壇ノ浦の戦いがミッションになかったということは···
 つまり想像にお任せしますってことで良いんですよね!?
 というノリで書きました。やや残酷な描写があるので気を付けてください。
コメント、指摘等あれば是非コメント欄に気軽にお書き下さい!

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第1話

 

 

 「···と。」

 最近ではもう聞きなれた声によって白昼夢から引き戻され、ゆっくりと身体を起こした。

 「まれびと!」

 そう言って駆け込んで来たのは秀千代と同じ‘‘半妖’’である源義経。

 元の世に帰れるまで小さな庵を貸して貰っていた。

 「次の戦の事で話がある。陣に来てほしい。···弁慶、馬を手配してくれ!」

 

 ──なんて寝覚めの悪い。起きてすぐ戦の話か。──

 

 秀千代が眠い目をこすっている間に義経はてきぱきと弁慶に秀千代の分の馬を用意させ、まだうつらうつらしている秀千代に手を差し伸べる。

 よほど慌てて来たのだろうか。脚防具を固定するための布が緩んでいる。しかもどこを走ってきたのか、何があったのか知らないが泥のついた胴防具を払いながら秀千代を見つめる。

 過去の経験から「人の屋敷に土足で入り込むな」なんて言えない身なのでいつもの通り静かに一度目を伏せて頷き、ゆっくりと義経の手を取って立ち上がった。

 

 平氏軍がどうのこうの言われてもよくわからないから、義経の後ろで聞いているふりをして軍議のようなものを聞き流していた。

 ちゃっかり軍議に参加する白澤と猫又を他所(よそ)に、欠伸を噛み殺しながら一人睡魔と戦っていた。負けたけど。

 

 

 「···という訳でだな、このまれびとは源氏の味方となる者故、どうか理解してほしい。」

 どうやら自分の事が話に出ていたようで、とりあえず目を覚ましちらりと義経を見る。

 熱心に話す義経の右目に刻まれた半妖の印。それを見るとどこか安心する。仲間意識にも近い感情が浮かぶ。弁慶もまた然り。和魂の妖怪はどこか安心する。人間より依存しやすい、なんて云うのは変かも知れないが親しみ易いのには変わりない。

 

 

 

 

 『平家を追い詰める···か。壇ノ浦(だんのうら)で。』

 まだ三十路にもならぬ若者が将なのにこの軍の強さはやはりすごい。

 「すまない、急に呼び出して。皆に改めて紹介しようと思ってな。軍議に兼ねて。」

 気にすることはない、と首をふる。

 「半妖を受け入れてくれぬ人間もなかにはいるが、私のところにいる者たちはおおよそは理解ある者故に、安心してほしい。···おおよそは。」

 義経の目線の先には遠くで家臣たちが話し込む姿が見られた。

 秀千代は家臣たちにそっと近づき聞き耳をたてる。

 

 「義経様はまたあやかしを連れておられる。」

 「半妖同士じゃからのぅ···。」

 「何を。あやかしでも人間でも我らのために尽くして下さるまれびと。蔑ろにするわけにいかんだろう。」

 家臣たちがひそひそ話すのを壁越しに聞いていた。

 

 まだ心から信じてはくれないだろうし、すべての者に信用されなくったっていい。

 戦国の世にいたときもそうやって生きてきた。

 ····一人でも心から信じてくれる者がいるならそれでいい。

 

 そう思ってそっと目を伏せた。

 

 

 

 

 

 『(結局、ここに来ることになるのか···。)』

 普段の幼さすら感じる顔から一転、源氏の将と呼ぶにふさわしいような気配を纏った義経。

 その姿にこちらも血がたぎるような感覚に襲われる。

 『(平常心···。)』

 ここは壇ノ浦の海の上。一人で突っ走れば間違いなく海に落ちるだろう。興奮を押さえながら平家の赤い旗を睨む。

 

 もし、自分がまれびととして平安時代に来たとき、味方が平家だったらあそこにいるのかも知れない。···義経と敵対なんてしたくないから味方についたのが源氏軍で良かったと改めて思う。

 

