ロックスの再来0   作:イオン

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第六話 その血は尊く醜い

 

 

 

 天竜人、ジャルマック聖。

 

 ケラソスの勧誘を受けたかの世界貴族の一人である彼は、先日まで東の海(イーストブルー)の国の一つ、ゴア王国を視察しており、その帰り際に暗闇島の奴隷に関する噂を聞きつけてやってきたのだ。

 

 本来、世界の中心部に荘厳とそびえ立つ巨大な大陸、赤い土の大陸(レッドライン)に居住している彼らは、この東の海の南部という僻地まで来ることはない。だが、ゴア王国まで来ていたジャルマック聖であればアクセスに問題は無く、数日の航海の後に到着することが出来た。

 

 多額の賄賂、ケラソス本人を通しての熱烈な誘引があったからこその来訪だが、この時期に天竜人という気高き存在が近辺に視察に来ていたことを利用し、自身の商会に招くことに成功した船長の運も凄まじいものだったと言える。

 

 彼がケラソスに依頼していた件とはこのことだった。偶然近くまで来ていた天竜人を招き、このロメアの競売で売る。名のある商会でもない彼らは、その腕で偉大なる航路(グランドライン)のシャボンディ諸島の、ヒューマンショップの総本山までは辿り着けない。また、商品が身体の出来上がっていない少女ということもあって、それほど長い航海はやりたくなかったということもある。

 

 なんにせよ、こうしてロメアまで、暗闇島の奴隷を高値で買ってくれそうな資金力と、商会の営業実績としてこの上ない名声のある存在を呼び寄せることが出来た。肝心の奴隷の状態も申し分ない。

 容姿は一級品。態度も奴隷のそれとしては最高峰。事前に調べたジャルマック聖の人柄を鑑みても、拷問で傷ついた身体を見せつけることのデメリットはないだろう。

 

 ジャルマック聖の目から見ても、69番は魅力的な商品の筈だ。

 

 確実に売れる。確実に儲かる。

 そんな確信を持った船長は、上機嫌で競売の準備を進めたのだった。

 

 

 ──

 

 

 ロメアの中心部に佇む巨大なヒューマンショップ。その会場を独占した船長による奴隷の売買は、順調に進んでいた。

 ホールは暗闇島の奴隷や天竜人という高貴な存在を一目見ようという客で埋め尽くされており、その席に座る権利を争って既に熾烈な入場権争いを終えた猛者達の坩堝が出来上がっていた。

 当然、その座を獲得した彼らは資金力も高く、競売に参加出来た喜びと会場の熱に浮かされ、気前よく奴隷を買っていってくれた。

 

 もう既に大成功と言って相違ない売上を上げている。だが、それでは終わらない。このロメアまでの航海で何度も、何度も魅せた最高の商品が、ついに会場で売りに出される時が来た。

 

「──では、皆様方、大変お待たせ致しました!! これより、本競売最後の商品、暗闇島の奴隷の販売を行いたいと思います!!!」

 

「「うおぉおぉおおぉおぉぉ!!!」」

 

 そうして運び出されてきたのは、見目麗しい少女の奴隷だった。淡いベージュ色の髪を腰まで伸ばし、長いまつ毛の下に見える吊り上がった目には、人々を魅入らせる紅蓮の瞳が嵌っている。人形のように完璧な造形の顔のパーツは、客の加虐心をくすぐるような、絶望を詰め込んだ薄暗さと、今にも壊れてしまいそうな危うさを映し出していた。

 

 拷問の痕であろう傷口が、身体の各部に存在し、それを包むように着せられた黒と紫のゴシック調の服との対比が悲惨さと美しさを引き立たせる。

 

 暗闇島の奴隷、69番。

 

 本競売の目玉、商会が推す最高の奴隷が今、壇上で跪いた。

 

 場の期待値が、否応にも高まる。

 その雰囲気を察してか、船長は客には聞こえない声量で何かを唱える。

 

「全力で叫べ」

 

 その後金属の工具を盛大に打ち鳴らした。それに対し、洗脳されている少女はビクンと身体を跳ねさせ──。

 

 

 その瞬間、会場が揺れた。

 

 

「あぁああぁああアあァあああぁぁああぁあァアああぁあああぁああ!!!!」

 

 

 会場全体に、奴隷の少女の絶叫が響いた。たかだか工具一つを打ち鳴らしただけでだ。

 

 殆どの客はわかっていた。暗闇島出身である彼女が金属音を酷く嫌うことは。

 だが、その反応は尋常ではないほどの気迫があり、これまでに彼女の悲鳴を聞いたことがある人間ですら気圧されるほどだった。

 

 一瞬静まり返る会場。だが、やがてどこからともなく大歓声が沸き起こる。

 

 客は酔いしれた。その身を焦がすほどの絶望を体現したその姿に。

 その身に刻まれた負のすべてをこの手で操りたい。この手で弄びたい。

 

