OCTLORE   作:TGI:yuzu

8 / 15
8

 僕の手には、一振りの直剣がある。

 その剣は、僕の手によく馴染み、まるで長年振り続けたかのように隅々まで剣の勘が冴え渡るのだ。

 

 いつしか剣は肉体の一部だと錯覚するように。

 剣は僕に呼応する。

 

 剣を振るう。

 だが間合いは明らかに剣の間合いを逸脱している。

 僕の奇行に眉を寄せ、訝しむ『森精種(エルフ)』。

 しかし、剣の実力は確かなものだった。

 

 轟ッ───風を薙ぐ。

 

 眼前に広がるのは、つい先程までなかった氷雪の世界。

 

「……はは、なんだよ、これ」

 

 周りの木々は凍りつき、葉っぱに霜が降りている。

森精種(エルフ)』達は唖然としたまま動きをとめた。

 いや、動けないのか……それとも、もう死んでいるのか。

 

 分からない、だけど今の僕には都合がいい。

 とにかく急ごう……メリナが心配だ。

 

 ────

 

森精種(エルフ)』の男は見た。

 

 無情に転がる死体の山。

 崇高なる『森精種(エルフ)』は地に伏し、身動きひとつ取らない。

 

「なんだ、これは───」

 

 何故……こんな事になった。

 思考が停止し、尚も考える事を遮る脳内。

 現実を認めれば、それだけ恐怖するのは自明だから。

 

 そして、この事態を引き起こした主犯格を見る。

 コバルトブルーの単色ドレスに身を包んだ少女は肩で息をしながらも、震え上がらんぐらいの殺意をまだ生存する『森精種(エルフ)』全員に向けている。

 

「……はぁ、はぁ……どう、ですか? 『森精種(エルフ)』さん」

 

 まだ余裕があるのだと知らしめるように乾いた笑みを浮かべる。

 もちろんそれはブラフ───、彼女とて群がる『森精種(エルフ)』を相手に無傷であるはずがない。

 

 彼女の白い柔肌から流れ出る鮮血が全てを物語っている。

 

 しかし、それらの傷の箇所は我らが与えたところではない。

 では何か……、考えられるのはひとつ。

 

【契約】を交わした少年の傷を肩代わりしていると。

 

 もちろんそれが全部ではないことは理解出来る。

 全ての傷を受け負えば、死ぬのは必至の事実。

 

 だが、それらのハンデを含めた上で、『森精種(エルフ)』が蹂躙されたという事実に戦慄を覚えざるを得なかった。

 

「貴様……、どうしてそこまで戦う。どうして少年を守る」

 

 その問いに、《神級精霊》は即座に答えた。

 

「可愛い可愛いソラくんの命を守るために、私が『森精種(エルフ)』と戦う事に如何なる疑念の余地があるというのですか?」

 

《神級精霊》、こと彼女に関して。

【契約】と言うのは言葉以上の特別な意味があると察する。

 

 

 その時、闇の中から駆けてくる少年の姿が見えた。

 傷だらけになりながらも、《神級精霊》に向かって走る姿。

 そして、その手には見慣れぬ蒼の片手直剣。

 

 その圧は、人智を超えた正しく───【神器】。

 

「……面倒なことを」

 

【勇者】が、最大限に力を発揮するための要因は総じて三つ。

 

 ひとつは、【神霊】───、《神級精霊》の別称。

 ひとつは、【神眼】───、固有の力を発揮する瞳。

 ひとつは、【神器】───、最強の力を秘めた武具。

 

 そして彼はもう既にふたつを手にしたとみた。

 

 ───早すぎる……、のでは無いか? 

 

森精種(エルフ)』の男は考えざるを得なかった。

 その異様な【勇者】なる成長ぶりは───、他の何かが起因しているのではないかと。

 

 片や彼自身の才能。

 片や()()()()()()()

 

 ────我ら『森精種(エルフ)』を敵対視する何かの存在が彼を支援し、今この場における状況を覆す要因を作り出している。

 

「(まずい……まずい───)」

 

森精種(エルフ)』は一同に焦燥に駆られた。

 

 

 ────

 

 僕は奔走する。

 目先にいるのは僕が【契約】した《神級精霊》メリナ。

 

 四肢からは膨大な血液が流れ、瀕死と言わずも重症を負っている。

 

「メリナ……ッ、遅れました!!」

「遅いですよ、ソラくん」

 

 窘めるような言い草を放つメリナ。

 しかし言葉の端々には、こうしてまた生きて会話することが出来た喜びが垣間見え、彼女の特徴たる精悍な顔つきは今にも崩れそうだ。

 

 僕はメリナの手を取り、物理的に存在を知覚する。

 胸中に侍る安堵の気持ちをぐっと押え、緊張を保つ。

 