 「···まれびと。」

 そう呼ばれ義経に手招きされる。

 「貴公は不思議な筒を持っていると与一から聞いた。···それを使うことはできるだろうか。」

 義経がいうには弓矢や鉄砲を用いて船頭や水夫を射てとのこと。襲わぬ人間を射つのはいささか心苦しい。

 『義経、船頭は人間。それに襲わぬ者を射つのは···。』

 「あれは人間ではない。平氏軍の舟をよく見よ。」

 義経の目線の先の舟をよく見る。

 『·····!』

 遠くて見えないところまではわからないが、見える場所にいる船頭は皆、外道兵や人間に化けたろくろ首ばかりだった。

 『わかった。それは任せてくれ。』

 銃弾を込め、敵兵の頭を撃ち抜く。慣れているのでたいしたことはない。ただ、この時代にまだなかった物を使っていいのかと内心不安にはなるが···。鉄砲なんて自分が初めて触ったときでさえ、まだ普及していなかった物なのに。

 そもそも生まれた時には伝来すら···。

 だからといって海に放った弾なんて回収出来やしない。

 矢、鉄砲、大筒···弾切れになるまで使い果たした。

 最後の弓をつがえ、弦を引いた先になにやら人が見える。戦なので人が見えるなんて当たり前だが、雰囲気が違う。女が乗っている。

 『(あの人たちは人間···。幼い子供まで。)』

 その舟から僅かに狙いを逸らし、源氏軍に襲いかかる平氏側の人間の頭を矢で貫く。

 『あれは···安徳天皇かのぅ。』

 先程の子供の乗る舟を見て、白澤が呟く。

 秀千代は刀を抜いて上陸してきた平氏軍を討つ。斬っても斬っても湧き出すような平氏軍にいささか疲れてきた。しかも源氏軍は劣勢と見た。

 

 義経のいるところの近くまで行き、舟から舟へ移る道を作る。

 「あともう少しだ。···感謝する。」

 兜で見えなかったがきっと笑っている。その笑みがどういうことなのかわからなかったが。

 

 

 

 「な、流れが···!これじゃあ、攻められねぇ···!」

 死体の上の光に触れると、思念が声となって伝わってきた。

 

 どうやら潮の流れが変わったらしい。

 これこそが先程の笑みの理由だったのか。あのときにはもう、流れが変わり始めていたのだろう。

 

 攻め入った舟から見えたのは、大きな錨を鎖鎌のように持ち、背には薙刀を背負っていた人だった。

 「···。なんだ、東男かと思うたら、あやかしではないか。」

 そう呟くと秀千代をギラリと睨み付ける。

 『平知盛かの?』

 『そうみたいじゃのう。』

 白澤、猫又がひょいっと姿を現す。

 ビュンビュンと音のする方を見れば、知盛が斧よりも大きい錨を鎖鎌のように振り回している。

 『(もはや斧より大きいじゃないか、あの得物。)』

 息を整え、刀を構える。

 知盛の錨がこちらに飛んできたのを合図に戦闘が始まる。

 秀千代は斧も鎖鎌も使ったことがあるし、使っている敵を倒してきたため、相手の武器に関しては鎖鎌の応用だと思えばたいしたことはない。

 されど一撃が重く、気力を大幅に削られる。

 ただ斬るのが駄目なら陰陽術や忍術を使いながら、知盛を攻撃する他ない。

 

 『これで···!』

 最後の一撃を決めようとするも、寸前のところで避けられてしまった。

 『しまった!』

 相手の攻撃を覚悟するが、攻撃は来ない。

 変わりに源氏の軍がこちらへ声と共に来るのが見えた。

 「これで···真に見るべきほどのことは見つ···。源氏の者に、首なんぞ渡さぬわ!」

 そう叫ぶと得物の錨を体に巻き付け海の中に飛び込んで行った。

 呆気にとられて一人甲板の上に立ち尽くす秀千代。

 舟から舟へと跳んできた義経や、平氏軍を蹴散らしこちらに向かってきた弁慶と合流する。義経、弁慶の二人で頷き合うのを見ていた。

 

 その後も平氏軍を追い込んだ源氏軍は勝利を納めた。

 そして壇ノ浦の戦いは終結した。

 

 

 

 

 『(海が荒れてる。)』

 異常なほどに五月蝿く音を立て、ゴウゴウとなる壇ノ浦の海は、屋島以上におどろおどろしい雰囲気を纏っていた。

 『(逢魔ヶ時が来る前にここを退いた方が良い。)』

 後一刻ほどで逢魔ヶ時が来る。この海が平氏のあやかしでいっぱいになる前にここを去るのも一つの手として考えられる。いや、考えねばなるまい。

 軍を再び集めて勝鬨をあげる源氏軍。

 胸騒ぎがしてならない秀千代は、海の方に一人駆けていった。

 