 そんな嗜虐心や高揚感に駆られた客の歓声を受けた船長が、それをショーのはじまりの合図とばかりに笑顔で受け止めた。

 

 

「いかがでしょう!! この完璧な従属っぷり!! その静寂を引き裂く絶望の悲鳴!! 心震わせる暗闇島の伝説の数々!! 何よりこの容姿!! 全てが、最高の産物です!! これほどの奴隷は、数十年に一度しかお目にかかれないでしょう!!」

 

 大歓声を上げる会場の中で、船長が両の手を広げそう宣った。そして、客の盛り上がりの冷めやらぬうちに、その奴隷の競売に移った。

 

「この完璧無比、至高の奴隷!! 開始価格1000万からとさせて頂きます!! さあ、皆さんどうぞご検討を!!!」

 

「1500だ!!」「いや2000!」「3000出す!!」「私は4200よ!!」「5000!!!」

 

 客が、普段では絶対に聞くことが出来ないような金額を惜しげも無く掲げていく。財を持て余し、娯楽に飢えた高級市民は、その究極の奴隷をこの手に入れるべく、目の飛び出でるような価格を出してきた。

 

 

 

 あっという間に、価格は1億まで跳ね上がった。

 争う面々は、噂を聞いて駆けつけた富豪や貴族、財閥の関係者達。価格の上昇の早さが徐々に遅くなっていくと同時に、彼らの存在が際立っていく。

 

「……1億1000万!! どうだ!!」

 

「くっ……ええい、1億3000万だぁ!!」

 

「2億!!!」

 

「「なっ……!!」」

 

 庶民の想像を絶する金が動こうとしている。全員が固唾を飲んで結果を待った。船長も同じく、あまりの金額に火照った身体をハンカチで拭きながら状況を見守った。

 

「……さて、2億という額が出ました!! この奴隷に、これ以上の価値を見出そうという方はおられますか!? なければ締切とさせて頂きますが……!!」

 

 

 そう言いつつ、船長は客席の最前列に居座るジャルマック聖を見た。彼の資金力ならばもっと高額を出すことも出来るだろう。それが未だに動かないのを訝しむと共に、盛大な大番狂わせが起こることを期待せずにはいられなかった。

 

 

 一度博打をかけてみるか。

 

 

 そう思った船長は、盛大に工具を打ち鳴らし金属音を響かせた。大袈裟に競売の終了を示唆することで、あわよくば焦ったジャルマック聖から競売をひっくり返すほどの金額を提示させようという腹だった。

 

「決定!! 決定です!! 暗闇島の奴隷、96番は、2億という価格をもって落札とさせて頂きます!!! ──叫ぶなよ

 

「……ッ!!」

 

 そうして響く金属音とともに船長は小声でそうつぶやく。それを聞いた彼女は顔を真っ青にして震えた。だが、唇を噛み締めて、血を滴らせながらも踏みとどまる。洗脳された彼女にとって、船長の命令は絶対。今場が温まっている中で金属音に反応し、恐怖の叫びで会場を冷めさせる様な真似はできない。

 だが、その身に染み付いた恐怖心は勝手に身体を震わせた。その姿に、船長は内心で笑みを浮かべる。

 

 沸き立つ観衆と、静かに恐怖する奴隷の対比。これこそがヒューマンショップ。これこそ奴隷の終焉。これこそがこの一世一代のショーの終幕にも思えた。

 

 

 

「10億!!!」

 

「「「!!!」」」

 

 

 しかし、次の瞬間に耳に入ったその言葉に、客の全員が、会場前部の客席へと視線を集中させた。

 手を挙げて立ち上がったのは、天竜人、ジャルマック聖だ。静まり返った会場の中で、彼は船長に目を向けている。

 

 

「じゅ、10……おくっ……」

 

 耳を疑う金額に、船長は呆けたような表情で手に持つ工具を下げた。

 そんな様子も気にせず、かの天竜人は上機嫌に語る。

 

 

「10億で買うえ!! この奴隷こそ私が求めていたものだえ!!」

 

「じゃ、ジャルマック聖……! よろしいのですか?」

 

 あまりの金額に驚いたのは、周囲に護衛として座っていた黒服も同じだった。冷や汗を流して確認する彼に、ジャルマック聖は鼻を鳴らす。

 

「構うまい。金などいくらでもあるえ」

 

「しかし先日の視察の際も大層な金額を使っておりますが……」

 

「ええい、私が何を買おうと私の勝手だえ! いちいち口答えするな! 興が醒めるえ!」

 

「……失礼致しました」

 

 そして、ジャルマック聖はふいに立ち上がり、船長たちのいる壇上まで上がってきた。

 突然の行動に息を呑み見守る客たち。船長は慌ててその場に跪いた。

 

 

「おいそこの男!」

 

「はっ!」

 

「この奴隷は私が買うえ。だがその前に、私もさっきの悲鳴を上げさせてみたいえ」

 

「仰せのままに……! よければ、こちらの工具をお使いください!」

 

「ぐふふふ、楽しみだえ!」

 

 