 僕の勘では、まだ『森精種(エルフ)』は数人潜んでいる。

 

 

「メリナ……」

「大丈夫。ソラくんの事は命に変えても私が守ります」

「じゃあ僕は、メリナを命懸けで守ります」

 

 何かが欠けた勝利は、勝利とは呼ばない。

 何かを失った時、その喪失感は勝利の余韻をかき消してしまう。

 

 僕が定義する勝利は、二人で『森精種(エルフ)』に立ち向かい、これを撃破すること。

 

「───はぁぁ……分かりました。そこまで言うのなら、こうしましょう。ソラくんと私が無事に帰ることが出来たなら、私はソラくんを存分に甘やかしてあげます。えぇ、なんで言ってくれて構いませんよ?」

「な、なんでも……?」

「はい。なんでもです」

 

 ここが戦場ということを忘れるくらい、僕は彼女の甘美な囁きに酔いしれる。けれど、もちろんそれは僕とメリナが無事に帰ってこそ成し得ること。どちらが欠けても約束は無効───。

 

 僕は剣を手にする。

 氷晶の輝きを放つ剣は、ずしりとした重みを僕の腕に加え、しかしながらそれに見合う十二分の威力を前方に解き放つ。

 

「───はぁぁあああ……ッッ!!!!」

 

 いつもと気合の入り方が違う。

 

 しかし、『森精種(エルフ)』も黙っていない。

 ある者は魔法を構築し、ある者は近接戦闘に持ち込もうと間合いを詰めてくる。僕やメリナが行使できる魔法もあと数回。

 時間にして五分も持つかどうか。

 

 満身創痍という形容にふさわしい有様だ。

 

 ザワザワと森が揺れた。

 溶け込むようにして紛れていた『森精種(エルフ)』。

 それは僕を囲むようにして木の枝に立っており、既に魔法を構築して居座っている様子が確認出来る。

 

「時に、我ら『森精種(エルフ)』が集団戦が得意と言われる所以を知っているだろうか?」

 

 先程まで語っていた『森精種(エルフ)』が言葉を発する。

 

「────多段階詠唱魔法(マルチプルキャスト)。複数の魔導師が同一の魔法を構築し連結することで《神級魔法》に匹敵する程の威力を放つことができる。我らが力の真髄を見せようではないか」

 

 

 翠色の光が僕に向かって収束していく。

 避けられる場所は見当たらない。

 完全に詰んでいる。

 

 いや……、まだ諦めるには早い。

 まだ魔法の構築には時間がかかるだろう。

 それまでに、僕の持ちうる全てを出し切ってやる。

 魔力が枯渇してもいい、精魂尽きるその時まで、掻き乱して邪魔してやる。

 

 両手で剣を持ち、遠心力に身を任せて刀身に魔力を込める。

 

「───あぁぁぁあぁぁぁぁッッ!!!!!」

 

 絶叫に近い声を放ちつつ、氷結の波動を全方位に放つ。

 多段階詠唱魔法(マルチプルキャスト)に関与していない『森精種(エルフ)』達が距離を詰めてくるが、もう遅い。

 僕に行使しようとしていた全『森精種(エルフ)』に魔法を撃つ。

 

 着弾を見ぬままに、もう一本の普通の剣を取り出し、隊長格の『森精種(エルフ)』へ。

 

 待ち構えていた『森精種(エルフ)』と剣を交わす。

 

「ははは……ッ、これでこそ【勇者】に相応しい」

「黙れ……っ、それ以上口にするな」

 

 剣戟の音が森に響き渡る。

 妙に熟れた足運びで、僕は剣を振り火花を散らす。

 しかし、その全ての打ち込みを見切り『森精種(エルフ)』は凌ぐ。

 

 相手からの反撃。

 奇襲にも似た勢いで間合いを詰めてくる。

 しかし、直感めいた囁きがまた僕を回避に移させた。

 

 メリナを庇うように前に出る。

 いつ魔法を打ち込んできてもいいように、魔力を高め鋭敏に気配を察知できるように五感全てを研ぎ澄ます。

 

 と、その時僕に不穏な違和感が脳裏を過った。

 

 ───さっきから魔法の気が薄いような。

 

 構築していた魔法はどうなったんだ。

 メリナからの応答はない、いやもう既に疲弊して立つこと自体ままならない状態かもしれない。

 

 ───なんか……嫌な予感がする。

 

 しかし、その違和感に気がつけない。

 

 僕の脳内を見透かしたように『森精種(エルフ)』は語らった。

 

「───多段階詠唱魔法(マルチプルキャスト)開始」

 

 刹那、最後に残された『森精種(エルフ)』は魔法を紡ぐ───。

 

