魔物が消えた。
ユウの父親であるリュークは村に入った途端そう感じた。どうも空回りをしているのではないか?
そんな疑問を呈したくなる。
「お前達、ここまで魔物を見たものはいるか?」
追随する他の村人に確認を取るも、求める反応は皆無。救援のための戦力は半ば無駄になったと言って差し支えないだろう。
「どうなっている……? 魔物達は、そしてソラは一体どこへ消えたというのだ」
腑に落ちないまま、探索を続けるその時。
地面を揺らす程の大出力の魔法が飛び交う戦場を遠目に観察することが出来た。
あの辺りは《シスラの森》の最奥に近い。
しかし、先程から空気中の魔力が徐々に重く、まるで有害な瘴気にでも触れたかと思う程の濃度に達していた。
「皆、ここから先はさらに警戒するように」
「了解」
あの場にソラがいるとは限らない。
だがせめて、確認する必要はあるだろう。
この惨劇の発端は何処にあるかということを。
□■□
温和なメリナから殺意を感じたのはこれが初めてだ。
森の守護神たるメリナが正気を失うのは、歴史を通しても稀、否。むしろ初の出来事と言って相違ない。
醜悪な笑みを浮かべる『
「もし、そこの御仁。名をなんと言う?」
『
「ソラ」
「そうか、ソラ殿。まずは魔物が撃退、実に恐れ入った。人間の少年は実に屈強で汚れなき純粋な魂を有しているようで、感銘を受けていた所だ」
「ソラくんならば当たり前です」
何故かメリナがそこで強気に出る。
えっ、なんで保護者感出してんの……?
腕を組んで自慢げに声を張るメリナは、親バカなそれと言動ともに一致している。
少し羞恥の念を抱いたのは内緒にしておく。
「さて、ではここから私という高位の存在に無謀にも敵意を向けた貴方達に最大級の洗礼をして差し上げましょう。無論、ソラくんを傷つけた私怨が九割を占めますが」
あれ、じゃあ何。
自分の元からの意思は一割なん?
森行く前の殺気はまさかの一割殺気で僕は驚愕に身体を震わせた。そして確信も抱く。
───メリナを怒らせると死ぬ、と。
「ふむ……楽しみにしておこう」
安い挑発を受け流すは流石『
感情に流されない見事な立ち振る舞いである。
それに対して───。《神級精霊》という肩書きが若干霞むのでそろそろ親バカモードを解除して頂きたいです。
僕は膝を抱え三角座りでその場を眺める。
メリナは周囲を一瞥する。
「その前にひとつ、お聞きしても?」
「なんだ、《神級精霊》よ」
「この不審な魔力の流動。高密度な魔力流出。よもや貴方達が関係していると?」
『
事態の収束を安易に図るメリナの策謀は。
「……《神級精霊》、貴様の仕業ではなかったのか?」
───第三者の介入を予感させた。
………………
…………
……
夜闇に紛れ、暗躍する部隊。
辺境の森の奥地では到底聞き及ばぬ会話が、極めて静粛に執り行われていた。
『……こちら、ポイント01に、て……
ノイズ交じりの、疲弊した声色。
生気を感じない"それ"は、一同に戦慄を与えた。
口を動かすのがやっとで、脳の命令を聞かぬ身体は鉛のように重くなっていた。
傷口から広がる血飛沫は正しくその原因となり得た。
『……リアさん負傷したんすか!? すぐに応援に出ますんで、それまで頑張ってくださいっ』
だが、一層声量を上げ動揺を隠し切れないのは、未だ戦場に慣れぬ新米の証拠。冷徹な声で制止するもう一つの声。
『焦るなレン。ポイント03より対象を観察。可能なら支援して差し上げろ。リア隊員についてはこちらで救助に向かおう、いいな?』
有無を言わさぬ口調に、押し黙る。
名もなき幽霊と言うべきか。
誰の目にも止まらず、その存在を秘匿された彼らは。
神々に最も近き存在が起こす戦場の元、行動を起こす。
『……
□■□
隊長格の『
自身に風精魔法『
メリナの表情は固く、上空に飛び行く『
「……」
どうして行かない? そう問おうとして僕はやめた。
満身創痍の僕が出来ることはこの戦闘を眺める事だけ。では、メリナが対処する『
魔物を蹂躙した僕に果たして、酌量の余地があると?
断じて否。戦場で、負傷した兵士は殺害される。
その模範とでも言うかのように僕は今メリナの背中に縋っている。メリナがここを離れれば僕は死ぬ。
嗚呼、メリナを助けるつもりがとんだ足枷ではないか。『
「大丈夫ですよ、ソラくん。私は必ずソラくんの事を守ってみせます」
「だめ、ですよ……」
メリナが僕を大事にする度に。メリナにとって僕はただの『弱点』へと成り下がる。
強く気高き存在に、弱者を労る必要性はもう、ない。
───歯を食いしばれ。
僕はなんのためにここにいる。
激痛が走る。
今にも挫けそうで、辛い。
だが、ここで立って戦う事が僕の希望。
「ソラくん!? 何を……ッ!!」
いや、戦えなくてもいい。
戦う意志を見せればいいのだ。
たとえそれで僕が虐殺されようと。無抵抗に殺され、あるいは阻害するためメリナの意識を逸らさぬように。
僕は確固たる意志と、満面の笑みでこう
「───大丈夫です、メリナ」
出血過多で、もはや生存すら危ぶまれる最中。
直立するのも難しい、そんな状況で───。
だが、救いの慈悲は齎された。
「ソラ、ここに居たか!!」
後方からの声。
休日、度々お世話になった齢四十を超えた声。逞しくも、優しいその声に、僅かに頬の緊張が緩む。
「……その、声は」
後ろを見た。
ニヤついた男どもと共に。
仰々しく杖を付き、心配そうに声を震わせるその男の名はリューク、ユウの親父だ。
「さ、よく頑張ったソラ。よく生きててくれた。お前は偉いぞ、ソラ。あとは俺達に任せなさい」
村人達に囲まれ、血を拭われる。
出血箇所に布を巻いて止血し、応急処置を速やかに完了させると、メリナと『
これでもう、邪魔は消えた。
「良かったんですね?」
メリナは『
無言で首を縦に振る。
見逃された、のだろう。いや、もしくはメリナから意識を一瞬でもそらすことを躊躇われたか。あるいは、後でまとめで始末する算段か。
何れにせよ、助かった───。
「では、始めましょう。貴方達の処刑を」
メリナから恐るべき魔力が流出された。
畝る魔力の奔流に呑み込まれ、思わず顔を顰める。
膨大な魔力は、まさに神に近しき存在と認識を改めざるを得ない。
涼しい顔で魔法を構築するメリナは最早、『
「では、私から相手になろう。《神級精霊》」
『
ここは戦場。
慈悲もなき一方的な殺戮すら許される制限のない戦いが今始まろうとしていた。