 船長の工具を受け取ったジャルマック聖は、すぐに奴隷の少女に近づき、その姿を眺め始めた。

 

「何度見てもいい奴隷だえ。おい、この工具を鳴らすだけでいいのかえ?」

 

「はっ! その通りにございます!」

 

「ならさっそくやるえ!」

 

 

 ジャルマック聖が工具を打ち鳴らした。

 静まり返った会場に大きな金属音が響く。

 

 

 船長は、目の前に出された金額の大きさに酔いしれ、気付いていなかった。

 

 彼が先程、叫ぶなと命令していたことに。

 

 

「……」

 

 

「……は?」

 

 

 少女は、叫ばなかった。

 

 船長の命令を忠実に守り、涙で潤んだ目を震わせながら、全身に力を入れて耐えていた。

 

 

 自分の失態にようやく気付いたことでサッと顔から血の気を引かせた船長が、目を右往左往させる。

 そして、しばらくしてジャルマック聖と目が合い、意識が遠のく気がした。

 

 彼の目には、失望の念が色濃く見て取れたからだ。当然だ。期待していた奴隷が、声一つあげなかったのだから。

 

 天竜人に不快な思いをさせた。

 

 その事実に気づいた船長は、すかさず地面にひれ伏した。

 

「も、申し訳ございません!! こちらの手違いで、ご期待にそぐわぬ結果を見せてしまい──」

 

「どういうことだえ!! なぜお前がやればあれだけ叫んで、私がやっても声一つあげないえ!!」

 

「そ、それは」

 

 

 洗脳しているからなど、口が裂けても言えなかった。それは、既に別の所有者の刻印をその精神に焼き付けられているという事実を示すことになるからだ。

 

 なにも言えないでいる船長を前に、ジャルマック聖は不機嫌そうに工具をいじり始めた。

 

「私は腹が立っていたんだえ。先日ゴア王国を視察した時、私の前で不遜な態度をとった下下民の子供がいたえ。そいつは海賊旗を掲げ、あろうことかこの私の乗る船を横切った! 許されざる大罪だえ!」

 

「……」

 

「今思い出しても不愉快だえ……銃口越しに見た子供は、なぜこんなことをするんだと言わんばかりの表情をしていた! 己のしたことも理解していなかったえ! その鬱憤を晴らすために、この奴隷の叫び声を聞いて耳を潤そうと思ったというのに……どいつもこいつも不愉快だえ!! 

 

 

 工具が床に投げつけられる。

 響く金属音が死の宣告にも思え、船長は地についた額を大量の冷や汗で濡らした。

 

 

「恐れながらジャルマック聖……では先程の10億で買うというお言葉はいかがなさいますか? 取り消しますか」

 

「ふむ……」

 

 そこで、黒服の男がジャルマック聖に話しかける。

 

 一度は買うと宣言したが、諦めるべきか。ジャルマック聖がそんな大金を出すと決めたのは、ひとえにこの少女の容姿と珍しさと従順さ。そして悲痛な表情から飛び出す甘美な絶叫が理由だった。

 そのうちのひとつが空振りに終わったわけだが、それで終いにするのは些か惜しい。あの叫び声を聞ければまるで問題はないのだが……。

 

「そうだ、いいことを思いついたえ」

 

 その時、彼はポンと手を叩いた。そして、足元でひれ伏す船長を見る。

 

「おい、お前」

 

「……はっ……?」

 

「この奴隷の怯える姿を、私はどうしても見たいえ。あの恐怖と絶望に染まった悲鳴をいつでも聞けるようになって初めて、こいつは10億の価値がある……だが、今のままではだめだえ。そこで、私が直々に拷問してやらう。先日ゴア王国で買ったいい拷問具もあるのだ。この私が、こいつに本当の恐怖を教えてやるえ。感謝するがいいえ」

 

「…………え?」

 

「それで最高の悲鳴を聞けるようになったら、改めて10億で買うえ。──私に、この奴隷を貸すえ

 

「!!」

 

 それを聞いた船長は、返事を言うまでに数秒の間を置いた。本来天竜人の命令に逡巡をするなどありえない事だが、船長にはそれができない理由があった。

 

 本当の恐怖を教えるために、天竜人である彼直々に拷問する。

 

 それは、ダメなのだ。

 

 それをされては、マズイのだ。

 

 

 天竜人による拷問の悲惨さは有名だ。そしてそんな強烈な刺激が加わったら……この奴隷の洗脳が解けてしまう恐れがある。

 

 そうなったらどうなる。

 あの強い意志で天竜人に真正面から逆らうかもしれない。あろうことか、その天竜人の独善的な行動の数々を批判し、罵声を浴びせるなんていう、神をも恐れぬ事態を引き起こしかねないのではないか。

 

 

 その責任の所在は……自分にある。

 

 

「か、かしこまり、ました」

 

 

 そんな最悪の可能性が思い浮かんでも、船長に断るという選択肢はない。

 もしも、という想像から来る恐れが船長に濃密な思考時間を与えたが、結局口から出た解答は了承の一言だった。

 

