私はジャンヌ・ダルク 作:アルプスのアルパカのアルマジロ
救国の聖女。
ジャンヌ・ダルクの存在を知らない人は少ないだろう。
齢十二の時に、神の声を聴き。予言をし。指揮を執り。勝利へ導き。最後は裏切られて死する。
わずか十九年の生涯は、悲劇的とも、英雄的とも。
屈強な兵士を鼓舞し、自ら戦いへ赴き旗を振るその姿はまさに聖女。圧倒的なカリスマに、誰にも負けない勇敢さ。
そんな存在にどうやら俺はなったらしい。
☆
十二歳にして、俺は天の啓示ともいうべき、『余命宣告』を喰らった。
一度目の生は、それはそれは悲惨なもので、話すと長くなるが、小説やドラマに登場する凄惨な過去を持った登場人物なんか目じゃないくらいひどいものだった。
小説やドラマと少し違う点は、きっと彼らは最後に報われることが多いのに対して、俺はそのまま何もできずに、みじめなままに死んでいったところだろう。
だからこそ、この二度目の生は必死に頑張って、幸せになろうと思った。
性別が変わって、日本以外の、しかも昔の時代に生まれ変わったのだから、かなり苦労した。この小さな農村は、何度も敵の攻撃に会い、大変な思いもしたし、死ぬかと思うこともあった。それでも、この村で小さな幸せを感じる事が出来ていたのだ。
親、兄弟に恵まれて。ちっぽけで平凡な家族の愛を受け、俺もそんな家族を愛して、幸せに死んでいく。
それがつい先ほど、三人の無駄に神々しい聖人と天使が現れて、『シャルル七世を王にしてね? もちろんイングランド軍と戦わなきゃいけないから頑張って』ということを言われた。
その三人は涙が出そうなほどに美しく、神聖そのもの。穢れ無きというよりかは、穢れを落とす光そのものだ。
一方的に言い終わった彼らはそのまま消えていき、後には何も残らない。まるで夢を見ていたかのようだ。
今からでも夢だったと思いたい。
俺は、その場にひざから崩れ、大声で泣いた。
いや、気づいていた。気づいていたさ。ドンレミという村、フランスという国。ジャンヌという名、家族の名前。そして百年戦争と。
俺は、自分が聖女ジャンヌ・ダルクになったのだと理解できていた。けれども、まだ違うと信じたかったのだ。ジャンヌはそれはもちろん素晴らしい人間だろう。けれど、俺はそういった英雄になるよりかは、平凡な幸せな人生を歩みたかった。
何度も俺は、俺はジャンヌ・ダルクではないと言い聞かせてきた。ほんの些細な偶然だと思っていた。
だが、神の声を聴いて、今度こそ言い訳ができなくなった気がする。今までだって、本当は気づいていないのを無理やり気づいていないふりをして、現実逃避していただけ。それを他者から指摘されて、本当に俺はどうすることもできなくなったのだ。
「俺は……どうしようか」
今見た光景を、聞いてしまった神の声を、すべてただの妄想や夢と断じて、すべてを忘れてのんびりとした暮らしを求める。それも悪くないはずだ。
そもそも、ただの村娘が、フランスという一つの国を救うこと自体間違いだ。もっと適した人物がいるのではないだろうか。俺は、俺はそんなことをしなくてもいいはずだ。
けれど、もしもジャンヌ・ダルクがフランスを救わなかったらどうなるのだろうか。フランスという国はなくなっているのだろうか。もしそうなれば、歴史は大きく変わるだろう。
「そうだ」
かつて読んだSFを思い出した。過去に戻った人間が、ちょっとしたことで未来を変えてしまうのだ。もし、ここでジャンヌになった俺がフランスを救わなければ、めぐりめぐって、最初の俺の人生が幸せになるかもしれない。もちろん、可能性の話だ。だが可能性がある。
そうすれば、俺はこの人生でも幸せ、最初の人生でも幸せで救われる。
人類の安寧が守られるかはわからない。めぐりめぐって俺が幸せになれる可能性があるのならば、人類が滅ぶ可能性もまた存在しているからだ。
けれど、考えろ。俺と言う人間が幸せを求めることは悪いことではないだろう。人間は生まれたからには幸せになるべきだ。幸せに生きて、幸せに死にたい、そう思うことの何が悪いというのだ。それで多少なりとも自分勝手になって何が悪い。
俺と言う人間の幸せ、人類全体の未来。その二つを天秤にかけたとしても、俺は――――。
☆
男性用の服を着て、おかしなことがないか確認する。男性用の服を着るのは十六年ぶりになるか。
訪問が許されたのは二月にあったオルレアン郊外での戦いの敗北を予言したため。いわゆるニシンの戦いだ。
今でも決意は揺らがない。
たった一人の人間のために、人理そのものが覆るなんてことはあってはならない。このまま本来の歴史通り、ジャンヌ・ダルクは歴史の表舞台に立ち、そして最後は火刑に処される。
それが、それが『私』の決めた道――
「私は、ジャンヌ・ダルク」
☆
「てめぇみたいな小娘が、そんなに死にたいのか?」
いいえ、私は死にたくなどありません。
「それが主の選択ならば、私は甘んじて受け入れるつもりです」
毅然とした態度で言い放った私に、男はつまらなさそうに舌打ちをして、どこかへ消えた。彼なりに私のことを心配してくれたのかもしれない。
現状わたしの強みは、未来を知っている事。といっても、歴史としてある程度知識を持っている、といった程度だが。
私がなすべき事は、シャルル七世を王にすること。それを為せば、私の役目は終わる。ひょっとしたら、火刑されずに逃げれば、ひっそりと生きていけるかもしれない。
だが、ここに来るまでにすでに、そううまくはいかないことはわかっている。
何度も私のことを試したシャルル七世。その試練をあっけなく超える事が出来たのは、歴史の修正力のようなものが働いたとしか思えないのだ。具体的に言うと、直感だったり、無意識だったりで、正解を引き当ててきた。
もしも私があえて『ジャンヌ・ダルク』の歩みから意図的に逸れようとしたら、この修正力のようなものが、どう作用するかわからない。
「……」
私は何を考えているのだろうか。『ジャンヌ・ダルク』として生きて、そして死ぬと決めたときから、私の進むべき道は決まっている。
私は生き残ることなどできない。生き残ってはならないのだ。
先ほど、戦術を話したときも、なんとなく、生前にやったゲームを思い出した。選択肢が登場して、その選択肢の正否によって、悲惨な結末が待っていたりするのだ。
『夜間の奇襲。徹底的な攻撃』
『政治的、騎士的な規則に則り、小競り合いを続ける』
この二つのどちらかを選ぶとき、私は悩むことなく前者を選んだ。ジャンヌ・ダルクが優れた戦術家として在れたのは、この容赦なさがあったから。良くも悪くも学のない村娘だったからこそ、利権や権力を一切気にすることなく、徹底的に攻撃を仕掛け、手段を択ばずに、多少卑怯とも思えることだって行った。
それに従ったのだ。
もはや、これを選んだのが私の意志なのか、それとも世界に動かされた結果なのかわからない。
ただ、確実に私は死に向かって行っていることが、精神を蝕んだ。
書きたいとは思ってますが、続きは期待せずに。
書けたら2025年までに……