 

 波は激しく、舟が大きくうねる。立っているのがやっとで、平衡感覚を失いそうだった。

 『先程の静かな海と一転、見ているだけで目が回るようじゃ。』

 『本当ですのぅ。とはいえわしからすれば猫又もよく回っておるような気がするんじゃがな···?』

 『ん~む、それとはちと違うかの。』

 揺れても舟の壁に打ち付けられない守護霊たちを心底羨ましく思う。

 

 「···れ···と········ない······い····な!」

 微かに聞こえる声に耳を傾ける。声の主が義経であるとわかり、少し安心する。

 「まれびと、危ない!その先に行くな!」

 秀千代が源氏軍の近くにいないことに気がついたらしいが、必死に叫ぶ義経の声も波の音に消えていく。そして義経がこちらに来ようと浜に近い舟に乗るのが見えた。

 『来るな!義経は···不死じゃないだろう!』

 そう伝えたいのに彼と目を合わせることができない。

 

 やがて雨が降り始めた。周りが見えぬほどのどしゃ降りになる寸前に微かに見えたのは、弁慶に舟を渡るのを力ずくで止められた義経と、突然の出来事に慌てふためく源氏軍だった。

 

 

 

 

 『雨は···嫌いなんだがな。』

 雨は降り続け、体温を徐々に奪っていき、手の先が冷たくなる。まだ弥生であり暦では春だが海の水や降り注ぐ雨は十分冷たい。

 

 波が小さくなったと思えば、おびただしい量のあやかしがゆらゆらと蠢いて、生き残りが平氏軍···奴らからすれば味方にあたる者同士で殺し合っていた。

 『(誰かがあそこの辺りを殺しきってからあいつを仕留めるか。)』

 仙薬、御神水の数も少なく、挙げ句の果てに遠距離の武器は弾や矢をほぼ使ってしまっており、これ以上はあまり使いたくない。

 

 骸武者を倒し、ろくろ首を倒し、一際大きく豪華な舟にたどり着く。

 『(この舟だけやけに···この装飾、あのとき見た女がたくさん乗った舟か?)』

 弓を引いて船頭を撃ち抜いていた時のことを思い出す。女性やかなり身分の高そうな子供が乗っていた舟で間違いないだろう。

 海に投げ出されなかったのか、お手玉のようなものが転がっている。目に止まったお手玉を何気なく拾おうとして腰を屈めた時、舟の柱に大きな雷が打ち付けた。

 甲板に不自然な影ができ、咄嗟に上を見上げると大きな龍がこちらを睨んでいた。

 

 『龍···?』

 その龍は勾玉を首にかけ、手に持つのは宝玉ではなく鏡。海の底の何かを守るかのように、秀千代に襲いかかってきた。

 陰陽術で自らの防御力を上げる。陰陽術はそれなりに得意であり、習い始めた頃からそこそこにできる。忍術もまた然り。

 火を吐いたかと思いきや次は雷の玉を落としてくる。

 あまり前に行けば最悪海に落ちることもあるので、控えながら敵を斬る。

 大太刀に切り替え、少し下がっても攻撃できるようにして徐々に体力を削っていく。

 『(檀ノ浦に龍がいるなんて知らなかった。)』

 そもそも龍が首のかけているのは五色の宝珠で、手に持つのは水晶のような宝玉じゃなかったか。あまり書物を読むような者ではなかったが一般の想像図としてそういうものを思い起こすのではないだろうか。

 勾玉に鏡···といえば三種の神器のうちの二つ。そうだとしたら剣はどこへ?いや、この龍は剣を守っているようにも見える。まるで何かを護るような···。

 

 数少ない遠距離武器を使いながら応戦する。平安の者たちは鉄砲を使ってこないので敵に射たれることはない。味方にも使える者もいないが。

 

 電撃で痺れる体を懸命に動かし、なんとか止めをさす。

 

 

 

 

 秀千代が止めをさしたと共に空から光が差し、嵐は止み、波も穏やかになってゆく。ジャラ、と落とされた勾玉を拾い上げる。それはあまりにも綺麗で、自分の持つ八尺瓊勾玉よりも何倍も輝いて見えた。