 

「よし、さっそく連れていくえ」

 

 

 そうして、天竜人は奴隷の少女に付けられた鎖を手に取り、強引に引っ張った。

 ぐらりと揺れる少女。バランスを崩し頭を地につけた彼女は、力無く呻く。

 

「おい、何をしているえ! 早く来るえ!」

 

「……!!」

 

 

 船長はその様子を見て思い至る。

 この奴隷は自身によって洗脳されており、他者の命令は受け付けない。

 おかげでまたいらぬ不興を買いそうになっているのを見て、彼は咄嗟に頭を回らせた。

 

 

「──何をしているんだ、早くしろ!! このお方は天竜人だぞ! この世で最も高貴な血族でいらっしゃるんだ! 命令通りにしろ! いいか! 天竜人には逆らうな!!」

 

「……!」

 

 船長は、グズグズしている奴隷を叱責しつつ、新しい命令を少女に刷り込んだ。

 これで彼女の使命は、天竜人に従うことになった。拷問され、洗脳が解けた後はその限りではないが、今この場を繋ぎ止める事だけは出来たはずだ。

 

「む……またお前の命令だけを聞きおって、腹立たしいえ! 私は天竜人だえ!! なぜいちいち貴様の言葉を挟まねばいかんのだ!!」

 

「……! も、申し訳ございません!! しかしこの奴隷は暗闇島の出身……恐れ多いことですが、天竜人という高貴な存在を、その偉大さを知る機会が無く……! 未だ私の補助が必要な面が多くありますれば……!」

 

「……ふむ。まあ、そういう事もあるかえ。仕方ない、これからきちんと教育してやるえ」

 

「……は、恐れ入ります……!」

 

 

 

 会場は、二人の会話しか聞こえなくなっていた。あれだけの熱量がどこへやら。必死になって手に入れようとした奴隷が、無料で貸し出されることになった事で、先程まで熾烈な価格競争をしていた金持ち達は意気消沈していた。だが、相手は天竜人だ。逆らうなど万に一つも有り得ない。

 

 結局、オークションは天竜人の大どんでん返しで終了した。しかしそれは、船長からしたら欠片も満足出来ない結果だった。

 

 そのまま、天竜人によって連れていかれる奴隷の少女を、彼は血が滲むほど強く拳を握りしめながら見送ったのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 天竜人の乗ってきた超巨大な船の一室に、少女は連れてこられた。そのまま彼女は何かの器具に縛り付けられる。金属でできた椅子のような器具だった。

 

「金属音に異常に恐怖するように躾ねば。おい、説明書通りにやるえ」

 

「はっ」

 

 黒服に何やら追加の器具の取り付けを行わせたジャルマック聖は、目的の装置が手早く作られていく様子に満足気な様子だ。

 

「これで準備は出来たえ。最近の拷問具は手間がかからなくていいえ」

 

 そして、ジャルマック聖は横についたツマミを弄り、拷問器具を稼働させる。途端、けたたましい金属音が鳴った。

 

ギャアアアアン!!! 

 

「ひ!? あ、あ、あ……!!」

 

 そして、たちまち顔を青ざめ戦慄する少女。船長の命令は天竜人に従うことのみ。金属音に怯えるなとおう命令は上書きされ、耐える様子はない。

 

「おお、見ろ! もう効果が現れ始めているえ! さすが最近の拷問具は一味違うえ!」

 

「……では、初めます」

 

 黒服によって拷問器具の機能が発揮される。

 先程のけたたましい音が再度鳴り響き、そのすこし後に、椅子の背中部分から電撃が走った。

 

「──が!?」

 

 仰け反る少女。電撃の余韻が残り、全身がブルブルと震える。

 

「う、あ……いた、痛……」

 

「いい、いいえ! この調子で拷問すればまたあの悲鳴が聞ける! それで、次の電撃までどのくらい待てばいいえ?」

 

「……説明によれば5分と書いております」

 

「長いな。もっと早くするえ!」

 

「……時間を短くするには、同時に電撃の強さを上げる必要があります。恐れ入りますが、この子供では耐えるのは厳しいかと……」

 

「なんだ、融通が効かんえ! 仕方ない、私が直々に拷問するとしよう!」

 

 そう言って立ち上がったジャルマック聖は、自ら金属音を鳴らして少女の耳に当てた。彼女は途端にまた暴力を振るわれると思い震える。

 

「ひ……!」

 

「まだだえ、私が聞きたいのはあの悲鳴なのだ! こんなものでは満足出来んえ!」

 

 そして金棒で頭を殴りつけた。彼の際限なき欲求は、競売の時のけたたましい悲鳴を求めて止まない。それが船長の命令によって生み出された虚像とは気付かず、いたずらに暴力を振るい続けた。

 

 

「い、痛い……痛……」

 

「ぜエ……疲れたえ。次の電撃はまだかえ」

 

「今しばらくお待ちを……」

 

