紡がれし言葉。
序章と謳うその言葉は───神と思しき絶対概念。
「【万物は昏睡する】」
上空の結晶は、雪のように地表へと舞い降りる。
薄ら纏うのは全て冷気によるもの───初級魔法『
「───魔法『
言葉に呼応して、場はメリナの存在のみが許される絶対領域へと化していく。周りにいる生物は皆、低温によって命を奪われ、死に絶えていく運命しか与えられない。
「流石だな。息がしずらいではないか……」
凍った指先を震わすことすら許されない。
極度の寒さによってまともな思考力を失い、ただ生存本能がここは引けという命令のみを下す。
しかし、それでは当然だめだ────同じ土俵に立つ者として。目の前にいる神を倒さなくてはならないと。
「《神級精霊》よ。貴様には弱点があるであろう」
「はて……なんのことでしょう」
「【契約】をしているからには、魔力を存分に使うことは出来るはずがない。主から得るにしても、神を顕現させておくほどの魔力。並の人間では出来るはずがない。まして、契約者が子供となれば話は別。さぁ、踊ろうか」
空気を踏む。
言葉通り、足を踏み込み加速した体は、爆発させた風の勢いに乗って肉薄する距離まで近づいた。
「そうですね、しかし勘違いがひとつあります」
目を瞑り、のらりくらりと躱すメリナ。
魔法の効果が及ぶ範囲では、もはや逃げる必要も無い。
そう言っているように。
「私は神級精霊が1人。───魔法制御ができないほど落ちぶれているとお思いですか、えぇ『
「まさか……極度に節約し───並の人間でも扱えるほどに抑えているとでも言うのか」
『
それは当たらずとも遠からず。
「もちろん、私は可能な限り出力を抑え戦ってはいます。ただそれだけではありません。ソラくんは
ならば……と。『
「確か聞いたことがある。魔力の自然回復は、個人が保有する最大魔力量に比例すると。もし彼に膨大な魔力容量があった場合、《神級精霊》を顕現し続ける事も可能───?」
考え終わる前に、メリナは動く。
話は早かった。
「堕ちろ───魔法『
白い煙が立ちこめる。
その煙は回避不可能なスピードで辺りを覆い、死滅させうるほどの威力で冷却し力を削いでいくほど。
単なる『
命あるものは力を失い、ただ地上に落ちていく。
文字通り────堕ちたのだ。
───まず1人。
メリナは踊り続ける。
□■□
───やはり、と言うべきか。
僕らを生かして帰すつもりはないらしい。
そう結論づけたのはメリナが戦闘を始めて一分。
退屈そうに見つめていた『
「なぁ、そこの人間。お前あの数の魔物をやるとは大したもんだ。どうだ? 俺と遊ばないか?」
手には風精魔法。
あれは、ユウも得意としていた───。
「……ッ!?」
「─── 魔法『
もたれていた木がミシミシと音を立てて倒壊する。
首先を僅かにずらしていたお陰で顔面に影響はない。だが、免れたと思った矢先の出来事で数秒の間放心状態になっていた。
「な、に……」
「貴様、こんな疲弊した子供を狙って、『
リュークが声を張り上げる。
しかし『
「───俺は、人間が嫌いだ」
第二波。
視認できぬ速さで射出された魔法は、村人の一人を切り裂いた。回避も不能。腕前は動きが単調な魔物とは桁違いで、最も危険───。
「ぁ……ああ!?」
そして。
事の重大さに気がついた村人達は、瞬間に命を落とした同胞に泣き崩れ、憤った。
募る敵愾心は殺意へと昇華し、立ち上がる。
「貴様ァァァアア!!!!」
一人が地面を蹴り、剣を構え距離を詰める。
だが無駄だ。相手は『
団体戦に長けた森の番人。
塵芥を見るが如き視線で村人を一瞥し、埃を払うように腕を振るった刹那、襲った村人の胴体は二つへ切り裂かれた。
「なんだよ、これ……」
戦闘にすらなってない。
メリナはこんな化け物と戦っているのか。
「……」
リュークは特段険しい顔で『
特段なんの感情も湧かないのだろう。
僕を逃がしたのも、対してやる事は変わらない。ゴミが一つ二つ増えても後で集めればいいと言うように。
「ソラ、お前は逃げろ」
「……えっ、何を」
「ユウの奴に頼まれた。お前さんを連れて帰れとな。だが、人生そう上手くはいかん。年上の人間としての教訓だ」
静かに、そう言葉を漏らす。
皆が笑って暮らすあの日常を、既に諦めたような物言いで。彼はそう言って僕に回復薬を授けた。
抵抗できず、口に注ぎ込まれた回復薬はすぐに効果を発揮し、傷付いた心身を共に癒す。傷口が閉じ、再び立ち上がる力を貰った。
だが、その力は戦う為ではなく逃げる為だと。
「でも──、メリナが……」
「あの嬢ちゃんは……人間じゃあ無さそうだ。『
上空で舞う精霊に目をやり、淡々と語る。
「嬢ちゃんはお前さんに何を望んでいるんだろうな。共に戦う事か? それもあるかも知らんが、恐らく彼女はお前さんに生きてて欲しいと願ったはずだ。だから今、あの子は必死に力を紡いで戦っている」
と。ならばお前さんはどうする事が彼女にとって最前の選択か。そう、暗に問うているのは自明だった。
「……逃げる、それは負けた事と何が違うんですか」
血を流して、それでも立ち上がる勇者に憧憬を抱いた日々。逸話に現れし英雄は如何に傷付いても人民を守る英雄であり続けた。
逃げるのは弱者の為す事だ。庇護を求め助けを乞うのは非力な万民に等しく、戦士のプライドを殴り捨てた行為と相違ない。
「それでも───逃げろ、と?」
「
リュークは重く頷いた。
こうして話す間も、救助に来た村人が『
一方的な蹂躙に、虐殺に目を瞑り背中を向けるのは。
どうしても───。
「行けッ、ソラァ!!!」
「……くそッ!!!」
ダンッと勢いよく僕は背中を向いて逃げる。
また一人罪もなき村人が僕を救うために死んでいく。
全ては僕が無力なために。
《神級精霊》という高位な存在に並び立とうと欲張ったがために。僕の無力が、皆を殺した。
「……っ」
瞳から溢れるこの液体は決して涙なんかじゃない。
泣いてはいけない。僕は男だ。強く強靭な肉体を持ち、愛する者を守る為、拳を剣を振るう強者たる威厳を持った存在だ。だから、僕は「逃げて」いない。
また再び前に進む礎となるだけだ。
だから───。
『認めたくない』
───己の弱さを。
『戦いたい』
───可能ならば。
『力が欲しい』
────嗚呼、もしこの世に神がいるなら。
『頼むよ神様』
そう、僕は願うだろう。
………………
…………
……
『来て』
なんだ?
