望んだ時がやってきた。
周囲の木々がざわめき、森が静寂へと帰した。
異様な気配に僕は目線をあげる。
満月を背に、翠色のケープを揺らしながら。
彼等は静粛を保ってそこに居た。
「ようやくか……」
───お目当ては片方だけ、と。
それでいいと僕は嘆息する。
もとより同時に相手取るのは不可能だ。
だが相手が
「───さぁ、お目覚めの時間ですよ、お姫様」
僕は脱力し、天を仰いだ。
僕の役割はここまでだ。
疲労感に微睡み、一時の休息に身を投じよう。
では、あとは頼みます。
「メリナ───」
………………
…………
……
光。
暗闇からそっと安心させるようなコバルトの輝きに包まれた。
人はただ淡々と美しいと評するか。
目を瞑り、そっと揺れ動く服の裾を諸共せず、この地へと舞い降りた。
視界は開け、敵は跡形もなく消え去ったことを確認し、メリナへと改めて目を向けた。
【契約】が織り成す神秘の境地。
『神級精霊』メリナと。
それに伴って。
現れる幾つかの気配。
シルエットは人型。
だが、それは村人ではない。
こちらに向かって、心臓が止まる程の冷気のような殺気を浴びせてくる。
これが戦場───、これが殺し合い。
その影は、語らった。
「────ようやく姿を現したか。精霊よ」
影はこう名乗った。
───『
『
その数は見えているだけでも優に20を超える。
取り囲むようにして僕達を見つめる影は優雅に揺れ動く。
「ご無沙汰ですね、愚民族」
メリナの応対は実に寒々としている。
普段のメリナからは到底予想もつかない、冷えきった声。
紛うことなき、殺気の象徴。
薄いメリナの笑いは何を意味しているのか。
今の僕には分からなかった。