「こんな調子では日が暮れてしまう! もういい、一番強いモードにしろ!」

 

 結局、時間が惜しいと感じたジャルマック聖は、拷問器具の電撃の強さを最大まで上げた。激痛に加え、その感覚は数十秒間隔まで狭まる。それは大の大人でも耐えられないような強度だった。

 

 バチン! と衝撃が走り、そのあまりの痛みに、少女は今まで以上に泣き叫んだ。

 

 

「あぁああぁあアアア!!?」

 

「おお! いい感じだえ! もっと叫べ! もっと叫ぶえ!」

 

 更に電撃が走った。

 

「あああァあああ!!! 痛い! 痛い!! 痛いぃ!!」

 

「これが続けば必ずやあの悲鳴が聞けるはず! 楽しみだえ! ぐふふふふ!」

 

 そうして何時間も拷問が続いた。その手を煩わせず痛めつけられる拷問器具の便利さに、少しづつ完成されていく奴隷の姿にジャルマック聖は喜んだ。

 

 

 

 だが、人間の醜い欲を極限まで煮詰めた存在は、そんな凄惨な光景を起こしておいて、物足りなさを感じる。

 

「……全く、単調で刺激がないな。飽きてきたえ」

 

 機械的な拷問は便利な反面起伏がなかった。どれだけ少女が涙を流し悶えようが、それすらも単純な手順の一つとしか見られない。

 

 拷問に慣れている人間でも、そんな感想を言うだろうか? 

 いや、言わないだろう。異常なのだ、天竜人は、天翔ける龍に人の道理などあるものか。

 

「そうだ。この奴隷が完成する日まで、楽しみはとっておこう。その間適当な海賊船でも沈めに行くとするえ」

 

「では護衛はサイファーポールに……この奴隷はどうしますか?」

 

「三日もそのままにしておけばさぞいい悲鳴を上げるようになるだろう」

 

「……では、そのように」

 

 そうしてジャルマック聖は少女を放置し、どこかへ行ってしまった。彼女は、何も命令されずに部屋にただ独り残された。

 

 

 

 

 

 それから、実に半日の間、少女は独り拷問を受けた。部屋を、獣の咆哮が鳴動する。

 

ギャアアアアン!!! 

 

「……!! はあ、はあ、はあ!」

 

 その音を聞く度に気が狂いそうになる。震えが止まらぬ中、やがて来る激痛に、少女はあらん限りの声量で叫んだ。

 

「あぁああァアアああぁああァあああぁあああぁああァアア!!!」

 

 もういいだろう。

 この場にジャルマック聖がいれば彼も満足しただろうに。

 

 どれだけ叫ぼうが、その場に誰もいないのだから意味が無い。

 

 少女は洗脳されている。

 いま、彼女の中にあるのは、自分が奴隷であり、命令に忠実に従わなければならないという使命のみ。

 

 しかし、どうだ。

 この状況は。

 

 ただイタズラに恐怖させ、痛めつけるだけ。そこにノルマも、命令もない。

 命令に従うことが全ての彼女の意識が、どんどん崩壊していく。奴隷としてのアイデンティティが、消えてゆく。

 

 

 また音が鳴った。

 

「あ、あ、あぁ」

 

 また激痛が走った。

 

「あ、ああ」

 

 その過程の中で、沈みきっていた意識が。

 

「あぁ」

 

 眠っていた意思が。

 

「あぁ──!!」

 

 浮上する。

 

 

「──あぁあ!? ──はあ!! はぁ……!!」

 

 叫び終えた少女は、忙しなく辺りを見渡した。その目には、先程とは違う光が灯っていた。

 

「ぐ……! はぁ、はあ、な、なんだ、なんだ、これは!」

 

 洗脳が、解けたのだ。

 被洗脳者としての自意識の崩壊によって、ついに洗脳薬の効能が掻き消えた。その最中にジャルマック聖がいなかったことは、船長にとっては幸運なことだったが。

 

 

「いっっ……! てぇ……! はぁ……! 何だ、全身が、焼けそうだ……!! こ、これのせいか!?」

 

 ギリ、と歯ぎしりし、忌々しそうに拘束具を見下ろす少女。この状況を生んだ元凶を見て、その端正な顔を歪ませる。

 

「この器具……! ヤバい、早く外さねえと俺の身体が持たねえ……! この……! なんで俺がこんな……!」

 

 そう言ってぐいと手首の拘束具を引っ張るが、ビクともしない。他の場所もネジ止めや鍵でしっかり固定されており、少女の、それも消耗した状態の力では為す術なく捕らわれるしかなかった。

 抜け出せないことに早々に気付いた彼女は、また歯噛みする。

 

 

「早く抜け出さないといけないってのに──」

 

 

ギャアアアアン!!! 