 差しゆく光を反射して輝く鏡は初めて見るようだった。手鏡よりももっと神秘的な光に包まれている。

 

 何者かが走り来る音に刀を構え振り向くと、義経が立っていた。刀を鞘にしまい、左手に持った宝を無言で掲げて見せる。

 「それは···!」

 驚いたような、しかしどこか嬉しそうな、はたまたほっとしたような笑顔を見せる義経に自然と笑い返す。

 

 太陽も沈みかけた檀ノ浦の地、陸に戻ると先ほどよりも大きい鬨の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 京へ凱旋する前に宴を開く、ということで源氏軍のうるさい宴に参加していた。

 『平氏の残党退治してくるから宴には出ない。』

 と弁慶に一言伝えたのだが、無言でヒョイと持ち上げられ、中心となる義経のところまで運ばれてしまった。

 半妖を見るのに慣れている源氏軍の者が秀千代を恐れるわけがなく、誰かにいつの間にか酒を注がれ宴に参加せざるを得ない状況になっていた。

 「此度の嵐を鎮めたのは貴公故···参加して欲しい。」

 功を認められたのが嬉しくて、一回頷く。

 「さてと。」

 義経は立ち上がると笛を取り出した。舞台の上に上がり演奏を始める。

 

 『(ああ···懐かしい。)』

 舞台の上で十八番を披露する主と、それを眺める家臣たち。ずっと前の記憶なのについこの間のように蘇る。

 

 ━━名は、‘‘秀吉’’とせよ。━━

 

 秀吉を名乗り始めたのも、こんな宴会の最中だった。信長様に名をもらったことがどれだけ価値あることかを理解したのは名乗ってからだいぶ経っていたけれど。

 

 義経が奏でるなめらかな笛の調べにうっとりと聴き入ってしまう。

 確かあのときも信長様の舞に目も心も奪われていた気がする。藤吉郎に手を引かれるまでボーッと見ていた気がする。

 こんなにはっきり思い出すことができるけれど、いったい何年前だったのだろうか。

 昨日のように···いや、今もなお、手を引かれて主の元に連れていかれるんじゃないかと僅かに右手が期待している。

  

 笛の音が止まり義経が一礼するとわぁっと歓声やら拍手やらが巻き起こる。

 義経はトン、と軽やかに台から降りると弁慶の元へ行き、

 「弁慶、お前は何かしないのか?」

 と訊いている。首を横に降る弁慶に少し残念そうな顔を見せると、

 「貴公は何か得意なことは···?」

 とこちらに向いて言った。

 阿国ちゃんや信長様だったら舞の一つでもできたのだろうけど。

 苦笑いして首を振ると、義経も苦笑いして「そうか」と言う。

 『(って云うか、酔っ払いなのに舞とかできるわけない。)』

 そう思い、杯に残っていた酒を飲み干した。

 「では、もう一曲。···弁慶!(つづみ)を打て。」

 義経も程よく酔っているらしく、少し赤くなった頬が鎧の上から掛けられた白い[[rb:袍>ほう]]によく映える。

 また始まった、と笛の音に耳を傾けた。

 

 宴会はまだまだ続いていたようだが、笛を聴いているうちにいつの間にか寝てしまったようで、誰が運んでくれたのか気がついた時には庵に戻っていた。

 

 

 

 

 

 秀千代は京への凱旋に同行はせず、屋島に戻り平氏の怨霊だのなんだのを退治しながら過ごしていた。京の義経から稀に手紙が届くので、「問題ない」という内容の手紙を送る。

 義経や弁慶に出会ってから、かなり経った。

 戦国も終わりし現世にいる無明に会いたいが。いつになったら現世に戻れるかもわからない。

 とりあえず今は平安の世でそれなりにのんびり暮らしていこうと思う。

 義経と弁慶のことももっと知りたい。彼らが凱旋から帰って来たらどんな話をしようか。彼らの話も聞きたい。

 そう思いながらまた白昼夢の世界へ(いざな)われる。

 

 ····

 ──なんて寝覚めの悪い。起きてすぐ戦の話か。──

 ある日の白昼夢から引き戻されて、聞いたのは義経が平泉で危機に陥っている知らせだった。

 

 

 

 

 

 

 ~牛若戦記「人妖相克の果て」に続く~

 


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