「「「【空間の理を統べる者────】」」」

 

 ───なんだ……? いきなり何を。

 

「気をつけてください。【詠唱魔法】です───」

 

 かつて森で教えを乞うていた時メリナは言った。

 

 そもそも魔法は術者の『想像(イメージ)』によって理を改変し、あるいは想像する力は飛躍的に増幅する。

 

 時にそれは、魔法に『物』を組み込んだり。

 あるいは魔法に【詠唱】という概念を施したり。

 

 多岐にわたる魔法増幅(ブースト)手段として、やはり最も簡易でかつ汎用性があるものといえば、【詠唱】だった。

 

【詠唱】は時間を要する。

 だから人は魔法を放つ際、魔法名を口にすれど、【詠唱】はしない。

 だが【詠唱】は文字通り言霊となって、術者の『想像(イメージ)』を補填する。

 

 そして、今宵『森精種(エルフ)』が使う【詠唱魔法】は、彼らの十八番(おはこ)である多段階詠唱魔法(マルチプルキャスト)により、術者連結型の大規模魔法確変を引き起こす。

 

 しかし今の僕らに反旗を翻し、魔法を放つ余力はない。

 僕の魔力が枯渇し、その結果メリナが事実上機能しなくなるその瞬間を『森精種(エルフ)』は今か今かと待ち続けていたのだ。

 

「「「【───今一度空間を跳躍せよ】」」」

 

 詠唱は、止まらない。

 

「「「【我ら森の民 此処に大いなる自然の導きを】」」」

 

「───まさか……ッ!?」

 

 メリナが瞠目し、僕を急いで突き飛ばす。

 その足元、気がつけば、巨大な魔法陣が形成されていた。

 この紋様はまるで見た事がない。

 

 未知なる恐怖に、僕が足を竦ませていると、

 

「我ら『森精種(エルフ)』の目的は、その少年ソラにある訳では無い。もちろん、捕縛殺害の余地があるならばその限りではなかったかもしれないがな」

 

 魔法陣が高速に回転を始める。

 光が明滅し、辺りが真昼のような輝きに包まれる。

 

 そうか。『森精種(エルフ)』の目的は変わっていなかった。

 

森精種(エルフ)』の目的は、弱体化を施すこと。

 そしてそれが指す人物は、僕と───。

 

 ───メリナ。

 

 彼らの狙いは、()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 

 俗に、それは【魔力変換効率】と呼ばれる。

【魔力変換効率】は術者と精霊の物理的距離に依存する。

 

 簡単に言えば、僕とメリナは近ければ近いほど、メリナが得意とする属性、すなわち水属性系統の魔法を少ない魔力で放つことが出来る。

 

 では、その逆───考えつかない程遠くに離された場合。

 

 その時きっと僕は───。

 

「───さらばだ、【勇者】ソラ」

「だ、だめだ……ッ、待て!!?」

「ソラくん……ッ!?」

 

 魔法陣からメリナを引き離そうとする。

 メリナが僕を突き飛ばしたのは、彼らが"転移魔法"を使うと瞬間的に悟ったからだろう、だけどメリナは勘違いをしている。

 

 メリナは殺されるために転移されるんじゃない、生かすために───、生かした状態でメリナと僕を離すことで、僕が魔法を使えないように仕向けたんだ。

 

 僕がメリナと離れるのは、メリナが死ぬ事より不利だと知って。

 

「魔法───『空間跳躍(テレポート)』」

 

 待て、待て待て……ッ!? 

 

 だめだ、行っちゃダメだ───。

 

「メリナッ!!」

「ソラく────」

 

 

 

 

 

 

 その日、僕は魔法を失った。

 僕が得意とした水属性全般の魔法は───。

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 体が重い。

 何もやる気が起きない。

 

「あぁ……」

 

 静かになった森を静観する。

森精種(エルフ)』一人見つけることが出来ない。

 

 思えばメリナが倒した『森精種(エルフ)』の残骸も消えている。

 まるでメリナと出会ってからの出来事が嘘だったかのように。

 その温もりは消えて、喪失感だけが募る。

 

「メリナ、ちゃんと『森精種(エルフ)』を追い払いましたよ」

 

 ───わかっている、それじゃダメなんだと。

 

「メリナ、なんでもお願い、聞いてくれるんですよね」

 

 ───わかっている、その願いは届かないと。

 

「けど、だけど───」

 

 ポロポロと雫が流れ落ちる。

 

 ───嗚呼、みっともない。

 

 暗闇の中、1人慟哭を響かせる僕は───、とても無力だ。

 

 たった一人の、守りたい人すら完璧に守ることは出来なかった。

 嗚呼そうさ、認めるよ。

 

 

 

 

 ───僕は、負けた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。