 

 

「ひっ!!」

 

 また音が鳴った。拷問の前予告だ。

 

 痛みに身構える。

 だが、どういう訳かいつまで経ってもそれは訪れない。

 

「え、え」

 

 困惑し、不安感に苛まれて数分後、電撃が遅れてやってきた。

 

 洗脳は解け、意識もはっきりした状態で受ける電撃は、言葉に表せない苦しみだった。

 

「──あぁああああアアア!!?」

 

 背中が焼けそうだ。力みすぎて割れた爪が指先を麻痺させる。仰け反る度に、拘束具の締め付けが肌を刺した。

 

 拷問器具は悪質な設計で、金属音で合図をして恐怖させるだけさせて、予測できないタイミングで電撃を撃つというステップに入った。

 

 一度金属音が鳴ってから、その激痛が来るまで、少女はずっと恐怖に震えることになる。

 何分も、何十分も。

 

「い、嫌だ」

 

 このままでは死んでしまう。

 

「助けて! 助けてくれ! 誰か! 誰かいないのか! このままじゃ死んじまう! 命令も聞くから! なんでもするから! だからこの拘束を解いてくれ!」

 

 必死に助けを求めた。

 だが、そんな叫びを聞いてくれる存在はいない。だだっ広い部屋でただ一人。家具すらまともにない空間で佇む椅子に座り込む少女の声は、部屋の空気に虚しく溶けた。

 

「何で……何で誰もいないんだ」

「俺は何をしたら許されるんだ。いつ、この苦しみは終わるんだ」

 

 洗脳されていた時の記憶は曖昧だ。ここの連れてこられた経緯も、いつ拷問が終わるかも分からない。

 今まで何度も拷問されてきた。それでも、終わりがあると分かっているだけマシだった。

 

 カチンと、何かが鳴る音がした気がした。

 

「あ、あぁ……やだ……やだ」

 

 少女は、絶望した。彼女はこれから朝も夜もなく、終わりの知れない苦しみを味わうことになる。

 

 

 

 *

 

 

 

 翌日になっても、拷問は終わらない。

 飯も運ばれて来ず、誰も凄惨な現場を見に来ない。いつ終わるとも分からない拷問に一日中晒された少女は、見るも無惨な姿になっていた。

 

 人は、極限状態になると、五感が研ぎ澄まされるという。少女もまた、その状態に陥っていた。

 

 もはや金属音は恐怖の増幅にのみ使われ、痛みに繋がらない。彼女は痛みがいつ来るかを必死で察知する必要があった。

 

 寝ていようが、気絶していようが、耳は機械の音を聞こうと躍起になっていた。

 

 そうしていれば、わずかに感じ取れたのは、機械部分が駆動する、時計の針のような、僅かな音。

 それは電撃を発生させる装置の音だ。もう少しでまた電撃が走ることを確信する。不規則に起こる電撃に耐えるためには、この微小な音に気を配るしかなかった。

 

 音が電気信号となって、その疲れきった神経系をゆっくりと進んでいく。痛み、恐怖、苦痛、絶望、ごちゃまぜになった感情に疲れ切り、屍のように眠っている脳が、それを知覚すると、無理やりにエンジンをかけた。

 

「──が、ぐっ……ぅ……」

 

 早く、早く起きなければ。そうして、痛みに備えなければ。おい、瞼よ、その倒れかかった身体を起こせ。おい、手よ、足よ。その青くなった指まで血を送れ。

 おい、神経よ、こいつらはダメだ、怠けている。お前、無理やりにでも起こしてやれ。そう喝をいれる。

 

 だが、身体はもう限界だった。どんなに必死で呼びかけたって、動かないものは動かない。

 これだけお願いしているのに、言うことを聞かない。

 

 その怠惰を呪う。憎む。貶す。

 

 バチン。

 

 

「──」

 

 ビクンと、身体が跳ね上がった。動かなかった身体に、神罰が下る。ろくに働かない器官に、仕置が下る。働けと、声高に叫んでいた脳も、脊髄も、連帯でしばかれた。

 

 

 声も出なかった。

 下された罰を、もう絞り切っていたと思っていた涙とともに咀嚼する。

 言うことを聞いてくれない身体に失望して、落胆して、どうしてだよと、咽び泣いた。

 

 

 ああ、こいつら、だめだ。

 

 使えねえや。

 

 

 信用、できねえや。

 

 

 そうして少女の中で何かがプツリと切れた。

 

 それがどういう効能を齎したのか。それを境に、彼女は、何となくだが、痛みが来るタイミングが分かるようになった。

 

 予想通りのタイミングで電撃が走るようになった。何が起こっているのかは知らないが都合がいい。

 これなら、身構えられる分楽になる。

 

 

 そう思った少女は、身体に親切丁寧に伝えてあげた。

 いつ痛みが来るか知れれば、それまでは休める。そうすれば、きっとこの苦しみも乗り越えられる。そう思ったから。

 

 数十分とも、数時間とも知れない時間が経つ。ふと、また痛みが来る予感がした。

 

 少女は身体に身構えるよう命令する。

 

 

 

 ……。

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 でも、身体はもう動いてくれなかった。

 

 