唐突だった。
絶望に暮れた僕の脳内───
誰かが───僕を呼んでいる気がする。
本当に、誰?
ルナ? メリナ? ユウ?
いや、どれも違う。
聞いたことがない声だけど、でも聞き馴染む声。
なんでだろう、早く行かなきゃ行けない気がする。
様々な音が、様々な攻撃が場を飛び交う中。
ただ行かなきゃ行けない場所が出来た。
ドオオンンンンンン!!!!
空で爆音が鳴った。
戦闘が激化しているのだろうか。
地上の『
───
「はぁ……はぁ。ここは一体……」
遺跡だろうか。
深い霧によって奥行きとかが全く把握出来ない。
場所はメリナと親睦を深めた《シスラの森》。
その中に隠れるように存在していた謎の建物。
確か、この辺りから何か少女のような声がした。
呼ばれた気がした。
「……ん? 入口が空いている」
開けたのはつい最近か
開けた後の、扉の開閉部に痕跡がくっきりと残っている。近くの落ち葉や埃が移動された痕跡。
だが、所々にあるこの赤々とした点はなんだろう。
────血痕……じゃないか、これ。
誰かが、傷付いているのだろうか。
戦場を逃げ出した僕に救う資格があるかは不明だけど。
でも、助けなくちゃいけない気がした。
これは腐っても僕の矜恃と言うべきか。
血痕は、方向的に……外に出ている。
すれ違ってしまったのだろうか。
焦る気持ちを抑えつつ、僕は懸命に声を上げる。
「誰か僕を呼んでいませんでしたか!?」
『来て』
まただ。声がする。
でも声の方向はすぐ近く。
その方向を導くように、自然と足が進む。
いた───。
木々の向こう、白い
黒色の髪と僕と同じ碧眼。
鬱蒼とする木々の向こう、暗闇ではっきりとした情報は掴めないが。
呼んでいる相手があの子だという確証はあった。
ただ僕は───、僕は走る。
そこに向かって。
息が切れても知らない。
走る、走って───後悔なく突き進む。
「─────……」
その時、今度は今までと違う声が耳へと届いた。
その声は懐かしい───否、どことなく機械音のある声。
ノイズに揺れ、存在すら怪しい"それ"は、薄ら笑みを浮かべながらゆっくりと僕の方へと近づいてきた。
「…………」
息を切らし、所々は血に乱れ。
それでも意志力のみで───嗚呼、ここまでやってきたのだろうと複雑な思考の末に行き着いた。
「どうしてきたんだ」とか野暮なことは聞かない。
ただ前を向いて、今起こることを理解する。
"それ"は僕の顔を見た途端、破顔した。
嬉しみと悲しみの両方を伏せ持った、そんな表情を浮かべて。
「───
僕の"名"を呼んだ。
頭が痛む。
先程からノイズが激しい。
目の前の"それ"をエラーとして、バグとして処理しようとしている。
脳が、"それ"の存在を否定する。
否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定否定──────、
「くっ……あた、まが────痛い」
目線を下にずらす。
そこにある一振の華奢な剣。
刀身は細く、質素な装飾が施されている。
薄水色の剣先からは白い瘴気。
いや、あれは冷気だ。冷気が漏れ出ている。
地面は軽く凍り、周りに信じられないくらいの存在圧を放っている。
前へ出る。
「これを───」
"それ"の目的は分からない。
だが、傷ついた身体でなお会話を続けるのは一重に。
この剣を僕に授けるためだと直感がそう囁いた。
勇気を振り絞って柄を握る。
確認をとることも無い。
流れ作業のように淡々と。
「救って、ソラ。皆を───」
"それ"は徐々に存在を失っていく。
"それ"の奥が薄ら見えるように。透けていくのが分かる。
だが最後に言い残した言葉は、実に興味深く、僕の心にすんなりと入ってくるものだった。
「───愛、してる……」
消えた。
消えてしまった。
託されたのは、この剣一本。
「いたぞ、あそこだ!!」
『
村人達はどうなってしまったのか。いやダメだ。もう余計なことは考えてはいけない。
上昇する魔力の流れに身を任し、僕は『
「来いよ、『