 しっかり休憩をとったはずではないか。自分はお前たち働けない器官の代わりに、見張ってあげていたのに。

 もう十分時間は経った。もう動けるはずだろう。従ってくれ。

 

 そう鼓舞するが、やはり身体は動かない。

 

 だんだんと、心は焦りを覚えた。

 

 確実に、嫌な予感はどんどんと足を鳴らして迫ってくる。目の前に脅威があるのが分かる。

 なのに、肝心の身体は身構えてくれない。

 

 

「うごけ、動けよ」

 

 

 心が絶叫した。

 

 身体は、全てを諦めたように、ありのままに痛みを受容する。

 

 ただ、心は違った。

 

 対処出来る。そう思っていたのに。出来たはずのことを出来なかった怒りでどうにかなってしまいそうだった。

 もう、頼れるものは、心そのもの。自分自身の意志だけだった。

 

 

 そして思い至る。

 

 身体が動かないなら、自分が、心が身を守ってやろう。こんな使えない奴らなど頼らず、一人で何もかもを凌いでやろう。と。

 

 そう思ったとき、少女の身体は、筋肉や、神経とは違う、別の何かで覆い尽くされた。

 自分の身体を、心が守ったのだ。

 

 衝撃が伝わる。

 

 ほんの少し、ほんの少しだけ、痛みが和らいだ。

 

 

 ざまあみろ。

 

 

 そう、心が言った。

 

 お前らに頼らなくても、身体を守ることが出来た。

 

 そう言った心は、勝ち誇るように笑っていた。

 

 使えない身体と、なんでも出来るような自分との差を感じるのに酔った。痛みを和らげてやる度に、身体の無力を罵った。自分の優秀さを威張った。

 

 さあ、早く次の痛みをくれよ。

 

 次の衝撃を、痛みを、心は待ち侘びた。

 首を長くして待っていれば、鋭敏になった感覚が、また衝撃の来訪を感じ取ってくれた。

 

 あと、10秒で来る。

 あと、30秒で来る。

 ……あと、1分で来る。

 

 心はとてつもない速度で衝撃の察知能力を習熟させていった。全く同じ衝撃を感知するだけだ。研ぎ澄まされた感覚は、より長い先を見通して、よりはっきりとその未来を、世界を予想した。

 

 

()()()()

 

 

 それを受ける度に、心は身体をより時間をかけて守った。より長い準備時間をかけて、よりじっくりと身体を覆って、よりみっちりと身体の奥底、深くまでを守護した。

 

 

()()()()

 

 

 いつしか、痛みは感じなくなった。

 

 

 ──

 

 

 少女の心による少女のための自衛。あの地獄のような痛みを防いでくれる、最高の力。

 

 その力を、少女はずっと使い続けた。

 いつ終わるとも知れない拷問を少しでも楽にすべく、力を行使し続ける。

 

 だが悲しいかな。

 そんな夢のような力は際限なく湧き上がっては来ない。

 ある時から、その力は使う度に少しづつ弱くなった。

 

 その度に和らいでいた痛みがまた大きくなっていく。

 耐え難い痛みが戻ってくる。それが怖くて、少なくなった力をより一層振り絞る。

 

 まるで麻薬だ。

 

 無いものをねだっても仕方ないのに、身体がそれを求め続ける。求めれば求めるほど、次はより強い渇望が心を濁らせる。

 

 また電撃が走った。

 痛い。

 

 もう一度電撃が走った。

 ああ、痛い。

 

 またもや電撃が走った。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

 

 

 ああ、また──。

 

 それが分かった瞬間、もうなんか、どうでもよくなった。

 

 色々なことがあった。でも、もうなんだか、興味が失せてきた。

 

 

「あっはは、あは」

 

 少女は、おかしくなってしまったのだ。

 

 ボロボロに擦り切れた心は、搾り取られるだけ搾り取られた意志は、もう、ぐちゃぐちゃになってしまったのだ。

 

 

 

「カエリタイ」

 

 そうやってすべてがいやになって、すべてがどうでもよくなった時。

 

 結局最後に残ったのは、そんな言葉だった。

 

 

「かあさん、とうさん……」

 

 

 やがて、彼女の意志が、使い続けてボロボロになった心が、空っぽになった時。

 

 

「もう、つかれたよ」

 

 

 少女の存在が、終わりのない闇に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「さあ、ようやく三日が経った。結果が楽しみだえ」

 

 ジャルマック聖が、部屋に入ってきた。後ろに控えていた黒服や護衛が、その後を追って入ってくる。

 だが、部屋の惨劇と、漂う悪臭を受けて、皆一斉に顔を青くして嗚咽した。

 

 四角い透明のマスクを付けたジャルマック聖だけが、涼しい顔で少女の下へ歩いていく。

 

「さて、どれだけいい声を上げるのか、確認するとするえ……あの時のような、最高の悲鳴を聞かせるえ!」

 

 そう言い、手に持った工具を打ち鳴らした。辺りに、金属音が鳴り響く。

 

 

「────」

 

 

「……は?」

 

 ジャルマック聖が、呆然とした顔で工具を取り落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 奴隷商会が持つ、船の一室。

 その一角、豪華な内装の私室の中で、船長は顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいた。

 

「くそっ! くそっ! あのクソ貴族め! もうとっくに期限は過ぎてんのに! まだ連絡の一つもよこさねえ! あの奴隷は、うちの大切な商品なんだぞ!?」

 

 一時は2億を超える大金がその奴隷にはかけられていた。だが、ジャルマック聖がそれを躾てやると言って金を払わず横取りし、何日もの間どこぞに連れて行ってしまったのだ。金を産む至高の存在だ。それを長期間目の届かないところに置くとあって、船長は気が気ではなかった。

 

「……落ち着いてください、船長。相手は天竜人。そのような発言をしたと知られれば命はありませんよ」

 

 憤る船長を、ケラソスが窘めた。

 相手は世界最高の権力を持つ、天竜人だ。何をされようが、文句のひとつあってはならない。たとえ大金を得る機会を逃す危険性があっても、受け入れるしかないのだ。

 

「これが落ち着いていられるか!! 2億超えの金の成る木だぞ……!? もしあの腐れ貴族の拷問にあって、死んだらどうする! 俺の教育も、お前の策略も、全てパーだ!!」

 

「期間を終えたら、それ以上の額で買い取ると言われています、みすみす殺したりなどしないでしょう」

 

「だがな──」

 

 

「船長! ジャルマック聖がいらっしゃいました!」

 

「!!」

 

 その時、部屋の扉が開かれ、一人の船員が入ってきた。その口から聞かされたのは、待ち侘びた天竜人の来訪の報告。船長とケラソスは急いで船の外へ向かった。

 

 

 

「借りていた奴隷を返しに来たえ」

 

「おお、これはジャルマック聖! お待ちしておりまし、た……!?」

 

 

 揉み手をしながらジャルマック聖の下へ歩いた船長は、すぐに視線をさまよわせ、自分の大事な金の卵を探した。だいぶ長いこと時間を費やしてそれを探した後、やがて彼の足元にある泥人形のようなものを見つけ、思考が硬直した。

 

 全身が血なのか汚物なのか分からないものに塗りたくられた、何か。背丈から目算すると、それは自分が探していたものに当てはまる。

 

 奴隷、69番だった。

 

「…………あの、誠に恐れ入りますが、その、生きて、おりますかね?」

 

「私が預かり物を殺すなどという不手際をすると思うのかえ?」

 

「い、いえ! その、しかし、一見すると、やはりそう思ってしまうといいますか……私の拙い思考では、確信が持てないといいますか……」

 

「……まあ、そう思うのも無理はないえ。だが、中身は元気だえ」

 

「……! よ、よかった! で、では、お約束の通り、競売の時よりも高い価格を──」

 

 

「いや、もうこの奴隷はいらんえ」

 

「……は?」

 

 何を言われたのは分からなかった。

 ケラソスも、信じられないとばかりに目を見開いている。二人の反応を見て、ジャルマック聖は面倒くさそうに説明してきた。

 

「私は、本当の恐怖から来る叫びを聞きたかったんだえ。そのためにわざわざ最新の機械を使って仕込んでやったというのに……この奴隷、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!!」

 

「……馬鹿な、そんなはずは……まさか、聴覚を失ったか」

 

 驚く二人をよそに、彼は不機嫌に息を吐く。

 

「いいや、五体満足、どこも問題ないえ。だが、私の望むことは、結局最後までしなかったえ。ムカつくえ……! これで金属音を鳴らす度に、私を満足させるほどの恐怖に悶えたのなら買っていたえ……。だが、そうでないのなら……」

 

 

「こんなゴミもういらんえ

 

「」

 

 そう言って、ジャルマック聖は奴隷を連れる鎖を地面に放り投げ、帰って行った。その後近くに侍っていた黒服が、これは心ばかりのお金です。ジャルマック聖の戯れに付き合って頂き、ありがとうございました。と、そう言って金を渡し、その場を去っていった。

 

 船長は、たかが1000万の手切れ金を握り締めながら、わなわなと震えていた。

 

 だが、すぐに自制し、それより重要な奴隷の状態を確認した。

 

「……おい、おい! 俺がわかるよな!? 船長だ、お前を一人前の奴隷にした、船長だぞ! 身体は本当に問題ないんだろうな!? 喋れるか!? おい、何とか言え!!」

 

 

 身体に付着した汚物も気にもせず、船長は少女の肩を揺さぶった。

 それに気付いた彼女は顔を上げ、その鮮やかな赤い目を彼に向けた。

 

 ほっとした表情を見せた船長。

 

 そんな彼に、少女は首を傾げるのだった。

 

 

 

「おじさん、誰?」

 

 

「「!!?」」

 

 

 

 少女は、記憶を失っていた。

 

 






第一章 奴隷編。別名早く終わって欲しい編終了です。
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